5ちゃんねる ★スマホ版★ ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50  

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

日蓮って ver.31 [転載禁止]©2ch.net

1 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2015/03/05(木) 23:28:59.53 ID:RzVvwurC
日蓮って ver.30
http://anago.2ch.net/test/read.cgi/koumei/1411919480/

「日蓮って」過去ログ
http://hyakkimaru.nukenin.jp/

創価学会の教義と日蓮仏法について、真面目に語るスレッドです。
創価学会擁護の論客もふるってご参加下さい。

コテハン推奨。sage推奨。「荒らし」は無視で。
スレが荒れる原因になりますので、暴言や挑発、嘲笑、語尾のwwwはNGです。
スレ違いの話題はほどほどにして下さい。

初心者の方も教義についての質問があればお気軽に書きこんでください。

123 :38:2015/03/23(月) 08:18:27.04 ID:GrhdqgBN
>>118
63の人?

>>121
今一度、72のレスを読んでやって下さいな。
お手数かけます。

124 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/03/23(月) 10:39:03.16 ID:zVa/2uC9
>>122
113だけど別に日蓮の信者でもシンパでも無いよ。

125 ::2015/03/23(月) 11:02:26.12 ID:g5DZzzZt
>>117山椒島さん
日蓮の法華経の剣は弁慶の薙刀など「刀尋段段壊」ですから、体つきなどに拘る必要もなかったのではとも思いますね。
「痩せ病に法華経!」とこちらのほうが商魂的には有りかなって思ったりしてw
でも、日蓮の本当の武器は機関銃ですものね。

126 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2015/03/23(月) 22:21:35.53 ID:3mps4m6N
>>125 7 さん
いえいえ、「若人有病 得聞是経 病即消滅 不老不死」でしょう。
私よりもはるかに法華経を読んでいる人が、そんなこと言ったらダメですよ(笑

もっとも信頼がおけるのは、やはり池上本門寺大堂の祖師像ということになるのでしょうね。
単に最古というだけでなく、日朗・日持・池上宗仲らが関わったことが確実だそうですから。

異流儀だから、邪宗だからと遠ざけられている信者さん達がいますけど、もったいないですね。

127 ::2015/03/24(火) 00:00:55.23 ID:vN/2zmVL
>>126山椒島さん
日蓮が言うに、涅槃経には
「病いある人仏のなるべきよし説かれ候」
と話していたみたいでw

たかがキノコ、されどキノコ!
八年かけて「不老不死」と説いた時の釈迦には、まさか毒キノコで滅してしまうとは思っていなかったでしょうね。

ところで、日蓮の痩せ病とは栄養失調だったのでしょうかね?

128 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/03/24(火) 00:09:41.22 ID:CKvD5ptv
>>127
>八年かけて「不老不死」と説いた時の釈迦には、まさか毒キノコで滅してしまうとは思っていなかったでしょうね。

大乗が捏造した法華経の寝言を理由にして
法華経とは無関係な釈迦牟尼世尊を誹謗するのはよくない。

129 ::2015/03/24(火) 00:13:00.40 ID:k+3uoQi9
すみましぇん。

130 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/03/24(火) 15:28:31.57 ID:yXXoFZwx
「アホー、ホケキョー」と鶯の鳴き声を毎日真似すれば成仏出来ると信じている、
知的障害者の団体があると聞いて飛んで来ました。

131 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/03/24(火) 17:26:42.39 ID:TTfgqVy7
ミョーホー ホケキョー アホダラ経
日蓮坊主は 偏執狂

132 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/03/24(火) 18:22:10.42 ID:eS/nB/vq
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/estate/1367171887/l50

133 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2015/03/25(水) 00:06:25.05 ID:T275xobK
>>127 7 さん
どうでしょう、腹痛や下痢の症状があって、足掛け10年近く悩まされて、最期は死に至る。
ただし、何度かは全快近くまで回復したり、特に何も気にしていないような期間も結構あったような。

医学に詳しい人達が、古来色々と想像していると思います。

134 ::2015/03/26(木) 00:42:48.12 ID:oIBp3WpU
>>133山椒島さん
手が震えて字が書けないっていうのもありませんでしたか?

135 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2015/03/27(金) 00:09:13.76 ID:R7X0MPQ9
>>134 7 さん
「所らうのあひだ はんぎゃうをくはへず候事 恐れ入って候」のことですか。

所労とありますけど、もう病状が進行して、かなり衰弱していたのでしょうね。
ところが、特に相承書を称する偽書群にかかると、この前後から亡くなる当日に至るまで、
怒涛の執筆ラッシュが起きているわけで、製作者達は何を考えているのだろう、と。

136 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/03/27(金) 01:33:38.17 ID:34wS4KT2
>>135
できるだけ日付を後にしておかないとそれより後の日付の
相承書が出てきた時に覆されてしまうからでしょう。
死ぬ直前であればあるほどいいわけですね。

137 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2015/03/27(金) 13:02:53.07 ID:R7X0MPQ9
>>136 さん
完全に自己都合だけの後出しジャンケンなんですよね。

その結果、日蓮も、(富士系では)日興も、二枚舌の詐欺師弟ということになります。
一連の所業は、教団をわざと分裂させるのが目的か、と言われても仕方がないもので、
ここでもまた、後世の門下によって、まるで人格破綻者のような貶め方をされています。

にも関わらず、見直すどころか今も自慢して憚らないのですから、どうしようもないですね。

138 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/03/27(金) 13:39:10.58 ID:5uNMFjBD
クズはクズより出でてクズよりクズだ

139 ::2015/03/28(土) 02:50:22.07 ID:Q3NhcHNL
>>135山椒島さん
>製作者達は何を考えているのだろう

そうですよね、
なんで後々に辻褄が合わせなくなるような事を言ってしまうのか?・・・その場しのぎの教義には限界が目にみえてますものね。
製作者達も自らの見解には無理があることぐらい分かっているはずで、
そこまで、やらなければならいことって、はたして何?って感じです。
やはり、商売なのでしょう。キリッ
それならばそれでよし、、、
しかし、同業者の者達の欠点を都合(折伏ですか)に評価しての我田引水では、100%以上に正法などという法華経の広宣流布は無理と思います。

そんな中での今の日本の現状に、創価学会という支持母体に成り立っている結合体の党が、これからの日本には不要であることを知るべきものと感じます。
 「創価学会が有っての公明党!」
これが無理ってことを知った議員が出てきてほしいものです。
教義よりも金!・・・・と、なんでもかんでも金の多さに法華経を祭り上げする馬鹿共に日本一部の衰退を感じてしまいます。

『製作者達は捨てよ、馬鹿を増やすだけ!』

と、私よりも馬鹿はこれ以上に増やしたくないです{涙

140 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/03/28(土) 08:36:46.39 ID:OQbzXGSA
いやー、マッさん、感動したなー・・。

>>106
そんで、この富士一跡門徒だけど、六人阿闍梨にはつづきもあって、、

(五人所破抄)
天台の沙門日昭謹んで言上す。先師日蓮は・・・
法華の行者と為て・・・天台の余流を酌み

※日昭が天台沙門かつ阿闍梨でもあるという主張なら、
比叡山で密教修行して、相承のような資格認定を受けた人、
と世間は素直に見てくれるはず。

ところが日蓮さまは、比叡山の密教を実質的に完成させた、
日本天台の三世五世である、慈覚、智証の両大師を呼び捨てで
口汚くののしること御書に五十回以上。。

比叡山の根本中堂が火事になったというガセネタ情報を聞くと、
いよいよ天台もオシマイだな、とヌカ喜びしてみたり、。

比叡山の明雲座主に帰依した平清盛のせいで、孫の安徳天皇が
壇ノ浦に入水してるから、やっぱ謗法ってコワいよね、
と底意地のわるい言い方で、比叡山を完全に謗法あつかいしてる。

ここまで天台密教のワルクチ言い続けた人も珍しいけど、
そんな比叡山の敵としかいいようがない人に、
阿闍梨&天台沙門を名乗る日昭が弟子入りするわけ?

比叡山密教を口汚くののしりつづける師匠に、
比叡山密教の公認資格を持つ、と自称する坊さんが
入門弟子入りする設定には、かなり無理があるのでわ ? ? ?

141 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/03/28(土) 08:54:34.54 ID:OQbzXGSA
>>140
そして五人所破抄のこの部分はもう一つのムジュンも含んでて、

(五人所破抄)
天台の沙門日昭・・先師日蓮は・・・天台の余流を酌み

※日昭は自分は天台沙門だけど、師匠の日蓮は天台余流だと言っている。

天台余流は公認資格でない意味と思うけど、天台沙門と天台余流と
二つあるらしく、立正安国論のおもて書きである天台沙門は、
または天台余流とも言います、と富士一跡に注釈がある。

安国論の場合なら公文書と同等の扱いでなくてはいけないはずで、
実は余流なのに天台沙門と書くと、表書きが身分詐称になってしまい
とーぜん幕府には提出などできません。

ニセ天台の肩書きで、安国論を幕府に提出できますか? というムジュンね。

このあとの日郎の言いぐさも、チョーゼツ面白くて・・。

(五人所破抄)
天台沙門日朗謹んで言上す。先師日蓮は・・・
最要未だ上聞に達せず愁欝を懐いて空しく多年の星霜を送る
玉を含みて寂に入るが如く逝去せしめ畢んぬ、

※※日蓮さまは、悟りにいたることなく、秋の憂鬱みたいなうつうつの
気分のままで、無駄に年を重ね、神道の玉串を棺おけに入れて?
そのまま死んでしまいました・・。

日蓮さまを間近にみていた、直弟子の言葉ですから、
現代のまったく御書読んでない、受け売りだけの日蓮学者さんと違って、
言葉に真実の重みが感じられますよね・・。

142 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/03/28(土) 09:15:32.43 ID:OQbzXGSA
>>141
宗祖御遷化記録を見ると、日郎は日蓮さまのお棺につづく葬列の
一番前に立って見てる位置だから、やっぱ玉串ですかね・・。

一、大國阿闍梨 日朗 ・・・ 
次御棺 御輿也 ・・・ 前陣大國阿闍梨


さらに富士一跡には、受戒の記述とかもあって・・、

(富士一跡門徒存知の事)
一、五人一同に云く、聖人の法門は天台宗なり
仍つて比叡山に於て出家授戒し畢んぬ。
日興が云く、日蓮聖人の受戒は法華本門の戒なり今末法所持の正戒なり、

※これ比叡山の官制戒壇での受戒と、出家授戒がゴっちゃになってんのね。

というか、清澄寺で出家したんじゃねーの? とか、授戒したのに、
他人のワルクチ言いながら酒飲んでていいの? とか
日興一人が主張してる本門の受戒って具体的になんなのよ?
みたいに疑問符のタネは尽きません・・。

叡山の戒壇での受戒なら、国家公務員資格なので、住む寺をあてがわれて、
給金も出るそうですから、安国論提出から八年後にとつぜん、
予言が当たりましたあー♪ と鎌倉中に宣伝だか営業だかの、
就職活動らしきことをやる必要もないわけで・・。

これ六人とも、比叡山ルールをよく知らないんじゃないかい?
日昭、日郎の二人は、なぜか天台沙門を名乗ってますが・・。

>>135
病気のときは、半行の手紙すらも書けなくて、失礼いたしました。

143 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2015/03/28(土) 22:29:43.85 ID:rAtE+M3z
>>139 7 さん
ただ、こういった偽書の類は、別に法華経圏だけでなく仏教界全般で普通に大流行していたようで。
もっと言えば、龍ノ口の話の際にも「偽御教書」が挙がったように、分野を問わず文書偽造は盛んだった、と。

日蓮文書では、報恩抄の「ぼう書をつくるゆへに かかるあやまりあるか」が有名ですね。
各時代の式目などでも、「謀書・謀判」の罪が規定されていた記憶がありますよ。

>>142 さん
「はんぎゃう(判形)を くは(加)へず」です。

144 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/03/29(日) 08:39:17.86 ID:lxkBhwFS
>>143はんぎょうは署名のことで、花押を押してないのが、
日蓮さまにとってはお詫びするような大事なことなんだ。

偏執狂の面目躍・・。

というか、愛馬に優しい声をかけたとか日蓮教でうそついてる御書なのね。
じっさいは、馬盗まれると困るから、世話役に波木井の家来
貸してくんない? みたいな所有欲が全開になってる内容だよねー・・。

でね、この話みていつも思い出すのは、同時代の永平寺で、
明日、坊さんたちに食べさせる米が無いという状況を、
自慢タラタラ、嬉々として語りたがるメンタリティね、
映画Zenでもやってたけど。

仏教は、物を持たないことを、最高の美徳とする・・。

で、ひるがえって、日蓮大聖人さまは、安国論の冒頭にもあるように、
天変地異と飢饉がつづいて、道ばたに死体がゴロゴロ転がっている
そんな状況をみて、このままではいけないと義憤にかられて、
日本国のために立ち上がった、という設定でしょ?

なんで、常陸の湯治場にのんびり旅行に行けて、
自分専用の「愛馬」とか持てる身分なのでしょうか?
しかもその愛馬に、専用の飼育係もつけられる特権階級で、

道ばたの死体は全員、日蓮さまに置き去りにされてるわけで、、、

日蓮さま一人が豪遊生活を堪能されてて、しかもたかが、
花押を押してないことが、そんなに気になるモンかね・・。

半行かな? と聞くと、即座に判形です、と答えが返ってくるけれど、
この道ばたの死骸と、日蓮さまの豪遊生活についての考察とかは・・。

145 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/03/29(日) 08:54:52.80 ID:lxkBhwFS
>>141
日郎の言いたいホーダイをなにげ訳して、そのあとニュースみてたら、
フランスの旅客機墜落をやってるわけで、

日蓮さまって、やっぱうつ病だったんですかね?

そんなら法華一乗は、A320に乗ってる乗客みたいなもんか・・。

操縦室のドアをドンドン叩いてる音が、なんみょー題目で・・、

そのまま霊鷲山に墜落して、死んぢゃった後に、

日蓮仏法のうつ病ワールドへ、ようこそ。

なんてことにならないですよね?

お巣鷹山も霊鷲山とおなじ鳥の名前だったからな、
日航123便は、垂直尾翼に鶴丸マークが大きく描いてあったのよね。
羽田から、大石寺、身延あたりの富士山周辺を大回りして、
北にむかうんだけどね・・。

日航て、日興じゃん?

飛行機もふつーによく乗るから、
考えるといろいろ心配になるよな・・。

146 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/03/29(日) 09:01:57.79 ID:D/cs3FPO
>>144
>>>143はんぎょうは署名のことで、花押を押してないのが、
>日蓮さまにとってはお詫びするような大事なことなんだ。
>
>偏執狂の面目躍・・。

さすがにちょっと頭おかしい。

147 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/03/29(日) 09:06:35.79 ID:D/cs3FPO
しかし

「所らうのあひだ はんぎゃうをくはへず候事 恐れ入って候」が

>病気のときは、半行の手紙すらも書けなくて、失礼いたしました。

になってしまうということは、候文の「〜あいだ」すらも
マトモに読めない子なんだな。うーむ。

148 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2015/03/30(月) 00:14:57.71 ID:gXfDTq+V
「病のため、署名が出来ないのを申し訳無く思います」という感じでしょうか。
重要性を現代で喩えるなら、契約書にサインや実印を欠くようなものですしね。

>>144 さん
上聞=悟りでもなければ、玉=玉串でもないですね。

149 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/03/30(月) 07:09:50.96 ID:4iNrQA11
>>141
>(五人所破抄)
>天台沙門日朗謹んで言上す。先師日蓮は・・・
>最要未だ上聞に達せず愁欝を懐いて空しく多年の星霜を送る
>玉を含みて寂に入るが如く逝去せしめ畢んぬ、
>
>※※日蓮さまは、悟りにいたることなく、秋の憂鬱みたいなうつうつの
>気分のままで、無駄に年を重ね、神道の玉串を棺おけに入れて?
>そのまま死んでしまいました・・。

……流石にギャグでやってるんだよね? マジだったらどうしようと不安になるけど……

「上聞=統治者の耳に入り容れるところとなる」
「玉を含み=葬儀の際に口に含ませる含玉」

こんなこともわかんないのにあれこれ言うてもねえ。

150 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/03/30(月) 07:33:15.60 ID:rUb9Zarl
>>147-149
140-142さんの提示した内容に対するレスとしては、「何だかなぁ」という感じ。
枝葉末節の揚げ足取りみたいなもんでしょ。
たしかに142の「半行」は「判形」の誤読だろうけど、
体の具合が悪くて思うように書けないという意味では同じでしょ。

151 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/03/30(月) 07:46:04.94 ID:4iNrQA11
>>150
>枝葉末節の揚げ足取りみたいなもんでしょ。

ぜんぜん違うよ。>>140での

> このあとの日郎の言いぐさも、チョーゼツ面白くて・・。
> 日蓮さまを間近にみていた、直弟子の言葉ですから、
> 現代のまったく御書読んでない、受け売りだけの日蓮学者さんと違って、
> 言葉に真実の重みが感じられますよね・・。

この意味不明な誤読がないと成り立たないんだもの。
で、候文の「〜あいだ」も知らなかった日本語力の人が
マトモに鎌倉末期の文章を読めると思う?

152 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/03/30(月) 08:00:41.84 ID:rUb9Zarl
>>151
今度はそこかw そこを気にするなら141の「先師日蓮は・・最要未だ上聞に達せず」から、
立正安国論は結局、幕府のトップに提出されていなかったという推測に思い至るのが先決だろ。
個々の誤読だけを取り上げて、だから他の指摘も信用できないという印象づけたいように見える。

153 :全日本人:2015/03/30(月) 08:05:25.29 ID:fpgLwVjl
日蓮大聖人は、主師親の三徳の、全世界の主・全世界の師・全世界の親である。
池田大作先生は、主師親の三徳の、全世界の主・全世界の師・全世界の親である。

池田大作先生は蓮祖聖人である。

154 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/03/30(月) 08:12:09.68 ID:rUb9Zarl
152の続き
それに141さんは名無しだけど、前から立正安国論の提出を疑わしいと言ってる人だろ。
それなら誤読にしても日郎の言葉は、それの裏付けになるよ。

155 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/03/30(月) 09:04:11.72 ID:4iNrQA11
>>152
>立正安国論は結局、幕府のトップに提出されていなかったという推測に思い至るのが先決だろ。

提出されたという正本の記録がないので、疑わしいとは私も思っている。
だが:

>個々の誤読だけを取り上げて、だから他の指摘も信用できないという印象づけたいように見える。

件の人の文章の読解はいつもおかしい。
それはきちんと指摘しておくべきこと。

156 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2015/03/30(月) 10:46:52.32 ID:gXfDTq+V
>>150>>152-153 さん
いちいち指摘していたらキリが無いですし、そのつもりもありませんので。

> 誤読にしても日郎の言葉は、それの裏付けになるよ。

なりません。むしろ逆です。誤読と恣意的解釈に誘導されていますね。

157 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/03/30(月) 12:44:56.24 ID:eG5PprNi
>>156
>なりません。むしろ逆です。誤読と恣意的解釈に誘導されていますね。

どうして逆になるのでしょうか?

158 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2015/03/30(月) 15:04:15.89 ID:gXfDTq+V
>>157 さん
日蓮や日朗ら弟子達の記述は、「提出はした」が「採用された形跡が無い」で一貫していますので。

今回挙げられている「富士一跡門徒存知事」や「五人所破抄」にしても、ちゃんと読めば分かりますが、
すべて「立正安国論を幕府に提出した」前提の上で書かれています。もちろん、日朗らの言もそうです。

これを未提出の根拠とするには、日蓮本仏論ばりの切り文&御都合解釈主義が必要です。

159 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/03/30(月) 16:14:24.53 ID:eG5PprNi
>>158
なるほど。つまり日朗の言葉が安国論未提出説の逆、すなわち幕府に提出されたという裏付けになるわけではなく、
他の遺文と整合性を取ろうとする限り、「提出されたのだが不採用だった」と解釈する以外にないということですね。
よくわかりました。

160 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2015/03/30(月) 17:06:02.58 ID:gXfDTq+V
>>159 さん
いえ、そうではなく、この日朗の言は実際に提出したからこそ書けることであって、
実は提出していないというのなら、ハナから上聞に達するも達しないも無いんです。

日蓮一派は揃って「提出した」と言い切っています。これが大前提です。
日朗だろうと誰だろうと、その言が裏付けになるのなら、例外なく「提出された」方です。

提出・未提出の議論は、それらの自己申告を信用するかどうかという話です。

161 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/03/31(火) 06:35:59.19 ID:1hB3eHAy
>信用するかどうか

で言うなら同じ教団で利害が一致している直弟子で大幹部の言が信用できるのでしょうか?
たとえば浅腹の空中浮揚があったと正大使全員が言い切っていたら、その言は信用できるかって
ことです。

それから日郎についてですが、Wikiを見ると“1261年(文応2年)日蓮を師として法を学んだ”とあるのですが
『安国論』を提出したとされる1260年には師事してなさげなんですけど、日朗は『安国論』提出の経緯は実際に
みてないのではないでしょうか。

162 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/03/31(火) 07:29:42.96 ID:i3z2ULuA
>>158>>160
>日蓮一派は揃って「提出した」と言い切っています。これが大前提です。

154ですが、それこそ「日蓮は安国論を提出した」という日蓮教の公式見解を頭から鵜呑みにした見方でしょう。
変な先入観を捨てて素直に読めば、「最要未だ上聞に達せず」なのだから、提出したことになっていないと見るべきです。
上聞というのは広辞苑によれば「君主の耳に入る」ことです。「―に達せず」という用例も出ています。不採用ということではありません。
だから「玉を含みて寂に入るが如く」という表現になるので、首尾よく提出できていれば「玉をいだし」とでもなるでしょう。

163 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/03/31(火) 08:34:34.14 ID:SQa4XG0c
>>162
>上聞というのは広辞苑によれば「君主の耳に入る」ことです。「―に達せず」という用例も出ています。不採用ということではありません。

少しこの種の文章を読んだことがあれば、裁判関係でお上に訴えでたが
聞き入れられなかった、という意味で使われている例くらい知ってるもんなんだがね。

164 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2015/03/31(火) 08:50:24.92 ID:jrR3uG5z
>>161 さん
論点がズレています。

私が指摘しているのは、関係者の言や文献などを「信用するのなら」「裏付けとするのなら」、それらは
立正安国論が「提出されなかった」方ではなく、「提出された」方の論拠となりますよ、という話であって、
間違いなく提出されたに違いないとか、頭から鵜呑みして信用しろなどと言っているのではありません。

日朗が目撃したかどうか?も、提出の事実の有無とは関係ないでしょう。
逆に、1,260年以前に弟子入りしていたところで、提出した可能性は高くはならないと思います。

165 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2015/03/31(火) 08:51:40.92 ID:jrR3uG5z
>>162 さん
ですから、日朗も含めて「公式見解」は「提出した」という話でしょう。何が言いたいのですか?

「五人所破抄」に引かれる日朗らの言は、「武家(幕府筋)への奏状」とされるものであって、それらが
「前例」に倣ったものであることは、「立正安国論に准じて法華一乗を崇められんことを請うの状」との
日向らの言からも明らかです。もうひとつの「富士一跡門徒存知事」でも「奏上」と明記してありますよ。

そもそも、出してもいないものを突然「上聞に達せず」などと書かれても、相手は意味不明でしょうに。
また、執権や幕閣に宛てた文書が、親展か何かでダイレクトに届けられるとでも考えているのでしょうか。

「玉を含み」については>>149さんの御説明通り。古い風習の話なのですけど・・・。

166 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/03/31(火) 13:13:11.61 ID:5k9nrwSM
>>160
159です。160のレスどうもです。164や165を合わせて拝見しますと、山椒島さんは日蓮教の公式見解の解説をされていたのですね。
これで納得です。ありがとうございました。

>>163
どういう実例があるのでしょうか。そういう知識がないもんで、いくつか実例を御提示いただけると参考になります。

167 :正理会:2015/03/31(火) 13:48:19.95 ID:mgJzXTJQ
【正理会の使命】

日蓮大聖人様は偉大なり。日蓮大聖人様以外に仏無し。
末法の御本仏は日蓮大聖人様ただお一人です。

正理会・中杉博士は現代の最高指導者です。

中杉博士より法を教わらない限り、
仏になること、また幸福になることは出来ません。

個人の無明の闇を晴らし 日本の闇を晴らし 
全世界の闇を晴らしていきましょう。

それが正理会の使命です。

168 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/03/31(火) 14:07:59.75 ID:SQa4XG0c
「不達上聞」で検索してみるだけでも幾つかでてくる。
存命中に養子縁組の許可を得ていなかった、とか
寺社奉行が願い届けを聞き入れてくれなかった、とか。
どれも単に伝わったかどうかではなく、その願いが
聞き入れられた・許可されたかどうかが問題になっている。

169 :全日本人:2015/03/31(火) 15:22:41.80 ID:tZaLGYuD
日蓮大聖人は、主師親の三徳の、全世界の主・全世界の師・全世界の親である。
池田大作先生は、主師親の三徳の、全世界の主・全世界の師・全世界の親である。

池田大作先生は蓮祖聖人である。

170 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2015/03/31(火) 15:41:22.06 ID:jrR3uG5z
>>166 さん
今回の話では結果的にはそうなりますが、正確には、単純に資料の読み方の問題です。
これでもし公式見解が「提出してない。幕府など相手にしていない」などでしたら、私は率先して異を唱えますよ。

これまでに述べた通り、「上聞に達せず」とは、立正安国論が提出されているから こ そ 言えることです。
正しい理解の仕方は>>168さんの通りですが、仮に不採用云々は抜きで、単なる「不達」だと考えるとしても、
「提出はしたが、時頼らの手元に届く前に破棄された」等と読まなければ、文書自体の辻褄が合わなくなります。

あるいは、「最要」とはつまり「諸宗禁断・法華専修」のことでしょうから、立正安国論の提出の有無とは関係無く、
ただ単に「日蓮の主張が採用されなかった」と理解することは可能です。どのみち未提出の根拠とは成り得ません。

古文書の読み方、勘文類の扱い、幕府の仕組み・・・この辺は書き出したらキリが無いです。
その辺をバッサリ省いて書いているので、パッと見では分かりづらい点もあっただろうと思います。すみません。

171 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/03/31(火) 19:32:45.50 ID:iyWnqeOA
ちょっと話が混乱しているようなので整理しますが、
ここで問題になっているのは“提出の事実の有無”ではありません。
1260年に『安国論』の提出の事実があったかどうかです。
蒙古牒丈の後ならあったと言う事であれば問題にはなっていません。

172 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/03/31(火) 19:48:45.89 ID:SQa4XG0c
>>171
日蓮死後の日朗の発言がおよそ無関係だということは、
誤読している人とそれを無理やり擁護してる人に言ってください。

173 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/03/31(火) 19:52:52.85 ID:7qjoU9kR
>>171
全然違うだろw
今問題になっているのは
単語レベルの誤読。

174 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/03/31(火) 20:59:42.67 ID:iyWnqeOA
>>165
>日朗も含めて「公式見解」は「提出した」という話でしょう

「公式見解」は「提出した」であっても、
それが1260年に提出したにはならないのではないですか?

175 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/04/01(水) 08:03:17.15 ID:8iCLEMKy
>>163
ほう、件の日朗の「上聞に達せず」を「裁判関係でお上に訴えでたが聞き入れられなかった」と解釈すべきどんな用例があるのですか???
168のようなあなたの曖昧な感想文ではなく、原文での用例を挙げてみてください。もっとも日朗が裁判に言及しているとは思いませんが。
なお、私は162で広辞苑を挙げましたが、このほか手元にある岩波古語辞典、岩波国語辞典、三省堂新明解国語辞典もみな同じです。
君主の耳に入れる、入る、君主に申し上げる、となっており、「(裁判などで)訴えが聞き届けられる」という派生的な語義はありません。

176 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/04/01(水) 08:05:26.69 ID:8iCLEMKy
>>165
>ですから、日朗も含めて「公式見解」は「提出した」という話でしょう。何が言いたいのですか?

どうやら「提出した」という認定について、あなたと私とズレがあるようです。私は客観的に「提出の認否」を判断基準にしています。
これは「日蓮が安国論を提出する試みすらしていなかった」という意味ではありません。日蓮教が提出したと言い張っているのもむろん知っています。
ですから私は162で「提出していないと見るべきです」とは書かずに、「提出したことになっていないと見るべきです」と表現したわけです。
日蓮的には「提出した」つもりなのでしょうが、実際には国主の目に触れることはなかったものと見るべきだということです。

>また、執権や幕閣に宛てた文書が、親展か何かでダイレクトに届けられるとでも考えているのでしょうか。

あなたはたしか、鎌倉時代には手紙の宛名には正確性を求めたが、それを託す配達人には無頓着だったようなことをおっしゃっていましたね。
私はよくわかりませんが、仮にあなたの言う通りだとすれば、日蓮の主張と裏腹に、宛先に届いていなかった可能性が増大するのではないですか。

>玉を含み」については>>149さんの御説明通り。古い風習の話なのですけど・・・。

149さんがどういうつもりで古い風習を持ち出されたのか、私は分かりませんが、この場合、かなり場違いというか見当はずれの感があります。
死者の口に宝玉を含ませる風習について私は詳しくありませんが、おそらく死者を敬意をもって取り扱う意味であるのは確かでしょう。
日朗が、その風習を念頭に日蓮の死を「玉を含みて寂に入るが如く」と言ったのなら、日蓮も幕府に無視されて本望だったような頓珍漢になります。
そうではなく、国主の耳に届くことがなかったということを、宝玉を口から出さずに含んだまま死んでしまったと表現したとしなければ意味が通りません。

177 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/04/01(水) 08:21:18.16 ID:8iCLEMKy
>>170
>これでもし公式見解が「提出してない。幕府など相手にしていない」などでしたら、私は率先して異を唱えますよ。

横ですが、日蓮が幕府など相手にしていないなどと主張する人はおそらく誰一人としていないと思いますよ。
日蓮が幕府に相手にしてもらいたい、相手にしてもらおうと必死だったのは誰の目にも明らかでしょう。
意見の違いは、「にもかかわらず、なぜ幕府に相手にされなかったか」をめぐるものではないでしょうか。

178 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/04/01(水) 09:24:17.99 ID:qqZ/LWFf
なんか頓珍漢な人が張り切ってるなあ。

179 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/04/01(水) 09:35:50.55 ID:qqZ/LWFf
あ、なんだこれ誤読の人が文体変えて自演してるのか。
自分で漢文読めない、こじつけ、とおかしなところがそっくりだもんな。

180 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2015/04/01(水) 20:14:32.94 ID:1Grq/vze
>>174 さん
すぐ上で他の方達が指摘されている通り、今しているのはそんな話ではないですね。

>>176-177 さん
毎度のことですが、デタラメをいくら取り繕っても、単にデタラメが増幅されるだけですよ。

181 ::2015/04/01(水) 23:01:43.18 ID:fMextkVT
金光明経 大集経 仁王経 薬師経などを引用したわりに、

「佐渡の国へながされ候いし已前の法門は、ただ仏の爾前経とをぼしめせ。」三沢抄

なんか、ずっこけるのですが、
結局、日蓮が行ったとする国主諌暁立正安国論はなんだったのでしょうか?
日蓮の性格がよくわかりません。

182 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/04/01(水) 23:07:38.98 ID:qqZ/LWFf
>>181
まあ、立正安国論は「法門」ではないので。

183 ::2015/04/01(水) 23:18:40.68 ID:fMextkVT
>>182さん
日本にとっての「法門」でもない事を述べても意味無いですよね。
なんでこれを教義付けしてしまう宗派がいるんでしょ?

184 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/04/01(水) 23:40:03.47 ID:qqZ/LWFf
立正安国論の内容自体は佐前佐後どちらの立場でも
同じものが導き出せるので、そこで問題になっている
意味での法門ではないでしょう。しかし日蓮が執着していた
内容には違いないので、日蓮系教団がそれを教義の
重要な構成要素にすることが不思議だとも思えません。

185 ::2015/04/02(木) 00:00:45.69 ID:njlCVi3W
>>184さん
当て字で申し訳ございませんが、
日蓮の論は爾前経を「立証」した説法でありますから、
末法にはせんなしの話かとも思うのですが。

186 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2015/04/02(木) 09:41:40.97 ID:TRBTkhQC
>>185 7 さん
日蓮自身は「大網(法華経)」と「網目(爾前経他)」などと書いて説明していますが。

「大網」と「小網」。現代の感覚では、「憲法」と「法律」とで考えると分かりやすいかもしれません。
トップで核で唯一規範は法華経です。しかし、いちいち細かく表現され尽くしているわけではありません。
逆に、方便込みで分かりづらいものの、その内容が爾前で具体的に説かれていることもあります。

そこで、もし必要なら、該当する諸法律の条文を使って、憲法の原理原則を説明しようとなります。
立正安国論の場合は、それが金光明経であり、大集経・仁王経・薬師経だということですね。
ですから他の文書でも、論語だろうと老荘だろうと、平家物語だろうと、躊躇なく引用し倒しています。

五重の相対みたいな素人騙しの安直な排他論に染まっていると、この辺も見事に勘違いしますよね。

187 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/04/02(木) 12:29:24.06 ID:oIvpvpBU
成る程、天台懺法も修せず鎮護国家を騙るのが佐渡以前で
ある程度喜捨する信者を確保したらライブチャットで
懐を潤すことに専念するのが佐渡以後と云う訳ですね

近代のカルトと何にもかわりませんね〜

188 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/04/02(木) 12:34:11.24 ID:oIvpvpBU
法門とは成仏する方法(方便)を説くことだよな

方法(方便)を捨てたらどうなるか自明だろ

カルトは是だからいやなんだよ

189 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/04/02(木) 14:00:44.94 ID:iSduMtT5
受戒してない自称阿闍梨だからな(笑)

190 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/04/02(木) 18:15:38.17 ID:hOBxLWm6
頓珍漢が増えてるね

191 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/04/02(木) 19:56:53.28 ID:itZJYjCN
http://ameblo.jp/kitani1/entry-12009245483.html

192 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/04/02(木) 20:11:36.29 ID:yr1+F/7k
『正直捨方便』のサンスクリットの原文直訳は「私(釈尊)は、すべての臆病な心を捨て去って」で
決して法華経以外の諸経を捨て去れという能化から所化への命令文ではないのです。

一仏乗を信受すれば、三乗悉くが一仏乗と成って、仏弟子はその修行法の違いを乗り越えて
悉く作仏することができると説くのが法華経。
天台大師は、法華経以外の大乗方等経典を尊重すべきことを述べています。この経文は
法華経以外の諸経典を捨て去れと言う意味ではないことは顕かです。

193 ::2015/04/02(木) 21:14:03.77 ID:njlCVi3W
>>186山椒島さん
そうしますと、辻褄の合わない事が沢山あるように思うんですよね。

網目を例えに、日蓮の他宗への折伏観とはいったいなんだったのでしょう。
他宗の習いも謂わばこの網目になろうかと思いますれば、摂受での法華経布教こそ大綱であろうと思いもしますが。
>>191さん>>192さんが提示されてます内容を、日蓮が知っていたとするならば、
その十如是の如是本末究竟の意義は、
 「法華の為の網目なるが故に法華の証文に之を引き用ゆ可きなり」
と、『正直捨方便』の意義をも知っていたとも思います。

辻褄が合わせなくなっているのは、日蓮ではなく、、、後の私達だけったのでしょうかね?汗
ああいえば上祐!・・・の日蓮像ではひっぱたくなってしまいますw

194 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2015/04/02(木) 23:35:53.48 ID:TRBTkhQC
>>193 7 さん
>>192さんが書かれていることは、まったくその通りだろうと思います。

で、日蓮(と言いますか狭義の天台教学)にしてみれば、法華経は諸経の王で余経は所従(家来)ですから、
法華経を軽視したり、他の経典を上に置いたりすることはとんでもない大罪であり、破折・呵責対象となる、と。
どんなに優れた法律であっても、憲法に違反していればNGだから、速やかに改正せよ!となったのでしょうね。

しかも、そのことは経論釈に明らかであるにも関わらず、他宗の僧らは(分かっていて)誤ったことを流布している。
まさに邪智謗法・諸見流転であるから、摩訶止観を根拠に「頸を斬れ」と。こういうロジックであろうと思います。
ただし、それを実行するのは自分達ではなく、妙観講や広宣部でもなく、あくまで時の権力者(=賢王)です。

弘教に関しては、例の「常不軽品のごとし」の加筆疑惑を抜きにしても、衣座室の三軌というものがありますから、
それだけでも既に、現代の諸教団、特に日蓮正宗や創価学会の「折伏」がいかにデタラメかは分かると思います。

195 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/04/03(金) 00:00:44.01 ID:PeFESW2Z
経題をとなえるのはニチレンの発明でも何でもないのですが
法蔵菩薩さんの「願」に書いてあるんですがね

忘恩とはこういうことですな。

196 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/04/03(金) 08:14:02.76 ID:AThj3B3O
法華経を読んだ人が「法華最勝」と思い、信ずるのは自由ですが、他者に語るときには、
法華最勝と【思っている】【信じている】という言い方しか出来ないと思うのです。
それをあたかも証明された事実のごとくに語るとすれば嘘を言っていることになります。

『かつてのいわゆる天台の「五時教判」において、その第二の鹿苑時の十二年間に、
「釈尊はとくに意識的に卑俗化して、素質なく智慧もないひとびとに具体的に判りやすく
阿含経を説いた」(趣意)とされた伝統は、中国や日本に長く尾を引いて現在にいたり、
上述したように、このような迷妄は専門家のなかでは完全に払拭されたとはいえ、なお一般に、
もしくはかえって一知半解の徒に残存していることがあって、ときに一驚する』(ブッダとサンガ/三枝 充悳)


自分の信ずる宗教を唯一絶対と思い込むのは勝手です。でも、そうは思わない人に対して、
あたかも証明された事実のごとくに語り、主観を押し付け強引に勧誘する、無宗教者や
他宗教の信仰者を見下ろす選民意識、これらが創価学会をめぐる様々な
トラブルの要因になっていると考えます。

197 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/04/03(金) 08:24:32.92 ID:JziixEAC
>>163>>168
>少しこの種の文章を読んだことがあれば、裁判関係でお上に訴えでたが
>聞き入れられなかった、という意味で使われている例くらい知ってるもんなんだがね。

その実例を挙げてくださいとお願いしているのですが、まだですか?さも常識のようにおっしゃるのですから簡単でしょう?
あなたが困るなら山椒島さんに聞いてみればどうですか?彼も「正しい理解の仕方は>>168さんの通りですが」(170)と保証しておられますから。

>>180
>>>176-177 さん 毎度のことですが、デタラメをいくら取り繕っても、単にデタラメが増幅されるだけですよ。

175-177です。逃げを打っておられるならともかく、そうでないなら、私の主張のどこがどうデタラメで、そのデタラメがどう増幅されているのかご説明ください。

198 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2015/04/03(金) 10:18:17.35 ID:NElHZubK
>>197 さん
当初のあなた自身と、あなたが賛同・擁護する人が何と言っていたかをよく読み返し、思い返して、
それでも何も分からなければ、逃げたとでも、大勝利とでも、お好きに考えられたら良いですよ。

よくあることですし、慣れてますから。

199 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/04/04(土) 08:28:45.74 ID:KbtlmPMJ
じつは、うちの目の前、日蓮寺だけど、6時に寺の鐘で起こされた・・、

>>146 日蓮さまは、世界が認めたステキな偏執狂ですよ。

>>147 「〜あいだ」は、「病気だから」か、細けーな・・。

>>148
これは契約書じゃなくて、旅行中の便り。
公文書でもないただの私信で、花押に執着する意味てなに?

その答えは、辞書の一番目に書いてあった。でしょうけど、
辞書の用例と学者注釈に執着しても、意味不明になるだけよ・・。

>>145
うつ病の可能性は、ダレも突っ込まんのか。

日郎の話がどの程度のうつ症状かは知らんけど、

他宗批判とか、メチャメチャおかしいですよね。
嫉妬と、怨念、ありもしない妄想連発で、理屈はデタラメ・・、
御書って、じっさいはドロドロのうつ病ワールドだったのか。

謗法も、呪い言葉として悪用してて、ほんとケシカランと思う。
阿部日顕ぼく滅の唱題なんて、集団うつ病かよ? て感じだし。

日蓮まんだらを媒介にしてうつ病が伝染するんだね、
広宣流布は、精神病のパンデミックやー♪ (彦麻呂風・・) みたいな。

うつの症状としては、体重の減少(やせやまい)、
無気力で仕事したくない(空しく多年の星霜を送る) とか・・。

200 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/04/04(土) 08:50:39.13 ID:KbtlmPMJ
>>149
上聞は仏教なら悟りだよ、仏向上と同じ。

上聞=統治者の耳に入り・・は辞書の用例にあんのか、おめでとう。やったね ! 

でもそれだと「達せず」だから、北条時頼の耳には入ってないじゃん、
中尾せんせの考証とも逆だし、なんかマズいんちゃう?

「玉」は、含み玉ってあるんだ、骨董屋のおっちゃんも、
めずらしく仕事したな。でも二日は、ちょっと時間かかりすぎ、
わたしは二分ぐらいの脊髄反射でてきとー翻訳してるだけなのに・・。

>>150 半行で正解よ。体調不良で、文章書けないんだから、
「一行も書けなくてゴメんなさい」

判形だと、病気なのに手紙は全文書けて、最後のハンコ押し忘れだけを
お詫びするという、ヘンなストーリーになるな・・。

晩年は具合悪くて(うつ?)、手紙書けないお詫びの記述もあって、

(富城入道殿・・) 老病為るの上又不食気に候間未だ返報を奉らず候・・。

>>152
上聞に達せず = 奏上できなかった。てことか、意外・・、

たしかに、安国論提出を否定してるともとれるな。

>>158
不採用は、「(時宗御状) 日蓮が申す事御用ひ無くんば、定めて後悔之有るべし」
みたいに、献策の採用については、達/不達じゃなくて「御用ひ」をつかう。

デジタル大辞泉 - 不達の用語解説 - 先方に届かないこと。不着。←これかな?

201 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/04/04(土) 09:04:10.43 ID:KbtlmPMJ
>>165
この富士一跡の「奏上」ぶぶんは日興一人の意見みたいだな。

・・文応元年の御作是れ最明寺殿宝光寺殿へ奏上の本なり、

最明寺殿 → 北条時頼、

宝光寺殿 → 北条時宗。

時宗あての売り込み文書が門前払いされてんのに、
安国論なんて提出できるわけねーだろ、日興てめーふざけんなよ・・。

その時宗あての売り込み文書も、安国論を提出したとは書いてない。

(北条時宗への御状)
日蓮先年諸経の要文を集め之を勘へたること、立正安国論の・・。

最高権力者の時宗相手に、先代の時頼に奏上しましたと書いた場合、
それに見合う提出した事実がないと、処罰の対象になるから、その辺だろーね。

十一通御書のうち時宗あてを含む八通は、安国論を「勘へた(考えた)」
としか書いてなくて、提出したという記述がありません。

>>168
【上聞】天皇や君主の耳に入れること。天皇や君主の耳に入ること。
「―に達する」

不達なら反対言葉の、君主の耳に入らない、となるのか・・。

たぶん幕府提出のためのお題目みたいのがあって、みんなの念力パワーに乗せて
リモコンヘリみたく安国論を空中に飛ばして届けたんじゃないかと、
わたしは推理してますが・・。

202 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2015/04/04(土) 18:37:59.02 ID:s2aas1eF
>>199-201 さん
○契約書は喩えだと断っていますし、「波木井殿御報」は全文が日興代筆の書です。

○「故最明寺の入道殿に奉る 御尋もなく御用もなかりしかば」(下山抄・他)
 日蓮自身が真蹟で「奏上し不採用」と書いており、また日興1人の意見でもありません。

○(伊豆流罪は)「立正安国論一巻を造り最明寺入道に奉る故なり」(宗祖御遷化記録)
 六老僧全員が確認の上、署名して各自所持。つまり日朗も同じ認識だということです。

既述の通り、キリが無いのでここまで。後は好きに想像して下さい。

203 ::2015/04/05(日) 05:56:55.38 ID:d/dHYbn5
>>194山椒島さん
八巻の法華経を借文として用いることの教義って、言わばこの経も方便だってことを言ってしまっているのではありませんでしょうか?
これでは改正どころの話ではなく、『正直捨方便とは法華経をも含む』ことにしてしまわれているようにも思うのですが。
「折伏」なる穂先は法華経にも向けられているのかとも。

204 ::2015/04/05(日) 06:06:37.03 ID:d/dHYbn5
経王が自ら率いる軍勢に、法華経が倒されていく気配が見えるのです。
根本から日蓮正宗系って間違ってますよね。

205 ::2015/04/05(日) 06:22:06.70 ID:d/dHYbn5
「仏の御意は法華経なり、
 日蓮がたましいは、仏の御意へ帰依にすぎたるはなし」

こうですよね。
行者の意気込みが、あの「たましいを墨に染め流し」た文字曼荼羅であって、そのスローガンが決して本尊ではないようには思いますが。

206 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/04/05(日) 08:32:01.78 ID:UiMDI+HC
>>202日興代筆の意味とか、知らんがな(´・ω・`)。

(下山御消息)
先ず大地震に付て去る正嘉元年に書を一巻注したりしを
故最明寺の入道殿に奉る御尋ねもなく御用いもなかりしかば

※直前の行にある正嘉元年は1257年で、安国論提出の文応元年は1260年。

この西暦年数どおりなら、「一巻」は安国論の設定とムジュンしてて、
でも日蓮学者はこの件スルーして、みんな安国論つってんのね。

「奉る」は奏上とは意味ちがって、ふつーに手紙を出すこと。
たぶん宿屋入道の屋敷の門番どまりのことで、「不達」だよ。
「御尋ねもなく」は日蓮さまから見てガン無視されたってこと。

十一通御書の話と、安国論提出のうそを適度にブレンドして話作ってて、
そこで混乱して年号間違えたみたいな印象・・、

下山のこの「御用い」、につづく部分を要約したダイジェスト版が
(宗祖御遷化記録)の、立正安国論一巻を造り最明寺入道に奉る故なり。
なんだけど、六老僧は下山・・をよく読んでなくて、安国論かんけーなくて、
念仏とのもめごとでハメられた、というのが日蓮さまの主張みたいだな。

(下山御消息)
・・御用いもなかりしかば、国主の御用いなき(不採用の)法師なれば
あやまちたりとも科あらじ(殺しても罰せられないだろ?)
とやおもひけん念仏者・・人人も同意したるとぞ聞へし
夜中に日蓮が小庵に数千人押し寄せて殺害せんと

・・然れども心を合せたる事なれば(幕府と念仏が手を組んで)
寄せたる者も科なくて(念仏はおとがめなし)・・
日蓮が未だ生きたる不思議なりとて伊豆の国へ流しぬ、

207 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/04/05(日) 08:43:37.54 ID:UiMDI+HC
>>206
これたぶん日蓮さまが、念仏をハメようとして、小競り合いの件を
評定所に訴え出たんだと思う。ところが調べてもわからないんで、
逆に自分が伊豆流罪にされた、というサギ師の失敗談よ。

貞永式目の「虚偽の訴えを起こしたもの」が罪で、「遠流」が罰。

失敗をゴマかすために、話をふくらまして被害者ヅラしてるだけ。

だいたい名越の切通しに数千人入らんだろ。そして当時の鎌倉に
日蓮さま相手するためだけに集まるヒマ人の念仏衆が数千人もいたの?

これは真筆なんでしょ?


というか、宗祖御遷化記録の佐渡流罪の理由にもつい目が行っちゃって、、

極楽寺長老良観房の訴状に依るなり。となってるけど、

浄光明寺の行敏が訴状を出した、とムジュンしてるね・・。

しかし相手の人格攻撃でハナシをゴマかそうとしても、
切り文はどこも突っ込みドコ満載だからな・・。

208 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2015/04/05(日) 10:28:07.19 ID:F3tacq6v
>>203-205 7 さん
これは詳しい人に教えていただきたいのですが、法華七喩っていうのも、つまりは方便ですよね。
あと、何十劫もの時間を神通力で一瞬に感じさせたりするのも。設定は8年間ですものね。

>>206-207 さん
他にも「上進」や「進覧」などとも使っているのに、相変わらず頓珍漢なことを・・・。

> 病気なのに手紙は全文書けて、最後のハンコ押し忘れだけお詫びするという、ヘンなストーリー

あなたの脊髄反射のてきとー翻訳&デタラメ妄想も、負けず劣らずヘンだというだけのことですよ。
私は日蓮文書全般を踏まえて指摘しているだけで、その内容を支持しているわけではありません。

なので、その他の論点ずらしは信者さんへ。年号の件なども「こうです」と紹介は出来ますけどね。
いい加減な我説に妄執して、いちいちムキに食って掛かられるのなら私はお断りですね。

209 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/04/05(日) 13:03:46.39 ID:/B+jH/Xz
>>198
>当初のあなた自身と、あなたが賛同・擁護する人が何と言っていたかをよく読み返し、思い返して、
>それでも何も分からなければ、逃げたとでも、大勝利とでも、お好きに考えられたら良いですよ。

なんですか、それは?他人のレスを一方的にデタラメ呼ばわりしたうえ、読み返してわからなければ説明するとでも言うのかと思いきや、それはナシですかw
仰せの通り、私がこの件で初めてレスした>>150以降、読み返しましたが、あなたにデタラメ呼ばわりされる理由がさっぱり分かりませんね。

>>198
>よくあることですし、慣れてますから。

あなたは一方的にデタラメ呼ばわりしたり、されたりするのに慣れているのでしょうが、私はそういう扱いをするのにもされるのにも慣れていません。
もう一度言います。あなたが私をデタラメと言ったのだから、どこがデタラメか説明する責任はあなたにあります。その程度の道理はわきまえておくべきです。

なお私は件の140-142さん(特徴的な文体と内容なのでいちいち他のレス番は挙げませんが)の書き込みを常々興味深く拝見しているからです。
例えば、立正安国論を1960年に幕府に提出したという通説に疑義があるのを指摘したのはこの人でしょう。個々の誤読だけ論うのはどうかと思います。
はっきり言って、あなたのように日朗の「上聞に達せず」を「提出はしたが不採用だった」(158他)と解釈するのも、私に言わせれば明らかな誤読です。
それだと既に指摘した通り、「玉を含みて寂に入るが如く」も149氏とともに、「昔の風習の通り死んでしまったように」という訳の分からない話になりますから。

210 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/04/05(日) 13:43:10.97 ID:/B+jH/Xz
>>192
>『正直捨方便』のサンスクリットの原文直訳は「私(釈尊)は、すべての臆病な心を捨て去って」で
>決して法華経以外の諸経を捨て去れという能化から所化への命令文ではないのです。

岩波文庫の岩本訳を下敷きにされているのだと思いますが、「臆病な心を捨て去って」に対応する羅什訳漢文は「今我喜無畏」で「正直捨方便」ではありません。
岩本訳ではこのあたりが曖昧になっています。「捨」と言う字のために対応関係を誤られたのでしょう。
元来、「捨」という字は「喜捨」などの言葉を見てもわかりように、必ずしも不要な物ものを廃棄するという意味ではありません。
それは「手放す」というような意味です。意識的に(ものを)つかんでいた手を放す、あるいは、それにこだわらない、としてもよい。
したがって「今我喜無畏 於諸菩薩中 正直捨方便 但説無上道」を普通の下手な日本語で言いなおせば、
「さあ私は晴れ晴れとした気持ちで、数多の菩薩たちの面前で、率直に方便を手放し、ただ至高の教えを説こう」というような意味でしょうね。
他の経典を不要のもの、無用のものと露骨に否定してこそいませんが、結果的にそれに近い意味になります。菩薩もまた同じ判断にならざるを得ないでしょう。
ただ、あなたのおっしゃることは伝統仏教宗派の教学の法華経解釈論としては、きわめて常識的で、まともです。そうでないと色々問題がありそうです。

211 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2015/04/05(日) 15:32:18.46 ID:F3tacq6v
>>209 さん
たとえば、「玉を含む」も「寂に入る」も、私のような者は単に「師僧の死を悼む表現」としてしか読みません。
その前提として、日本には実際に「含玉」や「入寂」という風習なり表現なりがある(あった)からです。
あなたの>>176のような発想は出てきません。宝玉を出す・出さないで死ぬというような文例も知りません。

また、件の人は、「提出していないものを後から嘘宣伝しただけ」という趣旨の説を唱えておられるのですから、
あなたが当初から変わらず>>176のように考えておられたのなら、そもそも鉾先を向ける相手が違います。

しかも、この人は前スレでハッキリと「(資料の)真偽などどーでもいい」とまで言い放った人ですからね。
そういうスタンスもありなのかもしれませんが、私は絶対に賛同しませんし、出来る限り関わりもしません。
ですから、上の方ではアンカーで振られたことにだけ最小限のレスを返していました。今後はそれも控えますけど。

「未提出」か「不達」か「不採用」か、ソースを持ち寄って様々な可能性を検討することには興味はありますが、
ソースお構い無しに解釈ばかりを押し通すことは、あなたはどうか知りませんが、私には無駄でしかありません。

212 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/04/05(日) 17:48:10.00 ID:tuWv/DvW
ただそのソースの信憑性を考えると日蓮遺文は?がつくんですよ。
日蓮その人が後出し予言のようなペテン的手口をつかう割と嘘をつく人物だし
後の日蓮教団にいたっては遺文の捏造改竄当たり前の偽造団のような団体だから。

史料批判の大前提としてその史料を書いた人物のキャラ、実直で物事を正確に書き残す人物か
自分の考えを反映させる人物か、または割と嘘をつく人物か、等々によって史料の信頼性が変わってくると
思うんですけど、日蓮やその教団の史料の場合、狂信者ならともかく外部の人間から見ると
信頼性無し、どこで嘘をついているかということを考えながら読んだほうがいいと思いますよ。

213 ::2015/04/05(日) 19:03:47.21 ID:d/dHYbn5
>>208山椒島さん
そうなんですよね、、、、長々と8年も!かけて説いてきたのですから、よほど無口な性格だったのでしょうかw
この法華経をドラマ化しても二時間番組で二日の連載ぐらいでしょうか。渡る世間・・・よりも内容薄でしょうね。
仏滅後三千余年の解釈論のほうが実は面白いのではないかと思ったりして。

法華七喩って、爾前の説が法華経への誘引の手立て方便だったという喩え話が設定かと思いましたが、
読み手、対告者が経緯によって釈迦の存在が異なってくるものなのでしょうね。
アンチが臭くもこれを言うのであれば、日蓮や創価の教えも方便であるってことにも持っていけるでしょうか。
この七喩、“嘘”がキーワードみたいです。

自論の正当を謀るため、私の解釈が間違いでありましたら、、、、、それは方便だったと信じてくださいねw

214 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2015/04/05(日) 19:25:51.45 ID:F3tacq6v
>>212 さん
もともと私は、そのような作業を繰り返して信仰圏を脱した人間です。

別に日蓮系だけでなく、日本だけでもなく、仏教史そのものが偽書と偽経で溢れ返っていますね。
資料の真偽というのは、誰が何を言ったか、それが嘘か事実か以前の問題だと思うのですよ。

あと、誰かも書かれていましたが、何でもかんでも先ず否定ありきのような論には与できないです。
言っていることの方向が逆なだけで、先ず肯定ありきの信者さん達と全く同じ発想ですから。
で、議論をしてもソースは少なく、もっぱら解釈&解釈ですから、(私の)自説の検証も出来ません。
客観的な指標が出てこないので、自分が間違っていても確認が出来ない。全く無意味なんです。

ですから、最近は狂信者さんとも狂アンチ?さんとも、あまり深く関わらないようにしています。

215 ::2015/04/05(日) 19:28:29.95 ID:d/dHYbn5
>>210さん
『舎利弗当に知るべし 鈍根小智の人
  著相・慢の者は 是の法を信ずること能わず』

と、このような者達がいない集まりになったので、

『今我喜んで畏なし 諸の菩薩の中に於て
  正直に方便を捨てて 但無上道を説く』

ってことのようで、法華経での釈迦は「あえて爾前の教えはここで言いません」が“正直捨方便”の趣意ではなかろうかと?
巧妙な手段を暴露してる釈迦なのですから、“臆病な心を捨て去って”というのは少し疑問が残りますね。

216 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2015/04/05(日) 19:57:19.87 ID:F3tacq6v
>>213 7 さん
結局は、教判とか相対論などというものの欠陥、という話になるのでしょうか。

その典型にして究極の例が、創価学会や日蓮正宗などで最初に刷り込まれる「種脱相対」ですかね。
過去スレではよく分からないオリジナル?論を主張する人もいましたけど、それはともかく、これってつまり、

内・外→大・小→権・実→本・迹 ときたものが、最後に自ら「外道」宣言するようなものですよね。

「本仏」語などに騙されそうになりますけど、本迹相対まではすべて「釈尊の仏教」の話ですから。
同じ理屈で、現代では真言宗もしれっと権教扱いですけど、この辺は日蓮も扱いが曖昧ですよね。
明言しているのは「唱法華題目抄」くらい?ですけど、その後も「法華真言」を連呼していますし。

この辺について、私はさっぱり失念していますが、何か上手く説明していましたっけ?

217 ::2015/04/05(日) 23:19:52.24 ID:d/dHYbn5
>>216山椒島さん
こんなことを言うのも変なのですが、
日蓮は単なる批評家だったのではないでしょうか?
所謂ここでの私達みたいなw
普通に何十年も仏教を思案すれば現実ぐらいは解るような気もするのですが、
そんなところ、日蓮寄りに考えてみればアンチの師匠みたいなw

日蓮の現証は若き61歳での池上止まりで証明されておりますから、
蓮華の如く何事にも染まらず逝ってしまったのではないかとも思いたいですよ。
これこそ仏w、だと思いますので、、、「正直に方便を捨てて但無上行を説く」が私の日蓮像ではあります。
つか、日蓮の悪口も段々に気がひけてきましたので、たまにはこのようなレスも書こうかと・・・汗

“外道”
正直、私は解らないのです。
法華経から読めば、バラモンの習いが外道だと思いますが、
足の感覚がなくなるほどの唱題行などって、外道ですよね。
あっ、日蓮はあぐらでしたか?

「唱法華題目抄」に目を通してみましたが、法華経より難義でしたので思考停止状態になってしまいました。スミマセン

218 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/04/06(月) 08:20:48.99 ID:FjwhMhmZ
『現代訓読・法華経』(東方出版)

金森天章氏訳による「原典の訓読」では、 当該箇所(正直捨方便)について
次のように説明しています。

今や我、喜びて畏るるものなく、数多の菩薩達の真中に在りて、
臆することなく方便を与えて、一向にこの上なき覚りを
説き明かすなり。



『梵漢和対照・現代語訳法華経』

>本書は、東京大学名誉教授の中村元先生から、1999年に逝去されるまでの
>約十年間、東方学院で直接、教えを受けることができた学恩の賜物である。

またその時、私は、すべての臆病な心を捨て去って、恐れる心がなく、
歓喜しており、人格を完成された人(善逝)の息子(菩薩)たちの中で
(法を)説き、まさにそれら(の菩薩たち)を覚り(の達成)へと教化
するのである。

219 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/04/06(月) 08:32:57.36 ID:FjwhMhmZ
兎に角ニチレン教カルトでは方便=嘘と洗脳されておるようで
其以下の経文にも何度となく方便が用いられたり
また25方便や三種方便、正方便等々
工夫、門、方法などまともな仏教理解も無しに
他人の家に土足で上がるごとき輩
に成り果ててますな。

その時に集まったのは菩薩衆だよね
ソッカーとかじゃ無いからね。
これは最重要事項だよ。

そして洪水時に使用した筏を担いで歩けと釈尊はいってませんね。
ニチレンが悪口をたれたお相手はニチレンほど愚かかどうか、
どうおおもいですかな。

220 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/04/06(月) 09:39:11.19 ID:hpT6LJZH
>>211
209です。釈迦に説法ですが、該当の日朗の原文は現代語で言えば、
@私の師、日蓮は釈尊の本意に応じて、先に説かれた諸経を差し置いて、後に説かれた法華経を広めたが、
A最も重要なことは「上聞に達せず」、失意のままに年月をすごした。
Bあたかも宝玉を口に含んだままお亡くなりになったかようなご逝去であった。
Cしかし私、日朗はありがたいことに法華経を師から受け継ぎ国家の安泰を祈るための方途を実行する。
というような話ですから、やはり、「玉を含みて寂に入るが如く」は、やはり「上聞に達せず」を受けていると思います。
そして「上聞に達せず」は、やはり遂に国主の耳に入ることが無く亡くなったと師の失意を慨嘆したものと思われます。

とここまで来たところで創価信者のやっている「赤鬼のブログ」というのを見つけましたが、
それの訳にはやはり「最も肝要なことは国主の耳に入れずに至らず、憂いと欝屈の思いを抱いて空しく多年を送り、
まるで宝石を持った者がそれを認められずに亡くなったように逝去してしまった。」と訳しており、私と同じです。
この人は専門の研究者ではないのでしょうが、全体の流れからして素直で常識的な解釈と思います。

221 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/04/06(月) 09:53:22.12 ID:hpT6LJZH
220の続き
たしかに私は>>150で140-142さんを擁護しましたが、それは件の人が色々提出されている論点に私自身、興味深く思うものが少なくないからです。
全面的に賛同しているわけではありませんが、この方は誰に言うともなく、いろいろ書いておられるので、あまり茶々を入れる気がしません。
私は当初から176のように解釈していましたが、正直、皆さんとちがって私は日蓮に詳しくなく、日朗の文も、件の141で初めて知ったような次第です。
ですから「当初から」と言っても、その時からです。山椒島さんはじめ、私にとっては件の人も含め、日蓮に詳しい方が多いので、このスレは参考になります。
ともあれ御趣旨はよくわかりました。

222 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/04/06(月) 10:42:12.20 ID:hpT6LJZH
>>218
210ですが、たいへん興味深いですね。「正直捨方便」というのは羅什の漢訳文ですから、そこで「臆病な心を捨て去って」に対応するのは「今我喜無畏」としました。
ところで、金森訳のほうは「正直捨方便」を「臆することなく方便を与えて」と、「捨てる」のと逆に「与える」の意味になっています。
これは私が210で触れた「喜捨」の意味、すなわち、方便を「自分の手から放して差し出す」と言う意味になっています。

また後の植木訳は192のご指摘通り「臆病な心を捨て去って」とあり、これは英訳や仏訳に「近い」です。
ちなみに英訳では「すべての臆病を差し置いて」で、仏訳では「いっさいの躊躇(あるいは迷い)を捨てて」という感じです。

しかしながらこの章の全体を読めば、ここでいう「臆病」や「躊躇」は、釈尊が、それまでの教えを脇に退けて、法華経を説くべきか否かの臆病や躊躇のことだとわかります。
つまり他の経典が「法華経を説いてやりたいが如来以外には理解できまい、誤解されるのではないか」という如来の心の臆病や躊躇から出た方便であることを意味しています。
こうしてみると植木訳は、つまるところ羅什の漢訳「正直捨方便」の標準的な読解、すなわち「方便を捨てて法華経を説く」と意味において異なったものではないことになります。
この植木という人は岩波文庫の岩本訳に多くの致命的誤訳があると指摘していますが、翻訳の専門家でない一般読者にはさほど大意に影響はないと私のような素人目には思われます。

しかし初めの金森訳は、私は知りませんでしたが、斬新な読みですね。他の部分にもこうした特徴があるのでしょうか。

514 KB
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

★スマホ版★ 掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50

read.cgi ver 05.04.00 2017/10/04 Walang Kapalit ★
FOX ★ DSO(Dynamic Shared Object)