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日蓮って ver.29

1 :ひゃっきまる ◆KnSOULKlyI :2014/08/03(日) 09:57:34.69 ID:uvYX13Ss
日蓮って ver.28
http://anago.2ch.net/test/read.cgi/koumei/1401764214/

「日蓮って」過去ログ
http://hyakkimaru.nukenin.jp/

創価学会の教義と日蓮仏法について、真面目に語るスレッドです。
創価学会擁護の論客もふるってご参加下さい。

コテハン推奨。sage推奨。「荒らし」は無視で。
スレが荒れる原因になりますので、暴言や挑発、嘲笑、語尾のwwwはNGです。
スレ違いの話題はほどほどにして下さい。

初心者の方も教義についての質問があればお気軽に書きこんでください。

2 :ひゃっきまる ◆KnSOULKlyI :2014/08/03(日) 10:02:08.84 ID:uvYX13Ss
まず以下の方使い切ってからこちら書き込んでください。

日蓮って ver.28
http://anago.2ch.net/test/read.cgi/koumei/1401764214/

3 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/05(火) 11:01:51.70 ID:sUwe3HoM
ひゃっきまるさんへ

>第一に、・・・相手の人格を尊重する態度です。

相手の人格を知らずに、いかにしてそれを敬うのですか?
私はあなたの人柄について、あなたの言葉から想起される曖昧模糊としたイメージ以外に、
何一つ知らないのです。
あなたと私は、いわばたまたま道ですれ違っただけの赤の他人同士です。
その赤の他人から「あなたが信じている宗教は間違ってませんか?」と突然言われたら、普通は戸惑うでしょう。
戸惑いは次に憤りに変わるでしょう。
これは人として当然の心理だと思うんです。
こうなってしまっては、もはや言葉の力など無益です。
人間は感情の生き物と言われますが、あなたの思考回路にはこれに対する理解や配慮がまるで欠けていて、
何か子供と大人の議論をしているような、心理的な違和感を覚えるのです。

>第三に、自分自身に対する誠実さ。

これについても、あなたの文章だけから私が窺い知ることは困難です。
先述したように、“あなた自身”についての曖昧なイメージ以外の情報をまったく持ち得ない状況では、
それに対してあなたが誠実であるか否かについての判断も下しようがありません。
ところで、スタップ細胞の一件はご存知と思いますが、おそらく小保方さん本人は誠実に真面目に研究をしていたと思います。
しかし、それだけでは世間を納得させることはできませんでした。
あなたには、この小保方さんと同種の甘さを感じます。
誠実であれば、真面目であれば許されると考えるのは大きな間違いです。
誠実であるべきとは当たり前の条件であって、それを具体的な成果に結び付けてこそ、
初めて自分の主張を他人に認めさせることができます。

4 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/05(火) 11:09:33.93 ID:sUwe3HoM
ある問題の解決のために、互いに自分の主張を相手に認めさせようとする作業を、議論と呼ぶのではないのですか?
誠実であることを以て良しとし、その先の具体的な成果の提示を一切問われない環境に留まっているあなたが、
どうやって相手を説得するんです?
小保方さんが「スタップ細胞はあります!」と思わず叫んだところで、
あなたが「できるだけこの三つを実現しようと努力します!」と言明したところで、
「ああそうですか」と頭を掻くしかありません。

しかし小保方さんは世間の前に姿を曝しただけ、同情の余地があります。
彼女の負った現実のダメージに比べれば、あなたの心の葛藤や悩みが何だと言うんでしょう。
彼女が抱いた社会貢献への熱意に比べて、あなたの言論の裏にある熱意がどれ程のものだと言うんです?
2ちゃんねるでは、それを伝える手立てもありません。
あなたの言葉には体温がないのです。
つまりここでのあなたは、言葉で出来た虚像そのものであり、ゲームの中のキャラクターとしての存在に過ぎません。
その実体は小さなドットの集合体であり、生きた人間のように見えるのは、言葉の魔術によってであり、錯覚のメカニズムによってです。

などと2ちゃんねるで何を語ってるんでしょうね、 お恥ずかしい。

5 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/05(火) 17:45:36.02 ID:PpgzfolB
つまり言葉が軽いと言いたいわけですね
だけど2chでも討論ぐらいできると思うんですがね

6 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/05(火) 18:30:29.55 ID:PB0g7hPV
○○の再誕とか××の本仏とか、そこまで行ったら、カルトを越えてオカルトの領域だと思います。

7 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/06(水) 17:35:05.28 ID:wMLO9VJ3
前スレはまだ書き込めたんですね。
間違ってこっちへ来てしまいましたが、レスが付いたので、ここに書き込みます。

>つまり言葉が軽いと言いたいわけですね

誠にその通りです。
お伝えしたように、ネットの言論には人間的な痕跡が皆無です。
そのような言葉に伝達機能はなく、“便所の落書き”としての効果、
すなわち公共の秩序への撹乱作用しかありません。
便所の壁をマジックで汚すのは良心が痛みもしますが、
落書き用の掲示板に落書きをするには何の遠慮も要りません。
しかもネットには公園のトイレとは比較にならない公共性があります。
さらに双方向性のコミュニケーション機能まで備わっています。
大の大人が熱中するのも無理からぬ話です。
私が非言語的コミュニケーションの重要性を強調するのは、
これの不在こそが2chの最大の欠陥であり、
これを利用する者にとっては、触れて欲しくない“弁慶の泣き所”だからです。

しかし多くの利用者は、それを自嘲的に肯定しながら、ゲームとしての議論を楽しんでいます。
2chの言論と現実のそれとがまったく別物であるとの分別を持っているのです。
ところが、“ひゃっきまる”さんのような人たちは、信仰の話題を扱う限りにおいて、
このような自嘲的な態度を表明することができません。
ゲームを楽しみながらも、決して楽しそうな顔を見せず、
絶えず誠実な態度を自意識に問いかけ続けなければなりません。
こうした精神状態を、私は“板挟み”だと言いました。

8 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/06(水) 18:02:22.52 ID:wMLO9VJ3
1円を笑う者は1円に泣くと言いますが、彼らこそは、
他人の信仰を1円玉のように小馬鹿にして、今、その1円の価値の重みに狼狽えています。
「あなたは誠実な人間なんかじゃありませんよ」「嘘だと思うならそれを証明してみなさいな」
と、私に弁慶の泣き所を蹴っ飛ばされて、顔を歪めながら、苦しい反論をしています。

しかし言葉による誠実さには何の価値もないでしょう。
それは、現実の人間性と行為によるしかないものだからです。
2chのような匿名の発言の場では、いかにしてもそれを示すことができない以上、
誠実であるとの前提で発言することもまた不可能ではないでしょうか。

>だけど2chでも討論ぐらいできると思うんですがね

討論というよりも、討論の疑似体験と言うべきでしょう。
結局は、ゲームです。

9 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/10(日) 03:08:12.84 ID:Ia8ibSPM
ひゃっきまるはま〜た戻ってきてしまってるのか・・・
敬意を相手に抱くのは結構なことだが、
であるならば敬意を抱いたその相手に自分の勝手な押し付けがましい
「相手(自分)にも敬意を抱け」という願望は捨てることだよ。
それが敬意というものだ。

10 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/10(日) 03:10:50.46 ID:Ia8ibSPM
口やかましくいうことでかえってスレが横道にそれるだろうに、
どんだけ繰り返すのが好きなんだか。
いや、それが実は好きだから戻ってくるんだろうけど。
くわばらくわばら・・・。

11 :ひゃっきまる ◆KnSOULKlyI :2014/08/10(日) 09:46:10.19 ID:HFP5t8um
>>3 3000光年の惑星さん

僕は、あなたに「真面目に議論するとはどういうことですか?」と聞かれたので、僕はこう思いますよ、
ということで3つの項目に分けて説明しました。

しかし、それをあなたに強いるつもりはありませんし、僕も自分がそれを十分できているとは思っていません。
そうあってほしいな、と思っている程度です。

しかし、「私は真面目に議論しませんよ」ともしあなたが宣言されるのであれば、そこまで言う人に対してはこのスレを去って欲しいと思います。
このスレはあくまでも「真面目に議論する」ことが主旨なのですから。


>>第一に、・・・相手の人格を尊重する態度です。
>
>相手の人格を知らずに、いかにしてそれを敬うのですか?
>私はあなたの人柄について、あなたの言葉から想起される曖昧模糊としたイメージ以外に、
>何一つ知らないのです。

僕は相手が誰でもとりあえずは相手の人格は尊重したいと考えています。
それが近代的な人権に対する考え方だと思いますし、実際の社会や人付き合いでも当たり前にそうすると思います。
仕事で取引先の方と初顔合わせするときに、「俺はこの人をよく知らないからとりあえず軽蔑しておこう」なんて思う人はいないでしょう。

12 :ひゃっきまる ◆KnSOULKlyI :2014/08/10(日) 09:46:58.88 ID:HFP5t8um
>>3 3000光年の惑星さん

>あなたと私は、いわばたまたま道ですれ違っただけの赤の他人同士です。
>その赤の他人から「あなたが信じている宗教は間違ってませんか?」と突然言われたら、普通は戸惑うでしょう。
>戸惑いは次に憤りに変わるでしょう。
>これは人として当然の心理だと思うんです。
>こうなってしまっては、もはや言葉の力など無益です。
>人間は感情の生き物と言われますが、あなたの思考回路にはこれに対する理解や配慮がまるで欠けていて、
>何か子供と大人の議論をしているような、心理的な違和感を覚えるのです。


このスレッドは、「創価学会の教義と日蓮仏法について、真面目に語るスレッド」という主旨です。
教義についての話とは、当然批判検証的視点も含まれます。
あなたは、あなたの方から、ここに望んで来たのです。
こういった話をしたくないのであれば、あなたが自分から立ち去るべきでしょう。

そして、創価学会は、これまでの歴史で、常に他の信仰者に対して、「あなたが信じている宗教は間違ってませんか?」どころか、
「あなたが信じている宗教を信じると間違いなく地獄に堕ちます! さあ一刻も早く改宗するのです!」
と言い続けてきたことをお忘れなく。

13 :ひゃっきまる ◆KnSOULKlyI :2014/08/10(日) 09:47:32.10 ID:HFP5t8um
>>3 3000光年の惑星さん

>誠実であれば、真面目であれば許されると考えるのは大きな間違いです。
>誠実であるべきとは当たり前の条件であって、それを具体的な成果に結び付けてこそ、
>初めて自分の主張を他人に認めさせることができます。

なんだかわけがわかりませんが、僕が何か許されなくてはいけない過ちを犯したのでしょうか?
日蓮や創価学会を批判することが許しを請わなければいけないような過ちだとあなたは考えているのでしょうか?
具体的な成果とはいったい何のことでしょうか?

14 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/10(日) 11:10:14.58 ID:l40lN9S6
ひゃっきまるさんへ

>「私は真面目に議論しませんよ」ともしあなたが宣言されるのであれば、そこまで言う人に対してはこのスレを去って欲しいと思います。
このスレはあくまでも「真面目に議論する」ことが主旨なのですから。

2ちゃんねるのようなバーチャルな言論の場では、真面目な議論はできない、
もしできると考えるなら、それは都合のよい錯覚に過ぎない。
なぜなら、ソファーに寝転んだままでの気ままな言葉のやり取りなどは議論の真似事に過ぎず、
そのような態度を真面目だと言える根拠も、またそのような態度はあり得ないという証明も不可能である以上、
これを“真面目な議論”の手段として利用するのは、ご都合主義的な解釈と、言葉への過信による錯覚と言わざるを得ない。

こう私なりに言葉を尽くして説明したつもりですが、理解してもらえないなら仕方ありません。

>このスレッドは、「創価学会の教義と日蓮仏法について、真面目に語るスレッド」という主旨です。
教義についての話とは、当然批判検証的視点も含まれます。

2ちゃんねるを運営する側の人間が、信仰者としての私が抱く一般的な感情に配慮しているとはとても思えません。
劣情を煽るような広告ばかりが目につき、そのような業者から収入を得ている人間が拵えた落書き用の板に、
なに食わぬ顔で落書きをしながら、真面目とか誠実だとか言われるのは、正直、迷惑です。
むしろ既存の価値観や自明の理に挑戦する破廉恥で、ふてぶてしい性格の人間だと思ってしまいます。

当たりでしょう?
こんな便所に来てまで善人ぶるのはもう止めたらどうです。
そんな時間があるなら、本当の善人になる努力をしたらどうでしょう?
余計なお世話でしょうが、それはお互いさまです。

15 :大乗非仏説:2014/08/10(日) 12:23:02.66 ID:Eflk8Vxy
>>14
横レスです。

>こんな便所に来てまで善人ぶるのはもう止めたらどうです。

なんだかなぁ ひゃっきまるさんがあれだけ誠実に対応しているのに
あなたは、色眼鏡でしかものをみれない人のようですね。

>本当の善人になる努力をしたらどうでしょう?

で、貴方はどのようなことをしているのですか?
「便所」にきて人をからかっているだけではないですか?
すくなくとも貴方にはいわれたくないですね。

16 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/10(日) 20:07:36.86 ID:EQECEMyW
>相手の人格を知らずに、いかにしてそれを敬うのですか?
>その赤の他人から「あなたが信じている宗教は間違ってませんか?」と突然言われたら、普通は戸惑うでしょう。
>誠実であれば、真面目であれば許されると考えるのは大きな間違いです。
>それを具体的な成果に結び付けてこそ、初めて自分の主張を他人に認めさせることができます。
>具体的な成果の提示を一切問われない環境に留まっているあなたが、どうやって相手を説得するんです?
>彼女が抱いた社会貢献への熱意に比べて、あなたの言論の裏にある熱意がどれ程のものだと言うんです?

ううむ、さすがだ。>>3-4は社会貢献に心血を注いだ忍性にヒマを持て余して無根拠な誹謗中傷をくわえた日蓮に対する痛烈な批判になっている。

17 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/10(日) 20:31:29.18 ID:RvO+c9tO
ま、小保方信じてる時点で知能の程度は知れるわけだけどな。

18 :ひゃっきまる ◆KnSOULKlyI :2014/08/11(月) 00:00:57.91 ID:oKSsMV0J
連投規制で書き込めませんでした。
他スレであっても一定時間に5レスすると書き込めなくなるのでしょうか。
不便ですね。


>>4 3000光年の惑星さん

>ある問題の解決のために、互いに自分の主張を相手に認めさせようとする作業を、議論と呼ぶのではないのですか?

AとBという対立した主張があったとして、どちらかが勝ち、どちらかが負けることが議論だとは僕は思っていません。
なぜなら、議論は戦争ではなく、その対局にあるもの、「対話による相互理解」を目指すものだからです。一方だけに益が生じることはベストの結果ではありません。
なぜ対立した状況が生まれているのか、お互いに誤解はないのか、といったことを明らかにして、最終的に対立を解消することがベストの議論です。


>誠実であることを以て良しとし、その先の具体的な成果の提示を一切問われない環境に留まっているあなたが、
>どうやって相手を説得するんです?

真面目であること、誠実であることは、議論の前提になるべきだと僕は考えています。
しかし、それをあなたに無理に求めようとは思っていません。

「その先の具体的な成果」が何を意味しているのかよくわかりませんが、議論によって生じる価値だとすれば、先にいった「対立の解消」がそれにあたるでしょう。
しかしその前に、創価学会や原理主義的な日蓮信仰のカルト性をあなたに理解してもらうことも必要でしょう。

19 :ひゃっきまる ◆KnSOULKlyI :2014/08/11(月) 00:01:54.11 ID:oKSsMV0J
>>4 3000光年の惑星さん

>小保方さんが「スタップ細胞はあります!」と思わず叫んだところで、
>あなたが「できるだけこの三つを実現しようと努力します!」と言明したところで、
>「ああそうですか」と頭を掻くしかありません。
>
>しかし小保方さんは世間の前に姿を曝しただけ、同情の余地があります。
>彼女の負った現実のダメージに比べれば、あなたの心の葛藤や悩みが何だと言うんでしょう。
>彼女が抱いた社会貢献への熱意に比べて、あなたの言論の裏にある熱意がどれ程のものだと言うんです?

なんだかいきなり小保方さんの悩みと比較されてわけがわかりません。


>2ちゃんねるでは、それを伝える手立てもありません。
>あなたの言葉には体温がないのです。
>つまりここでのあなたは、言葉で出来た虚像そのものであり、ゲームの中のキャラクターとしての存在に過ぎません。
>その実体は小さなドットの集合体であり、生きた人間のように見えるのは、言葉の魔術によってであり、錯覚のメカニズムによってです。

2ちゃんねるであっても、生身の実在する人間が、それなりの時間と労力をかけて文章を作っているわけです。
AIか何かが書き込んでいるのだとでも思っているのでしょうか。
真面目に議論するつもりがない、とあなたが宣言されるのであれば、このスレから黙って立ち去ればそれでよいと思います。

20 :ひゃっきまる ◆KnSOULKlyI :2014/08/11(月) 00:02:25.97 ID:oKSsMV0J
>>7, >>8

>しかし多くの利用者は、それを自嘲的に肯定しながら、ゲームとしての議論を楽しんでいます。
>2chの言論と現実のそれとがまったく別物であるとの分別を持っているのです。
>ところが、“ひゃっきまる”さんのような人たちは、信仰の話題を扱う限りにおいて、
>このような自嘲的な態度を表明することができません。
>ゲームを楽しみながらも、決して楽しそうな顔を見せず、
>絶えず誠実な態度を自意識に問いかけ続けなければなりません。
>こうした精神状態を、私は“板挟み”だと言いました。

このことについては前にも述べましたからくどくはくり返しませんが、「違いますけど」としか言えないですね。
創価学会はカルト的な傾向を持つ危険な宗教だと思うので、僕は創価学会批判をしたり、
創価学会の内部や関係者で苦しんでいる人を助けたいと思っています。

あなたとのやりとりは、教義の話からそれてはいますが、創価学会や原理的な日蓮信仰者の考え方をあきらかにできるという意味で、有益だと僕は思っています。

21 :ひゃっきまる ◆KnSOULKlyI :2014/08/11(月) 00:14:18.94 ID:oKSsMV0J
>>14 3000光年の惑星さん

>2ちゃんねるのようなバーチャルな言論の場では、真面目な議論はできない、
>もしできると考えるなら、それは都合のよい錯覚に過ぎない。
>なぜなら、ソファーに寝転んだままでの気ままな言葉のやり取りなどは議論の真似事に過ぎず、
>そのような態度を真面目だと言える根拠も、またそのような態度はあり得ないという証明も不可能である以上、
>これを“真面目な議論”の手段として利用するのは、ご都合主義的な解釈と、言葉への過信による錯覚と言わざるを得ない。
>
>こう私なりに言葉を尽くして説明したつもりですが、理解してもらえないなら仕方ありません。

上記の言及に関しては、「いや、真面目な議論はできますよ」としか言えません。その理由はすでに言いました。
あなたがそう思えないのなら「勝手にすれば?」と思いますので、このスレから立ち去れば良いだけの話です。
誰もあなたを追いかけて「議論の続きをしましょう!」などと言いませんから。

22 :ひゃっきまる ◆KnSOULKlyI :2014/08/11(月) 00:14:56.61 ID:oKSsMV0J
>>14 3000光年の惑星さん

>2ちゃんねるを運営する側の人間が、信仰者としての私が抱く一般的な感情に配慮しているとはとても思えません。
>劣情を煽るような広告ばかりが目につき、そのような業者から収入を得ている人間が拵えた落書き用の板に、
>なに食わぬ顔で落書きをしながら、真面目とか誠実だとか言われるのは、正直、迷惑です。
>むしろ既存の価値観や自明の理に挑戦する破廉恥で、ふてぶてしい性格の人間だと思ってしまいます。

わけがわかりません。
なぜ2ちゃんねるの運営者があなたの信仰者としての心の配慮をしなければならないのでしょう。
あなたが勝手にここに来て書き込んでいるだけなのに。
「既存の価値観や自明の理に挑戦する破廉恥」というのは、僕からすれば創価学会やあなたの言がまさにそう見えるのです。


>当たりでしょう?
>こんな便所に来てまで善人ぶるのはもう止めたらどうです。
>そんな時間があるなら、本当の善人になる努力をしたらどうでしょう?
>余計なお世話でしょうが、それはお互いさまです。

べつに善人ぶっているわけではありませんが、善人ぶっていると責められるのはなんとも奇妙ですね。
僕が仮に真面目な振りをしているとか、善人の振りをしているとして、それがあなたにどんな不利益を生むのでしょう。

23 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/11(月) 06:12:18.79 ID:sWK4bCdq
ひゃっきまるさんへ

>なぜなら、議論は戦争ではなく、その対局にあるもの、「対話による相互理解」を目指すものだからです。

確かにそうでしょう。
歩み寄れる所は歩み寄ればよい。
しかし、お互いに譲れない部分も自ずとあるものです。
国会における政策論議も、そうですね。
国家国民の利益追求という総論に反対する政治家はいません。
しかし、その具体的な実現策については議論が紛糾します。
なぜなら、各々のビジョンや価値観が異なるためであり、あるいは解決すべき課題があまりにも複雑なためでしょう。
結局は、議席数によるパワーバランスの解決に委ねるしかありません。

これはすべての議論においても当てはまる真理です。
最終的に相手を納得させるものは、言葉の意味それ自体ではなく、発言者自身が持つパワーです。
戸籍のない人に何の社会的権限も与えられないがごとく、言葉もまた、所有者との血縁を離れて生存することはできません。
2chにおける言葉には、その所有者が負うべき責任や義務の在りかが不明瞭であり、あたかも言葉の“捨て子”のようなものです。
あなた方は、日々おびただしい言葉を生み出しながらも、その言葉を一向に育てようとしません。
それを現実の成果に結びつけて、世に送り出してあげようとの愛情や責任感に欠けています。

>「その先の具体的な成果」が何を意味しているのかよくわかりませんが、議論によって生じる価値だとすれば、

あなたが営業マンなら、営業の成績を上げることが具体的な成果です。
それなくしては何の発言権もありませんね。例え発言したところで、誰も聞く耳を持ちません。
しかし2chにおいてなら、あなたがどんな無能な営業マンでも、偉そうに会社を批判することができます。
批判したところで無意味ですが、批判するだけならいくらでもできるわけです。

24 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/11(月) 06:36:43.97 ID:sWK4bCdq
>「その先の具体的な成果」が何を意味しているのかよくわかりませんが、議論によって生じる価値だとすれば、

あなたが営業マンなら、営業の成績を上げることが具体的な成果です。
それなくしては何の発言権もありませんね。例え発言したところで、誰も聞く耳を持ちませんね。

>僕が仮に真面目な振りをしているとか、善人の振りをしているとして、それがあなたにどんな不利益を生むのでしょう。

まず、雰囲気を壊します。2ちゃんねるは遊園地ですから。
「ミッキーの中身はアルバイトの学生なんだよ、バカらしい」などと白けている人と遊園地なんかに行く気がしますか?
ミッキーが握手を求めて来ても、「暑いのに大変だなぁ。時給はいくらだい?」と憎まれ口を利くあなたを、隣にいる連れ合いの人はどう思うでしょう。
TPOを弁えないのは、誠実な態度とは言えません。
あなたの言っていることは真実かもしれない。しかし、それを指摘することが常に正しいとは限りません。
真実を暴くことはある意味で残酷な場合もあります。だからこそ、相手への温かい眼差しやいたわりの態度が不可欠でしょう。
しかし、私にはあなたの表情が見えません。あなたの声や身ぶり手振り、あなたの気持ちを汲み取るためのヒントがまったくありません。

お遊びなんですこれは。
お互いに仮装をして、それをお互いに見せつけ合って、その出来映えを内心で競い合っているに過ぎないんです。
あなたの“誠実な批判者”のコスプレは
、なかなか秀逸だとは思いますよ。
では私の“熱心な信仰者”の仮装はいかがですか?
どっちがよりリアリティがありますかね。他のギャラリーの目には、どっちの衣装がより気に入るでしょうか。

ああ。また下らないことを書きました。
すみません。

25 :ひゃっきまる ◆KnSOULKlyI :2014/08/11(月) 07:08:21.30 ID:oKSsMV0J
>>23 3000光年の惑星さん

1週間ほど留守にしますので、お返事はまた後ほど。
一言だけ。

>戸籍のない人に何の社会的権限も与えられないがごとく、

あなたは、上記を本気で言っていますか?

26 :春田の蛙:2014/08/11(月) 09:15:11.31 ID:nSduaJZB
>>23
重複質問で申し訳ありませんが。

>戸籍のない人に何の社会的権限も与えられないがごとく、

この言葉は私も断じて見過ごせません。ご説明をお願いします。

27 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/11(月) 13:53:36.65 ID:F0mwdAPi
>>26
戸籍ではなく住民登録と言うべきでしたか。
社会的権限が与えられないではなく、日常生活でのサービスや利便性が阻害される、
と言えばよかったでしょうか。
あくまでも言葉の無機的な本質について述べるための文脈上の意味以外に、他意はありません。

ひゃっきまるさんへ

ちょうどよい機会ですし、もうこの辺にしときましょう。
お忙しいあなたを煩わせるような価値もない話です。
それに2ちゃんでの議論は、タイムラグがありすぎて、
自分の言葉であらながら、その時々の感情やニュアンスが把握しきれない気がします。
何一つ結論に到達することなく、延々と堂々巡りを繰り返すのは、
そういう原理も働いているのでしょう。

28 :大乗非仏説:2014/08/12(火) 20:46:55.42 ID:v0mEunqT
>>27
横レスです。

>何一つ結論に到達することなく、延々と堂々巡りを繰り返すのは、
>そういう原理も働いているのでしょう。

貴方がまともに答えず堂々巡りをさせているように思えますが

29 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/13(水) 05:50:22.32 ID:W0LkPuLW
>>28
奥さんから2ch禁止令が出たので、もうこの辺で。
ともかく、人生に目標を持ち、お仕事に励んで下さい。
そうすれば自ずと寡黙にもなり、2chで他人の信仰をネタに楽しもうという興味なども失せるというもんです。

月々日々につより給へ。少しも弛む心あらば、魔たよりを得べし。
閑人の巣窟=魔の巣窟である2chで、いくら真面目ぶってみても、冗談としか思えません。
冗談ならまだマシですが、私がこれほど言っても、まだ懲りずに反論してくるところを見ると、本気なのか?と心配になります。

私にすれば、便所の言論に誠実さなどを持ち込もうというあなた方の天の邪鬼ぶりのほうがよっぽどカルト的で、不気味です。
一度、周りの人に聞いてみればどうでしょう?
2chで真剣な議論をするのって変かな?
そんなのは暇潰しのゲームだって言う人がいるんだけど、僕はいたって糞真面目のつもりだよ。
ほら、これが僕が書いたレスなんだけど、結構マトモな意見だと思うだろう?ってね。
だったら、本当に真剣だと認めてもよい。
人からバカ扱いされる度胸がなければ、本当に自分がバカかどうかも知る機会がありません。
それでも2chはやめないとの信念を貫いて初めて、真面目だとか誠実だとかと言えるんでしょう。

あなた方に欠けているのは、バカになる勇気です。
それではいつまで経っても、小賢しい自分の殻を破ることができません。
言葉によって自分を賢く見せようとする努力など努力ではありません。
そのような姑息な作業におけるいかなる誠実さも誠実さではありません。
それこそは修羅の心です。
いかにバーチャルな空間とはいえ、四悪趣に落ちた根性の持ち主が仏法を語るとは、ましてその信徒にお気楽に議論を挑むなどとは、思い上がりも甚だしい。
これ以上の倫理的倒錯も、良心への冒涜もありません。

それを理解できていない時点で、いかに賢ぶろうが、いかに言葉を並べようが、“頭隠して尻隠さず”でしょう。
その点では、幼稚で可愛らしいのですが、しかしそれが招く結果の重大さを思うと、イタズラ心とはいえ、極めて悪質で、陰険であると言わざるを得ないでしょう。

30 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/13(水) 06:01:26.02 ID:Gk0c2P/9
あなたは 奥様から2ch禁止令が出るほど ここに書いていたんですか?
そんな奥様の嘆きを無視して よく他人にお説教ができますね
もはや あなた自身 奥様を魔や仏敵だと思っているんじゃないでしょうか?

離婚の判を押されて 慰謝料巡って
最後の香港旅行にならないよう祈るばかりです

それが最大の慈悲行為だったりして・・・・

31 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/13(水) 06:02:07.60 ID:g49THLQM
>>29
あなた以外はほぼ全員まともな人だと思いますよ。
ほぼ全員というのは、あなた以外に明治天皇云々がいますから。
ともあれ、ご自身の療養にご専念ください。

32 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/13(水) 06:08:11.66 ID:9YtewMSz

全員が病気だろ
便所の住人

33 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/13(水) 06:46:36.13 ID:g49THLQM

今まで何度も退場宣言をして、今度はいつまでもつのやらと思っていたら、
さっそく出てきたww

34 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/13(水) 08:25:55.07 ID:FyhmW0Zd
真偽鑑定の話は、うさん臭いわー、の一言だな。

A. 都合がよければそのまま偽書を便利に引用して、

B. 突っ込まれて形勢不利なら、偽書あつかいで逃げて
反論を封じる、

この二枚舌の繰り返し。

それは偽書ですから(笑)

の言い方はかなりムカつくし、
そんなら、なんで御書選集に偽書が入ってんの?
という質問になるんだけど・・。

35 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/13(水) 08:33:16.49 ID:FyhmW0Zd
真偽鑑定と切り文引用の、
日蓮仏法二大ツールとでも呼べる手法はさ、

ただの受け売りやってるだけよ。

まったく自分で考えてなくて、受け売りやった瞬間に、
思考プロセスが遮断ブロックされて、他人の知識を
しゃべってるだけの奴隷ロボットになってしまう。

主に頭のいい人にターゲットを絞った
洗脳プログラムなわけで、
本人はかなり高級セレブな学問やってる
気分なんでしょうけど、外部から見てると、

ただのロボットですか。

としか思わんね・・。

36 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/13(水) 08:46:36.63 ID:FyhmW0Zd
>>29 ・・魔たよりを得べし。

聖人御難事のこのページってさ、いっつも気になってんだけど、
総罰別罰顕罰冥罰の四つの罰のあとに、法華経の罰、
という前フリして、

どしう(同士討)ちと他国よりせめらるるは総ばちなり、

ってあるんだけど、この二つは自界叛逆難と他国侵逼難のことで、
これって薬師経の記述だろ?

さりげなく法華経にすり替えてんだけど、
この二つの災難を避けるためには、薬師瑠璃光如来を
心に思い浮かべんのよ。なんみょー題目ではないんですよ。
意味わかるかな ? ? ?

日蓮御書は、どのページにもこの手の一目でわかるムジュンが
二つ三つは必ずコロがってて、でも真偽判定と切り文を、
ドヤ顔で持ち出して来る人たちには、
この無数にあるムジュンが見えないらしいんだけど、

なんで見えないんでしょうかね?

37 :ひゃっきまる:2014/08/13(水) 15:47:25.93 ID:2mHtb0tP
>>29 3000光年の惑星さん

議論を収束させたいとお望みのようですので、少しだけお聞きします。

1
最終的に、あなたは僕にどうなれと言いたいのですか?
2ちゃんねるで議論をやめろと言っているのでしょうか?
しかし、言論の自由というものがありますし、かなりむちゃな要求のように思うのですが…。

2
>四悪趣に落ちた根性の持ち主

これは、どういう意味ですか?
誰に対して、どのような状態だという意味ですか?

3
>ましてその信徒にお気楽に議論を挑むなどとは、思い上がりも甚だしい。

あなたは、日蓮を信仰している人が、そうではない人よりも偉いと考えているのでしょうか?

4
それが招く結果の重大さ

どのような重大な結果を招くとあなたは考えているのでしょうか?


あなたはたびたび、部分的にしかレスを返していただいていないようですので、上記に関しては全てお答えいただきたく思います。

38 :大乗非仏説:2014/08/14(木) 07:19:02.09 ID:s0Zb2BYT
>>37
ひゃっきまるさん

彼のスタンスは単に「からかい」にきただけじゃないですか?
基本的な知識もお持ちじゃないようですし、理論じゃなく
単なる感情だけで書き込みをしておられるようです。
ですので、繰り返し同じことしかいってられないですよね。

残念ながら、こういう人達に誠実に対応してもこちらが
疲れるだけだと思います。もっともこの「疲れさせる」とい
うのが目的なのかも?

39 :ひゃっきまる:2014/08/14(木) 08:22:57.33 ID:Z6uvmLAG
>>38 大乗非仏説さん

お気遣いありがとうございます。
僕の議論の仕方にじれったい思いをされているかと思いますが、全くそのようなご心配は無用です。
3000光年の惑星さんからはかなり多くのことを話していただくことができたと思っています。
彼が感じたことを比較的警戒心なく素直に表現する方だったからでしょう。
彼自身はからかい半分なのだと嘯いてはいますが、感情や本音が見えるところもあります(彼は否定するでしょうが)。
熱心な信仰者の方は、基本的に真面目ですので、どうしたって真面目にならざるを得ないところがあるのでしょう。

40 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/14(木) 10:04:25.75 ID:fdgtvaOn
ひゃっきまるさんへ

1 自由とは義務と一体のものでしょう。
2ちゃんねるの言論には、自由のみあって、責任や義務が伴いません。
そのような場で、信教の自由に関わる問題を論じることは極めて不適当、かつ不謹慎であると思います。

2 「もし其の心、念々に常に彼に勝れんことを欲し、人に下るに耐えず、他を軽んじて己を尊むこと梟の高く飛びて下し見るがごとく、しかも外には仁義礼智信を掲げ、下品の善心を起こさば、阿修羅道を行ず」 摩訶止観

私も含め、ここにいるすべての人のこうとです。
何度も説明して来た通り、これを覆す現実的な反証が不可能である以上、これを甘んじて是認する他はないでしょう。

3 分を弁えよということです。
言葉や理屈だけで相手を打ち負かそうとする欲求は、動物の威嚇行動のようなもので、最も低次元な衝動です。
なぜなら、それは拳を言葉に代えただけの暴力に過ぎないからです。
内にこの暴力性を秘めながら、外に礼儀作法を掲げても、説得力はありません。

4 言葉は独り歩きするものです。
何の気なしに放った言葉が、自分の思惑を無視して、相手の内部に突き刺さるということはよくあります。
あなたは、その最も深い内部に根を張る信仰について、その結果も知らぬまま、またその責任を取る意志もないまま、無造作に言葉を放っています。
火遊びをする子供を見たら、あなたも注意するでしょう?
日蓮宗徒や学会員の家が燃えても重大な結果ではないと考えるのは自由ですが、そういう危険性もあるということは、念頭に置いて欲しいのです。

奥さんの禁止令が出たと言ったのに、あなたはお構い無しに返答を求めて来ましたね?それも大乗さんへのレスに横から割り込んで。
私も、無視するわけにもいかず、約束を破ってしまいました。
所詮、この程度なんですよお互いに。

41 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/14(木) 10:09:46.64 ID:fdgtvaOn
P.S. 大乗さんへ

>残念ながら、こういう人達に誠実に対応してもこちらが
疲れるだけだと思います。もっともこの「疲れさせる」とい
うのが目的なのかも?

だから、2chにおける誠実な対応って何なんでしょう?
そういう言い方には、ものすごく違和感を感じます。
疲れるなら止めればいいでしょう。 さんざん横レスしといて。
何で私のせいなんですか?勘弁してよ大乗ちゃん(涙

42 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/16(土) 09:28:30.83 ID:mUWrIhpf
>>40
この天台大師、魔訶止観の引用は、

「自分だけ天才とかん違いして、
人の話を黙って聞くことができず、
常に他人を見下して、上から目線でなんか言いたがるようなもの。

そのくせ、口先では有名な人の言葉を引用して、
外側だけのキレイごとを言いたがる、

そんなのは善意のこころとはほど遠くて、
血みどろの戦いをつづける、阿修羅王の行く道
みたいなものなんですよ・・。」


やっぱ日蓮さまは、有名人の引用も目のつけどころがイイよな。
というか、まるごとそっくりそのままアンタに当てはまるやんけー。

自分のことはベツバラなのか? 他人の言葉で権威づけして、
ダレかを批判してるつもりなんでしょうけど、
すべて日蓮さまにスッポリ当てはまっとるやん。

切り文引用も含めて、戦国策の「虎の威を借る狐」ですか・・。

ってゆーか、阿修羅道こそ、開目抄でさかんに主張してる、
折伏の根拠である、執持刀杖じゃんね・・。

またまた二枚舌やってるわけね。

でもこの魔訶止観の引用こそ、
安楽行品にある菩薩の四つの行いと同じ感覚だから、
安楽行品を引用すればいいのに、なんかそれもやりたくないんだろね・・。

43 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/16(土) 13:50:01.87 ID:W+gj2uJb
日蓮正宗GJ

44 :アルル ◆N1N71rR70c :2014/08/16(土) 13:59:50.88 ID:ViB+tbT5
さぁゲームを始めますよ!

日本全体が監獄だ
その中に創価員の犯罪者が約1000万人いる
なーに恐れる事は無い
たかが1000万人だ
一般人は看守として創価の悪い所を直してやればいい
たとえば、クリスマスにはしゃいでいる奴、初詣に神社に行く奴、欲張って宝くじを買っている奴などなど・・・ (創価は衣・食・住以外は許されない行為です)
そいつに罰を与えるのが看守の一般人だ!

さぁ皆さんふるってご参加下さい!!

45 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/16(土) 14:06:02.40 ID:EShT9ojE
前スレの867
>日蓮宗は日蓮の遺文を後景に斥け、日蓮の非常識さをカムフラージュするのに四苦八苦しているように見える。

はその通りだと思う
「日蓮の実像は、摂受を本意とするもの」という主張は以前から
日蓮宗内にあったが、まるで説得力がない

日蓮宗と日蓮正宗は両極端
その中間が存在しないのが日蓮系の悲しさ

46 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/16(土) 14:56:54.42 ID:8Lt9E8WZ
前スレ865
ttp://anago.2ch.net/test/read.cgi/koumei/1401764214/865
>日蓮が折伏をいわば武装闘争、摂受を言論闘争と位置づけていたという前提に立ち、
そもそも、これが間違っている。
大聖人が生涯を通して行ったことは、言論闘争=折伏なのだ。

47 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/16(土) 15:08:28.80 ID:8Lt9E8WZ
>>36
お主は、法華経寿量品(譬如良医)を読むべきだな。
(・・・父見子等。苦悩如是。依諸経方。求好薬草。色香美味。皆悉具足。擣篩和合。
「依諸経方」に注目。
詳しい内容は省略。)
少なくとも、法華経ではこういう考え方をする。

48 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/16(土) 15:30:09.36 ID:fldJgv76
違法駐車クイズ!下の写真で、違法駐車は何台あるでしょう?

http://light.dotup.org/uploda/light.dotup.org54332.jpg

0台?あんた犯人かよ
1台?あなたよく人に騙されませんか
2台?惜しい、常識にとらわれないで
手前の2台は、進路妨害ではなく、どちらも犯行車両です。正解は、なんと3台でした!

石川501 せ 35−18

石川530 た 26−35

石川300 の 75−37
(写真奥)

違法駐車は凶悪犯罪です。周囲に危害が加わる前に、すみやかに通報しましょう。
http://light.dotup.org/uploda/light.dotup.org54329.jpg

石川335 ゆ 33−88

しかも、これらはすべて「違法駐車犯 塩鬼容疑者」一味による犯行です。
ここまでくると、もはや組織犯罪ですね。正気の沙汰とは思えません。
死んでも駐車代は出さないという執念さえ感じます。
懐だけでなく、心まで貧しい塩鬼容疑者。これまで重ねた罪は、一生かけても償い切れません。

49 :ひゃっきまる ◆KnSOULKlyI :2014/08/16(土) 17:03:42.53 ID:YYrjdWYN
>>40 3000光年の惑星さん

>>37 の質問にお答えいただきありがとうございます。
時間があいてすみませんでしたが、お返事します。
レスは不要です(もちろんレスしてもよいですが、そのレスに対してまたレスしますので、「やめたいと言っているのになぜまたレスする!」とは言わないでくださいね)。


>>1
>>最終的に、あなたは僕にどうなれと言いたいのですか?
>>2ちゃんねるで議論をやめろと言っているのでしょうか?

>1 自由とは義務と一体のものでしょう。
>2ちゃんねるの言論には、自由のみあって、責任や義務が伴いません。
>そのような場で、信教の自由に関わる問題を論じることは極めて不適当、かつ不謹慎であると思います。

この、あなたが不適当であるとか、不謹慎であるとかいう考えには同意できません。
僕は、創価学会を代表とする、原理主義的な日蓮信仰をする宗教は、カルト的であり社会に悪影響であると考えています。
具体的には、信仰者や信仰者の周りの人間を不幸にし、国レベルでも悪影響があると考えています。
こうした問題を論じるとき、教義、歴史、信仰のあり方に触れないわけにはいきません。
宗教の問題だからといってタブー視できない、ということです。
また、2ちゃんねるは匿名であること、一般に公開され有名であること、などの利点があります。
また、あなたは言論の自由に伴う責任や義務というものを、発言した人間の素性を明かすことだと考えているようですが、それは完全に「言論の自由」というものを思い違いをしています。

50 :ひゃっきまる ◆KnSOULKlyI :2014/08/16(土) 17:04:29.64 ID:YYrjdWYN
>>40 3000光年の惑星さん

>>2
>>四悪趣に落ちた根性の持ち主
>>これは、どういう意味ですか?
>>誰に対して、どのような状態だという意味ですか?

>私も含め、ここにいるすべての人のこうとです。
>何度も説明して来た通り、これを覆す現実的な反証が不可能である以上、これを甘んじて是認する他はないでしょう。

あなたは、たびたび仏教や日蓮の言葉が、誰にとっても正しい、という前提で発言をされているようです。
だから、不謹慎であるとか、分をわきまえよ、という言葉がでるのでしょう。
僕は摩訶止観にそうあるからといって、無前提で正しいとは思っていません。もちろん、日蓮の言についてもそうです。
しかし、議論が本質的に個人的な勝ち負けを意識させ、本質的なこと(公益的、発展的な結論を出すこと)から目を背けさせる傾向がある、と僕も思います。
だからこそ、僕は「真面目に」議論しましょう、ということにこだわっています。
摩訶止観の言を借りれば、議論によって「他を軽んじて己を尊むこと」をしないように気をつける、ということです。
異なる考えの人間が共存していかねばならない現代社会で、議論なしに物事を解決することはあり得ません。
日蓮はまさに、法論によって自説の正しさを証明しようとした信仰者でした。

51 :ひゃっきまる ◆KnSOULKlyI :2014/08/16(土) 17:05:20.48 ID:YYrjdWYN
>>40 3000光年の惑星さん

>3
>>>ましてその信徒にお気楽に議論を挑むなどとは、思い上がりも甚だしい。
>>あなたは、日蓮を信仰している人が、そうではない人よりも偉いと考えているのでしょうか?

>3 分を弁えよということです。
>言葉や理屈だけで相手を打ち負かそうとする欲求は、動物の威嚇行動のようなもので、最も低次元な衝動です。
>なぜなら、それは拳を言葉に代えただけの暴力に過ぎないからです。
>内にこの暴力性を秘めながら、外に礼儀作法を掲げても、説得力はありません。

これは、2に対する返事ともかぶりますね。
「言葉や理屈だけで相手を打ち負かそうとする欲求は、動物の威嚇行動のようなもので、最も低次元な衝動」
これは、あなたの信仰する日蓮の行動をも否定する言葉となってしまいますが、よいのでしょうか?
僕はむしろ、暴力や嫌がらせなどの言論以外の手段に訴えて相手を打ち負かそうとする人間の方がよほど低次元だと思います。

あなたは、「ましてその信徒に」とか「思い上がり」とかいう表現を使った理由を説明していませんね。
あなたの中には、「日蓮を信仰している人が、そうではない人よりも偉い」という前提があるように思います。
僕が指摘する日蓮信仰者のカルト性とは、このような考え方を当たり前だと思ってしまうところも、その1つです。

52 :ひゃっきまる ◆KnSOULKlyI :2014/08/16(土) 17:06:11.70 ID:YYrjdWYN
>>40 3000光年の惑星さん

>>4
>>それが招く結果の重大さ
>>どのような重大な結果を招くとあなたは考えているのでしょうか?

>4 言葉は独り歩きするものです。
>何の気なしに放った言葉が、自分の思惑を無視して、相手の内部に突き刺さるということはよくあります。
>あなたは、その最も深い内部に根を張る信仰について、その結果も知らぬまま、またその責任を取る意志もないまま、無造作に言葉を放っています。
>火遊びをする子供を見たら、あなたも注意するでしょう?
>日蓮宗徒や学会員の家が燃えても重大な結果ではないと考えるのは自由ですが、そういう危険性もあるということは、念頭に置いて欲しいのです。

まず、「何の気なし」には僕は発言していないつもりです。
そして、あなたの「火遊びをする子供を見たら、あなたも注意するでしょう?」というたとえに対しては、
僕は「創価学会を代表とする、原理主義的な日蓮信仰をする宗教」が、まさに火遊びをしている状態だと考えており、だからこそ、火遊びは危ないよ、と「注意」しているわけです。
法華経を釈迦が説いていない、ということを指摘したとき、それにショックを受ける、ということがまさに現代的世界観とミスマッチな非常識な世界観で生きている、ということの証拠になります。
本来であれば「お話」として捉えられるべきことを、「事実」だと信じてしまっていることが非常に危険だということです。
自宗以外の宗教を信仰すると地獄に堕ちる、ということを客観的事実として信じてしまい、過激な信仰をしてしまうのです。

53 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/16(土) 19:47:48.91 ID:5KGvTC5r
>>46-47
横レス。
あの、あれですかね?
法華経薬とは時によって変じてしまわれるのですかな。
いつ読んでも同じ法華経の効能が、末法になったら狂人のように折伏するような人格にするような薬になるとは、なんと恐ろしいことよね。
あれじゃねえのか、その良薬になのかしらの余計な毒を入れて信者に飲ませている宗派がいるんじゃねのか?

>言論闘争=折伏なのだ。

お主は、安楽行品を読むべきだと思うがな。(詳しい内容は省略。)w

>>48
どのような薬を飲まされて、そのようになったのだね君は?
通っている病院を変えてみてはどうか。隔離されているわけでもあるまいしな。

54 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/16(土) 20:51:59.38 ID:P77uHBxN
そもそも日蓮系における折伏という概念がきわめて安易でいい加減なものである。
それはまるで相手を論難して煙に巻く術とでも評すべき、無益なわざというs。

55 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/16(土) 20:54:09.56 ID:P77uHBxN
54の訂正
× 無益なわざというs
○ 無益なわざというしかない。

56 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/17(日) 06:52:51.51 ID:KOiGAvA4
>>42
露骨なダブスタだよね。まあ、他宗の災難は法華経に背いたゆえの仏罰で
自分らの災難は法華経の行者ゆえの法難と真顔で言う人たちだからねw
>>45
本仏にせよ宗祖にせよ、やはり日蓮を担いで美化する発想そのものに根本的な無理があるよ。
紀元前ならまだしも、鎌倉時代くらいだといろいろ史実が考証できるしね。
>>47
だから他の経典の教えを自在にパクっても可というのが日蓮ならではの発想。
>>53
安楽行品はなんで法華経のなかにあるのかわからないほどまともな内容の経典ですね。
逆にいえば、これがなかったら法華経が大乗仏典として認められていたか微妙な気がします。

57 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/17(日) 08:45:08.69 ID:cuTlcrZd
>>47
良医のたとえとか、法華経ってバカじゃねーの?

ほけきょーが名医の薬で、他の経典が毒薬みたいけど

その一方で法華経のワルクチいうと、ライ病になったり、
口が避けたり、阿鼻地獄に落ちるとか
犯罪者みたいにオドしたり、

人間として最低最悪の、腐りきったクズ経典でしかねーよ、
ばーか。

58 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/17(日) 09:01:37.75 ID:cuTlcrZd
日蓮教は全員わかってないから、もう一度書いとくけど、

安国論の予言というのは、そもそも提出した日付を
八年サバ読んでる日付サギだから、
その事件が起こってから後出しで言っても
予言にはならない、というリクツはみんなわかるかな?

でね、この日付サギには気がつかなかったフリして、
ちゃんと提出したことにしても、まだ問題があって、

日蓮教全員で、予言が当たりましたあー♪ 
って騒いでる自界叛逆難と他国侵逼難は、
「薬師経の七難の内まだ起こっていない二つの災難がある」
って安国論に書いてあんでしょ?

だから、もし予言が当たったとしても、
それは薬師経のお手柄であって、
法華経の手柄ではないんじゃない?

で、この災難を避けるためには、薬師経の記述によると、
心に薬師瑠璃光如来のお姿を念じなさい、とある。

法華経の読経をしろとは、どの経典にもひとことも書いてないのだ。

でも日蓮さまは法華経の読経をしてたはずだから、
行法のかん違いで、とーぜん効き目も保証されません。

法華経には護国経典としての中身がないはずと思うけど、
もし具体的な記述あればそれを淡々と実行すればいいだけよ。
たとえば安楽行品の菩薩の四つの行法とかな・・。

運転免許が欲しいのに、調理師学校に通ってるかん違いみたいなもんだな・・。

59 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/17(日) 09:16:45.87 ID:6UGXBpP/
安楽行品って

「また女人の歓心を買おうとせず、見ることを願わず、会釈を返さない。」

なんて書いてあるの?
全然、安楽じゃない

60 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/17(日) 09:22:08.40 ID:6UGXBpP/
禅宗や真言宗が普門品だけをチョイスして
後は捨て去った理由が良くわかるよ

方便品には、行法は問わないと書いてある
ならば、法華経の中で、最も簡便な行法は
普門品だもの

61 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/17(日) 09:28:43.14 ID:6UGXBpP/
日蓮さまが、南無妙法蓮華経+折伏 じゃなくて
南無観世音菩薩と唱えながら
めっちゃ寛容な態度をとって
忍性と協力して、土木でも介護でもやったら
後世、どんな評価になるだろう?

たぶん、そんなに広まらなかったろうし
歴史に名を留めなかったかもね

攻撃的で排他的ゆえに
日蓮教は広まったんだよね

62 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/17(日) 10:47:03.55 ID:2MyaO7+L
日蓮の教義を利用している新宗教(日蓮宗系・霊友会系・日蓮正宗系)は全て偽りだらけの団体

日蓮神を崇拝する邪教者たち

日蓮の教えを捻じ曲げ各個人が法主や教祖気取りにさせてしまう欠陥団体たち

63 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/17(日) 10:48:37.88 ID:d+ID3HdD
>>57
> 良医のたとえとか、法華経ってバカじゃねーの?
> ほけきょーが名医の薬で、他の経典が毒薬みたいけど
まるっきり誤解しているな。
「依諸経方」(諸々の経方に依って)
諸々の経方とは、世の中にある様々な経典・思想の事を指す。
その中から、毒物を捨て優れた薬草のみを選び出し、それらをさらに合わせ混ぜて(薬にして)子供に服させようとした。
妙法蓮華経(法華経)の立場から見て正しい思想が他の経典に有れば、その前提を踏まえてその経典の該当部分を採用するのは、法華経では当たり前の話といえる。

>>56
安楽行品は、末法では脇役である「迹化の菩薩」のために釈尊が説いた形をとっている。
だが、末法で法華経を弘めるのは「地涌の菩薩(本化の菩薩)」であるとされる。
安楽行品を単独で取り出して評価するのは勝手だが、それは法華経の考え方から外れる。

>>59
そんなのがあるのか。
現代でそんなことをしたら、まともな日常生活を送れないな。(以下ry

64 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/17(日) 11:24:06.43 ID:LWfoodKy
相原俊一、曽根一則はレイプ犯罪者です

65 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/17(日) 11:36:59.03 ID:iIdxnKoI
>>63
>その中から、毒物を捨て優れた薬草のみを選び出し

これは誰の説であるのか?
変毒為薬ならよく聞くが、“捨毒為薬”とははじめてであるなw

66 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/17(日) 17:29:32.50 ID:ds3vttZb
ひゃっきまるさんへ

毒を食らわば皿までです。せっかくですので、もう少しお話しましょう。
奥さんにも許可をもらいましたので(笑

>>49
>この、あなたが不適当であるとか、不謹慎であるとかいう考えには同意できません。

これは私の考えというよりは、一般論の範疇ではないでしょうか?
言論の自由といっても、2chの言論は仮想の人格と人格との、非空間的、非同時的対話であり、実社会における言論とは似て非なるものです。
同じ自由といっても、実在の信教についての自由とバーチャルな言論の自由とでは、その質量的相違は言うに及ばず、どちらが優先されるべきかもまた明白であると思いますが。
また、同意しかねるというのはあなた個人の問題であり、第一、あなたはそれを首肯できない立場にあります。
不謹慎だと認めた上で、なおかつ真面目な議論を展開するという芸当はできないからです。
だから先述したように、他の誰かに聞いてみたらよいと思います。
私達はお互いの立場や都合上、客観的な判断ができかねるでしょう。
2chは便所の落書きか?否か?
そこでの真面目な議論は可能か?否か?
そこでの言論の自由は、信教の自由と同格と見なし得るか?否か?

>あなたは言論の自由に伴う責任や義務というものを、発言した人間の素性を明かすことだと考えているようですが、それは完全に「言論の自由」というものを思い違いをしています。

では、あなたの考える言論の自由に伴う責任や義務とはどういうものでしょう?
それに違反した場合、社会的、法律的ペナルティーを被るものが、義務であり責任だと思いますが、素性も居所も知れないあなたが、これを被るとはどういう状況でしょう?
2chでも下手なことを言えば逮捕される、という極論はなしです。

以上について、まずはお答え頂きたいと思います。

67 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/17(日) 19:25:50.58 ID:2nbv6baN
天台沙門日蓮
立正安国論で自ら名乗る。

68 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/17(日) 19:26:41.56 ID:KOiGAvA4
>>63
>その中から、毒物を捨て優れた薬草のみを選び出し、それらをさらに合わせ混ぜて(薬にして)

つまり法華経の有効成分は他の経典にあるということですね。

>安楽行品は、末法では脇役である「迹化の菩薩」のために釈尊が説いた形をとっている。
>だが、末法で法華経を弘めるのは「地涌の菩薩(本化の菩薩)」であるとされる。

あれ、末法というのは他の経典も法華経も有効期限切れというのが日蓮の主張だったのでは?
日蓮にかかっては安楽行品も地涌の菩薩も十把一絡げに廃棄処分を免れません。

69 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/17(日) 19:54:30.55 ID:6UGXBpP/
開目抄で本朝沙門を名乗ったんじゃなかったっけ?
佐渡流罪までは天台僧のつもりだったのだろう
佐渡に流されて、天台を捨てたのだろう

70 :ひゃっきまる:2014/08/17(日) 21:01:32.44 ID:9kWk3mKo
>>66 3000光年の惑星さん

まず前半に関してだけレスをいただいたようですが、またこちらからレスを返すのが遅くなりそうですので、後半を含めた全てのコメントにレスを入れておいていただけると助かります。

71 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/17(日) 23:06:20.30 ID:x4ebbQR8
ひゃっきまるさんへ

私もしばらくレスできません。

72 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/18(月) 00:26:03.43 ID:I8u3xsiZ
>>65
意訳の揚げ足取りかよ。
色も香りも味もよい薬草を選び出して加工したり合わせたりして薬にするのだから、毒は当然排除される。

>>68
> 日蓮にかかっては安楽行品も地涌の菩薩も十把一絡げに廃棄処分を免れません。
全否定とは一言も説いていない。

73 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/18(月) 07:25:39.08 ID:It3GZoIu
>>72
だからその良医のレシピに使う「色も香りも味もよい薬草」の有効成分は他の経典に由来しているということですね。
あなたの63の説明では当然そうなります。それは「意訳」ではなく、65さんが指摘するように、あなたの勝手な解釈です。
そもそも寿量品は釈尊の入滅は人々を励ます方便で実は常住不滅であると説き、これを自ら死んだと見せかける良医に例えたものです。
薬の処方などに作者の主眼はありませんから、あなたの47と63は見当外れのこじつけにすぎません。
同時に日蓮が担ぐ法華経は釈尊は常住不滅と明確に説くのですから、末法という概念は根本的に成り立ちません。

74 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/18(月) 08:01:28.30 ID:It3GZoIu
>>59>>63
安楽行品のいう安楽とは煩いのない、平安な境地という意味で、これは原始仏典から通底している幸福の観念だ。これを否定するのは仏教ではない。
万物に無常と空性を見る仏教にとって、幸福とは物欲や性欲はじめ諸々の欲求の充足ではなく、そうした煩悩を生む執着からの心の解放のことである。
「貪っている人々のあいだにあって貪らないで暮らそう」「やすらぎにまさる楽しみは存在しない。」
現代こそ、この知恵を必要としている。陰惨で凶悪な社会事件の多くは、少なくとも題目を唱える人並みに法句経を読む人々がいれば起こらなかったかもしれない。

75 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/18(月) 10:23:21.65 ID:I8u3xsiZ
>>73
ちゃんと読め。
俺が意訳といったのは、>>65が示した内容に対しての話。
どこで>>68の上段の記述を否定した?
法華経では、他の経典と決定的に異なる(根本)部分が強調されており、それ以外は省略されている。

また、少なくとも中国仏教では、経典単独で判断する宗派は少なく、教判という考え方が大半を占める。
たくさんある経典群に優先順位を付け、どれを根本にするか…という考え方だ。
この考え方では、他の経典を全否定などしない。

> 同時に日蓮が担ぐ法華経は釈尊は常住不滅と明確に説くのですから、末法という概念は根本的に成り立ちません。
ヲイヲイ・・・法華経自体に末法という考え方があるんだがな。(安楽行品・分別功徳品他)

76 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/18(月) 10:30:35.42 ID:I8u3xsiZ
>>74
まともな生活を望めない修行など、修行の意味はない。
例えば、現代の大乗の僧が、女性を見ない・会釈もしない…などという修行をしたら、その僧が所属する宗派はたぶん絶滅する。
世の中の半分は女性だからな。

大乗というのは、菩薩の行動を主とするものである。
菩薩は、能動的に社会の中に飛び込み、布教活動をする。
昔ならいざ知らず、現代社会で女性を無視したらどうなるか?・・・・子供でも分かる話だ。

77 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/18(月) 10:33:48.10 ID:rUvVAZq3
>>72
>>73氏が仰るように、君は見当外れなわけでして、
私としては、揚げ足を取ったつもりなどありませんよ。
だから“誰の説なのですか?”とお伺いをしたまでです。
別に、寿量品も読めない信者君の揚げた足には、興味がないのです。

>>73
確かに法華経作者はそのような趣旨で喩えたものでしょうね。
しかし、ここで面白いのが、
“常住不滅”だと暴露してしまっていることなのですね。
「父は生きていますから、この薬を飲んでください!」
法華経行者ならば、このことは知って当然であって、『心に恋慕を懐き』という事がなくなり、
飲む必要などなくなるわけです。
要するに病気が全快した菩薩だけが聞ける説法なのでしょうか。

彼等日蓮本仏思想の信者達が南無妙法蓮華経と唱えてるだけで、それを服することのない日蓮遺文根本の新薬脱法ドラックのつもりで
繰り返し作っているようなものでしょうね。

>>75
その法華経での末法とは釈迦滅後の何年頃からだと書かれておるのかな?
ちゃんと調べないと、君の揚げ足をと・・・・やめておきますわw

78 :春田の蛙:2014/08/18(月) 12:04:38.70 ID:uoQC2mub
>>49 ひゃっきまるさん
> 具体的には、信仰者や信仰者の周りの人間を不幸にし、国レベルでも悪影響があると考えています。
> こうした問題を論じるとき、教義、歴史、信仰のあり方に触れないわけにはいきません。
> 宗教の問題だからといってタブー視できない、ということです。

宗教の問題だからとタブー視させようとする以下のような動きは実際にありますから、
国レベルでの悪影響という点には、言論の自由への侵害を危惧する意味で同意です。

https://twitter.com/shimachan196905/status/500442861708386304
https://twitter.com/relark/status/500843909228920832
https://twitter.com/yamaotoko/status/500081762475597824
https://twitter.com/kare3sui_R/status/437716890153000962
https://twitter.com/namepyon/status/500136850560782337

79 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/19(火) 01:18:08.70 ID:R28OuX3F
>>77
> その法華経での末法とは釈迦滅後の何年頃からだと書かれておるのかな?
つまらない揚げ足取りだな。
>>73では、
> 末法という概念は根本的に成り立ちません。
といっている。
だから、そんなことを主張するなら法華経自体を否定することになるという意味で>>75をカキコしたんだがな。
法華経には、きちんと(像法・)末法という考え方が登場している。
例えば、安楽行品には、こうある。
「文殊師利。是名菩薩。安住初法。能於後世。説法華経。
又文殊師利。如来滅後。於末法中。欲説是経。応住安楽行。」
文殊よ、これを菩薩が第一の法(初法)に安住して後世において法華経をよく説くと名づける。
また、文殊よ、如来滅後の末法の世で、この経を説きたいと思うなら、まさに安楽な行動を取れ。
(一応断っておくが、文殊は末法の為の別付嘱を受けた本化の菩薩ではなく迹化の菩薩である。)
常住不滅=末法など存在しない…ではないのだよ。

80 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/19(火) 02:24:17.51 ID:g8XQO5S6
>>79
法華経作者からの時間論として、末法50年もしくは2000年の話しとは「未来」の予測なようなもので、
我々からすれば「過去」。
“釈迦の常住不滅”とは法華経内に入り「現在」に観じることができてのことさ。(一念に法華経を読みながら自問してごらん。)

君等の言い分だと、釈迦が本当に死んだと思い込んでいるのでしょうけどね。
これでは、自らを法華経の行者とはいわんし、
君等の上行菩薩とやらは、なにをやっておられるのかね〜。w

この菩薩とやらは日蓮でしたかね。
もしこの日蓮が賢くも釈迦の使いならば、毒気深く入って本心を失った君等に、「汝が父已に死しぬ!」と伝えるかもしれんね。
釈迦の使者を演じた日蓮を、・・・誰だね本仏などとぬかした奴わ。w
釈迦の常住不滅を信じていたであろう日蓮が、「釈迦が死んだので、私が仏ですよ」って思うはずはないでしょうに。(ここでは一応、親日蓮でw)

君ですね、以前のスレで、「法華経無益」と言ってた人でっしょ。
宗教なんかやめちまえさ。

一つ質問。
君は、もしも誰かから「釈迦は本当に死んだのだ」って聞かされたら、悲しくないですか?(大事なことなのでよろしく)

81 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/19(火) 07:24:18.67 ID:Gsit1/uR
>>75
>法華経では、他の経典と決定的に異なる(根本)部分が強調されており、それ以外は省略されている。

主語が「法華経では」でなく、どの任意の経典名にしても普遍的に成り立ちそうな話ですねw

>たくさんある経典群に優先順位を付け、どれを根本にするか…という考え方だ。この考え方では、他の経典を全否定などしない。

宗派ごとにに「優劣」が違うわけですが、すべて釈尊の教説だとしたら、後代の凡夫が優劣を判断できるという発想がおかしいと思いませんか?
おっしゃるようにこれは古代中国で教団組織が形成されるにつれて特徴を出そうとした結果です。インドではこういうものはなかった。

82 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/19(火) 07:37:43.14 ID:Gsit1/uR
>>75
>ヲイヲイ・・・法華経自体に末法という考え方があるんだがな。(安楽行品・分別功徳品他)

関係ありません。ご安心ください。それはあなたを励まして良薬を飲ませるための方便です。入滅したフリをするだけです。寿量品の通りです。
釈尊が三度も「よく聞け」注意を促し、自らの常住不滅を明かされ、「これが真実である」と太鼓判を押されているのです。
親切な釈尊は文底秘沈などという曖昧模糊としたものではなく、ありがたいことに明文でこれを示されています。77と79さんの言う通りです。
あなたが法華経の言葉を信じずに、末法を信じ、日蓮本仏論を信じるのは勝手ですが、それでは法華経の信者でも行者でもありえません。
つまり法華経と日蓮本仏論は存在論的に両立しえないものなのです。

83 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/19(火) 07:46:32.88 ID:Gsit1/uR
>>79
>法華経には、きちんと(像法・)末法という考え方が登場している。

だからそれは方便にすぎないと法華経が自ら明かしているではありませんか。

> (一応断っておくが、文殊は末法の為の別付嘱を受けた本化の菩薩ではなく迹化の菩薩である。)

方便ですから当然でしょう。

>常住不滅=末法など存在しない…ではないのだよ。

それは真実説と方便説とをあなたの脳内で並列させているだけですよ。詳しくは上の>>82参照。
77さん(=80さん)も参照のこと。

※ なお上記>>82の訂正

× 77と79さんの言う通りです。
○ 77と80さんの言う通りです。

84 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/19(火) 07:59:44.66 ID:Gsit1/uR
せっかく常住不滅の釈尊が人々を励ますために入滅したフリをして法華経と言う良薬を飲ませようとしていらっしゃるのに、これを信じず、
末法末法と騒ぎたて、おまけに法華経を賞味期限切れだと宣言して、商標権侵害の疑いのある「南無妙法蓮華経」なる危険ドラッグを販売する。
まさに77さんの的確な御指摘の通りですな。

85 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/19(火) 13:49:50.18 ID:0FBsnBYR
いわば法華経の賛嘆が法華経であって、具体的に何をせよとは書かれていないような?
この世界にはすばらしい真実がある。仏である私はそれを知っている。衆生のみなさん、救いはありますよ、希望を持ちなさい。
そんな“お話”だけで、末法の衆生が納得するはずもないというのは、何となく解りそうな話で。

法華経が示唆するすばらしい真実とは何か?
南無=帰命、妙法蓮華経の真実=自己の生命、こうとらえて初めて現代の人にとって説得力のある話になると思う。
今や、病気になるのは疫病神ではなくDNAの仕業であると皆が知っているように、生命論から離れた法華経も、その他の経典も、「詮なし」であると日蓮は言ってるんでしょう。

日蓮を殺すために法華経を生かす、釈迦を生かすために法華経を殺す、それがあなた方の思惑なんでしょう。

86 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/19(火) 19:39:37.94 ID:Gsit1/uR
>>85
またいらっしゃいましたか。初めの3行は法華経が自画自賛だけで無内容だという話ですね。それはそれでひとつの見方でしょう。
次の3行はいささか問題があります。以下に示します。

>南無=帰命、妙法蓮華経の真実=自己の生命、こうとらえて初めて現代の人にとって説得力のある話になると思う。

日蓮によれば「帰命と申すは我が命を仏に奉る」ことです。自分の生命を自分の生命に捧げるのでは意味をなしません。
しかも同時に日蓮は「いのちと申す物は一切の財の中に第一の財」と言い、その「命」を仏に捧げよと要求するのです。
これが現代人にとって説得力のある話になると思いますか?

>今や、病気になるのは疫病神ではなくDNAの仕業であると皆が知っているように

それはひとつの仮説です。病気の原因としては、DNAの他にも精神的ストレスが免疫系に大きく影響すると言われています。
いずれにしてもあなたがDNAを信仰するなら南無DNAか南無分子生物学でいいのではないでしょうか。
法華経の内容を認めず日蓮の文意を無視し、ことさらに法華経や日蓮の名を晒しものにする意味がわかりません。
自分の妄想を生かすために釈尊も法華経も日蓮も皆殺しにする、それがあなたの思惑なんでしょう。

87 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/19(火) 21:15:38.26 ID:g8XQO5S6
>>85
>>86
法華経は他の経典に対しての劣等感を植え付けることが目的であるかのような、そんなようにも思わざるにえませんね。
この物語の作者は結構無口な性格の人が書いたのか、結構お喋りの人が書いたのか、・・・と考えてみるのも面白いかも。

とりあえず作者は一人なのですから、黙々と憑依妄想的物語を構成してゆくに想像力豊かな詩人のような御方だったかもしれませんね。
ただこの作者、自分と釈迦を混同しすぎたのか、「この経は!」というようなことを随所に表してしまっているのは残念にも思いますが、
「釈迦も執筆はしてた」ということが、これからの研究者が証明してくれることを期待もするのです。
それと法華経冒頭の「如是我聞」は「如是我書写」にしなければレトリックに欠けいるのではないかとも思いますね。

88 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/19(火) 21:24:38.70 ID:hD+rBbvA
>日蓮によれば「帰命と申すは我が命を仏に奉る」ことです。自分の生命を自分の生命に捧げるのでは意味をなしません。

では、仏とは何でしょうか?釈尊のことですか?
釈尊に命を捧げるなど、現代の概念として成り立ちますか?
法華経の文意とは、万人に仏性を見出だすものでしょう。
法華経に帰依することとは、これを魂の深層において首肯するということと理解します。

口で言うのは簡単です。その実践とはどういうものでしょう?
理としての法華経と、事としての法華経と、それらはまったく次元の異なる別物である。
日蓮はそのことを言葉を尽くして説明し、身をもって実践した人だと私は思います。
理と事との次元の溝を埋めるものは何でしょうか?
またそれを越えずして、対岸から法華経について語る意味とは何でしょうか?

ああ。大乗仏教は釈迦の説ではありませんでしたか。
何だかもう訳が分かりませんね。

89 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/19(火) 23:48:10.82 ID:shKpl8oP
>>87
>とりあえず作者は一人なのですから、

一人ではないですね。法華経制作グループがあったと考えられます。
法華経は、紀元1世紀、北西インドで制作され始めました。
釈迦滅後、500年も経ってからでした。
また法華経は、紀元1世紀から何世紀にもわたって、追加されていきま
した。何百年もかけて、多くの人が、法華経を制作していったのです。

90 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/20(水) 07:17:42.11 ID:fXLt+DL7
>88
また便所虫かorz

91 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/20(水) 07:26:27.38 ID:0/tCDARs
>>89
法華経制作グループがあったとは興味深いお話ですね。有難う御座います。
調べてみます。
妙法蓮華経と漢訳されたという鳩摩羅什とは鳩摩羅国の什、この“什”とは複数の意味があるそうで、
チームまたはグループ、ではないのかという話は聞いたことはありましたね。

92 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/20(水) 10:13:36.33 ID:9LBP7y/C
ひゃっきまるさんへ

お返事待ってましたが、そんなに忙しいならもう結構です。
私もあまり暇じゃないんで。
後は他の便所虫と、いやみなさんと楽しんで下さい。
これ以上、奥さんに無理も言えませんのでね(;´∀`)

93 :正理会:2014/08/20(水) 10:33:27.23 ID:c1nq4JGt
正法を知らぬ者の人生は「一寸先は闇」!!

災害、難病疫病、凶悪犯罪、自殺、暴力から自分と家族を守ろう!

今日の講義は『転重軽受(てんじゅけいじゅ)』です。


中杉弘のブログ

http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/

94 :ひゃっきまる:2014/08/20(水) 11:41:47.17 ID:0+hUcnXP
>>92 3000光年の惑星さん

こちら再掲しますね。

まず前半に関してだけレスをいただいたようですが、またこちらからレスを返すのが遅くなりそうですので、後半を含めた全てのコメントにレスを入れておいていただけると助かります。

95 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/20(水) 14:41:36.25 ID:olOguGrh
ひゃっきまるさんへ

何かあったんですか?(笑
だから忙しいならレス不要です。
こんな便所の議論で、心理的な負担をおかけするのは忍びないですから。
どうぞ、現実の生活を優先して下さい。

では。

96 :ひゃっきまる:2014/08/20(水) 19:19:44.32 ID:0+hUcnXP
>>95
>ひゃっきまるさんへ

>何かあったんですか?(笑
>だから忙しいならレス不要です。
>こんな便所の議論で、心理的な負担をおかけするのは忍びないですから。
>どうぞ、現実の生活を優先して下さい。

>では。

3000光年の惑星さん

>>49-52
におきまして、あなたに1~4の項目に関してレスしました。
しかし、あなたからは1に関してしかレスをいただけていません。
ですから、2~4に関してもレスをいただいてから、全部に関してレスさせてくださいな。

答えたくなければご自由でよいですよ。
とどまるも去るもご自由に。

97 :91:2014/08/20(水) 19:52:48.67 ID:0/tCDARs
>>91の自分が書いた内容はおかしいね。
>鳩摩羅国

これ間違いかも。
亀茲国の鳩摩羅・・なんとかかんとかの“什”だったかもしれません。
どこでこのようなことをよんだのか??・・・おもいだせない。

いいかげんな話で済みませんでした。

98 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/20(水) 19:54:31.33 ID:fXLt+DL7
>>91
思うに、あなたは創価信者で、その話の出所はやはり創価信者ではないでしょうか。
その創意あふれる話を湧出する脳は創価関係の方のものとしか思われません。

99 :ひゃっきまる:2014/08/20(水) 20:23:55.97 ID:0+hUcnXP
法華経の成立に関しては、諸説あって定説はありませんよ。
一度にできたという説もありますし、段階的に成立したという説もあります。
成立年代に関しても説によって数百年レベルの違いがあります。

たぶん、経典ができてからそれを信仰する団体ができたというよりも、既存宗派から分かれた団体が、
自身の信仰信条に応じた経典をだんだんに完成させていったと考える方があり得そうだと個人的には思います。

例えば、仏教の中から、日蓮を本仏とした新しい教義を持つ宗教が成立していったように、です。
この場合、信仰の拠り所が、釈迦の言葉(と信じられている)仏典から、日蓮の遺文にシフトしているわけです。

創価学会も、日蓮正宗から分かれて新しい教義を確立しようとしている宗教といえるでしょう。
たぶん、池田会長が亡くなった後、数十年くらいの間に伝説化、神格化が行われ、日蓮の遺文よりは、
人間革命や三代会長の指導が信仰の拠り所となっていくのだと思います。

現状でも、仏=生命論や、ご本尊=幸福製造機とか、組織は絶対とか、勝利とか歓喜とか師弟とか、創価学会独特の信仰があるようですけどね。

100 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/20(水) 20:30:55.03 ID:CodwjTKn
>>87
釈迦が執筆してなかったということは証明されているから、君の儚い願望はかげろうのように消え去るのみ

101 :ひゃっきまる:2014/08/20(水) 20:44:11.62 ID:0+hUcnXP
法華経の成立で面白い説としては、常不軽菩薩のような修行を行っていた団体が作った、という説や、提婆達多の系列の団体が作った、という説がありますね。
どちらも考古学的な証拠はなく、単に法華経の内容から推測されたものですが。

102 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/20(水) 23:17:25.14 ID:MjcptcYC
>>99
捏造遺文と造作伝承だね

103 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/21(木) 01:25:48.25 ID:az7Hz7Wj
>>101
常不軽菩薩系は争論を嫌うのかな?
提婆達多系なら・・・・はて?
なんかメリットがあるのでしょうか。
「私達も仲間に入れてちょ。」みたいな?

104 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/21(木) 01:42:21.02 ID:az7Hz7Wj
創価と正宗が再び手を組む方法として、日蓮を捨てて、法華経根本にすればいいわけですね。
例えが悪かったかな。
釈迦滅後の上座部と在家教団を統括するに、新しい仏説を作りだしたかのような。

105 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/21(木) 01:56:41.37 ID:az7Hz7Wj
↑の続き
商売敵であった宗派の信者が減っていく中、合併して商いの維持ってこともあり?

法華経成立の例えとして考えてみました。

106 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/21(木) 06:36:09.41 ID:6kV/yOg4
解散して霊友会や佼成会に
入ればよいのでは(笑)

107 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/21(木) 07:01:23.30 ID:6kV/yOg4
名無しのカキコは無量の施しである
名字の書き込みなど足下にも及ばない

108 :ひゃっきまる:2014/08/21(木) 07:21:05.29 ID:hJKM/LKN
創価学会が正宗と合併するのはありそうもないと思います。

109 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/21(木) 10:44:28.14 ID:8OQks4GD
ひゃっきまるさんへ

>しかし、あなたからは1に関してしかレスをいただけていません。
ですから、2~4に関してもレスをいただいてから、全部に関してレスさせてくださいな。

2chの言論が、一般的な意味での言論といえるかどうか、まずそれをあなたに問いたいのです。
その問いについての明快な答えを頂かない限り、あなたの主張の内容について反論することは拙速でしょう。

憲法第3章第12条に、「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない。
又、国民は、これを濫用してはならないのであって、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負う」とあります。
また第21条には、「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」とあります。
言論の自由も、信教の自由も、自由の名において対等であるとは思いますが、
問題は、2chの言論がこれに該当するか否かです。
私が一般論の範疇だと述べたのは、それが「公共の福祉」に資するものではないという、
また、そのための責任をも負うものではないという認識のことです。
あなたはそれが私個人の見解であって、一般論とまでは言えないとの立場から「同意できない」と言ったのでしょう。
前に行く私は、2chの言論は“便所の落書き”であり、公共の福祉に資するどころか、公共の秩序を攪乱する効果しかないとの持論を述べました。
それに対し、あなたは言葉の上で誠実であれば、人格の上でも誠実であるとのニュアンスの反論をされました。
私はそのようなことは個人的にも、一般論としてもあり得ないとの立場であり、従って、そのような特殊な言論の自由と、
一般的に認知された信教の自由とが対等であるとも思わないもので、
それらが対等であるとのあなたの見解はまったくの主観であり、特定の立場における特定の合理性しか有さない主張であると思いますが、
いかがですか?

110 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/21(木) 10:50:52.60 ID:8OQks4GD
つづき

まずは主張の内容以前に、その主張のあり方そのものの是非が問われているわけで、
この疑問を払拭せずに、あなたの主張に反論することは順序が逆であると思うのです。
私は2chの言論を便所の落書きと見なす立場から、信仰の話題について議論することを躊躇しており、
逆にあなたは、信仰の話題を論じるがゆえに2chを便所の落書きと見なすことに躊躇していて、
これではお互いの意見は交わりようがないでしょう。
だから、第三者の意見すなわち一般論に照らしての判断が必要であるとの思いから、
誰かに聞いてみて下さいと提案したわけです。
因みに、私の周囲では、2chに対する肯定的な意見はありませんでした。
少なくとも私の主張は、これら客観的なリアリティの裏付けを含んでいます。
翻ってあなたの主張は、あなたの主観のみによる正当性しかありません。
あるいは、立場を同じくする人々によって擁護され得るだけでしょう。

そうではありませんか?

111 :ひゃっきまる:2014/08/21(木) 12:24:15.32 ID:hJKM/LKN
>>109-110

3000光年の惑星さん

あなたに説明するのはなかなか骨が折れそうですね。

まあ、じっくりどんな風に説明したら良いのか考えてみますね。

とりあえず、言論の自由というものが何のためのものなのか、Wikipedia でもなんでも良いので少し調べておいてもらえますと、だいぶ説明することが省けます。

例えば、発言者が、自分の氏名のような素性を明かす義務があるのか、という点も確認してみてください。

112 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/21(木) 22:44:05.40 ID:++TBAFfL
>>ひゃっきまるさん、
>法華経の成立に関しては、諸説あって定説はありませんよ。
一度にできたという説もありますし、段階的に成立したという説もあります。
成立年代に関しても説によって数百年レベルの違いがあります。

現代仏教学では、法華経は、紀元50年から150年にかけて成立したと
いうのが定説です。素人のブログで、紀元前150年から紀元前50年に
かけて成立したというのは間違いです。
したがって、約100年かけて法華経は完成しています。

113 :ひゃっきまる:2014/08/22(金) 00:10:11.47 ID:NGfTg9Ps
>>112

そうですか。それはどなたの説ですかね。
できれば論文の引用をお願いします。

114 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/22(金) 06:46:59.73 ID:enMuBt00
99が言うように「諸説あって定説はない」ものの、現存する梵本の大半に関しては、112のいう50-150は平均的ではないかな。
そもそも重層的に編集付加されてきたので、部分的には50-150よりさらに古かったり、新しかったりするだろう。
いずれにしても天台の五時八教説は破綻しているので、日蓮の法華経最勝説には根拠がない。これが本スレでは大事な点。

115 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/22(金) 07:37:20.75 ID:enMuBt00
ところで常不軽菩薩といえば、一般に、「摂受」の典型として折伏と対照的なイメージを持たれているが、これは日蓮宗の洗脳効果であろう。
たしかに争論しないで誰にでも敬意を表する菩薩といえば、いかにも平和的で温和な感じを受けるが、はたしてそうだったろうか?
経典によれば、相手かまわず「私はあなたをバカにしませんよ。修行をすれば成仏しますから。」と言ってまわったとのことである。
いきなり「あなたをバカにしませんよ」と言うのは、かなり人を小馬鹿にした態度ではないだろうか。
聞きようによっては、「世間ではあなたをバカにしていますが」と聞こえなくもない。
これを相手かまわず、近くても遠くても始終やられたらどうだろうか。現代ならストーカーとして逮捕されるだろう。
相手の心情を全く考慮しない、かなり強引で押しつけがましい態度というべきではないだろうか。
だからこそ石や小枝を投げつけられたのではないか。
こう解すれば、日蓮が「不軽品の如し」の意味がわかる。つまり相手かまわず、迫害されてもひるまず、常に折伏しろという意味である。

116 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/22(金) 07:47:46.87 ID:enMuBt00
この常不軽菩薩(サダー・パリブータ)は般若経典に出てくる常悲菩薩(=常啼菩薩、サダー・プラルディタ)とどこか類縁性があるように思う。
どちらも外見は柔和で中身は剛直である。説話としては内容が違うし、後者のほうがよくできているので、おそらく前者が先で後者が後だろう。

117 :ひゃっきまる:2014/08/22(金) 12:04:21.23 ID:NGfTg9Ps
>>115

1
日蓮は不軽菩薩品を摂受ではなく、折伏と位置付けていたと思います。

2
不軽菩薩は、梵品では常に軽んじられた、という意味にも読めるので、あなたの解釈はそれなりに間違っていません。

当時の常識として、成仏の記別を授けることができるのは資格がいると考えられていたので、
何の権威もない一介の僧が、偉そうに誰でも彼でも成仏の記別を授けていることが批判されたのでしょう。

しかし、修行しろと言うか、ストーカーのように追っかけたり、というような描写はありませんね。

このような、誰でも仏になれるんですよ、と主張することが、初期の法華経グループの活動だったのでは、と個人的には思います。

既存宗派からすれば、出家して厳しい修行をして、それでも仏ではなく阿羅漢にしかなれない、としているので、このような主張はかなり腹立たしいと感じられたと思います。

118 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/22(金) 21:34:27.39 ID:kfVt2mHc
>>115
>「修行をすれば成仏しますから。」

方便品・・『正法滅して後像法の中に於て、増上慢の比丘大勢力あり。』
常不軽菩薩品・・『正法滅して後像法の中に於て、増上慢の比丘大勢力あり。爾の時に一りの菩薩比丘あり、常不軽と名く。』

ここでの、“増上慢の比丘大勢力”とは爾前の教えで全てを悟ったと自ら思いこんだ、所謂、方便品で語られている「五千起去」の
者達のようなことを言っているのでしょう。
その比丘大勢者達とは常不軽菩薩を謗ったり杖や石で迫害した人達でしょうね。

そこで、日蓮がここ(開目抄)での折伏の意義を「不軽品の如し」と言っていますところに、疑問を感じてるわけですよね。
「なぜ、常不軽菩薩のあの振る舞いが折伏になるのか?余計な説法もしないあの不軽菩薩が?」・・・と。
比丘大勢者達は爾前の信徒達なので、だれでも、仏に成れるとは教えられていない、あくまでも爾前教信徒なのです。
仏様とは釈迦みたいな人だと、いやっ“まったく釈迦そのもの!”と教わってきた者達なのですね。
その比丘大勢者の思い込みに、『皆悉く礼拝讃歎して、是の言を作さく』、・・・『汝等皆菩薩の道を行じて、当に作仏することを得べし』なのでしょう。
これ、折伏ですよね。

続く。

119 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/22(金) 21:35:25.48 ID:kfVt2mHc
例えば、
『母が子供に、父の偉大さを教える。
 その子は、その父を当然に偉大さ知るのですね。
 そんなところに、いつもどこでも心に「父ちゃん、父ちゃん、無上の父ちゃ〜ん!」
 (母が思うに、これでは甘えん坊になってしまいそうな、、、つうか、大人になってからもう42年間だっつうに未だにこれだ、(つД`;)

 そこで、「太郎や、太郎や、遅くはなったが今一度大事なことを言わなければならないのよ、、聞いてね。
 実はね、太郎ちゃんも父に成れるのよ。」
太郎曰く、
 「うっせ〜ババァ!父ちゃんに成れるわけねぇ〜だろうがよ!」
  (このとき母は、この子に性教育はしてはいけないと思った)
そこで母曰く。
 「隣さん家の花子ちゃんのアソコにだだ挿せ、挿せ、挿せ!」今一度いう。「ただ、挿せ!」・・・』

乱暴な譬えではありますが、その時の母は常不軽菩薩であって、またその太郎は比丘大勢者達だったのです。
そこで、あの日蓮は「末法にはただ、南無妙法蓮華を下種!、下種、下種。」なわけなんでしょうね。

生物の本能は久遠からかわらず。唯、オスとメスが乃し能く諸法の実相を究尽したまえり。

完。

120 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/22(金) 22:00:10.57 ID:IS3UDZRw
立ち去ったのは大雑把に南伝系であったと推定されるが
本邦に於てはこれにあたらないのは明白だよね
どこに向かって遠吠えしてるんですか

121 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/22(金) 22:00:24.98 ID:kfVt2mHc
余談

法華経物語は在家と出家の両教義、経方を抹して微塵と為して
東方五百千万億那由他阿僧祇の国を過ぎて乃ち一塵を下し、是の如く東に行いて是の微塵を尽くさんが如き、なようなものであって、
その経を和合して子に与えて服させる術がこの法華経の意義かも。
小乗でも大乗でもこの法華経にかかってしまえば、どちらも文句はいうまい。加上説強し。

122 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/22(金) 22:07:26.59 ID:kfVt2mHc
>>120
トイレ壁の向こうの手洗い場。

123 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/22(金) 22:18:13.20 ID:kfVt2mHc
あっ、そうだ、もう一つ。

「提婆達多も仏になれる」

これも爾前教への折伏ですね。

124 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/22(金) 23:44:52.34 ID:77l8VRen
>>113
ひゃっきまるさん
>そうですか。それはどなたの説ですかね。
できれば論文の引用をお願いします。

「法華経の成立」で検索すれば、ヒットしますね。多くのHPが、だいたい
西暦50〜150年説をとっていますね。

125 :ひゃっきまる:2014/08/23(土) 02:20:53.90 ID:wudDOA/P
>>124

今手元に資料がないので、記憶のみでのお答えになりますが、あなたの言う法華経の成立年代は、

布施浩岳が『法華経成立史』(1934)で述べた説
(Wikipedia 法華経 より)

を基本としたものだと思われます。
現代では諸説あり、定説はありません。

というのは、考古学的な証拠が乏しく、確定したことが言えないからです。
そのへんの事情もWikiにあると思います。

もっとも、法華経を釈迦が説かなかったというのは言うまでもなく、定説でしょう。

126 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/23(土) 08:22:10.13 ID:gfHA4KO6
>>63
>>依諸経方「世の中にある様々な経典・思想の事を指す」

「経方」って、経典ではなくて処方箋のことなんだ。

引っかけトリックやっても、検索するから無駄だよ・・。

あちこちの「医学書」から薬草の調合を探して来て、
子供たちに服用させんのよ、それが依諸経方。

そして、スペシャルな調合がありまっせ、
という話にもっていき、それはもちろん法華経のことで、

その反対に毒があり、それが他宗と他経典でしょ。

でも、他経典の毒が回ってると、良薬である法華経に疑いをもって、
それを薬とは信じず、なかなか飲んでくれないので、
キミたちも疑いを捨てて、みんなでほけきょーを信じよー♪

通販CMでよく見かける、宣伝用の一人芝居だな・・。

127 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/23(土) 08:29:58.78 ID:gfHA4KO6
>>79
「応住安楽行」は、安楽な行動、などではなくて、

安楽行品に書いてある行法を、
毎日実践することに決まってんでしょ。

どこまで世間のシロート衆をダマせば・・、

菩薩の四つの行法で毎日修行やれば安楽になれるよ、
って意味が「応住」の意味。

だから、末法には、法華経を読んで、
安楽行品にある菩薩の修行を毎日やんなさい、
としか法華経には書いてなくて、

末法のナンミョー題目とか、法華経のどこにも書いてZO !

128 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/23(土) 08:51:14.63 ID:gfHA4KO6
>>75>>79
これ調べると「末法」の記述は法華経の中に二か所だけあって、

でも末法に関する具体的な修行法は、迹門編である安楽行品の
↓ここにしか書いてないって、ムジュンしててオカしいだろ ? ? ?

於末法中。欲説是経(法華経)。応住安楽行(安楽行品)。

末法に通用するのは本門だけ、という日蓮仏法の設定と
法華経の文章が、ハッキリと食い違ってるよね。

むしろ法華経の立場は、末法では安楽行品が有効であると。

それともう一つの末法の記述、本門編の分別功徳品では、
悪世末法には、法華経を護持すればすべての供養に勝り、
仏をあらわすことができる、としか書いてなくて、
行法の記述は、読経と人に教える説法? のみでしょ。

なんみょー題目については、
迹門編、本門編のどこにも書いてないから、
ただの日蓮さまの思い込みで、勝手に言ってるだけだな・・。

129 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/23(土) 10:21:57.94 ID:/xoaEc+Y
>>117
1.不軽菩薩を摂受と日蓮宗系は言うが、そうとは言えないという意味で書いた。しかし折伏をしているわけでもない。118さんも触れているように、
  日蓮が開目抄で「常不軽品の如し」と言っているのは不整合だから同書は偽書だという研究者もいる。(例:前スレの終りでふれた今成論文)
  だが私は、この言葉は、折伏に際して、不軽菩薩のように倦まず弛まずしつこくやれと、その「姿勢」を模範にせよと諭したとすれば足りると思う。

3.当時の記別の常識の話ではないと思う。経典を素直に読めば、不軽菩薩が忌避された理由は、その主張ではなく、振舞いにあったと考えられる。

4.「行菩薩道」と修行をすすめている。ストーカーについては「凡有所見」「遠見四衆 亦復故往」と、所構わず、常に迫りくるように叙述されている。

5.法華経の記述なのだから、それ以前の大乗修行者の説話だろう。誰でも仏になれるというが、不軽菩薩的には、あくまで菩薩道を行じれば、という話だ。

6.大乗一般が誰でも仏になれるという立場だからね。不軽菩薩の主張自体はそう特異ではなかったはず。やはり振舞が人々の嫌悪感を掻きたてたのではないか。

130 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/23(土) 10:30:21.78 ID:PZre3lB5
大事な「仏滅後後五百歳」の梵文原文は「五十年」だもんな。
日蓮教は、支那的白髪三千丈の羅什訳がもたらした災と言えましょう。

131 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/23(土) 10:41:52.03 ID:/xoaEc+Y
129の補足
ところでこの常不軽菩薩品でも、「不軽」の解釈以外にも、羅什訳の気になる点がある。
周囲の人々が不軽菩薩に苛立つ描写において、羅什訳は要らぬ誇張と解釈を持ち込んでいるのである。
心不浄者、是無智比丘、従何所来、等々である。梵本にはこうした表現はない。
羅什訳で「比丘」は岩本訳では「求法者」、梵本ではボーディサットヴァ(菩薩)である。
なぜ羅什は菩薩でなく比丘と訳したのか。在野の出家修行者を菩薩といえない空気があったのではないか。
羅什訳は明らかに中国で仏教教団が階層的な権威主義に毒されていた影響が感じられ、注意が肝要である。 

132 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/23(土) 14:24:44.90 ID:0e7qtZBH
>>125ひゃっきまるさん、
>もっとも、法華経を釈迦が説かなかったというのは言うまでもなく、定説
でしょう。

なにしろ法華経が成立したのは、釈迦が亡くなってから500年後ですから、
当然ですね。釈迦在世には文字がありましたが、弟子たちは釈迦の言葉を
ありがたがり、文字にしませんでした。釈迦滅後に文字にされましたが、
庶民にも覚えやすいように、簡単な言葉として書かれました。したがって、
法華経のように、複雑で覚えにくい経典が、釈迦滅後すぐに書かれるはず
がないのです。


ところで法華経の成立には諸説ある、ということですが、ネット検索は
されましたか?。ヒットした1P、2Pの90%は、成立年代50〜150年と
いっています。図書館の法華経関係の本を片っ端から読みましたが、50
〜150年で、それほど誤差はありません。

ひゃっきまるさんは、成立年代をどのくらいと、お考えですか?。

133 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/23(土) 20:47:57.63 ID:/xoaEc+Y
>>132
文書が成立した年代がオリジナルの説法から何年経っていようが、その文書の内容が純然たる創作であるという証明にはならない。
古代では聖なるものは限られた人の伝承によって伝えられたのだ。文書の成立年代は文書の成立年代以上の意味を持たない。
我が国の古事記も稗田阿礼が口述したものだが、これは稗田阿礼が口述時に即興で出まかせを述べたということを意味しない。
しかも成立年代の平均年代それも100年の幅をもっての平均などは、いかに所説の分布が広いかを示すものでしかない。
Wikiを見てもわかるだろうが、法華経の成立年代についての定説などはない。今後もおそらくない。興味ある問題ではないからだ。

134 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/23(土) 21:08:57.15 ID:/xoaEc+Y
133の続き
では私が法華経が釈尊の直説だと思うかと言えば、まったくそうは思わない。それは内容的なものである。それが核心である。
本スレで重要なことは、天台の五時八教説を根拠に法華経を最勝とした日蓮の教説は誤りであること、権実相対の崩壊である。
そもそも内外相対も疑わしい。不殺生を徹底するマハーヴィーラのジャイナ教のほうが日蓮教よりはるかに仏教に近いと思われる。
大小相対も日蓮教徒の口出しする問題ではなかろう。部派仏教のすぐれた成果が日蓮教のどこに見出されるというのか。
日蓮教徒が何を信じようと勝手だが、仏教を詐称するのはやめるべきではないか。日蓮教徒もよくよく考えてもらいたい。

135 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/23(土) 23:12:49.99 ID:0e7qtZBH
>>133
>成立年代の平均年代それも100年の幅をもっての平均などは、いかに所説
の分布が広いかを示すものでしかない。

法華経は、西暦50年から創作され始め、西暦150年に法華経二十八品全てが
揃い、完成されたということです。100年の幅というのは、成立年の誤差で
はなく、法華経が完成されるまで100年かかった、という意味です。

法華経の各経典が、時を隔て、また別人(別グループ)によって書かれた
ため、内容的に相反する物が出てしまいました。

日蓮も「水火の如し」と述べて悩んでいるように、勧持品第十三と安楽行
品第十四は、全く異なりますね。この二つの経典は、書き手と時代が違う
のだと思います。

136 :118:2014/08/23(土) 23:59:25.98 ID:aycfoRr8
>>129
常不軽菩薩品では「なぜ不軽菩薩は法華経を説かなかったのか?」
釈迦に関すればこれと同じく「なぜにこれまで法華経を説かなかったか?」
と、いうのが本来作者の趣旨なのですね。っていいますかこの章の常不軽菩薩品だけではなく、
法華経全体がこのような内容の趣旨で構成されているのではないでしょうか。
そこで日蓮の「折伏とは不軽品の如し」などは、本来の常不軽菩薩品の中を摘ま引いた一部の解釈に過ぎませんね。
"信伏”させる方法が「折伏」という義にするには、常不軽菩薩品からの引用は誤りではないかと思います。
ましてや誰でも御存知の通り、日蓮はどれだけ法華経を説いてまわったのでしょう。
常不軽は慈悲の心から法華経を説かなかったのですね。所謂、謗法華経をさせたくなかったのです。

>>131
>羅什訳で「比丘」は岩本訳では「求法者」、梵本ではボーディサットヴァ(菩薩)である。

私も調べてみましたが、あまり意味に違いませんね。
「比丘」とか「求法者」も「菩提と薩?の複合語」でありましょうから、今でいう「学徒」でしょうか。
しかし、もっと深く「菩薩」に関して議論するとなりますならば、「覚りが出来ると確定している人」というらしいので、
小乗や大乗の対立での中ではタブーの話だったのかもしれませんね。

少し話しが変わりますが、
貴殿のレス内容には大変に興味を持たせてもらっています。
なんか、狙い所がいっしょのようでw
私としては争論にならないように気を付けますので、以後も横レスになろうかと思いますがよろしく願います。

137 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/24(日) 00:58:30.14 ID:1mwzQwrj
>>136
>常不軽は慈悲の心から法華経を説かなかったのですね。

常不軽菩薩品第二十↓

この菩薩(常不軽菩薩)は、死期が迫ったとき、虚空で、威音王如来が説く
法華経の詩句を聞いてことごとく信じ、眼、耳、舌、身、意根が 清らかに
なり、命を永らえ、二十千万億年の寿命を得た。そして広く法華経を説いた。

常不軽菩薩は、法華経を説いています。

138 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/24(日) 02:02:57.06 ID:WaUYg004
天台が「法華折伏」なんて書くから、日蓮が真に受けて実行しちゃったんだね。

139 :118:2014/08/24(日) 02:34:43.25 ID:JHyQv05U
>>137
大変に参考になる御指摘を有難うございます。
深読みしたせいか、貴殿の提示された一文を見逃している私自身の解釈は、はやとちりでありましたね。
なんですか、常不軽菩薩品だけで考えれば、どんでん返しをくらった気分であります。
前章の法師功徳品からの話の流れに沿ってみれば、この常不軽は“死期が迫ったとき”から法師になったとも解釈としてもできますね。
>>136での私の
 >常不軽は慈悲の心から法華経を説かなかった
この観念、言い訳不要に見直しをしなければなりません。

140 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/24(日) 06:52:45.60 ID:asdFObFq
>>135
成立年代は諸説あります。そもそも成立の経緯や事情に関して諸説あるのだから当然です。あなたの支持する説もそのひとつということ。
例えば仏教学の泰斗であり古代インド史にも詳しい中村元博士は40-220と推定されましたが、私はこれを目安にしています。
法華経が色々な経典の集合であるという説には同意です。ご指摘の他にも観音経や常不軽菩薩も後で編入されたものでしょうね。
何世代かにわたり、編纂者が他の説話や経典を取り入れながら増補改訂されてきたため、成立の事情はかなり複雑と思われます。

141 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/24(日) 08:04:00.56 ID:asdFObFq
>>136
菩薩はボーディサットヴァ、比丘はビクシュのそれぞれ音写です。梵本から漢訳するのに前者を比丘と訳するのは不自然と思うのです。
菩薩は観音菩薩、弥勒菩薩等々、意識的に衆生を救済する菩薩行に励む、いわば「准仏陀」ですが、ビクシュは単なる出家修行者です。

私もあなたのレスはいつも興味深く拝見させていただいています。このスレは法華経や日蓮に精通している方が色々おられるので勉強になります。
あなたの他にも、126-128さん(立正安国論の提出について疑義を指摘された方と思います。)や、山椒島さん、他の方々から学ぶ部分が多いです。

たしかに目の付け処は似ている気がしますね。反感の感じ処といってもいいかもしれません。私も前からそう思います。
最近では70-80前後のレスがありましたね。ところで私はあなたの諧謔趣味が好きです。136の「謗法華経」も思わず噴き出します。
ちがいは、あなたの場合、私と違って法華経に精通し、経典として親しんでおられるのに対し、私は一読書家としての立場です。
しかし法華経は仏教経典なのだから、あなたや137さんのように経典として読み、解釈するのが本道で、私は傍流と思っています。
だから私は不軽菩薩が法華経を説いたか否かというような問題より、この説話の元はどんなものだったかに興味をもつのです。

142 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/24(日) 08:32:46.72 ID:OAxlN8O7
>>127>>128
この末法の行法が法華経の中に指示されてる、
ってのは意外だけど、一度気がつけば、あとはカンタン。

法華経の記述が推奨する「末法」の行法は、

1. イチ押しは、法華経の全文。

2. 具体的な修行法は、安楽行品にある、
  菩薩の四つのふるまいを実践すること。

これだけよね。1番は、経典が自分をイチ押しするのは当たり前。
目からウロコなのが2番で、法華経自体は俗物な作者が書いた、
仏教おとぎ話ストーリーのツギハギに過ぎなくて、

でも法華経の編集部が取材に行った先に、
たまたま本物の修行者が混じってたってこと
なんだろうね、それが安楽行品。

安楽行品の内容はまあまあリーズナブルと思うけど、
物欲でお腹いっぱいの生活を楽しみながら、
仏もカンタンに手に入れて、しかも自分たちは宗教セレブで、
世間からチヤホヤされたい。

そんな俗物な宗教妄想を満たしてくれるのが、
日蓮仏法なわけで、とーぜん安楽行品の内容とは、
正反対でゼッタイ受け入れられないから、日蓮教としては、

安楽行品の対抗馬、>>135にある勧持品第十三を採用して、
俗物生活を満喫してつづけたいわけね、だんだん仕組みわかってきた。

てか、勧持品も迹門編じゃん、どこまでもいいかげんだなー・・。

143 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/24(日) 08:46:15.29 ID:OAxlN8O7
法華経で推奨される末法の行法まとめは、

1. 法華経の全文を大切に護り、自分で読み、人に教える。

2. 安楽行品にある菩薩のふるまいを実行する。

・・・

3. なんみょー題目は法華経のどこにもやれとは書いてないから、
  やっても無駄なこと。日蓮さまみたいにへんな
  妄想癖がヒドくなって、愚痴がふえるだけだろ。

4. 方便品と寿量品だけを取り出して読経するやり方は、
  これも法華経にはひとことも書いてないないから、
  やっても無駄の極み。この二つは自分自身に洗脳暗示を
  かけるためにやらせてるんだと思うけど、その効果はあるよね。

・・。

144 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/24(日) 16:10:06.92 ID:j3n1yGmt
はいはい(´・ω・`)

145 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/24(日) 19:12:43.16 ID:I2KprQqE
あー、日蓮シバきてぇ

146 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/24(日) 19:27:24.19 ID:uufGKipp
>>145
皆さん池田犬作がチビデブの糖尿と書き込みしてますが
日蓮も大概肥満体ですから拳が効かない体型と言えます。

クレクレ詐欺で道理も知らない者たちから
貢ぎ物をせしめ暴飲暴食していたのでしょう。

147 :118:2014/08/24(日) 20:16:14.73 ID:JHyQv05U
>>141
日蓮がこの常不軽菩薩品をどのように解釈していたのかっていうの大事ですよね。
 
 「邪智謗法の者多き時は折伏を前とす、常不軽品の如 し」 開目抄
 「又謗法の者に向ては一向に法華経を説くべし、毒鼓の縁と成さんが為なり。例せば不軽菩薩の如し」 教機時国抄
 「末法には一乗の強敵充満すべし。不軽菩薩の利益此なり。各各我が弟子等はげませ給へ、はげませ給へ」 諌暁八幡抄
 「日蓮は是れ法華経の行者なり。不軽の跡を紹継するの故に」 聖人知三世事

一番に気になるのが教機時国抄の“毒鼓の縁と成さんが為なり”とこの箇所です。
日蓮が折伏とは、このような意義にとらえていますね。そんでそれが“常不軽品の如 し”と確証してます。

要するに、法華経の常不軽菩薩品は毒鼓の縁を説いたものだと言っているようなものです。
これでは不軽菩薩のみならず釈迦仏までもが毒を盛って救済しようとしてます。これでは>>101ひゃっきまる氏が述べているところの、
法華経は“提婆達多の系列の団体が作った”ということに一理があるようです。いや一理どころか提婆達多目線で考えればこの法華経物語
がもっと分かりやすくなるものかとも思えてきます。

また法華経の読み直しです(涙

148 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/24(日) 21:56:03.73 ID:asdFObFq
>>147
思うにあなたの場合、法華経に精通しすぎていると思いますよ。はっきり言って日蓮の読みより数段深いのではないでしょうか。
私にしても日蓮が根っからの馬鹿だとは言いませんが、それほど深い思索でものを言っていないのは一目瞭然と思います。
毒鼓の縁だって本来の意味を考えれば、法華経の功徳を説くにはチグハグな例えでしょう。元々それほど緻密な考えはないのです。
だから常不軽品の如しと言っても、常不軽菩薩が何を説いたかは眼中にないのです。その愚直な精神を見習えといいたいのです。

149 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/25(月) 06:52:36.98 ID:k6iyzc3M
148の続き
>法華経は“提婆達多の系列の団体が作った”ということに一理があるようです。

私の考えは逆で、NPO法人超法白蓮華がむしろデーヴァダッタ派を取り込むために、新たに提婆達多品を増補したのだと思います。
安楽行品や普門品(観音経)や常不軽品もそうです。外部で行われている経典を適宜修正し、商材として品ぞろえを増やしていく。
いわば仏教の総合商社といいましょうか、それで「諸経の王」たらんとした。だからどだい整合的な解釈などできっこないのです。
有体に言えばパクリですが、著作権の概念がないので、本人らに罪悪感はなかったんでしょうが、世間の評判は悪かったと思います。
信者らも適宜、一部を信仰しているようです。ビュッフェで好きなおかずだけを皿にとって食べているようなものです。

150 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/25(月) 10:41:54.90 ID:z7xiCXIS
いずれにしても、法華経をでっち上げた連中の思惑に乗せられてる恥ずかしさはあるね
2000年近く経った現代においてすら、踊らされてしまっている滑稽さがある

151 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/25(月) 12:11:00.54 ID:MKARZEMf
なんだかダイバダッタを創価に重ねて誤魔化そうとしてるようだが
ダイバダッタ自体は「「戒律に厳しい」姿勢があったから釈尊の仲間から
離れただけだよね

3世紀頃に中国から経を求めてインドを目指したふたりの三蔵は
ダイバダッタの教団に遭遇している話しが残っているね
釈尊の系列は過去七仏だけど、ダイバダッタの系列は
過去三仏を敬ったとの記録もあるようだ。

152 :ひゃっきまる:2014/08/25(月) 12:11:24.00 ID:W3kiekJt
法華経は構成や内容の整合性がないようですが、2000年前につくられたものにそこまで求めるのはどうも…と思うのですよね。

むしろそんな昔にここまでの文学があることに驚きます。

もちろん、法華経を神みたいな存在の釈迦が説いたという信念を持つ人間からしたら、法華経は絶対完璧であると考えますし、些細な語句の使い方一つにも何かの意味を見出そうとするんでしょう。

でも信仰者でもない人が、粗探しみたいなことをしなくてもいいと思いますよ。

単に、現代の日蓮信仰者の信仰のあり方についてだけ批判すればいいのであって。

153 :ひゃっきまる:2014/08/25(月) 12:23:38.93 ID:W3kiekJt
僕が提婆達多教団の話をしたのは、単にそういう説もあるよ、くらいな意味です。

提婆達多系列の教団が実在していたのは玄奘三蔵などの記録から事実のようですね。

なぜその団体が法華経に関係するかといえば、法華経の提婆達多品では、提婆達多が悪人であるというような描写が全くないからです。

むしろ過去世で釈迦の師匠であるとしています。

もし悪人でも成仏できる、という趣旨なら、提婆達多は悪人なのに、なぜ成仏できるのか、という問答があってよさそうですが、それがありません。

思うに、昔は提婆達多が極悪人である、という伝説は今ほど一般的ではなく、提婆達多教団も仏教の一宗派として普通に存在していたんでしょう。

法華経グループが、提婆達多グループを取り込むために提婆達多品を編入したという説は、ありえそうな説ですね。

154 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/25(月) 12:49:18.73 ID:4rzU2V77
>>148
不軽菩薩は、法華経二十八品のなかで、唯一独特のキャラクターを持って
いる菩薩です。地湧の菩薩は数が多いですが、キャラクターはありません。
そこで、日蓮は何とかして不軽菩薩を自分に当てはめようとしたと思いま
す。しかし、不軽菩薩はニコニコ笑いながら、「あなたがたは必ず成仏
します」と言って礼拝するだけの、おとなしい性格です。激しい性格の
日蓮には、不軽菩薩は全く似合いません。

ただ、不軽菩薩を笑いあざけった物達は地獄に落ちた、ということです
から、日蓮は、自分を迫害した者達は地獄に落ちる、という、もくろみ
で不軽菩薩を用いたのだと思われます。もちろん日蓮は、法華経を読み
不軽菩薩の性格を理解していたはずですが、自分に都合の悪い所は忘れ
てしまい、都合の良い所だけ抜き出して強調したと思います。

155 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/25(月) 12:58:22.88 ID:cSI+d4cZ
そもそも仏伝では釈尊を除く釈迦族一般には悪口が書かれている。
ダイバダッタも従兄弟である。過去仏についても
釈迦族の伝承の可能性がある。

釈迦族はインドのバラモンではないので、釈迦族出身者は
弟子の中ではマイノリティで妬みの対象であったのでしょう。

ダイバダッタの容れられざる主張は、@僧は山林に住むべし、
A乞食を専らとし食事の接待は受けない、B糞掃衣を着用し
豪華な衣は受け取らない、C木の下に座して家屋に住まない、
D魚や肉は食さない

これらの極端な姿勢ですな。

156 :118:2014/08/25(月) 19:46:15.32 ID:3z4Bvmnw
>>148
その教機時国抄の「毒鼓の縁」についても、なぜ涅槃経から引用したのか?
なぜそれが、「例せば不軽菩薩の如し」なのか?

 『又舎利弗 驕慢・懈怠 我見を計する者には 此の経を説くことなかれ 』
何故か?・・・・〈中略〉・・・『其の人命終して 阿鼻獄に入らん』  法華経譬諭品
この文を日蓮が知らずにいたとは思えないのであって、それを知った上で、毒鼓の縁だと教えるならば、これ確信犯とも思えます。


>>154
法華経など元々なかったらと考えたら地獄なんかに堕ちることなかったのにね。
「謗法華経変じて薬と為す」
これが日蓮の本音かとも思えてきます。

157 :ひゃっきまる:2014/08/25(月) 19:51:24.11 ID:W3kiekJt
>>154

法華経を誹るものは、とんでもない罪を背負い、地獄に堕ちるが、最終的にはその縁で法華経を信仰することになり、成仏することができる

このような考え方を、日蓮がどのような気持ちで採用したのかはわかりません。

しかし、この考え方は現代の日蓮信仰者のカルト性を象徴するものですね。

まず、自分達の信仰に反対する人間を道理のわからない劣った人間と蔑み、さらに、今世で無事であったとしても、来世では地獄に堕ちると考えることで、精神的報復を果たします。
しかもその後、最終的には成仏するとすることで、「結局は良いことをした。その人のためになることをした」と考えられるようにして、罪悪感すらも感じなくてすむようにしています。

独善性、排他性、狂信性を強化する教義だと感じます。

158 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/25(月) 20:25:48.74 ID:MKARZEMf
日蓮がホッケ経を熟知していたなんてーのが
妄想・空想だろ

ホッケ経もセンナシ By ニチレン

159 :ひゃっきまる:2014/08/25(月) 20:29:15.99 ID:W3kiekJt
人間は、生きていく上で絶対に他者からの批判が必要です。

なぜなら、人間は本質的に独りよがりで愚かだからです。
他者の視点を獲得してはじめて、人は自分自身を反省的に振り返ることができ、考えや行いを修正することができます。

自分の行動は常に正しく、間違えることがなく、他人は常に間違っており、他人が自分を非難するのは、他人が愚かで悪人であるからだ、

そんな風にしか考えることができないように矯正されてしまった人間は、自身の考えや行動を反省する機会も与えられず、何かが間違ってしまったとしても、自分自身でそれを認める自由すら与えられないでしょう。

非常に恐ろしいことです。

ましてや、そのような集団が、日本において政治的に大きな力を持ってしまっている、ということは、もっと危機感があって良いはずです。

160 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/25(月) 20:32:04.46 ID:MKARZEMf
「比丘はただ万事は要らず常不軽菩薩の行ぞ殊勝なりける」 (良寛)


ニチレンなど消えて無くなろうと問題ナイ

161 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/25(月) 21:38:46.51 ID:MKARZEMf
防止非悪の為には似非ボウズニチレンに
経を読まさない方がよかったね
ソーカなんぞニチレン教の
産廃だもんな

162 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/25(月) 22:29:13.01 ID:MKARZEMf
纏め

ニチレンは所詮破門された似非ボウズ

ダイバダッタは戒律に厳しい聖者

163 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/25(月) 22:51:34.33 ID:cvtKkyh4
ひゃっきまるさんへ

まだ考え中ですか?

164 :ひゃっきまる ◆KnSOULKlyI :2014/08/26(火) 00:29:24.78 ID:Jg3rjcRt
>>163 3000光年の惑星さん

はい。長考中ですので、ごゆるりとお待ち下さい。
言論の自由についてお調べいただけましたら、その結果を書いていただいても良いですよ。

165 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/26(火) 06:02:08.50 ID:QXT4HHXl
★★★“法華広まるところ乱あり!!”★★★
 凶悪狂典法華経の血塗られた歴史 〜これで真言亡国?〜

○鳩摩羅什>亀茲国=他国侵逼
        ...後涼=滅亡
        ...後秦=滅亡
○天台智>陳=他国侵逼により滅亡、陳王家一族族滅
        ...隋=自壊叛逆により滅亡、隋王家煬帝一族族滅
○聖徳太子>太子の変死、後約20年で上宮王家一族族滅
○最澄>薬子の変(自界奔逆)
○平家一門>平家納経・扇面法華経(厳島神社に現存)の約20年後に壇ノ浦にて一族族滅
○日蓮>元寇、内乱
○満州国>法華経の理念に基づいて建国されるも僅か13年あまりで亡国。
http://blog-imgs-50.fc2.com/o/c/e/ocean24/tumblr_kzuabiUdKL1qb5xupo1_500.jpg
○大日本帝国>日蓮主義に毒された軍部の暴走により世界大戦に突入。主要都市の壊滅的破壊、
          二度の核攻撃を受け未曾有の敗戦、滅亡。
       アジア人民数千万人に被害を引き起こし、日本兵300万をはじめ、膨大な人々の命を奪う

*おまけ
釈迦族が同じ釈迦族の血を引く隣国コーサラ国の毘瑠璃王によって殲滅されたのは『増一阿含経』
によれば釈迦が78歳の時のこととされ、五時八経でいう法華涅槃時にあたる。
釈迦が法華経を説く>自界叛逆難かつ他国侵逼難が起こり釈迦族滅亡
このことにつき真言亡国を主張した日蓮がスルーするのは御都合主義。

この項目は書きかけです。

166 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/26(火) 06:08:39.64 ID:dN06S5GJ
>>152
2000年前だから不整合でも仕方がないとは言えない。古代ギリシアや古代中国の哲学や文学は法華経より古いが見事な論理性・整合性がある。
逆に現代でも池田大作の提言や公明党の政策などは支離滅裂である。法華経の不整合には何か理由があるはずと考えればそれを知りたくなる。
それは粗さがしではなく知的好奇心。粗さがしというのは日蓮が他宗の誹謗中傷のネタ探しに経典の借用を依頼したようなのを指すのである。

167 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/26(火) 06:24:16.31 ID:dN06S5GJ
>>153>>154>>155
それぞれごもっとも。155さんの挙げている5つの戒律は、いわゆる「頭陀行」という修行法で、仏弟子のマハーカーシャパが終生実践したもの。
釈尊はこの熱心さを褒めたというし、それを評価したと思われるが、自らの苦行体験から、それが絶対に必要とは思っていなかったのだろう。
しかしマハーカーシャパは元々バラモンの子だし、デーヴァダッタ派の戒律がむしろ修行者の戒律としては伝統的なものだったんじゃないかな。
言いかえればデーヴァダッタ派の戒律が釈尊派より古いという事実が、法華経では前世で釈尊の師だったと象徴されているのではないかと思う。

168 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/26(火) 06:56:36.71 ID:dN06S5GJ
日蓮本人がどこまで深く法華経を信じていたかも怪しい気がする。上の何人かの人も指摘するようにかなり御都合主義のように見える。
そもそも日蓮に米や芋を布施した信者らは知識階級でなく、漢訳法華経を読めたとは思えない。写本を持ってもいなかったろう。
そこで念仏を真似て、題目と言う超簡便法を売りにしたのだろう。後は適当に法華経を切り文で引用しても物言いをつける信者はいない。
山椒島さんが言ってたが、当時の日蓮教団はかなり経済的に困窮していたらしい。日蓮も必死に営業努力をせざるを得なかったはずだ。

169 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/26(火) 07:25:11.16 ID:dN06S5GJ
167の続き
では少なくとも戒律に関する限り、デーヴァ派が守旧派で釈尊が革新派だったかというと、そう単純に言えないのではないか。
釈尊が嫌ったのは頭陀行ではなく、その形式化=形骸化を嫌ったと考えられる。現に釈尊は古のバラモンを称賛している。
これはイエスと律法との関係に似ている。古い宗教が伝統化し形式化すれば、原点回帰を掲げるほうが新派とみられることがある。
デーヴァがそれほど悪人かどうか分からないが、寛容な釈尊が嫌ったとすれば、少なくとも何かイヤミな部分があったのだろう。

170 :ひゃっきまる:2014/08/26(火) 07:44:32.90 ID:Jg3rjcRt
>>166
そうですね。法華経の不整合さには理由があると思います。
おそらく、成立過程の複雑さによるものも多いでしょう。
複数の話が一つにまとめられた痕跡ですね。
当時の社会環境や常識に由来するものもあるでしょう。
当時の権力者にとって都合の悪い部分を変更することもあったかもしれません。
単に、書写した人の勘違いなどに由来するものもあるでしょう。
一部が物理的に失われてしまった、ということもあるかもしれません。
こうしたことをこつこつ確証を得ていく作業も、学問の役割りですね。
知的好奇心から、これらのことに興味を持つのはよいことだと思いますよ。
ただ、自説を主張するために、想像をたくましくするような方もいるなあ、と思ったのです。

171 :ひゃっきまる:2014/08/26(火) 07:51:48.27 ID:Jg3rjcRt
>>169
釈尊が提婆達多を嫌ったというより、提婆達多の改革案を釈尊がのまなかった、ということだと思います。

そして、提婆達多が彼に従う僧を引き連れてグループを離れることも禁止しなかった。

修行方法は各人で自由にまかされていたんでしょう。今のような、組織に属する、という感覚はなかったと思います。

172 :ひゃっきまる:2014/08/26(火) 07:59:12.98 ID:Jg3rjcRt
釈尊に改革案を提案して、それが受け入れられたケースもありますね。
女性の修行者を入れる、という提案です。
こちらは受け入れられました。
しかし、もし釈尊がこれを受け入れなかったとして、グループを離れる修行者が出ても、たぶん釈尊は引きとめなかったと思います。

173 :118:2014/08/26(火) 17:17:40.77 ID:BPuaYHPl
>>170
>ただ、自説を主張するために、想像をたくましくするような方もいるなあ

私のことでありましょう。
スレ主さんや皆さん(アンチさん)に不快な思いをさせているので、紳士的に控えめな内容にしましょう。
確かに自説などを述べるのは楽ではありませんし、人の意見に質問攻めをしている方が簡単でありましょうからね。
もし、私の見解が間違いであるのであれば、その都度に話しかければよかったものを、主の権限とやらで、「スレ違いの話題はほどほどに!」ですかね。
女々しい言い訳は聞きたくないので、返レス不要。
ただ、 3000光年の惑星さんと貴殿の議論内容のはなしではないにせよ、「言論の自由」というものがありますので、反論があれば出戻りの貫禄を御見せくださいませ。
・・・つか、もうその気でありますでしょうね。
私としてはこのような事を、昔お世話になった貴殿には言いたくはなかったのではありましたが・・・お許しを。・・・アルミカン

174 :ひゃっきまる:2014/08/26(火) 19:11:02.74 ID:Jg3rjcRt
>>173
アルミカンさんなんですかね?
お久しぶりです。

返レスは不要とのことですが、言われっぱなしもなんですので、言いたいことは言わせていただきます。

まず、僕以外は名無しですので、どれが誰のレスやらわかりません。
ですから、僕が想像をたくましくしているなあ、と思ったものがアルミカンさんのものかどうかはわかりませんので、早とちりなきようお願いします。

次に、いちいち気になった意見に対してレスしなかった理由は、単に面倒だったからです。

最後に、僕が想像をたくましくしている、と批判した理由を述べたいと思います。

勝手に想像したことに対して、勝手に非難したのでは、

「あなたは悪人に違いない、だからあなたは悪人だ」と言っているに等しい…。

なぜ悪人だと思うか、という理由が、単なる想像や予想ではなく、確かな根拠に根ざしたものでなければならない、と僕は考えます。

そうでなければ、根拠なく他宗を非難している創価学会と同じになってしまいます。

ですから、特に非難のニュアンスなく想像していることに対してはどうとも思っていません。楽しい想像は僕も好きですよ。

175 :118:2014/08/26(火) 20:56:46.01 ID:BPuaYHPl
>>174
“言われっぱなし”って、ひとレスだけじゃありませんか。私は執着しませんのでこのレス以後よろしくお願いいたします。

>単なる想像や予想ではなく、確かな根拠に根ざしたものでなければならない、と僕は考えます。

だから文証を提示して私は書き込んでいるのですが、それのどこから想像と仰っているのでしょうと疑問に思えますよ。
まぁ、これはいいとして。>>152

>信仰者でもない人が、粗探しみたいなことをしなくてもいいと思いますよ。

このスレはなんのスレでしょうか?
はっきり言ってほとんどが「粗探し」が趣旨でしょう。度合いは違うかもしれませんが、そう、ひゃっきまるさんも同じなのですよ。
創価学会の行う折伏とやらの教義も他宗の粗探し。日蓮もしかり!
もし、「粗」がなければ、私は日蓮信者でいますがね。
そんなところで、ひゃっきまるさんは何故にアンチになられたのでしょうかと疑問に思われます。まだ洗脳されておられますか?
それとも宮沢賢治にでもなろうかと?←余計ですね。すみません。

「粗探しをして行きましょう」などと言っているわけではないので、誤解なきように。

176 :ひゃっきまる:2014/08/26(火) 21:27:50.05 ID:ZcEnacgO
>>175

まず、あなたのレスが何番か教えてもらえませんか。
でなければ、僕があなたを批判したのかすらわかりません。

僕は基本的に、現代の信仰者の信仰のあり方を問題にしています。

このスレにおいて、法華経は劣っている経典だから、法華経を信仰している人も劣っている、という批判の仕方をする方がいますが、それはいろいろとおかしいと考えています。

例えば、なぜ劣っているか、という説明一つとっても、そのやり方が粗探しのようだ、と思うところがあります。

2000年前に作られたものに対して、現代の我々ではどうしても知ることに限界があるからです。

また、「法華経は劣っている経典だから、法華経を信仰している人も劣っている」という裏には、

原始仏教の方が優れているよね、涅槃経の方が優れているよね、般若経の方が優れているよね、
優れた経典を信仰している自分はえらい、劣った経典を信仰している人は愚かだ、

という、信仰に対する差別が見てとれます。

僕はそもそも、このスレでは信仰に対する差別的な考え方そのものを批判しているのです。

しかし、法華経を釈迦が説いたということが、客観的にも正しく、法華経以外の経典は間違っているのだ、という信仰をしている人がいれば、おいおい、ちょっと待ちなさいよ、と僕は思いますし、そもそも釈迦は法華経を説いていないんだけど、と言いますよ。

177 :118:2014/08/26(火) 22:50:43.53 ID:BPuaYHPl
>>176
いや、私が個人的に批判されるのは、なんとも思っていませんよ。

>信仰者でもない人が、粗探しみたいなことをしなくてもいいと思いますよ。

と、だれにでも当てはまるような批判をされたことを問題にしたのです。
いまさら一人、正義ぶっているのがどうかと思うのですね。
アンチでもない、信者でもない、方々が聞いたらですね、そりゃ〜ひゃっきまるさんが言っているのが正しいと判断されるでしょう。
その正論をここで説くかなような上記の発言には、皆さん青ざめてしまいますよ。(ここをロムっている日蓮信者以外)

>法華経は劣っている経典だから、法華経を信仰している人も劣っている、という批判の仕方をする方がいますが、それはいろいろとおかしいと考えています。

「本人が信じているんだから、それでいいんじゃないのか」っていうのが、ひゃっきまるさんのお考えなのでしょう。
それはそれでいいのでしょうが、「法華経は偽経だ!」と、ひゃっきまるさん自身も貶してるわけです。
わかりませんね、そのスタンスが。中途半端といいますかその、今度レスにあげる「日蓮って」のテンプレを変える気なら、新ひゃっきまるさんとして別のお付き合いができるかと思います。

ここにいる住人は人を不幸にするために粗探しをしているわけではないのです。
同じく創価学会員の人達だってそうでしょう。・・・アンチには弱いでしょうが。
逆縁があるとする日蓮教義ならば、それに沿って語り折伏なるお付き合いがアンチではありませんか?
ここにきて、いい子ぶることはないでしょうし、今更ですけどね。
私がこのスレで始めて書き込みして、返信を頂いたお方はひゃっきまるさんなので、その時は色々お世話になり有難うございました。
お陰でこのようなアンチになりましたことを私ながらの幸いと思っております。

とりあえず、アルミカンなるものは捨ててみます。・・・とは言ってもほとんどが名無しでしたが皆さんから色々と教わり勉強になりました。有難うございます。
良きスレになることを祈ります。

178 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/27(水) 06:17:46.12 ID:VUt7oUJX
>>171
複数回の提案を受け入れなかったというだけの話ではないでしょう。「6年間、涎をなめていた」とまで満座のなかで言われたと伝えれています。
おそらく提案の以前から、デーヴァの常日頃の言動に、釈尊は不浄な野心、つまり煩悩を見て取り、こうした傾向を嫌っていたと考えられます。
釈尊の教団は、当時としては他の教団に比べて、柔軟で合理的な内容だったでしょうが、教義はもちろん修行方法や戒律は明確に合ったはずです。
でなければ、釈尊滅後に第一次結集をしてアーナンダとウパーリが教団の教説と戒律をそれぞれ述べて承認された意味がなくなります。
また組織というか、コミュニティ意識はあったはずです。初期の僧団はコミュニティだった。そのルールに従わなければ去るしかなかった。

179 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/27(水) 06:32:09.37 ID:VUt7oUJX
>>172
デーヴァダッタが女性修行者を受け入れるように提案し、釈尊が受け入れたという話は初耳です。そう思われる根拠をご教示いただけませんか。
私はアーナンダがとりなして、自分の実母で釈尊の養母であるマハープラジャパティーを教団に出家させたのがきっかけだと思っていました。

180 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/27(水) 06:50:24.16 ID:VUt7oUJX
>>173
あなたとは本当に似たところがあるw ひゃっき氏がレスした後に蒸し返すつもりはありませんが、170の末尾のイヤミは間違いなく私に宛てられてものですよ。
あなたのカキコは控えめというか、故意に諧謔まじりにして真意を示唆するにとどめているようなところがありますから、反感を持たれにくいと思います。
その点、私は明確であることを優先しますから、人によっては「何を偉そうに」と思われかねないと覚悟しています。あえて170にレスしなかった次第です。
ひゃっき氏の学級委員長然とした物言いに白けた気分になるのはあなたと私だけではない。しかし、ひゃっき氏も気に障ったから170になった。つまりお互いさまの話です。
まあ掲示板は自由な議論の場ですし、そこから現に私はあなたはじめ色々な方から教えられることが多い。リアルでは私の周囲に法華経や日蓮に詳しいひとはいません。
ところで今朝、156を見落としていました。教機時国抄の「毒鼓の縁」との連関も納得しました。でもやはり日蓮の引用は恣意的で、深読みする価値があるかなと思います。

181 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/27(水) 07:23:27.93 ID:VUt7oUJX
しかし、客観的に言って、一連のひゃっきまる氏のレス内容をみると、くだんの便所虫と思考の経路が似たところがあると思われる。

例えば174では、根拠がなければ想像で批判するなと言われる。しかし根拠は人それぞれにあると思うし、それを認める認めないは各人の判断だろう。
非難のニュアンスがあろうと称賛のニュアンスがあろうと、それを判断基準にして、他人を評価しようとするのは自分の好みの押し付けにすぎない。
そうではなく、不明な事項は、各人の知見を突き合わせて合理的な推論をすることこそが肝要なのではないか。少なくとも私はそれを希望している。
同時に176では「2000年前に作られたものに対して、現代の我々ではどうしても知ることに限界がある」から法華経を批判するのは粗さがしだと言われる。
それでは評価するのもおかしいということになりはしないか。それを批判するのは、それを信仰する者を差別することだなとは便所虫の主張そのものではないか。
私にはひゃっきまる氏は、予め自身の主観によって中立的と想定される範囲に議論が収まることをもって良しとする春田の蛙を想起させる。それも自由ではあるが。

182 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/27(水) 13:41:20.42 ID:Zv4vCOgY
法華経は、聖徳太子も言っているように、基本的には穏やかな経典だと
思います。したがって、日蓮も、法華経からの引用が少ないのです。
法華経には、「折伏」の文字はありません。
日蓮は中国の天台大師に傾倒していましたが、彼の著作「まかしかん」に
折伏の文字が出てきます。それは、大乗仏教の涅槃経からの影響です。
中国天台宗は、法華経とともに涅槃経を大切にしており、日蓮も遺文
で、法華経よりも涅槃経からの引用が多いのです。
日蓮は「法華経の行者」というより「涅槃経の行者」だと言う人もいます。

183 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/27(水) 13:57:55.90 ID:QmLMuoNs
聖徳太子の「世間虚仮、唯仏是真」の語は
まことに仏教を現していますな。

何処の似非宗教とは違います。

184 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/27(水) 18:54:50.39 ID:Otxd8CV1
ひゃっきまるさんへ

>「本人が信じているんだから、それでいいんじゃないのか」っていうのが、ひゃっきまるさんのお考えなのでしょう。
それはそれでいいのでしょうが、「法華経は偽経だ!」と、ひゃっきまるさん自身も貶してるわけです。
わかりませんね、そのスタンスが。中途半端といいますかその、

私もそう思いますよ。
中立中庸の立場を重んじるというなら、少なくとも教義の内容については一切発言できないはずです。
学会がカルトだとか、日蓮信仰の在り方うんぬんとか、
そういう発言は、あなたの立場をどちらかに偏らせることにしかなりません。
あなたは学者でも信仰者でもないんですから。
それでも何か喋りたいなら、あなたもリスクを負いなさいという話をしていたのです。
それが、言論の自由を謳う者の最低限のマナーであると。
考えさせてくれと言いますが、そんなに難しい問題ですか?

だから、ゲームとしての議論だと認めなさいって(笑
それを認めないから、
>いい子ぶることはないでしょうし、今更ですけどね。
なんて言われるんです。
2ちゃんねるで誠実さを気取る方が、よっぽど悪い子だとはおもいませんか?
たかが2ちゃんの議論で、何日も相手を待たせるなど、ゲームとしても面白くありません。
お仕事頑張って下さい。

185 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/27(水) 19:27:55.11 ID:VUt7oUJX
>>182
あなたと同じようなことをいう人がたまにいるが、いったいどの仏教経典と比較して穏やかだの平和だのと言っているのだろう。
およそ仏教経典である以上、日蓮教や創価のように、あからさまに誹謗中傷や仏敵への闘争を奨励する経典はないのが当然であろう。
素朴に疑問に思う。法華経はむしろ独善的、排他的、狂信的、攻撃的、呪術的で、信者は実はそこに魅かれるのではないだろうか。

186 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/27(水) 19:43:33.10 ID:fWhAzcB1
譬喩品だな
あれは最悪だ

だいたい、法華経って「この経は素晴らしい」って書いてあるけど
その「経」が、どこなのかがわからない

例えば、淀川長治が
「この映画は面白いです。最高です。」と、2時間絶賛したまま、
例のエンディングテーマが流れたら、視聴者は怒るだろうに

そういう矛盾を実は昔から多くの人が感じていたんだけど
口に出来ない時代がずっと続いていた

それがネットのおかげで
「実は俺も思ってた」と口に出来るようになったんだ

法華経、正直クソです
文芸としても宗教書としても、駄作中の駄作です

187 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/27(水) 20:33:40.74 ID:owIF2wk+
まあねえ、多宝如来が「法華経が説かれることがあれば宝塔とともに出現しよう」とか
誓願したことになっているわけだが、とすれば多宝如来のこの誓願時点での法華経には、
当の見宝塔品以降の内容は論理的に含まれ得ないわけでなあ。

188 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/27(水) 21:25:32.74 ID:Ool3RYC1
>>181
実際、
創価学会=便所
日蓮=糞
学会員=便所虫
という構図も成り立つわけだが。

189 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/27(水) 22:55:30.39 ID:U0APJetH
個人攻撃、嫌がらせ、陰口、悪口等々は人間のやることではありません。
この卑劣極まりない犯罪行為を組織的に創価学会本部(竹内一彦全国総合青年部長)は行っています。
公明党足立区議会議員の後輩(足立創価学会幹部)が十数年以上に渡り給料の不正受給や郵便法違反等々を
犯したことを隠ぺいするためです。竹内は足立創価学会幹部たち全員に一般の創価学会員には法律違反はなかったと
嘘をつくように命令しました。また隠ぺい工作を徹底するために竹内は集団ストーカーという犯罪行為すら
足立創価学会幹部たち全員に命令しました。幹部の中には暴力行為すら行う者も出てきました。
郵便法違反や給料の不正受給は長年、郵政省全体で行われてきた、言わばとんでもない習慣です。
ゆえに郵政省(日本郵便)の上層部も隠ぺいしてきたことです。
つまり郵政上層部の悪事に創価学会本部が全面的に協力するという醜い構図が見えてきます。
情けない限りです。現在、池田大作名誉会長は脳に異常をきたして(認知症)三年以上もの間、公の席に出席する
ことができません。死を目前にしてこれほど惨めな姿はありません。
これは明らかに池田大作会長本人が集団ストーカーという犯罪行為を創価学会員にやらせたことに対する仏罰です。
竹内や足立創価学会の悪事に池田会長自ら責任をとり仏罰を被ったと言えるでしょう。

190 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/28(木) 00:15:33.15 ID:wD4+gEx/
>>185
天台智の『摩訶止観』を読んだことがあるのかな?あの恐
ろしい一節と比べれば、法華経は、おとなしいものだ。

法華経の「安楽行品第十四」などは、道徳的な事が書いてあっ
て、宗教者が読むにはふさわしい物だ。政治に関わるな・他宗
の悪口を言うな・女性信者に説教をするな、など参考になる点
が多い。

>法華経はむしろ独善的、排他的、狂信的、攻撃的、呪術的

勧持品第十三のことだろうか?。あれは、法華経の作者たちが
迫害された歴史をつづっている。未来への予言ではない。
法華経には、それまでの伝統仏教とは全く違った思想が入って
いる。そのため、伝統仏教を信じる人たちから、刀杖瓦石など
で攻撃された、悲しい事実が入っている。

法華経は、宮沢賢治のインスピレーションをかきたて、数々の
作品を生んだ。ロマンあふれる経典だと思う。

191 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/28(木) 00:30:46.08 ID:39pocVqX
>>190
「それまでの伝統仏教とは全く違った思想」って、具体的にどの部分?

192 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/28(木) 08:21:24.18 ID:iAqHwwkW
>>186>>187>>188
各々方に同意です。
>>190
>天台智の『摩訶止観』を読んだことがあるのかな?あの恐ろしい一節と比べれば、法華経は、おとなしいものだ。

やはりそういう話でしたか。仏教経典で比較できるものはありませんか?天台大師や日蓮に比べればマシとかの話でなく。

>法華経の「安楽行品第十四」などは、道徳的な事が書いてあって、宗教者が読むにはふさわしい物だ。

同意ですが、法華経で飯を食うプロの法華経業者たちは、日蓮から池田大作まで、なぜかこれをスルーします。
理由は142-143さんがご指摘の通りと私も思いますが。この点、どう思われますか?

>勧持品第十三のことだろうか?。

いえ、全体的にみての話です。勧持品は、信者にジハードを覚悟するよう洗脳しているように見えます。

>ロマンあふれる経典だと思う。

それは否定しません。説話も色々ありますしね。私は若いころから宮沢賢治を尊敬し、その作品を愛しています。
賢治が法華経に傾倒した理由は色々ありそうですが、彼は真の天才ですから、森羅万象から霊感を得ました。
法華経信者のなかには、有名な「雨ニモマケズ」は不軽菩薩がモデルと言う人がいますが、私は違うと考えます。
いずれにしても作家や芸術家に与えた影響力の話では、どうみても法華経はそれほど優位に立てないと思いますよ。

193 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/28(木) 21:58:16.66 ID:wD4+gEx/
>>192
>>法華経の「安楽行品第十四」などは、道徳的な事が書いてあって、宗教
者が読むにはふさわしい物だ。
>同意ですが、法華経で飯を食うプロの法華経業者たちは、日蓮から池田
大作まで、なぜかこれをスルーします。
理由は142-143さんがご指摘の通りと私も思いますが。この点、どう思われ
ますか?

安楽行品第十四が、法華経行者としての基本的修行法であることは、その
通りだと思います。安楽行品の通りに修行すれば、迫害がなく無事な生活
を送れることでしょう。日蓮在世のときの流罪も、殉死もなかったはずで
す。
法華経の作者たちが最も恐れていたことは、宗教迫害があって、法華経の
団体がつぶされることだったと思います。そのために安楽行品で、微に入
り細に入り、修行法を説明しています。そうして、法華経が永遠に忘れ去
られないよう願ったのです。

勧持品がジハード推奨だ、というのは、間違っていると思います。勧持品
のどこを見ても、そんなことは書いてありません。安楽行品の通り、修行
しなさい。しかし、その通りに修行しても迫害があるかも知れない。その
ときは歯を食いしばって忍耐しなさい、ということを、勧持品で言ってい
ると思いますね。

法華経業者が安楽行品を無視するのは、自分たちの考えと正反対の経典で
あるからです。自分たちの立場が、崩壊するからです。

194 :118:2014/08/28(木) 22:25:16.73 ID:6GQoh0dt
『大慈悲を室とし 柔和忍辱を衣とし 諸法空を座とす 此れに処して為に法を説け
  若し此の経を説かん時 人あって悪口し罵り 刀杖瓦石を加うとも 仏を念ずるが故に忍ぶべし』・・・法師品

『薬王、若し悪人あって不善の心を以て一劫の中に於て、現に仏前に於て常に仏を毀罵せん、
 其の罪尚お軽し。若し人一の悪言を以て、在家・出家の法華経を読誦する者を毀・せん、其の罪甚だ重し』・・・法師品

『薬王此の経は是れ諸仏の秘要の蔵なり。分布して妄りに人に授与すべからず。諸仏世尊の守護したもう所なり。
 昔より已来未だ曽て顕説せず。而も此の経は如来の現在すら猶お怨嫉多し、況んや滅度の後をや。・・・・・・・法師品

『如来の室とは一切衆生の中の大慈悲心是れなり。如来の衣とは柔和忍辱の心是れなり。如来の座とは一切法空是れなり』・・法師品

不軽菩薩とか法華経行者振る舞いの参考になるだろうか?
とりあえず法師品から引文ね。

195 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/28(木) 23:45:51.22 ID:RVVtPxiX
そんな所に引っ掛かると経に転ばされますよ
如来常住なら滅しないでしょ
メッシ無いなら末法も無い罠

無い罪を責めるよりオノレを省みるべし

ソウカの連中を見れば絵空事なことは判るよね

196 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/29(金) 00:02:20.12 ID:5v6Wivax
そうそう。このスレ見てると経に転ばされてるやつが多数いる
真面目なんだろうね
でも、そんな真面目なやつこそ陥りがち

197 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/29(金) 07:32:24.86 ID:3I6t6PdY
無気力な親父馬は寝てたほうがよい。

198 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/29(金) 07:37:25.04 ID:OCFHi4yC
>>193
安楽行品は内容からして、元々は小編ながら別系統の経典で、後に法華経に編集加筆のうえ、接ぎ木されたものでしょう。
安楽行品の説く修法は法華経以外の一般の大乗経典のスタイルです。後半は無理に法華経節になっているのが惜しまれます。
法華経教団は先々の迫害もむろん懸念したでしょうが、法師品などをみると既に当時から世間の評判は悪かったようです。
ジハードは日本では「聖戦」と訳され過激そうですが、本来は、ムスリムとして精励努力するという徳目を意味します。
勧持品では弟子らがいかなる苦難にもめげずに法華経を宣布するぞ、頑張りぬくぞ、と気勢を上げています。
羅什は勧持品と訳しましたが、本来は「努力」という意味です。まさにジハードと同義です。ほかの点には同意です。

199 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/29(金) 08:21:51.55 ID:yAL0lGGH
サッ・ダルマを諸賢の事例集と大雑把に捉えると
各品はそれぞれの賢人の別の話しであると知れる

200 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/30(土) 11:51:36.87 ID:xh9wPhWS
>>198
>安楽行品の説く修法は法華経以外の一般の大乗経典のスタイルです。
>後半は無理に法華経節になっているのが惜しまれます。
前半は、どんな人にもわかりやすい道徳的な教えですが、後半は法華経
を讃嘆する、難解な文章になっていますね。

>法華経教団は先々の迫害もむろん懸念したでしょうが、法師品などを
>みると既に当時から世間の評判は悪かったようです。
如来寿量品第十六で、「釈迦が常住不滅の仏」としたのが、不人気の元
となったのではないでしょうか?小乗経にも書いてないし、最初の大乗
仏教典である般若経(南インドで創作)にもありませんでした。全く新
しい「常住不滅の仏」は、反発を招いたでしょうね。これは、キリスト
経の影響ととらえる人もいます。また、法華経は、中国でも人気がなか
ったようですね。(中国天台宗を除いて)

>勧持品では弟子らがいかなる苦難にもめげずに法華経を宣布するぞ、
>頑張りぬくぞ、と気勢を上げています。
その通りだと思います。法華経は、インド北西部ガンダーラで創作された
と言われています。紀元前後ころ、北から遊牧民族が侵入しガンダーラ
地方の仏教徒は、釈迦の教えに従い抵抗せず、皆殺しに遭ったということ
です。その悲しみが勧持品の「不惜身命」という過激な表現になったので
はないかと想像しています。

201 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/30(土) 21:26:28.46 ID:bQUJVYpZ
おそらく本来の法華経としての部分と、それに付随する文章がいつのまにか
法華経として一くくりになったものと思われる。
この時代にはいろんな経や論が出て、さまざまな教団が一つの経にするか、
あるいは他の経にくっつけてしまうかなどと、いろんな編集の推敲がなさ
れたのではないだろうか?

202 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/30(土) 21:34:57.01 ID:bQUJVYpZ
ま、結局のところ日蓮ってやつがとりあえず当時大きな宗教
勢力だった天台宗で読まれてる経典を看板に掲げて、さらに
いろんな宗派の教義をパクリながら民衆をたぶらかし、さら
に幕府までたぶらかそうとしただけだろ。だから法華経の内
容でも自分に都合悪いとこはスルーするし、涅槃経からの引
用も多いんだろ。

203 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/30(土) 21:52:08.43 ID:bQUJVYpZ
なんか最初と最後の部分が無くなってるのも法華経じゃなかったか?
あれ編集過程で都合悪くなって消したとかだったおもろいな。
あるいは「ここまでは前置きでそのすばらしいとこの経で称えてた
ないようは○○経です。○○経へ続く!」みたいな内容で、法華教
団が都合悪くて消したとしてもおもしろいな。まぁ後世の人々には
はななだ迷惑だが。翻訳版が複数種あったことも興味深い。

204 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/31(日) 09:03:28.87 ID:SA8gMEV3
>>200
198です。あなたの着眼に共感します。私は歴史学的な興味を法華経に持っています。その奇妙な特徴の理由を知りたいからです。
法華経がガンダーラで制作されたという説は知りませんでしたが、興味深く思います。できればソースをご教示お願いできますか。
というのは、それは私の推測に合致するからです。その時代に同地に侵入した遊牧民とはサカ族(=スキタイ族)のことでしょう。
私は法華経の発生にこのサカ族の侵入が深く関わり、同族のクシャーナ王朝が法華経の形成と伝播に関わったと推測しています。
サカ族は固有の文化に乏しかった。そこで先住民の宗教文化を仏教の外皮の法華経に編入しつつ征服していったのではないか。
法華経に感じる、異教的なところはそうした背景がありそうです。私見では法華経は大雑把にいえば三層構造をなしています。
まず表層が現在の法華経、その下の中層に法華経に編入される以前の教説・説話、最下層に歴史的事実としての事件や人物です。
私にはそういう視点で読んでこそ興味深い。むろん経典の読み方としては邪道といいますか、あくまで傍流と自覚しておりますが。

205 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/31(日) 10:22:15.95 ID:rFpqeK7D
>>204
>法華経がガンダーラで制作されたという説は知りませんでしたが、興味
深く思います。できればソースをご教示お願いできますか。

ソースは本です。図書館で読んだ「ブッダ―大いなる旅路〈3〉救いの思想
・大乗仏教 (NHKスペシャル) 」です。
この本は、3年ほど前、NHKスペシャルで「仏像の誕生」という放送があり、
それをもとにしていると思います。私が読んだのは2年ほど前ですが、図書
館にあると思います。

インド北部から侵入した民族が、どんな民族か知りませんでしたが、サカ族
(=スキタイ族)でしたか?。
ガンダーラはシルクロードの要衝でしたから、いろんな民族の宗教が混じり
合っている可能性が高いと思います。

206 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/31(日) 10:38:13.13 ID:o4euN0Zr
創価学会が本尊に向かって何時間も唱える「南無妙法蓮華経」の「南無」という言葉は、「頼りにします」「すべて任せます」という意味で、
南無阿弥陀仏なら阿弥陀仏という仏に頼るからまだいいが、南無妙法蓮華経では蓮華経という経典に頼んでいるのだから、何の意味もないのである。
蓮華経の教えに帰依しますという自分の中に内在する仏性への意志表明というのが彼らの理屈だが、これは実質自分以外何も信じていない自分信仰のようなものであり、だからこそのこの有様である

207 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/31(日) 11:54:02.22 ID:87JovFEj
>>200
>>204
横レス失礼しますね。
法華経物語をよく読んでくれるお方ならば、方便品偈文の件を御覧くださいませ。
爾前の教えが方便であるかの趣旨の語りになっているにもかかわらず、ここではもう筆者の目線上に、仏像、仏画、仏塔
などとを示唆するものがあることの矛盾を感じられるのではないでしょうか?
ここでの語りは方便品であり、釈迦が滅後を予言された話ではないのですね。

私見ながら、ガンダーラ仏教の美術が盛んに行われた期間、またはその以降にこの物語が作られた可能性は大にあると思われますね。
もし文上から私の見解が間違いがあるようでしたらご指摘くださいませ。
釈迦が爾前で教えていた頃すでに信者達の中で愚像崇拝をしてたという話があれば面白いのですが。
っていいますか、この方便品でそのように語っていますねw

208 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/08/31(日) 12:05:00.15 ID:lhUOXYZv
>>206
>「南無妙法蓮華経」の「南無」という言葉は、「頼りにします」「すべて任せます」という意味で

いやいやいや。
現代ヒンディー語の「ナマステ(namaste) あなたを敬います」と一緒だ。
感嘆形なので「敬います!」程度が原義。

209 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/01(月) 07:34:30.87 ID:X6kAh8qh
>>205
204です。ご教示ありがとうございます。その本は読んでいませんので、目を通させていただきます。
古来、色んな民族が次々に西北インドに侵入してきたようですから、時期によって征服民と先住民が変わります。
しかも遊牧民なので侵入されたほうも消息が何となく曖昧です。また農耕民はそのままだったかもしれません。
サカ族が侵入したのは紀元前ですが、別の王朝に征服された後、紀元後にまた別のサカ族の王朝が成立します。
サカ族の後のクシャーナ朝で仏教文化は栄えましたが、私見では法華経はそういう安定期前ではと思っています。
中村元博士は、クシャーナ朝の有名なカニシカ王の次のヴァ−スデーヴァ治世に法華経ができたと考証されています。

210 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/01(月) 07:58:36.01 ID:X6kAh8qh
>>207
たしかに方便品では、像や画や塔を供養する功徳を賛美する記述があります。しかもかなり高価な宝物のようです。
ちょっと「最後は金目でしょ」みたいな印象もありますねw

ガンダーラ美術は紀元前から始まって、最盛期がクシャーナ朝ですから、推定される法華経の成立時期を完全にカバーしています。
したがってご見解の通りです。ところで、上の209に書いたように中村元博士はそれがヴァ-スデーヴァ朝だっと推定されています。
その理由のひとつは、この時期多くの仏塔(ストゥーパ)が建てられ、法華経に仏塔崇拝が極めて強いことを挙げられています。
むろん、これは現在のような形での法華経が最終的に成立した時期という意味です。
しかし法華経は仏塔崇拝もさることながら、次第に自画自賛の経典崇拝がトーンを高めているようにも思うのですが、どう思われますか?

211 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/01(月) 18:06:07.16 ID:2inJnOWW
法華経方便品ではその仏塔を容認しつつ、分別功徳品では否定するかのような語りですね。
その方便品での仏像、仏画、仏塔を作る者は「仏道を成就してる」とだけ述べているだけであって、
この者達を例に出して三乗と一仏乗を説こうとしてますね。
所謂、法華経が作成される爾前に、このような者達が存在してたということになってしまわれるわけです。
例えば、
菩提樹の下で釈迦が覚りを得た時期から、この法華経が説かれるまでの数年間で“仏像、仏画、仏塔を作る者”がおられたということですね。
これは大集経での像法でいうところ、多造塔寺堅固の枠内に入った説明を混同したもの思われてしまいます。
ここ法華経の段階では、多造塔寺堅固というものを濁らすよな余計な話を取り入れた筆者は、釈迦に成りきれずに、
この法華経物語を完璧に作ることができていなかったと思いましたね。(本人も難信難解)
上レスでも少し触れたのですが、これを予言的な説法で展開されていればよかったとは思うのですが、
そこで、後の十七章の分別功徳品では、
 『如来の滅後に、若し受持し読誦し、他人の為に説き、若しは自らも書き若しは人をしても書かしめ、
  経巻を供養することあらんは、復塔寺を起て及び僧坊を造り衆僧を供養することを須いず。』
と、はじめからこのようにするべきだったと思います。・・・と、
このような見解をするところに、私もクシャーナ朝?あたりから少しずつ制作された物語が法華経と思った次第であります。

>自画自賛の経典崇拝がトーンを高めているようにも思うのですが、どう思われますか?

ほとんどの章がまったくのそのものでしょう。
しかし、爾前の教えで争う同士達を合併させるには良くできているような、気の利いた加上な物語ではありませんか。
今ではこの法華経が仇になって争いや分裂が興る始末の法華経行者達ですことが摩訶不思議であります。
 (もしなにかしらに統括できる者達がいるのであれば、それは一闡提達ではないでしょうか。逆縁などと根暗なことはしませんし。w)
それとあの法華経のキャラクターを全部変えて読めば、一闡提であった者が著作したようにも思いましたね。
それと、この物語には名言となるものがないのが残念です。←私ごとですが。

212 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/01(月) 19:30:18.77 ID:nf6kBv3b
>>211
ニチレン教が互いに争い周囲にも迷惑を及ぼすのは
「ニチレン・サイクル」と異名のある無反省な二項対立志向
これが原因だろ(笑)
何の不可思議もない

ニチレンが迷盲な人々に勘違いされ、崇められるのは
先哲から我田引水している部分をニチレン本人の主張に
迷人(ニチレン教信者)が勘違いしているからだ
創価員が池田の著作とされる本の中の文に
引用される他者の思想提言を池田のものと
勘違いするのと理屈は同じである

213 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/01(月) 20:41:50.09 ID:nf6kBv3b
ニチレン教の頑迷さの現れの例

初転法輪之(の)道場と銘打ったところで、一体何が行われているのか
あろうことか、水風呂に漬かったり木の棒を狂乱して
振り回して居るのだ

この様である、棒を振り廻すのが転法輪か?
たけし軍団、ダチョウ倶楽部に弟子入りした
ほうがお似合いであろう。

214 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/01(月) 23:43:12.73 ID:TUKTzmm2
>>210 >>211

>たしかに方便品では、像や画や塔を供養する功徳を賛美する記述がありま
す。
>その方便品での仏像、仏画、仏塔を作る者は「仏道を成就してる」とだけ
述べているだけであって、

方便品を見ましたが、そのような記述はないですね。もし、あるのでしたら
経文の引用をお願いします。

215 :大乗非仏説:2014/09/02(火) 00:05:45.91 ID:b/DSCt8n
>>214
このあたりじゃないでしょうか?

若於曠野中 積土成仏廟
乃至童子戲 聚沙為仏塔
如是諸人等 皆已成仏道
若人為仏故 建立諸形像
刻彫成衆相 皆已成仏道
或以七宝成 鍮鉐赤白銅
白鑞及鉛錫 鉄木及与泥
或以膠漆布 厳飾作仏像
如是諸人等 皆已成仏道
綵画作仏像 百福荘厳相
自作若使人 皆已成仏道
乃至童子戲 若草木及筆
或以指爪甲 而画作仏像
如是諸人等 漸漸積功徳
具足大悲心 皆已成仏道

216 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/02(火) 07:45:16.58 ID:66h7bIf9
>>211
たしかに分別功徳品では方便品で散々持ち上げた仏塔や仏像の功徳を寿量品の教説を聞くことに比べれば取るに足りないと貶していますね。
しかしまあ経典全体として見た場合、教主釈尊の常住不滅を説いた寿量品がキーでしょうね。これさえ押さえれば、あとは何でも言い放題です。

仏像はギリシア彫刻の影響でガンダーラで盛んに造られたのが発祥といわれています。200さんの法華経ガンダーラ発祥説と一致します。
また法華経で、美しいもの、尊いものを表現するのに、換金性の高い金銀や宝玉などをもって繰り返し強調されるのは商人文化的です。
法華経ほどではないにしても、般若経典なども後期のものは、同じ傾向があります。クシャーナ王朝の東西交易で栄えた商人文化の影響でしょう。
そうはいっても法華経が含む教説や説話の淵源はさらに古層にまでさかのぼるものとは思いますけど。

>>215
ソコですね。 

217 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/02(火) 08:58:59.26 ID:ock4odyA
>>216
時間がなく詳しいレスができないのですが、
法華経での“常住不滅”を説いたはずなのに、涅槃経でどれだけ悲しんだ人達がおられたのか?ということも考えてみれば、この寿量品の話はなんだったんでしょうね。
 (この寿量品だけは釈迦が亡くなる寸前の説法にすればよかったのに) と思いましたです。←これも私ごとではありますがw

>>215
手抜きしたような私のレスでしたが、該当箇所の提示してくれまして
有難うございます。確かにそのあたりであります。
サンスクリットから訳された岩本氏も殆ど似たように訳されてますね。

218 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/02(火) 20:26:58.60 ID:XyN3V39Z
>>215
経文を教えていただき、ありがとうございます。方便品第二は、知っていた
よりかなり長いんですね。私が知っていたのは、前半だけでした。

>>207
>私見ながら、ガンダーラ仏教の美術が盛んに行われた期間、またはその
以降にこの物語が作られた可能性は大にあると思われますね。

その通りだと思います。釈迦が亡くなってから、遺骨は分けられてストゥー
パに埋葬されました。釈迦滅後500年間、インドは平和な時期が続き、釈迦
は、「農業の神様」としてあがめられ、人々はストゥーパで祈りを捧げてい
ました。ところが、紀元前後に北方遊牧民族が侵入し、ガンダーラを中心に
大虐殺が起きました。特に仏教徒は、「殺すなかれ」という釈迦の言葉を守
って、抵抗せずに殺されていきました。こうした絶望的な状況において、生
き残った仏教徒は、釈迦に「救世主」であることを求め始めました。生き残
ることにせっぱつまると、仏教の根本である「無常・無我・縁起」などと言
っていられなくなり、とにかく一目でも釈迦に会いたいと思うようになりま
す。しかし、釈迦は自分をあがめるな、法をあがめよ、と言い残して亡くな
ったので釈迦を仏像にすることには、ためらいがありました。そこで、まず
菩薩像を作ります。そして、ようやく次に釈迦像を作り始めました。
おそらく、法華経の制作者たちは、釈迦像の前で瞑想をし、直接、釈迦から
説法を聞いているつもりで、法華経を制作していったのではないか、と思い
ます。
神を像に彫刻するというのは、ギリシャ人特有の伝統ですが、ガンダーラは
シルクロードの要衝にあり、東西の文化や色んな民族が集まっていたので、
まず、ギリシャ系の仏教徒が、菩薩像を作ったのだと思います。


る、「」

219 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/02(火) 23:53:09.15 ID:ock4odyA
>>218
レス有難うございます。

>おそらく、法華経の制作者たちは、釈迦像の前で瞑想をし、直接、釈迦から
>説法を聞いているつもりで、法華経を制作していったのではないか、と思い
>ます。

まぁ、そういうこともあろうかとも推測はできますね。
ただ、この法華経文中に
 @『受持・読誦・書写・この経・一偈・一句』
の単語が随所にでてきてます所に、この作者はとんでもないミスをされているかと思いますね。
作成された時期云々よりも、釈迦がこのようなこと(@)を言ったとなりますと、釈迦が執筆者ということになります。
これだと「ヴェーダ書vsサッダルマ・プンダリーカ・スートラ」となっちゃうのかなってねw

このことから考えても、この法華経は仏説ではないと思ってはいますし同期するには難しいと思いますね。

それと方便品に関しては、私が創価学会員であった頃は、あんなに長文だったと思っていませんでした。
勤行要典のまんまであるかと思っていましたね。
譬喩品が一番長そうで、次が化城喩品、そして方便品でしょうかと思われます。
余談ではありますが、
日蓮が言っているところの法華経字数69384字でしたか、これ正確なのでしょうかとも思います。

220 :大乗非仏説:2014/09/03(水) 06:18:21.93 ID:HFYjFfKU
>>219
私のもっているテキストでは72760字になります。ただこのテキストには序文や品名等が
はいっており、さらには括弧等のもはいっていますので、69384字はそんなにはずれてい
ないのではないかと思いますね。

221 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/03(水) 07:25:44.19 ID:t4vAYtzu
>>217
まあ寿量品の「常住不滅」さえあれば、その他はすべて「方便」と一蹴できる仕掛けになっていますからね。

>>220
ダラ二品か何かが欠落した写本だったのでは?羅什の緊縮した漢訳でその字数は決して無視できない差分です。
特に書かれてもいない文底秘沈の文句さえ透視した日蓮にとって文字数が少ないというのは由々しき事態では?

222 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/03(水) 07:55:57.61 ID:v2XbyB1k
観音経なんて丸ごとホッケ経に添加されているが
オリジナルの方にしかないものがあるね。

223 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/03(水) 08:16:07.20 ID:v2XbyB1k
しかし、ニチレンは「頸」が好きだよね
破門された時に師匠から
「おまえは頸だ!」
とでも云われたのだろうか。

224 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/03(水) 08:24:45.10 ID:t4vAYtzu
>>218
その「ガンダーラの大虐殺」というのも205でご教示いただいた「ブッダ―大いなる旅路〈3〉」にあるのですか?
じつはまだその本を読んでいませんが、ガンダーラに侵入した遊牧民が農民を大虐殺したというのは違和感があります。
遊牧民がやることは略奪でしょうし、暴力の犠牲もあったでしょうが、大虐殺の話は聞いたことがありません。
バラモン教復興を掲げ仏教を弾圧したシュンガ王朝のプシヤミトラは異民族ではないし、ガンダーラでもないし。

225 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2014/09/03(水) 08:52:26.18 ID:W0rrtVSe
現存する法華経諸本はいずれも69,384字ではない、と聞いたか読んだかしたことがあります。
各品の品名?を除いてみるなど、字数の数え方を色々と変えてみても、そうはならないそうで。

こう書くとまた、「当時は69,384字の法華経があったのだ!」などと横槍が飛んできそうですが、
当の日蓮筆「註法華経」からして字数は異なるそうですから、おそらくどこかで聞くか学ぶかした
数字をそのまま記したのではないでしょうか。※当時の総人口の記述も同様だろうと思います。

一般的にはそれらの誤記など無問題ですが、「末法の御本仏」にはあるまじきことですね。

226 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/03(水) 09:23:33.31 ID:KWLDelhh
>>224
>その「ガンダーラの大虐殺」というのも205でご教示いただ
いた「ブッダ―大いなる旅路〈3〉」にあるのですか?

はい、書いてあります。西遊記で有名な玄奘三蔵がガンダーラ
にたどりついたとき、虐殺により、ガンダーラの土地が真っ赤
になった、というような伝説がたくさん残っていたそうです。
玄奘三蔵がガンダーラに到着したのは、西暦631年ですが、その
とき、仏教は衰退していて、仏塔や寺院などは、ほとんど崩れて
しまっていたようです。

227 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/03(水) 12:41:43.10 ID:1chvPHRU
>>214
創価や正宗の経本には
その部分は載っていませんよ

創価や正宗の経本の方便品は、ほんの部分であり、
かつ、どうでもいい無内容な箇所であります

228 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/03(水) 12:48:08.68 ID:1chvPHRU
>>222
まてまて
オリジナルって何よ?
観音経は法華経普門品の事だぞ

229 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/03(水) 13:19:01.48 ID:eMB4EUaq
>>227
> 創価や正宗の経本の方便品は、ほんの部分であり、
> かつ、どうでもいい無内容な箇所であります
無知をさらすな。
法華経迹門の要は、開三顕一。
三乗(声聞・縁覚・菩薩)は、一乗(仏)に導くための方便であることを示す。
方便品冒頭〜十如是は、略開三顕一。
十如是の後〜人記品第9が、広開三顕一。
詳しさが違うだけで、これら二つは同等である。

230 :229:2014/09/03(水) 13:20:11.93 ID:eMB4EUaq
>>229訂正。
法華経迹門の要は、開三顕一。
→法華経迹門の要の一つは、開三顕一。

231 :大乗非仏説:2014/09/03(水) 14:11:56.29 ID:HFYjFfKU
>>229
伝統的な解釈ですが、同意できません。

法華経を迹門、本門とわけるのも天台大師智の解釈であって
法華経全文のどこをみても迹門、本門などという分け方はありません。

第一、漢訳の法華経は28品ですがサンスクリット原文では27品ですよ。
これでは14品、14品とわけることなどできないですよね。

それに十如是にしてもサンスクリット原文ではそのような文章ではありません。
それをクマラージヴァがきれいに韻をそろえて訳しただけです。
これを仮、空、中と読み分けるなんて見当外れもいいところです。

232 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/03(水) 14:30:07.81 ID:vJWQ3Jpm
まあ、天台大師は破綻してるからね
その天台から巨大な影響を受けた日本の伝統教学も同様に破綻しているといえる
一生懸命に勉強しただろうに残念なことだな

233 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/03(水) 15:02:43.52 ID:eMB4EUaq
>>231
邪魔。(大乗非仏説を名乗るのだから、後の世に編纂された大乗仏典そのものに用事はないだろ。)

仏典全般で最も重要なのは、誰が編纂したとか変化させたかではなく、各仏典の「中身」が示す思想。
迹門・本門などの立て分けをした天台教学を否定したいようだが、だったら、表面的な事ではなく重要な内容で否定を試みるべきだな。
(今はやり取りしない。)
ただし、大変だろうな。
例えば、迹門・本門の決定的な違いの一つは、始成正覚/久遠実成。
妙法蓮華経にはこの違いが存在しないという事を示さない限り、妙法蓮華経の迹門・本門の区別を否定することはできないぞ。

234 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/03(水) 16:10:18.09 ID:j+R2t8Mi
まったく法華狂いはどうしようもないですな。

235 :大乗非仏説:2014/09/03(水) 17:20:24.97 ID:HFYjFfKU
>>233

> 仏典全般で最も重要なのは、誰が編纂したとか変化させたかではなく、各仏典の「中身」が示す思想。
> 迹門・本門などの立て分けをした天台教学を否定したいようだが、だったら、表面的な事ではなく重要な内容で否定を試みるべきだな。

日蓮上人は法華経を釈尊の直口だと信じたのではなかったですか?
そうでなければ、「釈迦の出世の本来」などというわけがないでしょう。

法華経こそが釈尊の説きたかったこと、これが五時八教のスタンスですよね。
かっては釈尊の直口だから尊いといいなが、今度は中身が大事だという
あまりにもご都合主義でしょう。

第一法華経に書かれているような実際にあったはずがありません。
「例えば、迹門・本門の決定的な違いの一つは、始成正覚/久遠実成。」
このような教学は、所詮は机上の空論です。
(あ、私もやりとりを希望するわけではありません)

236 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/03(水) 18:14:30.77 ID:xW9JbAAV
>>228
>観音経は法華経普門品の事だぞ

そうなんだが、これは微妙な事情を含むんだよな。
観世音菩薩てのは、もともと阿弥陀佛の佛国土で脇侍として控える尊格なわけで、
浄土教の系統に属する。だから、普門品も基本的に浄土教の系統に属する。
で、羅什訳の系統の梵本原本になかったのか羅什が省いたのかはともかく、
他の系統の梵本テクストでは、より浄土教的色彩が強く、阿弥陀佛が前面に打ち出されている(浄土往生とかな)。

つまり、浄土教の影響が法華経に正面から流入した品として、
内容的にはほかの品とつながりが悪いのだ。羅什訳だと見えにくいけどな。
普門品が独立に成立してから添加されたわけではないだろうが、
浄土教からの影響関係的に、普門品が他から外れてるのは確か。

237 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/03(水) 19:06:28.00 ID:1chvPHRU
若い時からずっと創価信じて来て
教学試験でも「教授」とか言われちゃって(世間的には恥ずかしい話だ)
地域では「教学をなんでも知ってる人」と尊敬のまなざしで
見られているお爺ちゃんにとっては
主張を変える事は、耐え難い事なんだろうね

238 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/03(水) 20:16:36.53 ID:iq3r9vmZ
>>220大乗非仏説さん
>>225山椒島さん

この“69,384字”の初出は天台智の頂経偈、
 『稽首妙法蓮華経 薩達磨分陀利伽 一秩八軸四七品
  六万九千三八四 一一文文是真仏 真仏説法利衆生
  衆生皆已成仏道 故我頂礼法華経』
からなのでしょうかね。
そこで気になったのが、“一秩八軸四七品”の“四七品”・・・二十八品じゃなくて?
この“四七”ってなんの数なのか分かりませんです。

239 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/03(水) 20:34:33.62 ID:t4vAYtzu
>>226
別にNHKを信用しない趣旨ではないのですが、玄奘の話なら大東西域記を調べるのが早道と思い、中国古典文学大系(平凡社)を参照しました。
ガンダーラの部分を読みましたが、結論からいえば、おっしゃるような大虐殺に関する記述はやはり見当たりませんでした。
ただ以下のような記述があります。

「太子が、ここで男女(の二子)をバラモンに施し、バラモンがその男女を鞭打ち、流血が血を染めた。今も草木はなお赤色をしている」

ただこれは六度集経ほかに引用される説話でVisvantara-Jatakaという釈尊の前世物語としての説話です。これ自体が大乗思想の所産です。
大東西域記は大部ですが、ガンダーラの部分は短いものです。他に血なまぐさい話は一切ありません。
また玄奘によれば土地の人々は異教を好み、昔の仏教施設などは廃れているものの、バラモンたちはきわめて向学心旺盛で優秀であったようです。
思うにNHKの取材班が現地で土地の人から聞いた昔の虐殺の伝承が玄奘の記述と誤って伝えられたのではないかと思います。
玄奘の当時、ササン朝ペルシアが四方に膨張していたので、あるいはその影響か、さらに後の事件かもしれません。紛争の多い地域です。
しかし法華経の成立した時期を含む紀元前後から玄奘法門時までは、ガンダーラで異民族による仏教徒大虐殺という史実はなさそうです。
サカ族やクシャーナ朝(サカと同系という説も違いという説もある)は文化的にそれほどのものはなく、むしろ仏教文化の感化を受けたと思われます。

240 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/03(水) 23:21:35.54 ID:C0zQhpPq
中国人のおやじギャグの九九(くく)とか
鎌倉時代のノストラダムスの大予言の
おっさんとか崇めるなんてどうかしてるぜ

241 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2014/09/04(木) 00:12:37.04 ID:TcAp2pkH
>>238 さん
あぁ、そう言われてみると、日蓮も何かの書で引用していたような。

法華経も結構な分量があるので、書写・編纂した人(達)によって七軸(巻)だったり八軸だったり、
品数についても、様々な分け方・呼び方がなされたようです。内容そのものはそう変わらないとか。

ただ、大乗非仏説さんも書かれている通り、日蓮の主張は(少なくとも自身が引いた)一代聖教の
諸経典はすべて如来の実語であり、仏の金言であり、それらの主・王にして神髄・肝心が法華経
であり、鳩摩羅什の訳は完璧で、その一偈一句は「一一文文是真仏」である、というものですから、
69,384字が増えたり減ったりすることは許されないし、あってはならない。ということになります。

近年、日蓮を大仰に祀り上げている人達ほど、この当たり前の基本を無視しがちですね。

242 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/04(木) 00:21:00.76 ID:eiR4U/ni
>>239
ガンダーラの虐殺については、初めに「NHKスペシャル・仏像の誕生」を見て
知り、一昨年あたりに「ブッダ―大いなる旅路〈3〉」という本で見ました。
テレビ番組の方は、虐殺について、かなり詳しく語っていました。本の方も
ほぼ似たような内容ですが、玄奘三蔵が血生臭い伝説を聞いた、というのは
本だけです。
NHKが、テレビと本で同じことを言っているので、信用しました。ただ、私も
事実確認のためネット検索をしました。しかし239さんがおっしゃっているよ
うに、そうした虐殺の事実を書いた文はありませんでした。

NHKが完全に間違っているのかも知れません。しかし、虐殺があり、何とか
命だけは救われたいと思った仏教徒が、「一目だけでも釈迦に会いたい」と
切望した気持ちは理解できます。そして菩薩像と釈迦像を作り、法華経など
の大乗経典を作ったという説には、真実味があるな、と思ったしだいです。

釈迦滅後500年間、仏教徒は、釈迦を偶像化してはいけないと、転法輪(車輪)
や足あとだけで釈迦を表わしていました。それが、なぜ突然に菩薩像や釈迦像
を作り始めたか。そこには例え虐殺でないにしても、大きな社会的変化があっ
たものと思います。

243 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/04(木) 01:41:19.66 ID:62dIwZI1
大乗非仏説さんへ

>日蓮上人は法華経を釈尊の直口だと信じたのではなかったですか?
そうでなければ、「釈迦の出世の本来」などというわけがないでしょう。

しかしまた法華経が、釈迦の意図からまっくかけ離れていると、どうして言えるんです?
経典は普遍的な真理について述べたもので、その著作権は個人ではなく全能の神にあるものです。
「0:ゼロ」の概念はインド人によって発見されたそうですが、それを用いて後世の数学者が理論を構築したところで、
何か不都合がありますか?
芸術作品や骨董品のように、その人が作ったのでなければ価値がないものとは違うのです。
釈尊が法華経を説かずとも、誰かがいずれ説いたでしょう。
アインシュタインが相対性理論を発見せずとも、いずれは誰かに発見されたでしょう。
大乗非仏説を振りかざしさえすれば、相手が黙ると思ったら大間違いです。
依法不依人です。法が尊いゆえに人も尊いのであって、その逆ではありません。

さて、その法の優劣をあなたは判断できるのでしょうか?
小乗経典は釈迦の直口だと科学的に証明されているのか知りませんが、
だからといって、それのみを信じるしかないのであれば、科学至上主義であって、宗教とは別のニュアンスです。
南京大虐殺はあったのか?
従軍慰安婦は強制か否か?
連合艦隊のレイテにおける謎の反転の真相は?
こんな最近の歴史的事実でさえ、未だに決着がつきません。
ましてや紀元前の話ですからね(笑
それについての憶測が、現代の我々に有益な情報として確定するのは、いつの日やら。
それが確定したところで、教義の内容についての是非を論じるのはまた別問題でしょう。

244 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/04(木) 02:00:30.04 ID:62dIwZI1
つづき

そういう常識的な判断を不問に付して、あえて近視眼的でマニアックな議論に持ち込もうとするのが、
ゲームとしての議論たるゆえんです。
いわば、問題をわざと矮小化し、森を見ずに木を見ることで、妄想のジャングルを散策しようとするわけです。

そういう楽しみに満足するのは、20代までと思いますがねぇ。
30も過ぎると、2ちゃんなんかで暇を潰していることへの焦燥感がハンパないんですが、
宗教とか仏教というテーマの性質上、なんとなく高尚な心地がするんですかね。
自分が高尚な人間かどうか、鏡で自分の顔を見たら分かりそうなもんですが。
いや。よくよく分かってるからこそ、2ちゃんなんかで吠えてるんでしょうね。
それを指摘すると、誠実だとか真面目だとかと弁解するのだから、恥の上塗りです。

マジで、病院いけおまえ(笑
今さら、のこのこと、シレーと出てくんな。
ホント勘弁してくれよ、大乗ちゃん。
ひゃっきまるも、謝りもせず反論もせず、トンズラしたのか知らんが、
誠実だとは、聞いて呆れるわ。
現実を見ろ現実を!!!

245 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/04(木) 02:25:00.38 ID:OvVr9LTG
日蓮の迷妄、日寛の毒はかくも深し。

246 :大乗非仏説:2014/09/04(木) 02:49:51.00 ID:MlBAdC2+
>>243
ほとんど反論になっていないような気がするのですが…

日蓮上人は法華経は釈尊が説いたものだと考えていました。
で、貴方は、釈尊は法華経を説いたとお考えなのですか?
また、法華経に書かれてあるような事実があったとお考え
なのですか?

247 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/04(木) 03:30:06.16 ID:RztDg2yP
>>243
釈迦の直説でないと否定する理由がない以上、そう信じて話を進めるしかないでしょ?
おまえの狙いが分からん。
どういう罪で誰を裁きたいのか。
それも2ちゃんの発言なんかで。

アホか(´・ω・`)

248 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/04(木) 03:32:27.78 ID:RztDg2yP
安価ミス

246宛てな。

249 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/04(木) 03:36:53.71 ID:RztDg2yP
まだなんかムカつくな。

読解力0のアホ。
童貞。
2ちゃん依存症の糞が。

250 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/04(木) 03:43:01.92 ID:/wUkcHX8
創価が本性出して来た

251 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/04(木) 03:44:11.48 ID:6JpTOh80
創価は狂ってる

252 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/04(木) 06:37:29.04 ID:Pa9rmLZ5
大質問仏説は質問だけだろ

有名だぞ

253 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/04(木) 06:45:36.58 ID:jwFzja2t
>>243
>>244
>>247-249

結局 選言三段論法をつかった「悪魔の証明」だけが先走った
強弁を図っていて一方的な発言にしか聞こえない やり直し

254 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/04(木) 07:34:08.19 ID:VcHtCyxj
239の訂正:4行目引用部分 「流血が血を染めた」は表記ミス。正しくは「流血が地を染めた」。

>>238
お詳しいですね。日蓮めがそれをパクりおったのは間違いないでしょう。しかし今度は疑問は天台大師に遡ります。
天台大師はどういう計算をしたのか。天台大師の言葉に間違いはないと思って鵜呑みにした日蓮も知りたがるでしょう。

>>241
仰る通りです。日蓮の主張はまさにそうですが、それは布施で暮らす日蓮の「商材」であって、本人は案外、そこまでではなかったかも。
すくなくとも本当に法華経が釈尊の真説だと信じていれば「余経も法華経も詮なし」などとは口が腐っても言えないはずと思うのです。

>>242
なるほど。ガンダーラの仏教美術が当時も後にもインドの人々を様々な場面で慰藉してきたということですね。

255 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/04(木) 07:45:53.37 ID:a6cB2Z27
ヘレニズム(ギリシャ系)彫刻の影響

256 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/04(木) 10:12:29.32 ID:/wUkcHX8
法華経も釈迦の説法であると“信じている”んだろ?
信じている人に、何を言ってもしょうがない

ただし、“信じている”だけで、
根拠を示す事が出来なければ、
学術的には敗北だわな

257 :大乗非仏説:2014/09/04(木) 16:46:37.50 ID:MlBAdC2+
>>247
> >>243
> 釈迦の直説でないと否定する理由がない以上、そう信じて話を進めるしかないでしょ?
> おまえの狙いが分からん。
> どういう罪で誰を裁きたいのか。
> それも2ちゃんの発言なんかで。

私へのレスのようですね。
法華経は釈尊の直説だというお考えなのですね。
そうすると法華経に書かれている話も当然あったということですね。

258 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/04(木) 16:58:19.65 ID:/wUkcHX8
やった!

観音さまのご利益は、お釈迦さんの教えだったんだ!
観音さまの力を念ずれば、救われるんだ!

やったぞ!

朗報

259 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/04(木) 17:49:21.31 ID:OvVr9LTG
>>257
>釈迦の直説でないと否定する理由がない以上、そう信じて話を進めるしかないでしょ?

直説でないと否定する理由ならいくらでも出てるだろ。
そもそも虚空会だの何だのが歴史的事実だと信じてんのかお前は、という。

260 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/04(木) 17:50:58.42 ID:OvVr9LTG
だいたいこれでいいならお前は聖書も信じて話を進めないとイカンのだよwww
紀元前のことだから確実なことは何も言えず、したがって聖書の記述が
真実でない、と否定する理由がないのだからなwwww

261 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/04(木) 18:26:36.07 ID:/wUkcHX8
やっぱ、イエス様は死んで3日のうちに復活したの?
てか、イエス様って実在したの?

262 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/04(木) 18:34:40.79 ID:OvVr9LTG
>>261
復活は法華経と同じくらい確実だなwww

ちなみに実在自体は歴史学的にも殆ど疑われたことはない。

263 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/04(木) 19:27:21.30 ID:/wUkcHX8
新約聖書以外に、イエスの事を記載している歴史書ってあるの?
あんなに大騒ぎを引き起こしたなら、一般の歴史書にも、なんらかの記述があるはず
どうも、イエスはエジプトのホルス神をモデルにした、架空の存在のような気がするんだが

マリアの処女懐胎の部分は、摩耶夫人のパクリの気がするし
マヤ→マリア 名前も似ている

264 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/04(木) 19:39:26.50 ID:eiR4U/ni
>>243
>小乗経典は釈迦の直口だと科学的に証明されているのか知りませんが、
だからといって、それのみを信じるしかないのであれば、科学至上主義
であって、宗教とは別のニュアンスです。

法華経が優れている、と言うのは問題ないのです。悪人成仏・女人成仏・
二乗作仏など、万人の平等性を説いています。初期・日蓮教団の弟子に
武士が多かったのは、殺人を職務とする悪人の武士でも、法華経を信じ
れば成仏できると、日蓮が説いたからです。
ただ、問題なのは、法華経を信じれば救われ、信じないと地獄という、
教えが極端に排他的なことです。それが高じて、日本の他宗全体を敵と
する日蓮教団になってしまいました。

この原因が、仏滅後500年後に創作された、サンスクリット語の法華経
にあるのか、鳩摩羅什の翻訳の問題か、中国天台宗・天台智の問題か、
日蓮本人の問題か、というと、それぞれに問題があると思います。

まずサンスクリット語の法華経に問題があるとすれば、やはり経典の歴
史的・科学的な考察が必要になるわけです。この経典には、排他性・攻
撃性・組織性があり、狂信的な集団が創ったのではないか、という説も
あります。
法華経が、インドのどこで、いつ、どんな人々によって創られたかとい
う問題は大きなウエイトを占めるのではないでしょうか?。
創価学会・日蓮正宗の信者にも、組織性・排他性・攻撃性があり、社会
的にも、問題になっています。信仰の深い信者ほど、そういう傾向が見
られます。イワシの頭も信心から、と言いますが、信仰の対象とする法
華経の出所を探ることも、同時に必要だと思います。

265 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/04(木) 20:23:36.98 ID:zDt4MBvA
話しをすり替えちゃ駄目よ

ホッケ経を使ったり読んだりしてるのがニチレンだけなら
ニチレンが狂ってる因を経に求めても問題ないが
現実は厳しいね、残念。

266 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/04(木) 21:38:23.01 ID:YIwYImgW
>>241山椒島さん
>一偈一句は「一一文文是真仏」である
>69,384字が増えたり減ったりすることは許されない

アンチの私達から見る法華経の行者(日蓮系信者)とは、経文通りの振る舞いができずにいられてますことに偽平和主義者ではないかと感じてしまいますね。
それどころか、法華経ひとつとっても、本門と迹門とかの二分に解釈する教義が、仏の説法に優劣または勝裂などと一一文文是真仏の釈迦の心を二分にしてるわけですよね。
まぁ、このような矛盾に気付かない人達が集まっての達成できるという広宣流布とやらは、日本国民の知能の衰退の表れを意味するかと思います。
なんでしたか、日蓮は「?年までに広宣流布は達成する。・・・もしできなければ、釈迦ともに地獄に堕ちる」みたいなことを言ってましたね。
もしも本当に地獄とか極楽とかがあったならば、日蓮は今、地獄の底にいるのだと自覚はしてるのでしょうね。

昭和の時代からすれば、もはや今はネットが普及したことにより、邪教の広宣流布などの話は聞き流されてしまわれることでしょうね。
もしもこの法華経物語が皆さんに読まれることがあったと推定したならば、日蓮教は即座に消えてしまうのではないかと思います。
また、“69,384字”らしき数の一字をとっても、今と鳩摩羅什の時代では意味が異なるでありましょうから、今の現代文に訳された参考書などでは
本来の法華経の意図するところが何であるかということは分からないのではないかとも思います。
例えば、
『爾の時に世尊、三昧より安詳として起って』・・・方便品は【従り】
『我仏を得てより来』           ・・・寿量品偈【自リ】
と、どちらも【より】なのですが、意味は異なるはずなのですね。
他にもこのように鳩摩羅什は字を使い分けていることにも注目してもらいたいものですね。

267 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/04(木) 21:44:10.18 ID:YIwYImgW
>>254
>天台大師はどういう計算をしたのか

私も知りたいです。一一文文是真仏の四七品の妙法蓮華経とやらを。

268 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/04(木) 23:28:31.29 ID:OvVr9LTG
>>263
パウロが実在し、真蹟性を疑われていないその書簡に
ペテロ他の12弟子が登場し、またそれらの個々の弟子たちの
多くについてその実在性が問題ない。だから、12弟子たちが
集団でイエス実在を演出とかそういうことになってない限り、
ヨシュアという名の、彼らの指導者の実在自体はほぼ疑いない。

なお、そもそもが「ヨシュア→イエス」「ミリアム→マリア」というヘブライ語から
ギリシャ語への転訛なので、「マリアとマヤの音が似ている」というのは的外れ。

269 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2014/09/04(木) 23:37:43.42 ID:TcAp2pkH
>>254 さん

> 「余経も法華経も詮なし」

これについては他スレで何度か議論をしたことがあるのですが、私は日蓮の本来の意図を無視した、
切り文と恣意的解釈によって振り回されている、もっとも代表的なフレーズの一つであろうと思います。
しかも真蹟は無し。日興写本だそうですが、それも未確定。日蓮系はこういう類が非常に多いです。

自賛毀他の為なら宗祖も貶す。特に日蓮本仏論によって、日蓮の評価はむしろダダ下がりです。
信者さん達は無自覚なのでしょうけれど。彼らの教団にとっては日蓮もただの「商材」なのでしょうね。

270 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2014/09/04(木) 23:38:58.79 ID:TcAp2pkH
>>266 さん
日蓮在世時の弟子・信徒のほとんどは、現在でいうところの他門流につきましたね。
富木常忍、太田乗明、池上兄弟、etc. もちろん、かの四条頼基も同様です。

つまり、日蓮正宗系の価値観からすると、五老僧同様、堕地獄必定の極悪退転者です。
(なのに何故、現在「信徒の鑑」「あるべき姿」として讃えているのかという矛盾もあるのですが)

そんな頼基に日蓮は「お前が地獄に堕ちるのならワシも共に堕ちるぜ!」と書いているのですから、
釈迦多宝のみならず、日蓮自身も、門下の圧倒的大多数も、みな揃って地獄堕ちですね。
ま、私もいずれはその仲間入りをするそうですから、その時には彼らに色々と聞いてみたいものです。

まずは「二箇相承ってご存知ですか?」からですかね。

271 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/05(金) 00:31:39.21 ID:DF8MN3ek
てす

272 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/05(金) 02:00:17.14 ID:QUlRGgGR
この三障四魔くんは例の“光り物”の一件で何も反省してなかったみたいだな。
なんか、マラソン大会の沿道で嬉しそうに競争してるガキみたいだな。
「オリンピック選手なんて大したことないよ。だって僕の方が速かったもん」
「日蓮なんて大したことないよ。だって僕でも論破できるもん」

いや、あの・・・・(´・ω・`)

>>261
悪いが、論点が思いっきりズレてるぞ。
釈迦の思想と法華経との間にある蓋然性についての話をしたんだが。
それを否定する根拠があるのか?と。
それがなんで、人間の子供が桃から生まれる桃太郎の話を本気で信じてるんですか?
って目くじら立てる話になるのか、( ゚д゚)ポカーンなんだが。

まあ、2ちゃんだからな。

273 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/05(金) 02:08:25.99 ID:jq62u5W8
みっともない奴

274 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/05(金) 05:02:58.32 ID:XnMPIMcL
この三障四魔くんは例の“光り物”の一件で何も反省してなかったみたいだな。
なんか、マラソン大会の沿道で嬉しそうに競争してるガキみたいだな。
「オリンピック選手なんて大したことないよ。だって僕の方が速かったもん」
「日蓮なんて大したことないよ。だって僕でも論破できるもん」

いや、あの・・・・(´・ω・`)

>>261
悪いが、論点が思いっきりズレてるぞ。
釈迦の思想と法華経との間にある蓋然性についての話をしたんだが。
それを否定する根拠があるのか?と。
それがなんで、人間の子供が桃から生まれる桃太郎の話を本気で信じてるんですか?
って目くじら立てる話になるのか、( ゚д゚)ポカーンなんだが。

まあ、2ちゃんだからな。

275 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/05(金) 08:03:21.01 ID:2xKcNPN1
>>268
そういうことですね。福音書の成立にも疑義はありますが、読んでみると、イエスの奇跡譚にも、どこか迫真性があります。
法華経にはそれがない。日蓮の竜ノ口に至ってはさらにない。自己申告の形であるため、信頼感が減じたのでしょうかね。

>>269
同意します。御本仏と持ち上げれば何から何まで正当化しなくてはならなくなる。自然と他宗を誹謗中傷して排他的独善的になる。
その独善的な頑迷さが結果として日蓮を実際以上に貶めています。ただそれを割り引いても日蓮はどうかとは思いますが。

276 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/05(金) 08:32:31.38 ID:UeYXL2au
>>269
「詮なし」が書かれたのは題一回目の元寇が撃退されたあとだよね
インチキ予言が外れこんな言葉を綴ったんじゃね


言い出し初めは選択集、この頃からは真言宗を追加しだし
二回の元寇が撃退されると小蒙古だよ皆の衆

大言壮語しまくった結果、日蓮は言い訳ばっかりなんだよな
惨めな嘘つきおじさんだね

277 :法律ヲタ ◆8PR9uxYCzw :2014/09/05(金) 08:50:16.51 ID:AqgIngUJ
>>243-244
名無しさんへ

>芸術作品や骨董品のように、その人が作ったのでなければ価値がないものとは違うのです。

(及び)

>こんな最近の歴史的事実でさえ、未だに決着がつきません。
>ましてや紀元前の話ですからね(笑
>それについての憶測が、現代の我々に有益な情報として確定するのは、いつの日やら。
>それが確定したところで、教義の内容についての是非を論じるのはまた別問題でしょう。



アナタの個人的立場ではそうであっても、創価学会や日蓮は法華経がシャカの直説であることに
意義を認め、その宗教的立場を支える根拠としているですから、シャカの直説であるのか否かを
問う事には、客観的議論たりえようとする姿勢を維持する上で価値があるのです。

ついでに言っておくと、後世の数学者は、ゼロの概念を発見して理論を構築したのは自分だ、などと
主張しません。
その構築した理論なるモノの客観的評価も、それを誰が打ち立てたかなどという点は一切問題と
なるわけではなく、その中身のみで評価されるものです。
もしも、仏教においてもそのような考え方が該当するとしたなら、そもそも仏説であるか否かなど
問題とはならないはずであって、経典が"如是我聞"と始まる意義は存在しない事になり、後世の
仏教者の"論"も、それが誰の説いたものであるか自体は問題とならないはずであって、日蓮の御書
というものも、その内容のみが問われることになり、日蓮が説いた事自体に価値は無い事になるはず
です。(もちろん、日蓮が批判した仏教者の言説についても同様となります。)

278 :法律ヲタ ◆8PR9uxYCzw :2014/09/05(金) 08:52:09.91 ID:AqgIngUJ
(レス>277の続き)
おそらく、そのような立場を徹底するならば、仏教において師という存在は無用と化するはずです。
あくまでも、個々に各言説の正当性を検討し、正しければ用いる、というだけの事になるはず
なのですからね。

宗教者にとって、その言葉は、まさにその宗教上の意義・価値を凝縮したものであって、その人物の
生きざまそのものの反映ではありませんか。
その人物を叶う限り客観的に知ろうとするならば、叶う限りで客観的にその人物の発言を特定する
必要があると、私は思います。
もちろん、"イワシの頭も信心から"なのですから、そんな必要は無くて信じ込めばよいのだ、とでも
するのならば、それはそれで御自由な事ですが、自称科学的宗教においては、それは許されず、
当然の事ですけれど批判・非難の対象となりうるのです。
少なくとも、創価学会の説く日蓮(の言説に対する)信仰には、経典がシャカの直説である事を宗教的
正当性の根拠としているのですから、教義を問題とするに際し直説であるか否かについて検討する
意義・価値はあるのあって、「近視眼的でマニアックな議論」なのではありません。

279 :大乗非仏説:2014/09/05(金) 09:12:45.99 ID:q32PnQxi
>>243
え〜と、まだお答えいただいていないようですので
再度おたずねします。

日蓮上人は法華経は釈尊が説いたものだと考えていました。
で、貴方は、釈尊は法華経を説いたとお考えなのですか?
また、法華経に書かれてあるような事実があったとお考え
なのですか?

280 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/05(金) 09:40:17.37 ID:RqGyEKzi
お前って

質問しないと死んじゃうの?

お前がまともな話しをしてからだわ

281 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/05(金) 09:57:36.15 ID:a2qzqiDc
法律ヲタさんへ

>アナタの個人的立場ではそうであっても、創価学会や日蓮は法華経がシャカの直説であることに
意義を認め、その宗教的立場を支える根拠としているですから、

当時、法華経及びその他の大乗経典が、釈迦の直説か否かなどという議論自体、存在しなかったわけです。
存在しないものについての責任を問うのはどうなんでしょう。
また、それによって宗教的立場の根拠が揺らぐとはまったく思いません。

それから、学会と日蓮聖人を同列に扱うのはやめていただけませんか?
味噌も糞も一緒にしないで下さい。
私は学会への忠誠心など微塵もありません。
しかし恩を仇で返すわけにはいかないでしょう?
ネットで批判するだけの傲慢な臆病者にはなりたくないだけです。

282 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/05(金) 10:35:46.53 ID:duw/tUQ8
>>243
皆さんにお相手にされて、さぞかし嬉しいでしょ?
「法華経という物語に釈迦が取り入れられた」ってことを考えたうえでの、

>釈尊が法華経を説かずとも、誰かがいずれ説いたでしょう。

って言うわけですね。
仏説じゃないじゃないですかw

ゲームのつもりで遊ぶのであれば、何かしらのアイテムを出してちょ。
そのうちに、皆さんから飽きられますよ。
だいたいきみね、創価学会員でもなくまた日蓮教の信者じゃないでしょうしね。
たんなる愉快犯でいることで、ここスレを盛り上げているつもりなのかな?
ふざけた奴!
真面目に聞きたいのだが、・・・・きみ、チンコついてる?
とは言っても答えてはくれないでしょうねw
あっ、きみには奥さんいるんだっけね。
それって妄想でしょうw
でもね、わたしね、きみが好きよ〜、、、、結婚してちょだいよ〜。
そんでね、おいらの子供を生んでちょちょちょ。・・・(つω`*)テヘ

>>281
>学会と日蓮聖人を同列に扱うのはやめていただけませんか?

すてき〜!・・・愛しているよ〜ン。(`・ω・´)キリッ

283 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/05(金) 10:52:27.65 ID:duw/tUQ8
>>281
あっ、そうだ、ひとつ忠告しておくね、愛するきみのために。

学会の悪口はいわないでね、罰があたるから。

284 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/05(金) 11:37:44.12 ID:zGc4n8v3
>>283
>学会の悪口はいわないでね、罰があたるから。

あなたの言っていることは、脅迫罪に該当します。
脅迫罪(きょうはくざい)とは、相手を畏怖させることにより
成立する犯罪のこと。日本の刑法では刑法第222条に定められて
いる犯罪で、未遂罪は存在しない。「刑法 第二編 罪 第三十二
章 脅迫の罪」に、強要罪とともに規定されている。金品を略取
(強取)する目的で行う場合は恐喝罪、強盗罪が成立するため、
脅迫罪とはならない。

条文(脅迫)
第222条  生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える
旨を告知して人を脅迫した者は、2年以下の懲役又は30万円以下
の罰金に処する。
2  親族の生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える
旨を告知して人を脅迫した者も、前項と同様とする。

2チャンネルにおいても、脅迫にはご注意くださいね。

日蓮教団の常とう手段ではあります。例:過去の業が出た・
題目をあげないと罰が出る・病気やけがをしたとき、罰が出た
と言う・七代前までの先祖が法華経の悪口を言ったから、今の
あなたに業が出ている・・・等々。

285 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/05(金) 12:24:30.17 ID:duw/tUQ8
>>284
あらっやだ〜ぁ、驚き!
誰がおいらを訴えるのでしょうかw
30万位の罰金で、これらが後の判例になるのであれば安いものですよね。
日蓮系の宗派の獅子口に蓋をさせられますねw

あっそうそう、脅迫の定義が相手への慈悲から述べられたものなら、なにも問題ないっていうのが、日蓮の主張ですよね。
ところで、あなたは誰?
もし>>283さんでしたら、実名にて書き込みしてくださいなw

なんですかその〜・・・・おいらが脅迫されているみたいですけどねww

286 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/05(金) 12:28:14.24 ID:duw/tUQ8
あっ、アンカーを間違ちゃった!

>もし>>283さんでしたら、実名にて書き込みしてくださいな

>>281さんでした。

287 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/05(金) 13:11:56.76 ID:NEe7XUSb
>>269
「在世の本門と末法の始は一同に純円なり但し彼は脱此れは種なり彼は一品二半此れは但題目の五字なり。」観心本尊抄

288 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/05(金) 16:25:02.66 ID:duw/tUQ8
4時間たっても・・・んぅ〜まだなんかムカつくな。

289 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/05(金) 16:29:36.57 ID:aBKYoR1A
>>285 「獅子口」って何だよ???
もしかして「獅子吼」のつもりか?
不自由な語学力で対日工作活動乙!

290 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/05(金) 17:18:03.06 ID:duw/tUQ8
>>289
どうせ教えてくれるなら「師子吼」って教えてよ。

291 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/05(金) 19:26:20.43 ID:aPp5qFtW
>>268
>だから、12弟子たちが集団でイエス実在を演出とかそういうことになってない限り、

もしかして、演出したんじゃないですか?

292 :大質問仏説:2014/09/05(金) 19:37:34.18 ID:sqOabfuv
>>280

てめーはオレの質問に答えてればいいんだよ!

大質問仏説は質問が命!
判るか?卑怯だとか関係ないんだ!

こっちが先に答えたら揚げ足を取られるだろ!
だから絶対に嫌! お前が先に答えろ!
判ったか!これが大質問仏説のやり方だ!

とにかくお前が先に答えないと、何も進まないぞ!

293 :3000高年の話臭い:2014/09/05(金) 19:59:32.92 ID:duw/tUQ8
>>292の大質問仏説酸

法華経の内容は本当にあったのですよ。
きみには信じられないと思いますがね。

判ったかぁ!

294 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/05(金) 20:30:03.89 ID:4PUYcUx9
>>291
>もしかして、演出したんじゃないですか?

演出した(そしてそれが当時の人々にまったく気づかれなかった)と
考えるべき証拠があるのならばそう考えることも不可能ではないけどね。
しかしながらいまのところそのような証拠も理由もなんらないので普通の
歴史学者は(エピソードはともかく)ヨシュアという人物の実在性は疑っていない。

世界が5分前にできたんじゃないか、という疑問のようなものを相手にしてもしょうがない。

295 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/05(金) 20:48:18.67 ID:aPp5qFtW
>>294
パウロは最初、キリスト教徒を取り締まる立場だったじゃない。
それが、道端でイエスの姿(幻覚だと思う)を見て、自分もキリスト教徒になった

その時代、キリスト教が弾圧の対象になっていたのは
ありもしないイエス・キリストという存在をでっち上げ、
教団を広めていたからなんじゃないのか?

パウロもイエスなんて存在、最初は信じていなかった。
でっち上げだと思っていた。
それが、イエスの幻を見て転向した。
そんな風に思えるんだがね。

新約聖書以外に、イエスの存在を記した歴史書が存在しないでしょ?

こういうのは、決して、特異な説では無いと思うがね。

296 :大質問仏説:2014/09/05(金) 21:05:04.87 ID:mHOzVo+l
>>293
判ったか!“ 質問無限”

      /⌒⌒ヽ_  
    /       \
    /  ノ  ノノヽ ヽ 
   | ノ      | |
   | /⌒   /⌒ ヽ |  
   (V -・- ノ  -・- V)
    (  (    )  )  
    | .ノ  ̄ ヽ   |
    | `<二>′ |  被害者と加害者の立場は1000年変わらないニダ!!  
    \_____/   
     _/)   (\_   シャザハイとバイショウを・・・(以下質問ループ)    
    / >|ー-/< ヽ    
    ||\|  / /| |  

297 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/05(金) 21:06:21.35 ID:4PUYcUx9
>>295
>こういうのは、決して、特異な説では無いと思うがね。

もう面倒くさいのでこれ以上相手はせんが、特異な説もいいところ。
「〜なんじゃないのか」「〜なふうに思える」のは勝手だが、
そう考えるべき理由となる歴史資料がなければ、他人にとっては単なる妄想にすぎん。

言及でいいならユダヤ教の資料にもローマの行政資料にもある。
単にパウロ以前の段階では存在感のない弱小新興宗教だったというだけのことだ。

298 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/05(金) 21:09:42.97 ID:4PUYcUx9
ヨシュアさんの実在性を疑いだせばインドなんて歴史資料の乏しさでは
こんなもんの比じゃないからな。ゴータマさんの実在性なんてお前さんの
ヨシュアさんに対するのと同じ基準でいけばまったく証拠がないことになる。

299 :法律ヲタ ◆8PR9uxYCzw :2014/09/05(金) 21:26:24.38 ID:629P7RoN
>>295
仕事が終わらないので簡単にレスする事にしますが、一応、イエスと同時代と言える
歴史書に記述がある事はあるのですよ。
それは、今日“ユダヤ古代史”と呼ばれるヨセフスの歴史書です。

過去、この板にキリスト教徒の方が来た事があって、私もアナタと同様の質問をしたのです。
キリスト教徒による新約聖書以外に、イエスの存在を示す証拠たりうる文献は存在しない
のではないかと思っていたものでして…。
その時に教えてくれたのが、ヨセフスのユダヤ古代史です。
ただ、後に知ったのですが、そのイエスに関する記述の真実性について、後代の加筆
ではないかとの疑問も呈されているようではあるのですよ。

途中を端折って結論めいたことを言うと、確かに過去イエスの実在について疑問が
呈されてきてはいるのですけれど、客観的に考察して、今日ではイエスの実在を疑う立場は
あまり支持されていないようですね。
私も、一応そのように考えております。

レス>263も、おそらくアナタが投稿したものであろうと思うのですけれど、新約聖書に描かれた
イエス像は、(救世主に関する)旧約聖書の様々な預言が実現したものとして描かれているのです。
マリアの処女懐胎も、一応はそうなのですよ。
ただし、処女という事に関しては、本来ヘブライ語(のはずだと思いましたが)で書かれていた内容の
ギリシャ語訳における誤訳が介在しているとする説も存在するのですけれどね。

300 :法律ヲタ ◆8PR9uxYCzw :2014/09/05(金) 21:31:09.94 ID:629P7RoN
>>281
名無しさんへ

まだ仕事が終わっておりませんので、明日にでもレスしようと思っております。


なお、レス>278の最後の文章には一文字抜けてしまったタイプミスがありました。
“意義・価値はあるの ‘で’ あって、「近視眼的でマニアックな議論」なのではありません。”
です。

301 :法律ヲタ ◆8PR9uxYCzw :2014/09/05(金) 21:34:47.74 ID:629P7RoN
アァ、肝心な事を書き忘れていた。

レス>299の続きです。

キリスト教の成立に関して仏教の影響を見るのは、旧約聖書の成立年代を考えると、
難しいのではないかと思います。

302 :3000高年の話臭い:2014/09/05(金) 21:45:51.42 ID:duw/tUQ8
>>293の大質問仏説酸
被害者と加害者は同じ所にいるんだなぁ〜・・・お分かりケ?
おいらが法華経が釈迦説だと信じているからして、文句があるなら言ってみ〜よ。
愛しているきみに良き薬を処方してやりまっせ。

それと、絵が上手ですねきみ。もすかすて彼氏かいな?
それと一つ教えてもらいたいですが、・・・どのようにすればIDをコロコロと変えられるの?

これ今日の8レス目なのですが、おいらに返信した奴らね・・・もう一度同じIDで書き込みしてちょ。

303 :3000高年の話臭い:2014/09/05(金) 21:49:16.61 ID:duw/tUQ8
302のアンカーミスでっせ。

宛てはわたしの愛する>>296の大質問仏説酸にね。

304 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/05(金) 22:02:11.05 ID:2xKcNPN1
イエスの実在性を疑うのは勝手だが、それは大昔から提起されては打ちやられてきた悪しき懐疑主義すなわち難癖にすぎない。
福音書の記述を否定する根拠を示せとは言わないが、それを疑わせるに足る傍証くらいは示してしかるべきではないか。
イエスの活動期間はたかだか3年くらいだ。なのにローマもユダヤも看過できないほどの社会的影響を及ぼし、処刑された。
たかが大工の息子がわずかの期間にユダヤ人僧侶とローマ帝国総督を脅かし、ひいては世界中に巨大な影響を及ぼすに至った。
しかも処刑された後に、信者らはイエスの復活を福音、つまりグッドニュースとして述べ伝えるために喜び勇んで立ち上がった。
これは単純に伝説だと言い切れない世界史的な事件であることは間違いない。あだやおろそかにしてはなるまいと思うのである。

305 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/05(金) 22:21:01.79 ID:2xKcNPN1
私はクリスチャンの家庭に生まれ育ったわけではないし、クリスチャンであったこともない。むしろ仏教に親近感を持つ。
しかし、イエスと言えば高須クリニックのことだと思うしかない創価信者の脳にはやりきれないものを感じるのである。

306 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/05(金) 23:46:18.34 ID:4jDs3xmD
>>303

お前らってホントにアホだな

な〜んも判っちゃねえんだよ

所詮2chの雑魚ども

307 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/06(土) 00:17:42.59 ID:J2zmBMT4
3000高年とか
大質問仏説とか
ただの自己満野郎だろ
仏教を語ってるつもりだが中身が無い

308 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2014/09/06(土) 01:07:14.36 ID:3XJs2WQe
>>275 さん
そうですね。様々な立場・見方・考え方から、日蓮その人に対する是非論も当然あるだろうと思います。
ただ、先の龍ノ口の話ひとつ取ってもお分かりのように、今なお唱えられている日蓮像は専ら「虚像」です。
歴史に名を残した人達には多かれ少なかれあることですが、宗教系は特に"盛り方"が酷いですね。

>>276 さん
そうなのですけどね。その「詮無し」の書(に限らず、多くの日蓮文書)の信憑性が>>269の通りでして。
仮にそれが日蓮の記述だったとしても、その文書全体の内容や、他に現存している直筆文書(真蹟)群から、
教義的な説明や(意地悪な見方も含めた)推測は可能です。「釈迦も法華経も無益」ではありませんが。

ただ元寇については、日蓮は(自分ではなく)「仏の予言」という理解でしたから、確かに衝撃だったようですね。

>>287 さん
それがどうかしましたか?

309 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/06(土) 01:22:29.74 ID:VJyh1FmT
>>299
ありがとうございます
「ヨセフスの歴史書」について調べてみました
http://www.sevenz.com/sevenZ/religion/josephe.html

疑惑がありそうですね

キリスト教は、ローマ帝国が都合よく利用していた所があり
いたるところに疑惑の匂いがするんです

ですが、西洋諸国がキリスト教なので、
なかなかメスが入れられない

もし、イエスの物語が捏造であるならば、
これは庶民を騙したカルトですよ
日蓮の比ではない

キリスト教を信じて弾圧して殺された人達は
いったい何だったのか?

スレ違い気味ですが、ここでされている法華の議論と、どこか根底でつながっているように感じるわけです。

310 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/06(土) 01:27:28.44 ID:VJyh1FmT
>>304
あなた、イエスの復活を信じているんですね

>しかも処刑された後に、信者らはイエスの復活を福音、つまりグッドニュースとして述べ伝えるために喜び勇んで立ち上がった。
>これは単純に伝説だと言い切れない世界史的な事件であることは間違いない。

311 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/06(土) 01:41:04.04 ID:VJyh1FmT
キリスト神話-偶像はいかにして作られたか トム・ハーパ著

312 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/06(土) 01:59:04.34 ID:I2vAdEwp
>>308
>>269
> > 「余経も法華経も詮なし」
> これについては他スレで何度か議論をしたことがあるのですが、私は日蓮の本来の意図を無視した、
> 切り文と恣意的解釈によって振り回されている、もっとも代表的なフレーズの一つであろうと思います。
> しかも真蹟は無し。日興写本だそうですが、それも未確定。日蓮系はこういう類が非常に多いです。
本来の意図を無視した切り文と恣意的解釈と主張しているから、反論として真蹟で「余経も法華経も詮なし」に該当する部分を引いただけだが。
>>287
> 「在世の本門と末法の始は一同に純円なり但し彼は脱此れは種なり彼は一品二半此れは但題目の五字なり。」観心本尊抄
妙法蓮華経は以前に釈尊に下種された衆生のための脱益であり、末法の我々には縁がないから役に立たない。

あなたの事だから、>>287だけカキコすれば理解すると思ったのだが・・・・買い被りだったかw

313 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2014/09/06(土) 02:36:41.20 ID:3XJs2WQe
>>312 さん
種脱に差異や勝劣があるのなら、「一同」でも「純円」でもなくなりますからね。
私が勝手に言ってるんじゃないですよ。天台・妙楽・日蓮に一貫していることです。

観心本尊抄にもちゃんとそう書いてありますよ。

314 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/06(土) 06:17:05.35 ID:cb6y4l16
>>313

種脱に差異や勝劣があるから、「但し」と文章が続くのでしょう。

文章的には、前の文章が長々とあるのですが、「所謂一往之を見る時は久種を以て下種と為し
大通前四味迹門を熟と為して本門に至つて等妙に登らしむ、
再往之を見れば迹門には似ず本門は序正流通倶に末法の始を以て詮と為す、」とあり、
「在世の本門と末法の始は一同に純円なり」と結ばれているのは、
「在世の本門」で説かれる法も「末法の始」に説かれる法も「成仏の法」として「一同に純円」と言うことでしょう。

その上で、「但し彼は脱此れは種なり彼は一品二半此れは但題目の五字なり」と差異を主張している文章で、
このような差異を主張する以上、当然のように自身の法が「末法の始」において勝っているという話でなければ、
わざわざ、その差異を主張する意味がありませんね。

315 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/06(土) 07:41:17.80 ID:DQbMAQJ1
>>314
>このような差異を主張する以上、当然のように自身の法が「末法の始」において勝っているという話でなければ、
>わざわざ、その差異を主張する意味がありませんね。

脳悪にもほどがあるな。

316 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/06(土) 08:19:15.92 ID:HxdhrO+C
>>310
いや信じてはいない。信じられれば自分はクリスチャンになるだろう。ただ一概にデマと一蹴できない事情があるのではと思う。
多くの病人を治したとの伝承は事実ではなかろうか。わずかの期間に権力が恐怖するほど、多くの民衆がイエスにつき従ったのである。
祭祀階級出身でもないイエスが説法だけでそれほど多くの民衆をひきつけたろうか。なにか数々の奇跡的な能力を示したのではないか。
イエス自身、信仰の薄い時代は証拠を求めると嘆いている。何らかの仕方で、その証拠を示したと考えるほうが自然であると思う。
釈尊にも奇跡譚が伝えられているが、似つかわしくない。釈尊は超自然的能力というより、尋常ならざる人格的感化力を持っていたように思える。

317 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/06(土) 08:42:24.45 ID:1++y/Fju
>>182
魔訶止観の折伏は、ここ一箇所だけだな。

(魔訶止観)
即此意也。若人性多貪欲穢濁熾盛。
雖對治『折伏』彌更増劇。←←◎ココ
但恣趣向。何以故。蔽若不起不得修觀。
譬如綸釣魚強繩弱不可爭牽。
但令鉤餌入口。随其遠近任縦沈浮不久收獲。
・・・
即ちこの意味であり、もし人の性質が貪欲と穢れや、
濁りで、盛んに燃え上っていたとしても、

強引に説得すること(折伏) はなおさら混乱するばかり、

思い通りにしたいのはなぜでしょう?

想いが起こらず、得るものもない、そのなにかに出会っても
それでは逆に、覆い隠すことになり、

たとえば、つり糸の場合なら釣る魚が強く、縄が弱ければ、
引っ張ることもできず、釣り針に引っ掛かっても、
浮き沈みするだけで釣り上げることができないようなもの・・、


※思い通りにしたいと願う心が、逆に仏を覆い隠し、
恫喝してごーいんにオドす駆け引きよりも、
教えの内容をしっかりしなさい、って意味と思うけどね。。

でもこれ、日蓮教の学者さんたちにかかると、
天台大師が折伏を推奨してる、と正反対の意味にすり替えて、
宣伝するんでしょうね・・。

318 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/06(土) 08:52:20.35 ID:1++y/Fju
たとえ法華経と日蓮御書がすべて
歴史上のじじつだったとしても、

その内容は、なんだか智慧オクレでおバカな話の
連発だなー、としか思わん・・。

スバラシイ ! ! ! とか連呼してる人たちは、
漢文古文が読めない、ある種の文盲な人々としか
言い様がないですな。

自分で辞書引いて一字一句読んで見ればいいのに、
受け売りやめて・・。

319 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/06(土) 08:54:33.41 ID:QtZ+rc1X
>>309
捏造があればカルトになるわけではないのだが、君は何を言っているのだね?
ある意味、単純脳でうらやましいが

320 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/06(土) 09:26:55.51 ID:HxdhrO+C
>>314
そんなあなたに質問です。寿量品では教主釈尊の常住不滅が明かされています。入滅は方便だと明言しています。これはいわゆる「本門」にあたる部分です。
これが真実なら、末法と言う観念は当然、破綻します。法華経の他の章や他の経に末法が説かれていても、それは方便であって真実ではないことになります。
もし常住不滅も方便で、実は末法説が正しいなら、法華経のなかで末法を述べた章および末法説を説いた他の経は正しいことになり、「詮なし」にはならない。
前にも書きましたが、つまり「余経も法華経も詮なし」は存在論的に成り立たない命題なのです。種脱相対以前に、そこを論理的に説明できますか?

321 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/06(土) 09:44:06.77 ID:HxdhrO+C
>>314
もうひとつ。仮に無理筋の「末法では余経も法華経も詮なし」を不問に付し、すべての経の有効期限が切れたとしましょう。
そこでなぜその詮ないはずの「法華経に帰依します」と羅什訳法華経の題名を音読みで唱えることが導かれるのでしょうか。
これは私以外の他の方々も前から提出されている疑問のひとつです。
羅什訳でなければならないなら、日蓮教の三宝を、羅什を仏宝、題目を法宝、日蓮を僧宝とすべきではないでしょうか。

322 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2014/09/06(土) 10:45:20.82 ID:3XJs2WQe
>>314 さん
「寿量の法門は滅後の為に之を請ずるなり」。釈尊の法華本門は在世限定の脱益法でも、
「抜け殻」でも「去年の暦」でもありませんね。だから本尊抄にも書いてあると言ったでしょう。

「此の本門の肝心南無妙法蓮華経」「寿量品の肝要たる名体宗用教の南無妙法蓮華経」
説かれる法は同じですね。一品二半=南無妙法蓮華経です。だから「一同に純円」です。

種脱相対論は本尊抄だけでも既に矛盾爆発です。「詮なし」の上野殿御返事にも以下の通り。
「南無妙法蓮華経と申すは法華経の中の肝心」です。別物ではないのですから勝劣も無し。
差異があるのは正像末の「時」であり衆生の「機(機根)」です。説かれる「法」ではありません。

これが日蓮が書き残した主張です。他の真蹟群でも同様です。この基本は終始一貫しています。
ついでに言うと日興・日目らも同じです。あなたの論は、主に日寛以降に唱えられた別物です。

あなた達の「文底読み」が客観的に立証されない限り、対外的には何の説得力も持ち得ません。

323 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/06(土) 11:20:22.07 ID:cb6y4l16
>>322
>あなた達の「文底読み」が客観的に立証されない限り、対外的には何の説得力も持ち得ません。

「文底読み」などはしていませんよ。
>>314は文章のまま読んで、あなたの言うように一品二半=南無妙法蓮華経で「一同に純円」で、
「成仏する法」として同一でしょう。

私は「但し」以降の文章で、種脱に差異や勝劣を日蓮が主張しているとしているのですよ。

種脱の違いはそれ以前に説明があるように、生死を繰り返して仏になる修行法と、今生で仏になる修行法の違いでしょう。
「彼は一品二半此れは但題目の五字なり」は、そのまま字数の違いではないでしょうかね。
日蓮は「題目」を唱える簡易な修行法の優位性を主張していたのですから、「此れは但題目の五字なり」で優位性を示している
と、解釈するほうが、日蓮の他の主張と合いますね。

324 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/06(土) 11:46:00.05 ID:DQbMAQJ1
機根に対する適切性と法体の優劣を混同する間抜け。

325 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/06(土) 12:05:09.74 ID:I2vAdEwp
>>322
>一品二半=南無妙法蓮華経です。だから「一同に純円」です。
「在世の本門と末法の始は一同に純円なり但し彼は脱此れは種なり彼は一品二半此れは但題目の五字なり。」観心本尊抄
の一品二半は、天台の定義。
しかし、大聖人の一品二半は、厳密にはこれと違う。
知っている限り、天台定義の一品二半の冒頭部が少し削られている。
大聖人は、「日蓮が法華経の智解は天台伝教には千万が一分も及ぶ事なけれども」(開目抄)と謙遜されている。
にもかかわらず、妙法蓮華経の心臓部と呼べる一品二半の定義を変えた。
それは、天台の一品二半と大聖人の一品二半は「別物」であることを示す。

326 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2014/09/06(土) 12:25:22.98 ID:3XJs2WQe
>>323 さん
字数の違い、行法の違い。まぁ何でも良いですが、いずれにしても法門の勝劣ではないですね。

と言いますか、あなたの論は正宗系の各教団が唱える日蓮本仏論ともかなり異なるようです。
日蓮本仏論では、釈尊所説の妙法蓮華経と、文底独一本門の南無妙法蓮華経は別物です。
それら異なる法門の正邪勝劣を判じたのが種脱相対です。そもそも五重の相対自体がそうです。

ですから、種脱相対を主張するのなら、本尊抄の「但し」以前を「実は同一でない」と置き換える
文底解釈が不可欠で、その為の「金口嫡々の御内証」であり「大聖人直結の信心の血脈」です。

ザッと見た限り、創価学会でも日蓮正宗でもこの点に関する主張は今も変わっていないようですし、
私もそれを踏まえてこれまでレスを書いてきたのですが、あなたは何を根拠に書かれているのでしょう。

種脱相対論は、主として日寛の「文段」に拠ります。まずはその辺りとの整合を取って下さい。
日蓮どころか、主要な人師論師の誰とも異なるオリジナル論法を構えられても対応に困ります。

327 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2014/09/06(土) 14:12:43.83 ID:3XJs2WQe
>>325 さん
これで連投規制にかかると思いますが・・・あら?ID:cb6y4l16 さんは別の方ですか?

日蓮本仏論における「別物」の理解は>>326の通りですが、天台の定義?を削った?からとは
知りませんでした。かつては聞きかじって知っていたかもしれませんが、とうに忘却の遥か彼方です。

 「南無妙法蓮華経と申すは一代の肝心たるのみならず法華経の心なり体なり所詮なり」

建治・弘安年間以降も、こういった記述が無数にあり、日蓮は身延最晩年期まで法華経を読み、
釈迦立像の仏前にも供え、門下に講義し、勧めもし、その身に携行もしていたのは御存知の通り。
私はもう買い被られるほどの見識もありませんが、それでも日蓮らの言動とは辻褄が合いません。

それは文上だから?示同凡夫だから?不相伝の浅識だから?まぁ、色々と言われますね。
ではその文底なり、人師論師の釈なり、相伝とやらなりの正当性は何か。そこに行き着くわけでしょう。
余程の確証が無いと難しいと思います。もしあなた個人の見解なら、「そうですか」としか言えません。

328 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/06(土) 15:22:16.34 ID:cb6y4l16
>>326
>ですから、種脱相対を主張するのなら、本尊抄の「但し」以前を「実は同一でない」と置き換える文底解釈が不可欠で、

「文底解釈」と言うのが何に対して言われているのか、あなたが勘違いしているのでしょう。
法華経に関して日蓮が「文底解釈」したと言う話ですから、法華経に関する日蓮の書自体を二重に「文底解釈」する必要は
無いでしょう。「所謂一往之を見る時は久種を以て下種と為し大通前四味迹門を熟と為して本門に至つて等妙に登らしむ、」と
あるように、「久種を以て下種為し」ですから、「此れは種」の「種」は同じ「種」を示しています。
「但し」、「彼は脱」としていますから、釈迦の法華経では下種以降、生死を繰り返して、法華経本門で仏になる法だと言う、
既存の法華経解釈で言われる衆生が仏になる時期を比較して、「彼は脱」、「此れは種」と対比していることになります。
そして、「一品二半」と「題目の五字」が「一同に純円」の仏になる法であるならば、
日蓮が主張した「題目の五字」で今生に仏になるとの話しから言えば、「脱」より「種」が勝っていることになります。

>種脱相対論は、主として日寛の「文段」に拠ります。まずはその辺りとの整合を取って下さい。

あなたが日寛を否定しているのであれば、日寛との整合を取る必要は無いでしょう。
日蓮の書をそのまま読んでも、種脱の比較(相対)がされているのは読み取れるのですから、
種脱に差異や勝劣が無いとは言えませんよ。

329 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/06(土) 15:27:22.22 ID:cb6y4l16
>>320-321
あなたが別の話をしたので回答を後回しにしました。

>これが真実なら、末法と言う観念は当然、破綻します。
あなたが言う教主釈尊の常住不滅は、「仏」の常住不滅ですから、仏がその時折に説いた「法」の常住不滅では無いでしょう。
このため、末法と言う観念が破綻する根拠にはなりませんね。

>羅什訳法華経の題名を音読みで唱えることが導かれるのでしょうか。
あなたの言っているのは日蓮が示した修行法のことですから、論点がずれていますね。
もっとも、あなたが『仏が示した修行法も「法」である』と言う立場であるならば、「日蓮が示した修行法」は、
「日蓮と言う仏が説いた法」と成り得るでしょうから、あなたがその立場で言っているのあれば、少し考えたい気はしますね。

>羅什を仏宝、題目を法宝、日蓮を僧宝とすべきではないでしょうか
羅什は翻訳者で、法華経を説いた(もしくは編纂した)人では無いですから「仏宝」としなければならない根拠にはなりませんね。
仏教で三宝をどのように定義すべきかと言う話しは別の話題でしょう。
少なくとも、羅什が法華経を説いたのでは無いですから、「僧宝」にはなっても「仏宝」にはならないのでしょうね。

330 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/06(土) 18:09:29.00 ID:F1HC6NxZ
>>329
>あなたが言う教主釈尊の常住不滅は、「仏」の常住不滅ですから
>仏がその時折に説いた「法」の常住不滅では無いでしょう。

やっと、>>80の“一つの質問”に答えてくれましたね。ありがとう。

>>79の貴殿のレスを読みますと、
このように仰っておりますね。

>常住不滅=末法など存在しない…ではないのだよ。

要するに貴殿は、末法にも釈迦の常住不滅の観念が破綻することはないということを述べたものでしょう。
この貴殿が自ら述べた趣旨にそって、議論をしてもらいたい。二枚舌はよくないですから初めの論点から取り違わないように。
そこで、二つ目の質問。
釈迦の法は不滅しておられますか?

331 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2014/09/06(土) 18:44:43.22 ID:3XJs2WQe
>>328 さん
違います。

 天台「並に脱し並に熟し並に種し 番々息まず」 妙楽「時々世々念々皆種等の三相有る故なり」
 本尊抄「在世に於て始めて八品を聞く人天等或は一句一偈等を聞て下種とし或は熟し或は脱し」

この通り、在世は脱だけではありませんし、成道のために生死を繰り返しが必須なわけでもありません。
末法で下種を受けても信じなかったり、一旦は信じても後に捨ててしまえば今世の成道はかないません。

繰り返しますが、在世と末法の違いは順縁・逆縁の徒のどちらが多いかであって、勝劣論ではありません。
そもそも法が同じなら既に種熟脱の三益と具備しているのですから、勝劣を論じること自体が無意味です。
そして、「いや、文底の深義はそうではない」とし、日蓮>釈尊の最終勝劣を論じるのが種脱相対です。

あなたの論は賛否いずれの人達とも認識が異なります。続けるのでしたら相応の根拠を挙げて下さい。

332 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/06(土) 19:32:05.95 ID:F1HC6NxZ
>>331山椒島さん

ちょっと今の議論からはずれてしまいますが、>>156で発言した者でして、横レス失礼いたします。

その“逆縁”なる末法時に折伏の実践法を機時国抄にて「毒鼓の縁」を用いて行うような趣旨で延べらいると私なりに
解釈をしてしまいましたが、これは私の見当違いでありましたでしょうか?
、、と言うのは、いくら日蓮でもこのような真似をするとは酷すぎると思いましたので。
その該当箇所が、
 「謗法の者に向かっては一向に法華経を説くべし 毒鼓の縁と成さんが為なり 例せば不軽菩薩の如し」

もし宜しければご教授くださいませ。

333 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/06(土) 21:05:05.36 ID:HxdhrO+C
>>329
いえ、私は「仏」の常住不滅を問題にしているのです。仏は実は常住不滅で、入滅するフリをするのは人々を励ます方便だと寿量品にあります。
ところが末法は仏の滅後○○年という設定です。しかし仏は実は常住不滅なわけですから、末法のためのカウントダウンは永久に始まりません。

私が聞いているのは、なぜ有効期限が切れた経の特定の漢訳名に帰依するのがどういう道理で法なのかと言うことです。
あなたのように予め日蓮が本仏だとの前提に立てば、日蓮のやることなすこと全てが仏法でしょうから何の問題も生じないでしょう。

しかしナマス・サッダルマプンダリーカス−トラでも南無正法華経でもなく南無妙法蓮華経でなければならないわけでしょう?
同様に十如是を導くためには羅什訳でなければ困るでしょう?だが釈尊は中国語で説法したわけではない。それは羅什であった。
つまり天台や日蓮の教義は羅什の漢訳以外では成り立たない。つまり天台や日蓮にとって法を提示したのは羅什ということになる。
むろん天台大師も日蓮も梵語を読めなかったので、自分たちが飛びついた部分が実は梵本にないなどとは知らなかっただけです。

334 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/06(土) 21:46:16.73 ID:cb6y4l16
>>330
>この貴殿が自ら述べた趣旨にそって、議論をしてもらいたい。
>>79は私ではありませんよ。

>釈迦の法は不滅しておられますか?
「釈迦の法」自体は不滅でしょう。「末法」は仏法が正しく行われなくなり、悟る人がいなくなる時期のこと。もしくは、
仏の教のみが存在して悟りに入る人がいない時期のことで、「釈迦の法」自体の滅・不滅では無く、釈迦が説いた法では仏になる
人達がいない時期のことです。そもそも、正法・像法・末法という三つの時期は、釈迦の在世を基点とした概念で、
「釈迦自身が仏に成った法」は「久遠」から存在しているとの解釈ですから、正像末の概念に捉われる事無く、末法でも、
仏に成ることが出来る法であるということでしょう。

335 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/06(土) 21:49:27.81 ID:cb6y4l16
>>331
>違います。
何が違うのか不明な返答をしていますね。

「この通り、在世は脱だけではありませんし」とあなたが言っても、仏になる時点は在世では「脱」でしょう。
これは、在世にあっても仏になる時点は、今生が「脱」の時期にある衆生が仏に成るという、既存の法華経解釈でしょう。
日蓮の主張では「久種を以て下種為し」と言う、その「久種」を「下種」した時点で、仏になるという解釈で、
これにより、釈迦自身が仏になったのもこの「久種」によるもので、「種」「脱」を比較して、
「種」の優位性を示しているのでしょう。

>繰り返しますが、在世と末法の違いは順縁・逆縁の徒のどちらが多いかであって、勝劣論ではありません。
それは、「在世と末法」の定義の話で、種脱相対の話ではありませんよ。
日蓮の解釈では、「久種」よる成仏は、正像末のどの時期にでも優位性があったとしていたのでは無いでしょうか?
日蓮の書では、像法の天台大師が、日蓮の言う「題目」の修行をしたとありますね。

>あなたの論は賛否いずれの人達とも認識が異なります。続けるのでしたら相応の根拠を挙げて下さい。
いままで出ている「本尊抄」をそのまま読んで根拠にしていますよ。
あなたこそ、「本尊抄」には不要な「文底解釈」で「本尊抄」をそのまま読まずに話をしているのではないですか?

336 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/06(土) 21:53:19.83 ID:cb6y4l16
>>333
>ところが末法は仏の滅後○○年という設定です。
方便で滅してから○○年という設定でしょう。カウントダウンが始まらないと言う根拠にはなりませんね。

>あなたのように予め日蓮が本仏だとの前提に立てば、日蓮のやることなすこと全てが仏法でしょうから何の問題も生じないでしょう。
では、あなたが問題の無い方の前提に立った解釈をすれば、あなたの問題の全が解決しますね。

>つまり天台や日蓮の教義は羅什の漢訳以外では成り立たない。
天台や日蓮が「正法華経」を否定したということが無ければ、あなたがどの漢訳法華経に拘っているかの問題でしょう。
「サッダルマ・プンダリーカ・スートラ」の翻訳としては、どちらのタイトルも間違いでは無いでしょうから、
日蓮が唱題行を考案するに当たり、題目として唱えやすい「南無妙法蓮華経」を選択しただけではないでしょうかね。
天台や日蓮が「正法華経」を否定し、「妙法蓮華経」のみを用いていたとする根拠が無ければ、単にあなたの問題ですよ。

337 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/06(土) 22:21:16.74 ID:n5Ey5vi9
ここのところ難解な仏法用語が、飛び交っていますが、この原因は天台教学
が、難解であるためと思いますね。
もともと中国では、法華経は人気がなかったのです。しかし、法華経が大好
きな人々が集まり、天台宗を作りました。世間的に人気がない法華経を、優
位に立たせるため、法華経解釈を無理やり難解にしたものと思います。

天台智の一念三千は、十界×十界×十如是×三世間=三千となりますが、
十界は、法華経の色んな経典から抜き出して合成したものであるし、十如是
は、鳩摩羅什の訳にはありません。

338 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/06(土) 22:23:54.39 ID:DQbMAQJ1
>>336
>題目として唱えやすい「南無妙法蓮華経」

意味不明。

339 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2014/09/06(土) 22:26:15.19 ID:3XJs2WQe
>>332 さん
佐前の書で日興写筆ですが、「唱法華題目抄」に日蓮の考えが詳述されているようです。
書かれているレスから察するに、私の浅見よりも実際に読んでいただいた方が早いかもしませんが・・・

「変な奴らには説くな」とする譬喩品と、構わず強いて説き回った不軽品との相反する記述について、
「要は時期と相手とをよく考えろということだ。末法の今は『説け』だ!」みたいな結論を出しています。

同じ堕地獄でも、既に下種有り(本已有善)なら、不軽品のように時間はかかるがまだ救いはある。
だが未だ下種無し(本未有善)なら、それが果てしなく絶望的な遠回りになる − という感じでしょうか。

同様な表現はその後も各書に見受けられますが、特に身延入山以降は急激に影を潜め、その代わりに
佐渡以降の弱気・煩悶といった表現が多くなります。折伏についても何か思う所があったのかもしれません。

340 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/06(土) 22:28:33.29 ID:DQbMAQJ1
日蓮正宗の相承の儀では「ナム サツリダルマ フンダリキャ ソタラン」だからなあ。
まあ、どこかの段階で、羅什訳では流石にアレだと思ったのだろう。
というか、唱題じゃなくてマントラだよなこれは。

341 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2014/09/06(土) 22:38:47.91 ID:3XJs2WQe
>>335 さん
「あなたが言っても」ではなく、天台・妙楽・日蓮が揃って言っていることです。
「本尊抄」をそのままに読んでも種脱相対の根拠にはならないから挙げているのです。

読めると言うのならちゃんと読んで下さい。
種脱相対も同様です。解説しているサイトはいくらでもあるでしょう。

あなたのような見解は、少なくとも私は他に見たことがありません。
私が知らないのなら一通り知ってから検討します。オリジナルでないという根拠を挙げて下さい。

>>337 さん
私もそう思います。要は「この経は凄いぞ!」と繰り返しているだけですものね。

342 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/06(土) 23:06:22.47 ID:F1HC6NxZ
>>334
>「釈迦の法」自体は不滅でしょう
>釈迦が説いた法では仏になる人達がいない時期のことです。

その時期に釈迦が姿を現すのではないのですか。

 『我時に衆生に語る 常に此にあって滅せず
  方便力を以ての故に 滅不滅ありと現ず
  余国に衆生の 恭敬し信楽する者あれば
  我復彼の中に於て 為に無上の法を説く
  汝等此れを聞かずして 但我滅度すと謂えり
  我諸の衆生を見れば 苦海に没在せり
  故に為に身を現ぜずして 其れをして渇仰を生ぜしむ
  其の心恋慕するに因って 乃ち出でて為に法を説く』

 『是の諸の罪の衆生は 悪業の因縁を以て
  阿僧祇劫を過ぐれども 三宝の名を聞かず
  諸の有ゆる功徳を修し 柔和質直なる者は
  則ち皆我が身 此にあって法を説くと見る』

 『我常に衆生の 道を行じ道を行ぜざるを知って
  度すべき所に随って 為に種々の法を説く
  毎に自ら是の念を作す 何を以てか衆生をして
  無上道に入り 速かに仏身を成就することを得せしめんと』

343 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/06(土) 23:07:10.08 ID:F1HC6NxZ
〜上レスの続き

貴殿も知っての通り寿量品の一節であります。
この文証の“底”の69384字以外に何の字が隠されているのでしょうか?
そこで、法蓮抄の日蓮云く
「今の法華経の文字は皆生身の仏なり我等は肉眼なれば文字と見るなり、たとへば餓鬼は恒河を火と見る
 人は水と見 天人は甘露と見る、水は一なれども果報にしたがつて見るところ各別なり、此の法華経の文字は
 盲目の者は之を見ず肉眼は黒色と見る二乗は虚空と見・菩薩は種種の色と見・仏種・純熟せる人は仏と見奉る、
 されば経文に云く「若し能く持つこと有るは・即ち仏身を持つなり」等云云、
 天台の云く「稽首妙法蓮華経一帙・八軸・四七品・六万九千三八四・一一文文・是真仏・真仏説法利衆生」等と書かれて候。

と、これなら併合できる解釈が可能でありましょうが、貴殿は以前から「末法には法華経は無益!」といっていることは間違いではありませんかね。
何を流布するつもりなのでしょうか?
そして、法華経行者を加護するという神・菩薩達は、貴殿のいう所(時期)には現れないのではないですか。

344 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/06(土) 23:22:01.09 ID:F1HC6NxZ
>>337
えっ、、鳩摩羅什は十如是を訳してないのですか?
これは初耳でした。

345 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/07(日) 00:00:22.77 ID:NPLUSXcz
>>344
この十如是は鳩摩羅什が訳出した法華経にのみ見られるもので、他の訳や
梵文(サンスクリット語)原典には見当たらないので、鳩摩羅什の意訳と
いうことです。十如是は、原典にない物を、鳩摩羅什が創作してしまった、
ということですね。

346 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/07(日) 00:12:41.20 ID:zDsmlkKX
>>339山椒島さん
有難う御座います。
「唱法華題目抄」ですね。・・・わかりました、読んでみます。

ちょっと私には疑問なところがありまして、
不軽菩薩が法華経話を聞いたのは廻りの人達に謗られた後の命が尽きようとする寸前みたいなのです。
もしも、この菩薩が前以って法華経を知ったうえで、内容を敢て説かなかったとすれば譬喩品と辻褄があいますし、
どうも解釈がはっきりいって難しいところなのです。
どうも不軽菩薩は日蓮がいうような毒鼓の縁にて地獄へ堕としてから思い知らせるとは思わないのです。
つうか、これって例えば、
悪事を働く者に対して、もっと罪を重くさせるようなものであって、泥棒さんを殺人者に誘導させるようなものではありませんか。
そんで重き処罰を受けさせて善人にさせるという事なのですよね?
日蓮系っていうのは、こんなものなのでしょうか?
唱法華題目抄を読む前のレスにて、すみません。

>>345
あっ、そうでしたか。
私の勘違いな質問でしたね。ごめんなさい。

347 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/07(日) 00:48:28.28 ID:jDyP1uv7
>>341
>「あなたが言っても」ではなく、天台・妙楽・日蓮が揃って言っていることです。
それは、「但し」の前の文章のことでしょう。種脱相対の根拠は、「但し」と続けられた文章の部分ですよ。
「但し」と前置きがされた以降の文章は、それ以前の文に対して、条件や視点により例外を説明したり、以前の文そのままでは無い
ことの説明が行われるのですから、「但し彼は脱此れは種なり彼は一品二半此れは但題目の五字なり」は、そのまま読めば、
前の文とは異なる観点で「彼」と「此れ」を分け、比較(相対)しています。

>私が知らないのなら一通り知ってから検討します。オリジナルでないという根拠を挙げて下さい。
あなたの話があなたのオリジナルでないという根拠を挙げていませんよ。
「但し」の前の文章の、一品二半=題目の五字は「一同に純円」というのは、あなたの主張と私も同じです。
課題となるのは、「但し」以降の文章ですよ。
日蓮が「但し」と前置きをして「彼は脱此れは種なり彼は一品二半此れは但題目の五字なり」と比較の表現をしたのに、
それを、種脱に差異や勝劣が無いとする根拠は、あなたは誰の説を利用しているのですか?

348 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/07(日) 00:49:10.78 ID:jDyP1uv7
>>342-343
>その時期に釈迦が姿を現すのではないのですか。
過去に釈迦が説いた法を継承しつつ、末法とういう時期でも衆生が仏と成れる法を説いた日蓮が
末法に姿を現した「釈迦」と言うのが、日蓮本物論を主張する宗派の主張するところでしょう。
また、教主釈尊の常住不滅が事実であるならば、末法という時期に姿を現す釈迦は誰か?と言う話になるでしょう。

>そこで、法蓮抄の日蓮云く
あなたの話では、「この文証の“底”の69384字以外に何の字が隠されているのでしょうか」の問いに対して日蓮が引用した部分を
答えているかのような話ですが、あなたの言うような「問い」がありませんが?どこの部分を言っているのでしょう?

>貴殿は以前から「末法には法華経は無益!」といっている
正像末の概念から言えば、始成正覚の釈迦が説いた法華経は、存在していても、末法の衆生を仏にすることは出来ないのですから、
「無益」でしょう。正像末の概念の枠外にある「釈迦自身を仏にした法」だけが、末法の衆生を仏にすることが出来るのでしょう。

349 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/07(日) 07:45:55.83 ID:sqKtH1wX
>>336
>方便で滅してから○○年という設定でしょう。カウントダウンが始まらないと言う根拠にはなりませんね。

つまり法華経信者のいう末法は釈尊が方便で死んだフリをしてから○○年に始まると言う話なのですね。わかりました。
しかしそうすると次のふたつの疑問が生じます。

1.釈尊の入滅は方便なのだから、その滅後に想定される末法説は方便に立脚していることになり、それ自体が方便説であることになる。
2.そもそも釈尊は露骨に常住不滅だと人々が安心して修行をサボるから、人々を励ますために意図的に死んだフリをするというのが法華経。
  ところで末法説は逆に末法では人々が堕落し、正しい仏法が廃れるという状況を想定している。これは法華経から見れば二つの可能性しかない。
  A.人々は堕落しているようで実は真面目に修行に励む人々がいるのを釈尊はよく承知しておりこれを励ますために、未だに死んだフリをしている。
  B.人々は実際は釈尊が常住不滅であるとタカをくくって安心し、在家も出家も遊び呆けている。
  しかしBでは釈尊の意図が奏功していないことになり、かなり仏としての適格性が問われることになり、結局はA説を採るしかない。

つまり上記の1と2のどちらによっても末法の真実性は法華経自らによって否定されることにならざるを得ないのです。

350 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/07(日) 07:54:34.63 ID:sqKtH1wX
>>336
>では、あなたが問題の無い方の前提に立った解釈をすれば、あなたの問題の全が解決しますね。

つまり一切の経典の有効期限が切れたあとで「南無妙法蓮華経」が正しいとする根拠は「日蓮は本仏だもの」しかないわけですね。
むろん、それがわかれば、「なぜ日蓮が本仏と言えるか」などという野暮なことは今さら言いません。そのお答えで結構です。

351 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/07(日) 08:14:50.21 ID:sqKtH1wX
>>336
>天台や日蓮が「正法華経」を否定し、「妙法蓮華経」のみを用いていたとする根拠が無ければ、単にあなたの問題ですよ。

天台や日蓮がことのほか固執し、針小棒大に触れ散らかす「一念三千」の根拠は羅什訳の十如是です。これは羅什訳以外に成り立ちません。
翻訳者が違い、翻訳する言語が違えば内容に大差はなくても多少の異同は出てくる。十如是は羅什訳しかなく、羅什の創作である可能性が高い。
英訳や仏訳もサンスクリット語からの直接訳などで同様です。ちなみにこちらのほうは、他の訳の五如是どころか、私には一如是に見えます。
あなたが日蓮教が羅什訳に固執するものではないというなら、日蓮の教説が羅什訳以外のどの訳でも普遍的に成り立つことを示す必要があります。

352 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2014/09/07(日) 08:36:48.39 ID:KC/+76X2
>>346 さん
「唱法華題目抄」、該当部が長いので引用しませんでしたが、全体も結構な長さでしたね(汗
後半部分の「されば譬喩品には仏舎利弗に告げて言わく」以降に書かれています。すみません。

不軽菩薩は釈尊の前世だそうで、ということは大通智勝仏の時点から既に法華経を知っているはず。
でもまだ修行中だから自覚無し?延命時の様子を見ても、とても知っていた風には読めないですよね。
一方、私のような者には、成仏の記別というのは仏のみの権能ですから、「皆さんは仏になりますよ」と
断言するのは越権行為、言われた人達が怒るのもある意味当然なのでは、と下衆な考えも浮かんだり。

Wikipediaには威音王仏後の像法期と書かれていますが、何かの本で末法期と読んだこともあります。
いずれにしても下種善根の衆生が少ない時期ですから、不軽の礼拝行も正当化されるのかもしれません。
>>346さんの例えを借りるなら、「強いて説く→いずれ恩赦有り。説かず→仮釈放すら無し」みたいな。

・・・などと書きながら痛感するのですが、むしろ私の方が教わる立場です。どうか参考にしないで下さい(ォィ

353 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2014/09/07(日) 08:38:54.68 ID:KC/+76X2
>>347 さん
こちらの質問には答えずに反問ですか。

いまザッと検索した限りで、顕本法華宗の本多日生師が私と同様の見解を述べられています。
また日蓮宗においても、早坂鳳城師が種脱相対論を「日寛の己義」と批判されています。
種脱相対論は日蓮正宗系固有の、日蓮本仏論を構成する為の義なのですから当たり前です。

そして日蓮本仏論では、文上脱益の釈迦仏法と文底下種の日蓮仏法とは「別物」です。
創価学会員であれ日蓮正宗信徒であれ、五重の相対は研鑽初期に叩き込まれる基礎教学です。
にも関わらず、そんな常識レベルの大前提を覆すような論を繰り返すから、根拠を訪ねているのです。

挙証出来ないのなら以後のレスは不要ですよ。私も堂々巡りには付き合えません。無駄ですから。

354 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/07(日) 09:10:30.03 ID:kRKcgzhU
>>331
これだな、

(法華玄義)
並脱並熟並種番番不息。

脱と熟と種が、ランダムかつ排他的に現れるのか、はー。
熟の意味はその前に、

調伏長養而成熟之。

悪い考えを捨てて、長い期間その感覚を養う、みたいな。
脱はこうだな、

以頓漸五味而度脱之。

すぐわかる方法と、だんだんわかる方法と、
五つの味(時)の経典の考えを利用すれば、
なんどでも「脱」の状態になると・・。

天台大師の種熟脱は、スタートからゴールに向かうプロセスではなくて、
並列であり、しかもランダムにあらわれる状態のようなもの。

なかなかサエてるとおも。

余計だけど、日蓮さまが、並に脱し・・、とかかな混じりにしてるのは、
漢文原稿を自分で読み下してるわけではなくて、日本語の注釈書を
丸写ししてるだけみたいね。

355 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/07(日) 09:22:19.73 ID:kRKcgzhU
一品二半って、天台文献にはないね。

経典にもなくて、三つの御書にしかないローカルなオリジナル用語。

これは題目じゃなくて、文章通りに、
法華経経典の、迹門本門の両方か、
または本門編のことを一意に示すんでしょうね・・。

というか末法に通用するのは、本門だけとか言ってるのと、
「末法の始」みたいな新たな分類を思いついて、
本門編の文章を過去に追いやろうとしてるんだな、
よーやるわ・・。

そこで日寛さんの、題目が正行、方便品と寿量品が助行みたいに、
「ほけきょーもせんなし」という方針に持っていきたいわけか・・。

356 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/07(日) 09:34:54.00 ID:dDJHoEH9
いい感じだけど

「度脱」の度は回数じゃなくて至るってことじゃないの
(お釈迦様は成道した後、法輪を回し続けるわけですが)

357 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/07(日) 09:40:43.13 ID:dDJHoEH9
ニチレンのいうところの白法隠没も成り立ってないよね
いつ隠没したというのだろうか

ホッケ経以外が隠没しているなら
そもそもニチレンさんが批判する
対象そのものが存在しないわけで

358 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2014/09/07(日) 11:54:33.79 ID:KC/+76X2
>>354-355 さん
そうですね。それを妙楽が釈し、更に日蓮自身が引いた上で重書しているというのに。
あと、本尊抄の原文は漢文調です。中でも、この板的にもっとも有名なのが以下の節、

 「此時地涌千界出現 "本門釈尊為脇士" 一閻浮提第一本尊可立此国」

""内を、「本門の教主釈尊 を 脇士と為す」と読ませるのが日蓮本仏論最大の特徴ですね。

>>356-357 さん
度脱、解脱、得道、済度 etc. 色々ありますが、厳密な違いがあるのでしょうか。

白法隠没は法が隠れると言いますか、法益を喪う、という風に理解していたと記憶しています。
存在して、いくら流行っていても、無意味どころか法華を誹謗をする害悪!という主張だったかと。

それが成り立っているかどうかは知りません(笑

359 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/07(日) 12:37:13.47 ID:iQb30vjI
勘違いしちゃいけんよ

天台はナンミョウしたら解脱できるなんて
書いてないからね

360 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/07(日) 12:46:06.80 ID:jDyP1uv7
>>353
>こちらの質問には答えずに反問ですか。
あなたが私の見解に対して回答せずに、「他に言っている人がいるのか?」と論点をずらした質問をしたのですよ。
あなたやあなたと同様の見解を述べている人達は、「一品二半も題目の五字も一同に純円だから差異は無い」と、
「但し」の前の文章で、「但し」の後の文章を無視しているだけでしょう。

例えば、「自転車も自動車も同じ乗り物」「但し」「自転車は人力で、自動車はエンジンで走る」というように、
「但し」以降は、「乗り物」という同じ概念のものでも、そこに差異があるような場合に使われます。
このため、文章をそのまま読めば、「但し彼は脱此れは種なり彼は一品二半此れは但題目の五字なり」は差異の主張であり、
そのような比較をわざわざする以上、比較したどちらかの優位性を主張していると解釈するのが、「文章をそのまま読む」ことに
なり、優位性を主張したいのは「此れは種なり」「此れは但題目の五字なり」と解釈するのが普通でしょう。

>種脱相対論は日蓮正宗系固有の、日蓮本仏論を構成する為の義なのですから当たり前です。
それは、種脱相対を否定する動機が日蓮本仏論を否定するためであると言うことでもあるでしょう。
日寛の見解を私は知らないため、種脱相対がどのように日蓮本仏論を構成する要素になるか分かりませんが、
「文章をそのまま読む」と言う立場で言えば、「但し彼は脱此れは種なり彼は一品二半此れは但題目の五字なり」は
差異や優劣を示すために記述された部分ですよ。

361 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/07(日) 12:47:31.16 ID:iQb30vjI
天台を騙る癖に源空を誹謗している己が無明を恥じ入れよ
動機が不純だからそんなこともわからんのだろ

362 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/07(日) 13:34:15.24 ID:4q6eoGKr
そら下痢糞塗れで死ぬはずですわ…

363 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/07(日) 15:25:46.29 ID:jDyP1uv7
>>349-351
>それ自体が方便説であることになる。
「嘘も方便」と混同し、「虚偽説」と言う意味でしょうか? そもそも「方便」に「嘘」と言う単純な意味はありません
「嘘も方便」と言われるのは、「嘘」であっても「方便」(教導)として有益な場合がある。と言うだけですよ。

>しかしBでは釈尊の意図が奏功していないことになり、かなり仏としての適格性が問われることになり、結局はA説を採るしかない。
あなたの言うA説もB説も、寿量品では「仏が長い間この世にとどまっている場合」に表れる状況ですよ。
寿量品の話では、仏がこの世に現れたり入滅する理由として、「仏に会う事が難しい」と言う事を説き、
仏に会うことを渇望させて善の資質を植えるためであり、常住でありながら、この世に現れたり入滅するという話です。
「方便現涅槃」だけを読み、「方便」を単に「嘘」と勘違いしている人は、仏は「死んだフリをしている」と勘違いしていますが、
「方便」というのは「教導法」の事ですから、久遠の仏(久遠実成の釈迦)から言えば、教導法(方便)として、
この世に現れたり滅したりする仏(始成正覚の仏)の姿で衆生を導いているという話でしょう。

>むろん、それがわかれば、「なぜ日蓮が本仏と言えるか」などという野暮なことは今さら言いません。そのお答えで結構です。
いいえ、私は「日蓮が本仏と言える」と言うのは、そういう宗派の定義で、それ以上でもそれ以下でも無いと思っていますよ。
しかし、「日蓮は本仏ではない」とするために、「末法」や「種脱相対」を否定する必要性は無いと考えているだけです。

>天台や日蓮がことのほか固執し、針小棒大に触れ散らかす「一念三千」の根拠は羅什訳の十如是です。
だからと言って、天台や日蓮が「正法華経」を否定し、「妙法蓮華経」のみを用いていたとする根拠にはならないでしょう。
「十界×十界×十如是×三世間=三千」の「十界」も法華経に依文を求めているますが、定義自体は天台でしょう。
「正法華経」に無い解釈を用いているからと言って、「正法華経」が否定されるなら、法華経に無い十界の定義をした
「一念三千」はどちらの「法華経」も否定していることになりますが、天台や日蓮は「法華経」を否定していないでしょう。

364 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/07(日) 16:52:40.03 ID:zDsmlkKX
>>348
>教主釈尊の常住不滅が事実であるならば、末法という時期に姿を現す釈迦は誰か?

貴殿の↑での疑問文の通り、末法という時期に姿を現す釈迦は釈迦です。

 『如来の演ぶる所の経典は、皆衆生を度脱せんが為なり。或は己身を説き、或は他身を説き、
  或は己身を示し、或は他身を示し、或は己事を示し、或は他事を示す。』・・・寿量品

思うに、貴殿及び日蓮本仏論を主張する宗派が、この寿量品で釈迦が言われてる、

 『諸の薄徳の人は無量百千万億劫を過ぎて、或は仏を見るあり、或は見ざる者あり。
  此の事を以ての故に我是の言をなす、諸の比丘、如来は見ること得べきこと難しと。』・・・寿量品

に該当する徳薄垢重の者か高慢な者達と思うのですね。法華経の如くです。
そしてその正像末三時の概念の枠外から久遠元初なるものを作り出していった教義なども邪な実相として顕された釈迦仏の方便でもあろうかものでしょう。
その貴殿等矛盾の宗教の中から目覚めた者だけが、法華経の説法を聞けるのですよ。・・・・とこのような内容が法華経物語なのです。
法華経が“無益”だと思う人達は私達アンチと同類であることは喜ばしいことではありますが、「日蓮仏法、最高!」などと騒いでいるような輩などとは一緒
にされたくはないものですがねw

>どこの部分を言っているのでしょう?

いやいや、貴殿の>>334の見解から、法蓮抄での日蓮の趣旨を一応提示してみただけなのでして気にせずに。

365 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/07(日) 17:14:38.25 ID:zDsmlkKX
>>352山椒島さん

威音王仏も威音王仏も、物語の中では共に、
 『過去無量無辺不可思議阿僧祇劫』・・・化城喩品
  『古昔無量無辺不可思議阿僧祇劫』・・・不軽菩薩品

と、同じ時期ですね。現代読みからしても釈迦滅後の正像末三時の中にこれら仏を置きますと、ややこしくなってしまいますねw
まぁ、仏は仏でしょうが法華経での釈迦は堅物ではないようですねw

366 :325:2014/09/07(日) 18:26:52.98 ID:0pIZ081u
ここだけ捨てハンを名乗る。

>>326-327
なんで、分かっていながらわざと曲解して反論しようとするかな。
「在世の本門と末法の始は一同に純円なり但し彼は脱此れは種なり彼は一品二半此れは但題目の五字なり。」観心本尊抄
一同に純円とは、法華経のこと。
ただし、法華経といっても様々な種類がある。
不軽菩薩の二十四文字の法華経、妙法蓮華経、摩訶止観、大聖人の南無妙法蓮華経・・等々。
但し以降は、この種類について述べている。
釈尊(妙法蓮華経)=脱益=一品二半、大聖人(南無妙法蓮華経)=下種=南無妙法蓮華経。
もちろん、他の法華経の心臓部=南無妙法蓮華経だ。
しかし、法華経を所持する諸仏は、宗教の五綱の違い他に従い、その世界の衆生に合わせた法華経を説いているとされる。
該当部分は、この違いの一部について述べたものだ。
時や機他が合わなければ、たとえどんなに優れた法でも衆生を成仏させることはできない。

大聖人自身が種脱は違うと明確に述べているのに、なんで無視しようとするかな。

367 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/07(日) 18:49:07.47 ID:GV6rG72E
>>366
>大聖人自身が種脱は違うと明確に述べているのに、なんで無視しようとするかな。

そんなもん真蹟遺文のどこにもねえよwwww

368 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/07(日) 18:51:35.20 ID:2C5G1Nxq
そんなことどーでもいい。
そんなことより俺たち日本人ほちゃんと謝ろうぜ。
そろそろ慰安婦題問について韓国に土下座しなきゃ恥ずかしいよね。

369 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/07(日) 19:47:31.90 ID:4q6eoGKr
日蓮なほもて往生をとぐ、いはんや悪人をや

370 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/07(日) 21:11:41.00 ID:jDyP1uv7
>>364
>貴殿の↑での疑問文の通り、末法という時期に姿を現す釈迦は釈迦です。
教条的にはそうでしょうが、末法に釈迦という名で現れるわけでは無いでしょう。
末法に日蓮と言う名で、久遠実成の釈迦が現れたと主張するもの達がいても肯定も否定も出来ないのが実状でしょう。

>そしてその正像末三時の概念の枠外から久遠元初なるものを作り出していった教義
それは「久遠元初」の言葉がある「百六箇抄」「本因妙抄」の真贋論争が終わらなければ断定は出来ませんね。
少なくとも、正像末三時の概念の枠外にあるのは久遠実成の釈迦も同様で、正像末三時は始成正覚の釈迦の在世を基点にした
概念ですから、それ以前から仏である久遠実成の釈迦は、正像末三時の概念の外にあり、「始成正覚の釈迦」と同様に
現れては滅する仏として、久遠の昔から衆生を教導しているわけですから、像法・末法に、「始成正覚の釈迦」と同様の仏が
現れては滅していることを否定することは出来ないでしょうし、寿量品の久遠実成の釈迦が「常に此に住して法を説く」と言うのが
事実であれば、「方便力を以ての故に 滅不滅有りと現ず」のも事実であり、像法・末法の(もしくは、もっと細かい)間隔で、
「現れては滅する仏」は必ずいることになります。
このため、日蓮が本当に末法に現れた仏であるかどうかは不明ではあるでしょうが、末法に現れる仏がいると言う話し自体は
法華経の文で肯定できることになり、仮に正像末三時を否定した場合に、日蓮在世を何という「時」というのか不明ですが、
日蓮在世時に「現れては滅する仏」がいることを否定することはできないでしょう。また、その仏が日蓮だとする主張を
完全に否定する根拠も出てはこないでしょう。

371 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/07(日) 22:22:24.69 ID:zDsmlkKX
>>370
>その仏が日蓮だとする主張を完全に否定する根拠も出てはこないでしょう。

有りますよ。
末法時に出て来た比丘が「法華経などせんなし!」などと言っているようでは仏ではないのです。
法華経を知っていても相手の機根に合わせて説けるのが仏の智慧なのですよ。
今の君等を見れば、誰から見てもおかしいのです。これが現証です。
この現証こそに、その日蓮像の姿が写されているので、これを根拠にするものですよ。
まぁ君等が変われば日蓮も変わることでしょうし、いま地獄にいる日蓮が身を救って霊山の釈迦仏の前に拝謁させてあげなさい。

どうしても日蓮を仏にしたいのであれば、君等には無理なんですよ。
我々をアンチに導いてくれた反面教師日蓮こそ、釈迦の化身、仏と呼びたくなったりはしますがねw

まずは君等には、日蓮という人物に依ることよりも、法に帰依して物語を十分に理解すべきですよ。
それが面倒ならアンチとの交流は止めるか、法華経を文証として提示する議論相手に不自惜身命の精神で一冊二十八品の法華経を謗ってみたらどうか。

あっそうか、各教団の中で“法華経せんなし”と思っている君等には、どれもこれも無理な話であったね。

ところで、>>366>>325さんは>>370の君と同じ人ですか?

372 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/07(日) 22:24:04.31 ID:sqKtH1wX
>>363
誰が方便を嘘だといった?「方便説」と言っているではないか。あなた自身「方便で滅してから○○年という設定」と認めているではないか。
私は釈尊の入滅が方便なら、それに依拠する末法説が方便説にならざるを得ず、権実相対、本迹相対に違背するという事実を指摘している。
なお363の末尾5行は支離滅裂すぎて、申し訳ないが、とうてい逐語的にコメントする気になれない。
私はあなたの山椒島さんに対する応答を見て、あなたを不誠実で根性のねじけた人と思ったが、そういう問題ではないと認識した次第である。

373 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/07(日) 22:31:37.38 ID:dDJHoEH9
人間の姿に転生とか何時からチベット仏教に鞍替えしたの?

374 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2014/09/07(日) 23:00:42.66 ID:KC/+76X2
>>360 さん
「種脱相対を主張する教団でさえも、あなたと同様なことは言っていない」と何度も書いてます。
あるのなら出せば良いだけの話です。が、極少数でしょうからどのみち「普通」ではないですけどね。

>>365 さん
はい、同じ時期なのですけれど、

(1) 大通智勝仏の説法を聴いて沙弥になる。 ← ここからスタート(下種)
(2) 礼拝行をし、虚空に偈を聴いて法を説く。 ← 間もなくゴール(前世)

ということだそうですから、これまた途方も無いと言いますか、凄まじい"ズレ"があるものだ、と。
ガンジス川の砂を原子レベルまで磨り潰しても足りないんじゃないの?と罰当たりなことを考えるほど。

堅物で思い出しましたが、日蓮の折伏論も、身延入山以降は急激に影を潜めた印象があります。
が、現在の教団が読ませるのは、大概が壮年期のイケイケドンドンな書ばかりなんですよね・・・。

375 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2014/09/07(日) 23:02:00.47 ID:KC/+76X2
>>366 325 さん
法華経に種類なんて無いでしょう。少なくとも文上では。

「一同に純円」とは「どちらも変わりなく、純円一実の大収経」ということ。つまり唯一無二です。
一妙、一仏乗、至高の法、究極の真理、他にも様々に表現されていますが、上も他もありません。

両者が別物で、一品二半劣・南無妙法蓮華経勝なら、一品二半は純円教ではない、ということです。
それすらも知らずに自転車だの自動車だのと寝ぼけたことを言ってる人がいますが、あなたは違うでしょう?

あのですね、本当に明確に述べられているのなら、私でもそう読みますよ。私はどっちでもいいんですから。

種脱相対は文底義。違いますか。末法下種の教主は久遠元初本因妙の本仏日蓮ではないのですか。
時・機の違いに勝劣を観る考えは本門流にあるようですが、その内容は種脱相対ではないでしょう。

それとも私の知らないうちに、また何か教義が変わったのでしょうか。

376 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/08(月) 00:00:17.99 ID:0l8B4GT4
正像末こそ方便である。

377 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/08(月) 00:02:29.57 ID:+vCf9+6U
>>550
>「方便説」と言っているではないか。

では、あなたの言う「方便説」とは何ですか? 「方便」とは教導法のことですから、
「それに依拠する末法説が方便説にならざるを得ず、権実相対、本迹相対に違背するという事実を指摘している。」と、
言っても、末法説が教導法であることと、「権実相対、本迹相対に違背する」と言うのは、どのような事実ですか?

>なお363の末尾5行は支離滅裂すぎて、申し訳ないが、とうてい逐語的にコメントする気になれない。

では、天台や日蓮が「羅什訳の妙法蓮華経のみを用いていた」と言う人への回答ですよ。
十如是はサンスクリット原文からの意訳であるとの説で肯定されるものです。
「日蓮の教説が羅什訳以外のどの訳でも普遍的に成り立つことを示す必要があります。」とあなたが言っても、
十如是がサンスクリット原文のどの部分の意訳を私は知りません。
それ以前に、私は十界の定義に関して、便宜的に十に分けて説明したものだと思っています。
このため、「一念三千」の三千と言う数字自体は便宜的なものだと思っていますから、十如是が五だろうが、一だろうが、
数字自体に関する議論は、ただの定義の話で、どの訳でも普遍的に成り立つことを示す必要があるとは考えていません。

378 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/08(月) 00:05:26.60 ID:+vCf9+6U
>>372 >>377

失礼、アンカーミスです。>>377>>372へのレスです。

379 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/08(月) 00:28:07.78 ID:+vCf9+6U
>>371
>法華経を知っていても相手の機根に合わせて説けるのが仏の智慧なのですよ。

いいえ、法華経の位置づけが全ての衆生を仏にする経典であることから、法華経が説かれた後に、
「相手の機根に合わせて説ける」として、法華経以外を説くのは、無駄なだけでしょう。

>どうしても日蓮を仏にしたいのであれば、君等には無理なんですよ。

いいえ、法華経をベースにした解釈では「日蓮は仏では無い」とする根拠が無いだけです。

私は「日蓮自身はどのような主張をしていたか」と言う観点でここ居るだけですから、
「日蓮を仏にしたい」とか、「日蓮を仏にしたくない」とかには拘りはありません。
「日蓮自身はどのような主張をしていたか」と言う話と、日蓮を信じるか信じないかは別の話でしょう。

380 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/08(月) 01:39:59.87 ID:WTLY+lzk
三障四魔へ

人に頭を下げることもできないガキが何をご託並べてんだ。
俺は、“ひかりもの”の件で、おまえがいかに腐れポンチか、よく知ってるからな。

どんなに醜態をさらそうが、決して負けを認めない。
他人を見下す心が、病気のように巣食っている。
修羅は、自分を実像よりもはるかに大きく見せようとするんだが、2ちゃんの言論こそはまさにそのためにあるようなもんだ。
おまえらが仏教に興味を持つのは、自分の下劣な人格をカモフラージュする処世術としての利用価値があるからだろうよ。
そういう意味で、おまえら最悪なんだよ。
いかに便所の2ちゃんねるでも、おまえらの糞っぷりはダントツだ。
おまえらに比べたら、ピンク板でわい談してる連中の方が断然マトモだ。
2ちゃんねるとは本来そういう場所であるという自覚とマナーを弁えている。
ところがおまえらは、わい談と宗教の話をごっちゃにしている。
頭破作七分とはこのことだっての。

実際おまえらは、キチガイなんだよ。
キチガイは自分がキチガイだと分からない。
だから、俺が、教えてやってんだから、反論すんなアホが。
おまえら、この先、マジでどうすんだよ?キチガイを、誰が愛してくれるんだ?

もう少し可愛げを持て、おまえら。
取り柄のない人間は、それしか生きる道はないんだから。あきらめろアホ。

381 :大乗非仏説:2014/09/08(月) 02:07:28.98 ID:CZYG0I+7
>>377
横レスです。

> 十如是がサンスクリット原文のどの部分の意訳を私は知りません。

岩本氏によるサンスクリット語の和訳です。

如来こそ如来の教えを教示しよう。如来は個々の事象を知っており、如来こそ、あらゆる現象を教示すること
さえできるのだし、如来こそ、あらゆる現象を正に知っているのだ。すなわち、それらの現象が何であるか、
それらの現象がどのようなものであるか、それらの現象がいかなるものであるか、それらの現象がいかなる
特徴をもっているのか、それらの現象がいかなる本質を持つか、ということである。それらの現象が何であり、
どのようなものであり、いかなるものに似ており、いかなる特徴があり、いかなる本質をもっているかということ
は、如来だけが知っているのだ。如来こそ、これらの諸現象の明白な目撃者なのだ

ですから十如是のような意味のことは原文にないわけではありません。しかしどう
読んでも仮・空・中などの読み方などできないんですよ。

382 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/08(月) 07:23:30.84 ID:KSqzRAt0
>>377
日蓮教では権実相対で法華経が真、他は方便で仮の教え、本迹相対でその法華経でも後半が真、前半は仮としている。
いわゆる本門とされる後半の寿量品では釈尊は常住不滅であり、入滅する姿を示すのは人々を励ます方便だと説かれている。
常住不滅のだから、入滅を前提とする末法説は方便になる。末法説を真実とするなら、それは久遠実成を否定することになる。
したがって末法説は、日蓮教のいうところの権実相対および本迹相対に違背するのである。

383 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/08(月) 07:49:31.26 ID:KSqzRAt0
>>377
>では、天台や日蓮が「羅什訳の妙法蓮華経のみを用いていた」と言う人への回答ですよ。

馬鹿か?私が指摘しているのは天台や日蓮が振りかざす一念三千なるものは羅什訳でしか成り立たないと言う事実だ。
ちがうというなら他の訳文でも十如是が成り立つとあなたが証明しろと言っているのだよ。

>十如是はサンスクリット原文からの意訳であるとの説で肯定されるものです。

意訳と言うのは一般に、直訳では意味が通じにくかったりする場合に原文の意味を損なわないように表現を変えて訳することをいう。
同じ羅什でも、例の竜女の成仏のくだりで、原文の「女性器が消え、男性器が現れ」を「変成男子」と訳したのは意訳といえる。
だが原文で5通りを漢語を用いて10通りの表現に改変するのは意訳とはいえない。それは創作である。一念三千の根拠はこれなのだ。
381さんが引用している岩本訳でもいわば「五如是」になっている。十如是は羅什訳だけだ。つまり「十如是」という法門は羅什による。

>それ以前に、私は十界の定義に関して、便宜的に十に分けて説明したものだと思っています。

それではますます翻訳とは言えない。原文にない意味を自分の考えで付加して恣意的な改変を加えているという話になる。

>「一念三千」の三千と言う数字自体は便宜的なものだと思っていますから

私もそう思っている。つまり天台や日蓮の一念三千というのは経典に根拠を持たない空論ということだ。
したがって羅什訳以外で普遍的に成り立つ必然性など全くないのは当然のことだ。本日のポイントはここだ。

384 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/08(月) 08:10:54.55 ID:KSqzRAt0
>>360
横になるが、同じ人なので一言レスしておく。
山椒島さんは精密な議論をする人だ。彼は種脱に差異や勝劣はないと一貫して説明している。
これは、その差異はあなたのいう「差異」、すなわち勝劣などの序列的な価値判断を導き出す差異はないと言う意味だ。
なぜなら、誰が読んでも「一同に純円」なのだから、そうとしか解釈できないはずである。
だからこそ、そこで日蓮教の坊主らは「文底読み」という超荒技を繰り出して「一同に純円」を飛び越えるという話だよ。

385 :法律ヲタ ◆8PR9uxYCzw :2014/09/08(月) 08:48:29.91 ID:3lfnCJvV
>>281
名無しさんへ

>当時、法華経及びその他の大乗経典が、釈迦の直説か否かなどという議論自体、存在しなかったわけです。
>存在しないものについての責任を問うのはどうなんでしょう。

これは異な事を…。
少なくとも創価学会流の日蓮教学に従うなら(日蓮正宗流であっても同様ですけれどね。)、本来なら
責任の無いはずの者にも責任を認めてしまう結果を生じさせてしまうのが、その考え方ですよ。
私に言わせていただけるなら、"総罰"などという概念は、まさにその典型に他なりません。
責任を考慮しない、乃至、責任と因果関係を混同している因果論、そして、原因たる行為を行っていない
者にも因を認めてしまう因果論の過ちです。
アナタには、それが分からないのでしょうけれどね。

御本仏なる存在について、「当時」「釈迦の直説か否かなどという議論自体、存在しなかった」などと
言い訳をしなければならないこと自体が、私には笑い話としか思えないのですが、それは措くとしても、
アナタ自身は、その「当時」の時代を生きているわけではなく、今日を生きているのではありませんか。
それにもかかわらず、なぜ今日の視点からの評価をしないのですか?

「それによって宗教的立場の根拠が揺らぐとはまったく思いません」とのことですが、 “鰯の頭も信心から”
なのですから御自由にお考えになればよろしい事ではありますけれど、しかし、アナタがそのような立場を
堅持しようとも、その点における日蓮の主張は間違っているとの批判を免れえるものではありません。
アナタがあのような批判自体に対峙するには、客観的立場を保持した上で反論を行うしかないのです。

386 :法律ヲタ ◆8PR9uxYCzw :2014/09/08(月) 08:51:28.44 ID:3lfnCJvV
(レス>385の続き)
そもそもこの板はもちろんの事ですが、このスレは、創価学会に関する議論を行う場です。
日蓮に関して論ずるにしても、本質的には創価学会の日蓮像をめぐるものであるわけであって、
その日蓮像について賛否それぞれの立場から論じようとするスレではありませんか。
それを「近視眼的でマニアックな議論」などとして否定するなど、私はアナタが一体何をこのスレで
行いたいのか理解できません。
創価学会における日蓮像を論じようとするのではないのなら、このスレなど無視して、アナタが
ここに書き込まなければ良いだけではありませんか。
なぜアナタがこのスレに書き込みを行うのか、私は理解できません。
創価学会における日蓮像をめぐるここでの議論が近視眼的でマニアックだろうと、はたまたゲーム
だろうと何だろうと、アナタの信仰的確信には関係ないはずではありませんか。

もしも何か世間に対して述べたい事があるなら、御自分の主張に沿ったスレを自分で立てて、そこに
書き込めば良いだけです。
「30も過ぎると、2ちゃんなんかで暇を潰していることへの焦燥感がハンパないん」でしょう。
スレを立てるどころか、アあんた自身の言っている事に従えば2chに来なくても当たり前なのではないか
と思うのですが、わざわざこのスレに書き込むなど一体どうした事なのでしょうか?

アナタは、ひゃっきまる氏を攻撃した方ですよね?
アナタがこのスレで述べていることの姿勢と、ひゃっきまる氏がこのスレの議論を整理しようとする姿勢を
比べて、私は、ひゃっきまる氏(や大乗非仏説氏)の立場を支持いたしますよ。

387 :法律ヲタ ◆8PR9uxYCzw :2014/09/08(月) 08:53:04.17 ID:3lfnCJvV
>>380
>キチガイは自分がキチガイだと分からない。

Pu!   確かに、そのようですなァ

誰かさんを見ていると、私もそのように思いますよ。 (w

388 :DAY GAME:2014/09/08(月) 08:53:16.46 ID://FEJ6Fg
ふっふっふ時代の流れにインプット

クラブ・ベアンとかに変えさせちゃって無差別殺人か学会で変死

389 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/08(月) 09:15:49.02 ID:+vCf9+6U
>>374
>「種脱相対を主張する教団でさえも、あなたと同様なことは言っていない」と何度も書いてます。
あなたが、「但し」以降の文で、文章上、種脱相対が記述されている事実に反論出来ないために、
「同様なことを言っている人はいるのか?」と論点を変えた話を繰り返しているだけでしょう。
どこの教団にも属していない私が、どこかの教団と同じ主張をしなければならない理由もないでしょう。

>あのですね、本当に明確に述べられているのなら、私でもそう読みますよ。私はどっちでもいいんですから。

私の言っているのは、ただ普通の文書解釈ですから、明確でしょう。
「但し彼は脱此れは種なり」と明記されているのに、「但し」以前の文章で「脱も種も同じだ」とする解釈に無理があるのです。

「自転車も自動車も同じ乗り物」「但し」「自転車は人力で、自動車はエンジンで走る」と言う例で言えば、
あなたの話は「自転車も自動車も同じ乗り物なのだから、人力もエンジンも同じだとしか解釈できないはずである」と強弁しているだけですよ。

390 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/08(月) 09:24:14.45 ID:omExRA1x
>>389
>「但し彼は脱此れは種なり」と明記されているのに、「但し」以前の文章で「脱も種も同じだ」とする解釈に無理があるのです。

機根に応じた益の違いが明記されていると、
その前にある、法体が一同に円教である、という
当たり前の話が理解できなくなる辺りが日寛脳ということですかねえwwwwww

391 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/08(月) 10:03:26.04 ID:+vCf9+6U
>>390
>機根に応じた益の違いが明記されていると、その前にある、法体が一同に円教である、という

では、法体が一同に円教であっても、「機根に応じた益の違い」があると言うことでしょうから、
比較相対することで、「但し」以降で、優劣を明示しているということですよ。
釈迦在世と末法で機根の違いで、脱益と種益を比べているのですから、
末法では、種益が勝るという当たり前の話しでしょう。

392 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/08(月) 10:21:05.85 ID:sMpwNi3P
法律ヲタさんへ

>なぜアナタがこのスレに書き込みを行うのか、私は理解できません。
>ここでの議論が近視眼的でマニアックだろうと、はたまたゲーム
だろうと何だろうと、アナタの信仰的確信には関係ないはずではありませんか。

バカかおまえ?
おまえらみたいな糞野郎がムカつくだけだ。
なに開き直ってんだよ。
宗教をオモチャにする自分に疑問を感じない?
親のバカ面が見たいわ。

>もしも何か世間に対して述べたい事があるなら、御自分の主張に沿ったスレを自分で立てて、そこに

2ちゃんねるで世間に何を述べるって?wほんとアホかよコイツら(´・ω・`)
いい加減、議論とゲームの違いに気づけアホ。
個人的快楽にふけることと、言葉で他人を批判することとは区別しろアホ。
マジで社会人か?アホ
友達いなさそうだなw

アホ

393 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/08(月) 10:25:46.63 ID:omExRA1x
>>391
>末法では、種益が勝るという当たり前の話しでしょう。

そもそも末法でも脱益はあるのですよ。
順縁の衆生がいることを日蓮は認めているのだからねえ。
勝劣ではなく、衆生の機根に応じた益の区別なのだが、
どうしてそんなに勝劣があると言いたいのかがさっぱり。

そもそも種益ではお前らの好きな即身成仏が成り立たないことはわかりますか?

394 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/08(月) 11:13:41.21 ID:omExRA1x
>>392
>宗教をオモチャにする自分に疑問を感じない?

大草原不可避wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
宗教をオモチャにしているのではなく、日寛カルトをオモチャにしているだけなのだがwwwwww

395 :正理会:2014/09/08(月) 11:18:41.49 ID:bo7+o9UC
日本に蔓延する全仏教を否定します!

坊主はインチキ詐欺師ばかり!

正理会で本物の仏法を学びましょう!

http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/

396 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/08(月) 11:39:00.58 ID:tXSdPmNw
大乗仏教は釈迦滅後、仏教関係者が数百年勝手な自己解釈で出来上がったファンタジーストーリーと、オレはここに数回カキコしたけど、オマイラはあいも変わらず不毛な論争をしてるんだな。

397 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/08(月) 11:51:21.95 ID:sMpwNi3P
>日寛カルトをオモチャにしているだけなのだがwwwwww

オモチャにしていると認めるんだな。
なら、ここでの議論もママゴトに過ぎないわけだな。

そうなんだよ。
おまえらは、平気で人の心をオモチャにできる。
そんなサイコパス野郎が仏教礼賛とか、笑わせるな。
糞でも食ってろ。

398 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/08(月) 11:57:31.09 ID:FAQOACm2
極楽寺良観について議論しているときも感じたのですが、難解な仏法用語
を振りかざして、素顔の日蓮に迫っていくのを、妨害した人がいました。
今回も、すこしづつ的を外して、議論を混乱させている人がいるようです
ね。日蓮への話題を避けようと、必死の努力をしていますね。議論をボン
ヤリさせていく手法は、なかなか巧妙なものです。

399 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/08(月) 12:00:18.85 ID:GCj7/bDu
ナンミョウで成仏出来るなんて妄想です。
目を覚まして下さい。

400 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/08(月) 12:33:26.46 ID:omExRA1x
>>397
>おまえらは、平気で人の心をオモチャにできる。
>そんなサイコパス野郎が仏教礼賛とか、笑わせるな。

カルトのカルトぶりを(・∀・)ニヤニヤ して
「サイコパス野郎!」とか噴き上がられると
更に一層の大草原不可避wwwwwwwwwwwwwww

401 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/08(月) 12:34:23.47 ID:sUqUumfI
>>397
ママゴトに負けるなよ

402 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/08(月) 12:43:15.48 ID:7RVAmUBZ
>>287
純円が円教なら、仏を一意に示す代名詞の意味でしょ、
禅宗とかで、白鶴まるのマークを掛け軸にしてるやつね。

一同に純円 → 本門編と題目は、どっちも仏だよ。

だから種脱を同じとするのは、純円を仏じゃなくて
「同じ」という意味に解釈してるんだと思うけど、

この文章は、本門と題目の仏をあらわす意図は
同じだけど、って言ってて、でも使い方にビミョーな違いが・・、

他の法華宗に対し、題目を使って明確な差別化をして、
信者さんの囲い込みを始めるための、営業トークだから、
やっば種脱に勝劣がないと困るんだろうし、

法華経もせんなし、ってことじゃないかな?

403 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2014/09/08(月) 13:02:48.12 ID:t743llD+
>>389 さん
あなたの主張は、強いて言うなら「種脱一双」で、種脱相対ではありませんからね。
言葉の意味も知らないでデタラメを言い張られても話になりません。議論以前の問題です。
極めつけは、法華「一乗」をよりにもよって「自転車と自動車」だなどと例える始末。

ま、あなたは>>314で「自身(日蓮)の法」だなどと馬脚を露わしていますしね。
日蓮本仏論でなら、「自転車と自動車」に例えるのもまだ分かりますよ。法体は別ですから。

しかも、「法が勝っていなければ、わざわざ差異を主張する意味が無い」などと言っておきながら、
行き当たりばったりであれこれ言い繕い続けた結果が>>391ですか。懲りない人ですね。

>>398 さん
平気でデタラメを言い、息を吐くように嘘をつく。
某会の信者さんに多いですよ。本人は違うそうですが(棒読み

404 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/08(月) 13:04:14.54 ID:GCj7/bDu
題目だけで良いなら中国人がとっくにやってるだろ。
気づけよすまんの。

405 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/08(月) 13:39:49.33 ID:+vCf9+6U
>>384
>そこで日蓮教の坊主らは「文底読み」という超荒技を繰り出して「一同に純円」を飛び越えるという話だよ。

日蓮が法華経を「文底読み」して法華経の解釈をした言うなら分かりますが、日蓮の解釈をさらに日蓮教の坊主らが
「文底読み」をしたら、二重に「文底読み」をしていることになりますよ。
その点は、>>328で指摘しました。

私は日蓮が法華経を「文底読み」して法華経の解釈をしたなら、日蓮の解釈をさらに「文底読み」する必要は無く、
「在世の本門と末法の始は一同に純円なり但し彼は脱此れは種なり」は、文章をそのまま読んで、「但し」で区切られて
「彼は脱」「此れは種」はそのまま「比較相対」ですよ。と普通の事を言っているだけなのですがね。

406 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/08(月) 13:47:00.01 ID:+vCf9+6U
>>393
>順縁の衆生がいることを日蓮は認めているのだからねえ。

末法に順縁の衆生がいても、釈迦が説いた法では末法で悟りに入る人がいない時期、なのですから、脱益がある
とは言えないでしょう。このため、日蓮は下種益を主張したのですから、「但し彼は脱此れは種なり」は、
久遠の昔に釈迦を仏にした「久種」の下種益が勝るという主張でしょう。

釈迦を仏にした「久種」は、釈迦の在世を基点とした正像末三期の概念の外にあり、
日蓮は末法でも「久種」を下種することで、衆生が仏になれるとしたのでしょう。

407 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/08(月) 14:07:51.38 ID:+vCf9+6U
>>403
>あなたの主張は、強いて言うなら「種脱一双」で、種脱相対ではありませんからね。
「一双」では無いでしょう。日蓮の表現も「但し彼は脱此れは種なり」ですから、相対的ですね。

>極めつけは、法華「一乗」をよりにもよって「自転車と自動車」だなどと例える始末。
権威主義的な物言いをしていますね。もっとも「顕本法華宗の本多日生師が私と同様の見解を述べられています」>>353
から、あなたの言い分は権威主義くさいですけどね。

>ま、あなたは>>314で「自身(日蓮)の法」だなどと馬脚を露わしていますしね。
「彼」「此れ」の表現ですから、「此れ」を「自身(日蓮)の法」と言うこと自体は差し支えないでしょう。

>行き当たりばったりであれこれ言い繕い続けた結果が>>391ですか。懲りない人ですね。

>>391も普通の文章解釈をしているだけですよ。
釈迦本門の脱益と、日蓮が言う「久種」の下種益の比較が、「但し彼は脱此れは種なり」でしょう。

408 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/08(月) 14:14:12.38 ID:omExRA1x
>>406
>末法に順縁の衆生がいても、釈迦が説いた法では末法で悟りに入る人がいない時期、なのですから、

(・ε・)ブッブー

409 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/08(月) 14:16:10.36 ID:omExRA1x
釈尊の法の熟脱益(下種益だって本門の教主釈尊の法のそれなのだが)なくして
どうやって悟りに入る人がいるんですかねえwwwwwwwwwwwwwwwwww

410 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2014/09/08(月) 15:12:33.81 ID:t743llD+
>>407 さん

> 「一双」では無いでしょう。
「強いて言えば」一双です。種脱相対ではありません。立場は違っても用語の意味は共通です。
誰もが鳩に着いて議論しているのに、あなたがカラスを持ち込んで「鳩だ!」と言い張っているだけです。

> 権威主義的な物言いをしていますね。
まったくもって違います。「一乗」とは「唯一無二の至高の乗り物(教え)」。仏教用語の基本常識です。
それをわざわざ別々の物に例え直すあたりも、あなたの認識が根本から間違い倒している証拠です。

> 差し支えないでしょう。
大有りです。日蓮本仏論を採らない限りは、「彼」も「此れ」も「釈尊の法」です。当たり前の話です。
日蓮が最もこだわり、だからこそ諸宗をボロカスに批判したというのに、一体何を言っているのですか。

書けば書くほどデタラメです。あなたの「普通」は他の人には「論外」です。話にならないので私はここまで。

411 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/08(月) 15:34:10.07 ID:sUqUumfI
俺、別にどっちでもいいや

412 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/08(月) 16:20:27.10 ID:Mh9Svdtv
>>375
しっかりしろよ・・・・法華経自体に二十四文字の法華経が登場するだろうが。

例の二十四文字は法華経ではないと反論しそうなので、不軽品自体からその根拠を上げる。
冒頭近くで、「其所得功徳。如向所説。眼耳鼻舌身意清浄。」
(法華経を受持すると得られる功徳は、眼・耳・鼻・舌・身・意が清浄になるというもの。)
そして、不軽菩薩が二十四文字を唱え続け、寿命が尽きようとした時、
「是比丘。臨欲終時。於虚空中。具聞威音王仏。先所説法華経。二十千万億偈。悉能受持。即得如上。眼根清浄。耳鼻舌身意根清浄。」
彼は、眼・耳・鼻・舌・身・意が清浄になったとある。
つまり、彼が修行していた二十四文字も、法華経という事になるのだ。
法華経でない劣った法なら法華経に縁がないため、威音王仏の法華経の偈は聞こえないはずであり、「眼耳鼻舌身意清浄」を得ることもなかった。

あるいは・・・不軽菩薩は、釈尊の修行時代の過去世とされる。
そして、釈尊は寿量品で法華経を修行して成仏したことが示されている。「我本行菩薩道」
(以下ry

>文底義
これにこだわりたいようだが、種・熟・脱の三益は、元々天台の分類。
釈尊在世・正法・像法の衆生は、過去の釈尊に下種・調熟された人間(本已有善:天台定義)であるから、在世の脱益(もしくは摩訶止観)で成道が可能。
そして、そういう釈尊に縁がある人間がいなくなり、釈尊に縁のない者(本未有善:天台定義)ばかりになると、釈尊の説いた法は役に立たなくなる。
それを、末法と呼ぶ。
そして、天台は、末法には広く正法が広まるだろうと予言しているが、その中身については詳しく述べていない。
もし、妙法蓮華経だというなら、きっちりそう示すはずだが。(伝教も同様。)

あなたの解釈は、もはや天台読みにも劣る。

413 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/08(月) 17:08:48.71 ID:IV+dOlZQ
>>412
>釈尊の説いた法は役に立たなくなる。それを、末法と呼ぶ。

“役に立たない”などとは言ってないのです。それどころか・・・、

 『又文殊師利、如来の滅後に末法の中に於て是の経を説かんと欲せば、安楽行に住すべし。
  若しは口に宣説し若しは経を読まん時、楽って人及び経典の過を説かざれ。
  亦諸余の法師を軽慢せざれ。他人の好悪長短を説かざれ。声聞の人に於て亦名を称して其の過悪
  を説かざれ。亦名を称して其の美きを讃歎せざれ。又亦怨嫌の心を生ぜざれ。善く是の如き安楽
  の心を修するが故に、諸の聴くことあらん者其の意に逆わじ。難問する所あらば小乗の法を以て答
  えざれ。但大乗を以て為に解説して一切種智を得せしめよ。』・・・安楽行品

これ、破折をしてみてくださいな,謗法華経。

414 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/08(月) 17:53:30.65 ID:IV+dOlZQ
>>379の ID:+vCf9+6Uさん
レスをするのが遅くなってしまいました。

>法華経をベースにした解釈では「日蓮は仏では無い」とする根拠が無いだけです。

“せんなし!”と言っているうちは「日蓮は仏では無い」のです。法華経をベースに仏にならせるのであるならば、地獄に堕ちてからですね。

415 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/08(月) 17:53:34.95 ID:+vCf9+6U
>>410
>「強いて言えば」一双です。
ただ強弁しているだけのようですね。

>誰もが鳩に着いて議論しているのに、あなたがカラスを持ち込んで「鳩だ!」と言い張っているだけです。
いいえ、「在世の本門と末法の始」が同一だと言う話ですから、あなたの例え話で言えば「鳥」の話をしているのです。
「鳩もカラスも同じ空を飛ぶ鳥です。但し、鳩とカラスで泣き声や体格などの特徴が異なります」と言ったかたちで
「但し」が使われます。

>まったくもって違います。「一乗」とは「唯一無二の至高の乗り物(教え)」。
用語の定義としてはそうでしょう。しかし、それは「但し」の前の「在世の本門と末法の始は一同に純円なり」までで文章が終り、
在世の本門と末法の始は同様に唯一無二の至高の乗り物(教え)であるとするだけで十分な話であり、「但し」以降の文章を日蓮が
書く意味がありません。「但し彼は脱此れは種なり」と文章が続けられているのですから、普通に読めば、
「在世の本門と末法の始」の両者に差異があると日蓮は「但し書き」をしているのです

>大有りです。日蓮本仏論を採らない限りは、「彼」も「此れ」も「釈尊の法」です。当たり前の話です。
それは単に日蓮本仏論を採る・採らないの論争上の話でしょう。私は、普通の文章解釈上の話をしているだけですよ。

416 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/08(月) 18:31:35.59 ID:+vCf9+6U
>>414
>“せんなし!”と言っているうちは「日蓮は仏では無い」のです。法華経をベースに仏にならせるのであるならば、
>地獄に堕ちてからですね。

ならば、日蓮は佐渡で「極寒地獄」や「飢餓地獄」に堕ちたのではないでしょうかね。そこで日蓮が「仏」なら、
十界互具で言うところの「地獄界の仏界」と言うものでは無いでしょうか。
もっとも、「地獄に堕ちてから仏になる」と言った類の話は、宗教に関わっている人同士がしていても、私には水掛け論に
しか見えませんから、そう言った類の話を私にされても何の説得力も感じないところですね。

私は、日蓮が本当に仏であったかどうかに興味は無く、日蓮の主張から日蓮自身が仏だと思っていたかどうかに
興味があるだけですよ。

417 :大乗非仏説:2014/09/08(月) 18:48:46.77 ID:CZYG0I+7
>>416
>日蓮の主張から日蓮自身が仏だと思っていたかどうかに
>興味があるだけですよ。

菩薩だとはおもっていたでしょうが、仏だなんて思ってはいないでしょう。
いわゆる「御書」の中でもそのような文面はないですしね。

418 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/08(月) 19:09:04.49 ID:omExRA1x
>>417
>菩薩だとはおもっていたでしょうが、仏だなんて思ってはいないでしょう。

大乗の菩薩、という意味ならそうでしょうが、
「上行菩薩」だと思っていたか(上行自覚)すらも実際には怪しいものです。
根拠とされるのは万年救護本尊ですが、
その讃文を日蓮の上行自覚を示すものとして読むのは
日蓮を上行菩薩と信解する「先入観」によるものでしかありません。

419 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/08(月) 19:40:06.60 ID:IV+dOlZQ
>>416
佐渡で地獄に堕ちた後で謗っているようで、そんなものでは懲りてないようですよ。
智慧亡国御書・加島書・法要書・・・これ全部左後ですよね。

ただ、二枚舌といいますか、謗ったり誉めたりが読み取れるのも、この日蓮の特徴ですよね。

まぁ、法華経では誰でも仏になれると説いた物語なのですから、争う必要などないわけです。
“折伏”なんていうのは、法華経の衣だけでは満足のできない坊主の高慢な表れではないですか。

法華経に沿っても、「いつかは私も仏になれるのだから悪役でもかまわない」・・・なんて日蓮が思っていても不思議ではありませんね。w

420 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/08(月) 20:20:15.90 ID:+vCf9+6U
>>417
>いわゆる「御書」の中でもそのような文面はないですしね。

なるほど、「仏と自称していない」のは確かに「仏と思っていなかった」と言う一つの根拠になりますね。
では、日蓮は「南無妙法蓮華経」を本尊としており、「経王殿御返事」の「日蓮が・たましひは南無妙法蓮華経に・
すぎたるはなし」の文は、どうでしょう?
日蓮が「仏」と言うのをどのように考えていたのかにもよりますが、「たましひ」の点では、日蓮自身の魂と「南無妙法蓮華経」の
本尊を同一視しており、暗に「仏と自称している」ことになります。
「明確な自称は無い」と言えますが、「暗に自称している」と言える文章は存在していると言えるでしょう。

「暗に自称している」と言える文章がどれくらい存在するのかまでは分かりませんが、相当数あるのであれば、
「日蓮は日蓮自身を仏と思っていなかった」とまでは言えないでしょう。
日興系で「南無妙法蓮華経」を本尊としているの宗派では、「開目抄」の「日蓮という者は去年九月十二日子丑の時に
頚はねられてしまって、魂魄は佐土の国にいる」と言う文や「日蓮が・たましひは南無妙法蓮華経に・すぎたるはなし」の文
などを「暗に自称している」文として、「本尊=南無妙法蓮華経=日蓮の魂=日蓮=仏」としているのでしょう。

また、自称している・していないの点で、釈迦はどうだったのでしょう。釈迦自身は書を残していなかったとされており、
現存する文献も全て釈迦直筆のものは無く、弟子などが残したとされますから、弟子から「仏」と呼ばれながらも、
釈迦自身は「仏と思っていなかった」と言うことになるのでしょうか?

421 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/08(月) 21:04:11.88 ID:+vCf9+6U
>>419
>佐渡で地獄に堕ちた後で謗っているようで、そんなものでは懲りてないようですよ。

それでは、地獄に堕ちたら仏になると言う>>414の話と矛盾しますね。
このため、「水掛け論」にしか聞こえませんよ。と言っているのですけどね。

>まぁ、法華経では誰でも仏になれると説いた物語なのですから、争う必要などないわけです。

それでも「信じる信じない」の争いが起こるのは、法華経に「法華経を説くと難に会う」とあるからだ
と言うのが、日蓮の主張ではなかったでしょうかね。
もっとも、「法華経を信じない」と言って争いを仕掛けていたら、どちらも争いには会うと思うのですけどね。

422 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/08(月) 21:05:41.64 ID:KSqzRAt0
いやはや、傑作ですな。これだから法華経信者は馬鹿ばかりと言われるのです。
アホなくせに生半可に漢語の仏教擁護を使い、そのくせ何事もいいかげんな解釈で勝手な熱を吹きまわす。
これでは日蓮は自業自得とは申せ、勝手に名を騙られる釈尊こそいい面の皮でしょう。

423 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/08(月) 21:15:27.81 ID:omExRA1x
>>418
***
『本尊問答抄』
経には上行・無辺行等こそ出でてひろめさせ給ふべしと見えて候へども、
いまだ見えさせ給はず。日蓮は其の人には候はねどもほぼ心へて候へば、
地涌の菩薩の出でさせ給ふまでの口ずさみに、あらあら申して況滅度後の
ほこさきに当り候なり
***

とあるのを考えあわせれば、万年救護本尊は、この「ほぼ心へて候」ところを
あらあら申して、表現したものであって、それを自分の後に上行が弘宣する
ところのものだ、と宣言したものにほかなりません。
万年救護本尊の讃文を上行自覚の表明などと読む理由なんか全然ないのですよ。

>>420
大乗の変な意味抜きで、もともとが「目覚めたもの」という意味であって、
自分が「悟った(そして解脱した)」と自認していれば
自分を「佛 buddha」と自認していたことになる。
釈迦が自分が悟ったと思っていなかったということはありそうにない。

424 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/08(月) 21:34:29.92 ID:n/HeOtid
2chしかないだろがー!!!
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  │"  , /          ヽ::::::   (__人__)    |     ヽ
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  │    ヽ:::..     / ̄ ̄ ̄\  / ̄ ̄ ̄\     丿
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 " ,  /           ヽ:::..      .人:::..       ノ                
     |      __\___/  \___/  ○○○    
     i    :::/;;;:::::::\     \ ::::/      ○ω・  ○@L 
    /   ::::/\'''  ::::i\    :::::|::/        ○○○:゚Д゚) 
 " " |   ::::|   |   :::| |\_//    ◎◎    ⊂  ⊃◎
     \_/   \__/  \_/ . \◎◎◎/   ((_つ  

425 :大乗非仏説:2014/09/08(月) 21:48:26.07 ID:CZYG0I+7
>>420
レスありがとうございます。

> では、日蓮は「南無妙法蓮華経」を本尊としており、「経王殿御返事」の「日蓮が・たましひは南無妙法蓮華経に・
> すぎたるはなし」の文は、どうでしょう?
> 日蓮が「仏」と言うのをどのように考えていたのかにもよりますが、「たましひ」の点では、日蓮自身の魂と「南無妙法蓮華経」の
> 本尊を同一視しており、暗に「仏と自称している」ことになります。

うーん、かなりこじつけっぽいような気がしますが?

426 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/08(月) 22:56:29.58 ID:IV+dOlZQ
>>421
貴殿は純粋過ぎるといいますか、または天邪鬼といいますか、その・・・私もこれ以上は話が出来かねます。
いままでは勉強されてきたとは思いますが、それは信者であった頃の目線でしか見ていなかったものでしょう。
貴殿も日蓮系宗教に色々と疑問はあると思いますが、まずは時間をかけ調べ直しというものが必要かと思います。

ところでです、もしも日蓮が仏であったならば、どうだというんですか?

・・・・ほらそうでしょ、まったくをもって、貴殿には関係のない話ではありませんか。
“興味”ぐらいの思いで、ここアンチさん達にお手数をかけさせるのも如何なものかと思いますが。
今日一日中12レスの書き込みで思案する間もない貴殿には、もう少し考える時間の間があったほうがいいと思います。

私事で申し訳御座いませんが、今だに返信できないレスがあり、
相手さんが私に、「何を伝えようとしているのか?」ということを分からずに、中途半端なレスでは交わせないのですね。
正直に言ってしまえば、単なる知識不足なだけなのですがね。(汗)

>それでは、地獄に堕ちたら仏になると言う>>414の話と矛盾しますね。

えっ、そうでしたか、それは失礼しました。
私は、貴殿の>>416の “日蓮は佐渡で「極寒地獄」や「飢餓地獄」に堕ちたのではないでしょうかね。” にそっての「佐渡以降でもまだ言っているニダ」ってことを申し上げた
次第だったのですが、誤読でありましたらスミマセンでした。

それではまた。

427 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2014/09/08(月) 23:28:00.67 ID:t743llD+
>>412 さん
また別の人ですか?二十四字の法華経が法華経でないなどとは言うつもりはありません。
(>>352中段2行目は一部大ボケをかましているので訂正します。すみません>>352さん)

それで、ではあなたの言う「種類」とはどういう意味ですか?
私が上で挙げた諸仏以外にも様々に説かれていたと思いますが、全部別物ということですか?
「彼の二十四字とこの五字とその語ことなりといえどもその意これ同じ」ではないのですか?

「寿量品の一品二半は始より終に至るまで正く滅後衆生の為なり滅後の中には末法今時の日蓮等が為なり」

こういうことでしょう?もう私が忘れてしまったものも含めて、同様の記述は無数にあるはずですよ。
そして天台も妙楽も日蓮も、末法でも「順縁」の者・「忘失仏陀本意」者はいるとも書き残しているでしょう。
「いなくなる」と書いたものも1つくらいはあったように思いますが、本尊抄その他重書多数は上記の通りです。

私が劣ることは全くその通りですが、あなたは基本をはずして文上と文底とを混同されていませんか。

428 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2014/09/08(月) 23:38:47.10 ID:t743llD+
自分に謝ってどうするのでしょうね(汗

上記レスの訂正先は>>346さんです。すみません。

429 :スチールカン:2014/09/09(火) 00:43:05.34 ID:1qrXUyJ2
>>427-428山椒島さん
>>346の者です。
中段2行目のどこが誤りでしょうか、私もそのように思っていましたよ。
というより、1行目の“大通智勝仏?”と、ここが疑問ではありましたが、なにかしらの深〜い話かと思いながらも
私の>>365にて化城喩品に移った流れになってしまいました。正直、私、頭がゴチャだったのですね。
そんなもんで山椒島さん>>374に返信できずにいました。すみません。
まぁそのお陰で、大通智勝仏と威音王仏の性分の違いが少し分かったような気がしたことには良しと思ってたところです。

>また別の人ですか?

気持ちがよくわかりますw
私も名無しで書き込んでいながらして、誰がだれなのかが分からなくなってきてます。
やっぱりスレタイにあるように、コテを付けないとダメみたいですね。(ひゃっきまるさんの気持ちがよく分かりました)
昨日の ID:IV+dOlZQ >>426の“中途半端なレスでは交わせない”は、ハイ、山椒島さん宛てにでした。涙

430 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2014/09/09(火) 02:38:14.66 ID:fy0gShid
>>429 スチールカン さん
大通智勝仏が王子らに説いた法華経が、釈尊の過去世における下種だとされていたと思います。
また、下種も修行も得道も、ただ円教たる法華経に限るというのが前提ですから、不軽本人の自覚は
明記されていなくても、必然的に二十四字も法華経であろう、と。詳しくは>>412さんの通りです。

>>427に引いたのは顕仏未来記でしたか。「教主の説き置き給いし二十四字」、これは写本ですが、
日蓮も門下も概ねこのような認識ですから、日蓮の主張という意味では、私もその通りだろうと思います。

そういえば、かつて所属していた系列の教団では、無量無辺とか那由多とか阿僧祇とか、三五の塵とか、
現実の時間軸で考える人が多かったですね。不勉強な私は「比喩やん」とか言って逃げ回っていました(ォィ

五重の相対を叩きこまれたのは、中学に入ってすぐでした。某会の任用試験合格(義務)の為です。
他には弘教(衣座室)の三軌とか、十四誹謗とか。常不軽も含め、今はまったく関係無いようですね。

おやすみなさい。

431 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/09(火) 07:38:09.52 ID:7lN5ynU0
>>405
なにを言っている?目下は元々あなたが>>287で引用した日蓮の遺文における種脱の解釈について議論しているのだ。
日蓮が題目をひり出す文底秘沈の話をしているのではない。あなたは当該引用文を国語的にすら理解できていない。
あなたは「一同に純円」を認めつつ、「但」と続くことをもって、種脱の区別が「一同に純円」に優先するかのように解釈する。
これはあなたがこの「但」を、法律文書における「但書」つまり一般規定に対する例外を扱うのように解釈していることを示す。
しかしその場合は必ず「その例外の前提」が条件として示されなければならない。引用文にはそれがない。あなたはそれに気づかない。
そこで日蓮教伝統、重要無形文化財の超荒技、「文底読み」によって、「但し末法の場合はこの限りでない」を透視するのだよ。
日蓮教の坊主らがパンツが見えるのも構わず袈裟を翻して「ソーレッ」と都合の悪い部分を飛び越えるさまが目に浮かぶようではないか。

つまりここで日蓮は「但」で種脱を「区別」しているだけで、それは勝劣に導く「差別」の意味ではないということだ。
「ご宿泊のお客様はこちらの露天風呂をご自由にご利用ください。但し、あちらは男性の方、こちらが女性の方専用でございます。」といえば、
但しは単なる補足説明であって、特段の価値判断を導くものではない。これと同じことだ。

432 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/09(火) 07:55:42.69 ID:c2hAtz1X
キミ達こそニチレンがすっ飛ばした事を忘れて
お題目にすがる盲者にしか見えないが

その文に至る前のニチレン本人が書いている
ホッケ経の意義を忘れ経に書いてない
お題目行などと

世間を欺くにも程がある。


ニチレン狂とニチレン教は一同カルトなり。

433 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/09(火) 08:14:23.21 ID:7lN5ynU0
>>412
あなたのいう「二十四文字の法華経」とは何か?不敬菩薩の唱えた文句がそれに当たるとの意味だろうか?
だがあなたの引用文に「具聞威音王仏。先所説法華経。二十千万億偈。」とある。
つまり、「われわれの手にする法華経」によれば、臨終前の不軽菩薩は「威音王仏が説いた法華経の二十千万億偈」を聞いたとされる。
法華経にはいたるところで「この経」「法華経」と自らを指示して宣揚する記述が目につくが、これも一例である。
これでは不軽菩薩の唱えた文句が法華経と違うものであることになるのではないか。
ついでにいえば、私は法華経にまるで感心しないが、この不軽菩薩の説話は好きである。
後半が例によって法華経のド演歌調で台無しにされてはいるが、元は別の説話だったのだろう。

434 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/09(火) 08:21:13.59 ID:7lN5ynU0
>>419
>ただ、二枚舌といいますか、謗ったり誉めたりが読み取れるのも、この日蓮の特徴ですよね。

まったく同意です。狂信的な法華経のアジテーターというイメージですが、これは営業用のマスクだったのではと思います。
このスレで色んな遺文を見ていると、わりとリアリストというか多分にご都合主義的な印象はもちますね。

435 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/09(火) 08:29:16.94 ID:7lN5ynU0
>>427-428
私も429のアルミカンさん、もといスチールカンさんの言うように351中断2行めに違和感はない。
ついでにいえばその後の3、4行目にも違和感はない。むしろ同説なのだで、430のほうが判然としかねる。

436 :法律ヲタ ◆8PR9uxYCzw :2014/09/09(火) 08:31:39.38 ID:VqbidpOH
>>392
名無しさんへ

愚人にだけはほめられているどこぞの妄想漬けの坊さんは、"愚人にほめられたるは第一のはぢなり"と
言っているらしいが、これだけは至言ですなァ。 (w
幸いなるかな、愚人にほめられざる者よ。 (法律ヲタ聖書

ハッキリと言ってやるぞ。
オマエのような「糞野郎」が来る所ではないんだよ、ここは。
幾らオマエが開き直ったところで、バカはバカ。
オマエが個人的快楽にふけっている信仰ゲームの(主師)親たる妄想坊主のマヌケ面を実際に見てみたいところだ。
病即消滅とか言いながら、本人自身が病で消滅してしまったもウソ坊主の顔をな。



さて、相手に応じて応答してやるだけの事だが、アホさんに対してはこれ位の表現がふさわしいかな。
断わっておくが、俺は、ひゃっきまる氏のように品性にあふれ大人しくはないから、そのつもりでいろよ。

437 :法律ヲタ ◆8PR9uxYCzw :2014/09/09(火) 08:34:24.17 ID:VqbidpOH
アリャマァ。
「もウソ坊主」ではなく、“妄想坊主”のタイプミスです。

438 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2014/09/09(火) 09:43:07.68 ID:fy0gShid
>>435 さん
不軽品の記述の視点から観たら、そう感じられるのも当然かもしれません。
私も漠然とした印象のままに>>352を書いたので、たぶん同様に感じていたのだろうと思います。

ただ私は上で引用した通り、日蓮本人の明確な記述がある以上は、「そう理解していたのか」と
受け取ることにしています。龍ノ口の時と同じスタンスです。最終的な結論などはまた別の話で。

他にも例えば、私の>>430を見て「円教に限るのは下種だけ」というツッコミがあるかもしれません。
日蓮も、本尊抄でそのようなことをチラッと書いてもいるのですが、主張全般では>>430になります。
その辺をどう理解して捌いていたかとか、もう思い出せないんですよね。経典や台学などは尚更で。

今さら文献を漁り直す気もなく、自分が知らないことについては皆さんのレスを黙って拝見しています。

439 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/09(火) 11:53:43.59 ID:eIxNoOFr
>>423
>釈迦が自分が悟ったと思っていなかったということはありそうにない。

それは、釈迦自身が書いた経典が無く、明確に仏と自称していなくとも、
「釈迦が自分が悟ったと思っていた」と言う意味でしょうか?

「仏陀」の意味は「buddha はサンスクリットで「目覚めた人」「体解した人」「悟った者」などの意味」とあり、
仮に「他者が尊称で使う言葉」であれば、「他者評価」として「仏陀」が用いられているのですから、
自身で「仏」と自称することは、そもそも無いのでは?

日蓮も自身を尊称付きで「日蓮仏」とは言わないでしょうから、「自称していない」だけでは、
日蓮が自身を「仏(目覚めた人)とは思っていなかった」と言う決め手にはならないことになります。

440 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/09(火) 12:07:58.63 ID:eIxNoOFr
>>425
>うーん、かなりこじつけっぽいような気がしますが?

「暗に仏と自称している」文、一つ一つを見るなら、「こじつけ」と言って退けられるものでしょうが、
相当数あれば、「仏とは思っていない」と断定することは出来ないのではないでしょうかね。
逆に、日蓮自身が「自分は仏では無い」と明確に否定している文は無いのでしょうか?
一つでもあれば、この手の話題では既に出されている気もしますが。

日蓮は南無妙法蓮華経を唱えれば仏に成れると主張していますから、言っている本人が「自己評価」として、
自身を仏と思っていたか、思っていなかったのかは、興味のあるところです。

441 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/09(火) 12:12:54.23 ID:eIxNoOFr
>>425
>うーん、かなりこじつけっぽいような気がしますが?

「暗に仏と自称している」文、一つ一つを見るなら、「こじつけ」と言って退けられるものでしょうが、
相当数あれば、「仏とは思っていない」と断定することは出来ないのではないでしょうかね。
逆に、日蓮自身が「自分は仏では無い」と明確に否定している文は無いのでしょうか?
一つでもあれば、この手の話題では既に出されている気もしますが。

日蓮は南無妙法蓮華経を唱えれば仏に成れると主張していますから、言っている本人が「自己評価」として、
自身を仏と思っていたか、思っていなかったのかは、興味のあるところです。

442 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/09(火) 12:22:27.19 ID:eIxNoOFr
>>431
>しかしその場合は必ず「その例外の前提」が条件として示されなければならない。引用文にはそれがない。あなたはそれに気づかない。

いいえ、文例で示したように、「例外」に限らないでしょう。
2つのものの同一面を提示した上で、2つのものの差異を提示する場合にも「但し」が使われます。

「自転車も自動車も同じ乗り物」「但し」「自転車は人力で、自動車はエンジンで走る」
「鳩もカラスも同じ空を飛ぶ鳥です」「但し」「鳩とカラスで泣き声や体格などの特徴が異なります」
と言ったかたちで、元々2つのものの同一面を提示した上で、2つのものの差異を提示する時に「但し」が使われます。
元々2つのものの同一面を提示したいだけなら、「但し」以降の文章は必要が無く、わざわざ、「但し」とおいて、
「但し彼は脱此れは種なり」としている場合は、両者の差異を提示する必要がある場合でしょう。
両者の差異とは、「脱」と「種」になります。

「本尊抄」以外で、同一面を提示したいだけの場合は「在世の本門と末法の始は一同に純円なり」と同趣旨の文意で
文章が終わっている日蓮の書もあるでしょう。しかし、「本尊抄」は「但し彼は脱此れは種なり」と続けているため、
両者の差異を提示する必要があったから、「但し彼は脱此れは種なり」があると普通の文章解釈をすればいいだけでしょう。

443 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/09(火) 19:23:02.95 ID:5+uKB01X
>>441
>日蓮は南無妙法蓮華経を唱えれば仏に成れると主張していますから、言っている本人が「自己評価」として、
自身を仏と思っていたか、思っていなかったのかは、興味のあるところです。

日蓮が身延山に登ってから後、日蓮をしたって身延山に住み着く信徒が、40
人から60人ほど、でてきました。
日蓮は、それら信徒の生活を支えざるを得ず、それまでの観念の世界から、
しだいに現実的になってきます。信仰も、法華経至上主義から、念仏的にな
ってきます、
「無常・霊山浄土」などと言うようになり、日本本来の仏教精神に帰ってき
たと言えるでしょう。ここには、釈迦をも超越しようとした、日蓮の自信に
あふれた姿はありません。自身を仏と思うなどということは、これっぽっち
もなかったでしょう。この傾向は、死に近づくにつれ強くなり、乗っている
馬にさえ、愛情を注ぐ日蓮になりました。

日蓮大聖人御書全集 P1476・西山殿御返事

人に捨てられたる聖(ひじり)の寒さに責められて、いかに心苦しからんと
思い、やらせ候いて、送られたるか。

日蓮は悪き者にて候えども、法華経は、いかでかおろそかに、おわすべき。
袋は臭けれども、つつめる金(こがね)はきよし。

444 :大乗非仏説:2014/09/09(火) 19:52:49.56 ID:K+CMiVZV
>>440
レスありがとうございます。

> >うーん、かなりこじつけっぽいような気がしますが?
>
> 「暗に仏と自称している」文、一つ一つを見るなら、「こじつけ」と言って退けられるものでしょうが、
> 相当数あれば、「仏とは思っていない」と断定することは出来ないのではないでしょうかね。
> 逆に、日蓮自身が「自分は仏では無い」と明確に否定している文は無いのでしょうか?
> 一つでもあれば、この手の話題では既に出されている気もしますが。

自分では仏と思っていたら法華経で釈尊がしたように「おまえは○○如来となるであろう」などとの
授記をしていたと思うんですよ。
>
> 日蓮は南無妙法蓮華経を唱えれば仏に成れると主張していますから、言っている本人が「自己評価」として、
> 自身を仏と思っていたか、思っていなかったのかは、興味のあるところです。

自分が仏だとおもっていたら、釈迦仏を持仏としてもっているはずがないのでは?

445 :スチールカン:2014/09/09(火) 20:58:35.69 ID:1qrXUyJ2
>>442さん
横レスですみません。
“在世の本門と末法の始は一同に純円なり 但し彼は脱 此れは種なり 彼は一品二半 此れは但題目の五字なり”
あまりにも長い観心本尊抄の該当箇所あたりしか読んでいませんが、ここでの【但し】とは、

「在世の本門と末法の始は一同に純円なり!・・・ 【付け加えてこれを申すならば】・・・ 釈迦が作った在世良き法華経薬も、末法の五字の妙法蓮華経も一同に純円なり。」
 って事にも読めるのではありませんか。
なんですかね、ここでは日蓮が「末法には余経も法華経もせんなし」って言っているようには思いませんね。

日蓮遺文にはあまり詳しくないのですが、わたしはこのように思いました。生意気ですみません。

446 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/09(火) 22:46:49.09 ID:eIxNoOFr
>>443-444
>「無常・霊山浄土」などと言うようになり、日本本来の仏教精神に帰ってき
特に「無常・霊山浄土」と言う言葉を使ったからと言って、念仏的になったとは言えないでしょう。
「本尊抄送状」(52歳)に「師弟共に霊山浄土に詣でて三仏の顔貌を拝見したてまつらん」とあり、
「持妙法華問答抄」(42歳)にも「霊山浄土」の単語は使われており、身延に住み始めてから使い出したわけでも
無いでしょう。

>死に近づくにつれ強くなり、乗っている馬にさえ、愛情を注ぐ日蓮になりました。
文面を読む限り、愛情を注いでいるのは日蓮ではなく、日蓮をひじりに例えて、凍えているのが可哀相になって、
西山殿が物を送ったのでしょう。という意味ではないでしょうか?

>自分では仏と思っていたら法華経で釈尊がしたように「おまえは○○如来となるであろう」などとの
>授記をしていたと思うんですよ。
日蓮も亡くなった信者の遺族に「成仏している」と言っていたのではないでしょうかね。

>自分が仏だとおもっていたら、釈迦仏を持仏としてもっているはずがないのでは?
日蓮自身が自分を仏と思っていても、釈迦が仏で無くなるわけでも無いのですから、捨てる必要性も無いのでは?

447 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/09(火) 23:09:54.52 ID:eIxNoOFr
>>445
>「在世の本門と末法の始は一同に純円なり!・・・ 【付け加えてこれを申すならば】・・・ 
>釈迦が作った在世良き法華経薬も、末法の五字の妙法蓮華経も一同に純円なり。」

それだと、何も付け加えていないと思うのですが。

>なんですかね、ここでは日蓮が「末法には余経も法華経もせんなし」って言っているようには思いませんね。

そもそも、上野殿御返事の「今末法に入りぬれば余経も法華経もせんなし、但南無妙法蓮華経なるべし」の裏づけとして、
「但し彼は脱此れは種なり」の文が出されているでしょう。

448 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/09(火) 23:59:28.13 ID:sA+AQRwj
仏国土思想だったのに晩年は浄土思想に傾いたんだよな

449 :スチールカン:2014/09/10(水) 00:44:05.89 ID:gu3h+6c5
>>430山椒島さん
化城喩品では十六人の王子の内の一人が過去の釈迦だったようです。

そんでもって不軽品では・・・・・?
確かにここでも釈迦の過去が常不軽のようですが、辻褄が合わないことがあるのです。
どこのレスでしたか、山椒島さんが言っていたように、この菩薩は正法時期ではないのは確かなのですが、
そう、像法期なのか末法期なのかはっきりしていませんね。書き下しの誤りなのでしょうかと考えてしまいます。

まぁどちらにしても“威音王仏の滅後”も三時説があったのですね。 釈迦いわく、

 『爾の時に常不軽菩薩は豈に異人ならんや、則ち我が身是れなり。』

と、説いていたこの時は末法なはずであって、
どうも時系列の話が分からないのは私だけでしょうか。
なんですか、この常不軽品を読みますと解釈不可能です。

「二十四字の法華経」・・・これ以前に考えさせられてしまいますね。

450 :スチールカン:2014/09/10(水) 00:56:59.33 ID:gu3h+6c5
>>447
あれですね、↑レスで書いてて思ったのですが、
貴殿等が仰る通り、「法華経はせんなし」 なのかもしれませんよ。

451 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/10(水) 07:50:37.58 ID:qW8ViHLW
>>442
>いいえ、文例で示したように、「例外」に限らないでしょう。

馬鹿か?それは私が言っていることだ。お前の主張は「但し」が勝劣に直結するということだ。(>>314参照)
これに対し、私は、特に例外の前提条件がない限り「但し」が前段の趣意を排除するものではないと示した。(>>431参照)

あなたは>>314

>このような差異を主張する以上、当然のように自身の法が「末法の始」において勝っているという話でなければ、
>わざわざ、その差異を主張する意味がありませんね。

と言っている。あなたはこれと同じ見解を>>391まで繰り返している。

この見解を撤回し、当該引用文における「但し」が、単に種脱の区別を表記したにすぎず、勝劣の差別はないと認めるなら何も異議はない。

そもそもあなたが言う「鳩とカラス」も「自転車と自動車」も、それらの区別自体は勝劣すなわち特段の価値判断に直結するものではない。

「一同に純円」を破るためには法律文書における但書すなわち「但し○○の場合はこの限りでない」と例外適用をする前提条件がなければならない。
そういう前提条件がなければ、「但し」は単なる区別を示した補足説明以外のものではない。あなたにそれが理解できたのなら一つの進歩だ。

452 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2014/09/10(水) 08:10:11.07 ID:aGxpkWoV
>>449 スチールカン さん
そうですね、それが御存知「三五の塵」の三千塵点劫の昔のことだ、というのが化城喩品でした。
あと、言い出しっぺの責任で確認しましたが、「最初威音王如来 既已滅度 正法滅後 於像法中」とあり、
不軽菩薩の出現はやはり像法のようです。が、そんな記述も今までのレスも全て吹き飛ばすのが寿量品(笑

「五百塵点劫の久遠に菩提心を起こして仏になった」。もう即ヅモです。我本行菩薩道とは何だったのか。
その歴劫修行にしても、諸々の経典まで含めると、時系列がもうしっちゃかめっちゃかになるのだそうですね。

ではどういうことかと言うと、経文にもある通り、時間的な表現は「喩え」に過ぎず、○○年前だとか、どちらが
昔だとか先だとかという時間的概念も超越した表現で、釈尊は元(というのも不適切かも、ですが)から本仏。
様々な過去世の修行の記述は、衆生の修行の為に説いた方便的・スピンアウト的な教説。なのだそうです。

この様なことが色々書かれているのが天台三大部で、日蓮もそう理解していたようですが、書き遺した文書の
所々に時系列的な解釈が可能な表現を使ったため、後世に様々な論争や分派を巻き起こす要因のひとつに
なりました。いわゆる「久遠元初」論もその一産物で、それをふまえて書いたのが>>430の3段目の記述です。

453 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2014/09/10(水) 08:46:23.83 ID:aGxpkWoV
>>448 さん
そうですね。批判される点のひとつでもありますが、名文が多いのも晩年の文書です。

454 :スチールカン:2014/09/10(水) 14:04:18.51 ID:gu3h+6c5
>>452山椒島さん

不軽品の該当箇所は山椒島さんが言ってるように、その文ですね。
そんで、その前文の説明がこれなんですね。
  @『【正法・像法滅尽の後】、此の国土に於て復仏出でたもうことありき。』
と言った後の文が、
  A『最初の威音王如来既已に滅度したまいて、【正法滅して後像法の中に於て】』
と言っているのが、なんかおかしいのではないかなぁ〜と思いました。

@の“正法・像法滅尽の後”は末法だと思うので、Aでは、
「正法・像法滅して後末法の中に於いて」と書いておかなければ話が通じてこないのですね。
もしくは、@に於いて
「正法滅尽の後」と書いておかなければならないのではと思った次第でした。
ちなみに、私が持っているのは平楽寺版なのですが春日版ではどのようになっているのかが気になります。

455 :大乗非仏説:2014/09/10(水) 14:22:38.36 ID:wXyLTOlD
>>454
横レスです。

サッダルマプンダリーカには正法、像法と並べているところはあるのですが、
末法にあたる言葉はありません。妙法蓮華経には末法という言葉がありますが
これも意訳であり、原文には末法に相当するサンスクリット語はないんです。

456 :スチールカン:2014/09/10(水) 14:33:52.93 ID:gu3h+6c5
>>447さん
これならどうでしょうか?

「鳥が二羽、とんでいる。但し右は鳩。左はカラス」
「ここに二輪の乗り物がある。但し右は自転車。左はバイク」

カラスやバイクのほうがいい!・・・とかって説明してるわけではないのですよね。
でも、ある概念から読んでしまえば、貴殿の説明にも一理あるかもしれませんが、
ここでの趣旨は「一同に純円なり」ですから、それにそって解釈しなければならないのではと思います。

「人間平等!但し、女よりも男のほうが上なのだ」
こんなこという人が日蓮だと思っていますでしょうか?・・・このように日蓮を見たほうが失礼かと思いますが、どうでしょ。

なんか、どっちがアンチなのかと思ってしまいますw

457 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/10(水) 16:15:24.29 ID:zqrpGmHd
>>382-383
失礼。レスを忘れていたようです。

>日蓮教では権実相対で法華経が真、他は方便で仮の教え
日蓮教に限らず「方便=仮の教え」ではありませんよ。「仮の教え」を説くのが「方便」つまり「教導法」だと言う意味です。
また、「入滅する姿を示すのは人々を励ます方便」と言うのは、状況的におかしく、仏が入滅し、悲しむ人々を励ますなら、
「常住不滅」の方が励ますための「方便」と言うことになるでしょう。
しかし、>>363で述べたように、釈迦が入滅する理由は、「仏に会う事が難しい」と言う事を説き、
仏に会うことを渇望させて善の資質を植えるためであり、常住でありながら、この世に現れたり入滅するという話ですから、
人々を励ますためという意味は無く、人々を悲しませて仏を求める心を引き出す「方便(教導法)」が「入滅」です。
あなたはおそらく「方便」の意味を間違っておぼえているのでしょう。

>ちがうというなら他の訳文でも十如是が成り立つとあなたが証明しろと言っているのだよ。
十如是は、数字的には便宜的なものだと思っていますから、他の訳に「五如是」があるのなら、「如是」自体はあり、
十よりもっと細かくすることも可能なものだと思っています。十界についても、同様で、人の精神状態を十種程度に
分類しているのは、ただ、便宜上、そうしているだけで、数字は「五」でも「十」でも、それ以上だとしても、
「一念三千」が「三万」とか「三十万」とかになるだけで、理論自体は成り立つことになり、「五如是」の方を
選択していた場合は、「一念千五百」になると言うだけでしょう。

458 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/10(水) 16:31:39.40 ID:zqrpGmHd
>>451
>この見解を撤回し、当該引用文における「但し」が、単に種脱の区別を表記したにすぎず、勝劣の差別はないと認めるなら何も異議はない。

では、あなたは「但し彼は脱 此れは種なり 彼は一品二半 此れは但題目の五字なり」が差異を述べたと言う点は同意するのですね。

「勝劣の差別」であるというのは、日蓮が「今末法に入りぬれば余経も法華経もせんなし、但南無妙法蓮華経なるべし」と、
末法に入ったなら南無妙法蓮華経しかないと言う主張から、「彼」「此れ」の区別は勝劣の主張となると言うことでしょう。
勝劣が無いのであれば、そもそも「在世の本門と末法の始」と異なる二つであるのですから、
「在世の本門と末法の始は一同に純円なり」の後にわざわざ「但し」と差異のみを述べる理由は無いでしょう。

459 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/10(水) 16:48:38.22 ID:zqrpGmHd
>>456
>「鳥が二羽、とんでいる。但し右は鳩。左はカラス」

いいえ、文章としては「在世の本門と末法の始」とあり、異なる鳥であることが認識されている上で鳥として同一であると
「一同に純円」という文章になっていますから、例えとして「鳥が二羽、とんでいる」と言うのでは無いでしょう
乗り物の話も同様ですね。自転車とバイクは既に別に認識されており、同一点を示したうえで、再度、異なる点を述べるため
「但し」以降の文章があります。

>カラスやバイクのほうがいい!・・・とかって説明してるわけではないのですよね。
「今末法に入りぬれば余経も法華経もせんなし、但南無妙法蓮華経なるべし」が無ければ、そうと言うことも出来るでしょうね。
本尊抄の後続の文章にも「所詮迹化他方の大菩薩等に我が内証の寿量品を以て授与すべからず末法の初は謗法の国にして
悪機なる故に之を止めて地涌千界の大菩薩を召して寿量品の肝心たる妙法蓮華経の五字を以て閻浮の衆生に授与せしめ給う」
と、末法では「但南無妙法蓮華経なるべし」と同趣旨の文章があり、「但し」以降にわざわざ差異を示しているのは
優劣を述べるためだと言えるでしょう。

460 :スチールカン:2014/09/10(水) 17:08:59.55 ID:gu3h+6c5
>>455大乗非仏説さん
岩本氏の訳からですか。
私も見てみました。ありがとうございます。

「正しい教えが消滅し、正しい教えの摸倣の教えが消滅しはじめていて」

と、このように訳せれていれば意味が通じてきますし、ここではまだ摸倣の教えの時期であるのはわかります。
法華経の不軽品も“消滅しはじめていて”となっているならば、その常不軽は消滅しきってない時期、いわゆる像法の菩薩だとはわかるのですが。

461 :大乗非仏説:2014/09/10(水) 18:23:52.94 ID:wXyLTOlD
>>460
スチールカンさん
このあたりのやりとりも参考になります。

法華経に「正法・像法・末法」の三時は説かれているのでしょうか?(ヤフー知恵袋)
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10101211490

462 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/10(水) 19:12:21.85 ID:gKpTf7Nb
>>461
「末法」が史実でなければ、日蓮ドグマが真っ先に破綻するよな。

463 :大乗非仏説:2014/09/10(水) 19:36:49.48 ID:wXyLTOlD
>>462
末法なんて所詮、幻想なんですよ。
ただ、日蓮上人の時代はそのような知識がなかったから一概に
責められないと思います

ただ、現在ではこのようなことは間違いだとわかっているんですね。
ですから、まだ末法だの何だのというのはおかしいと思います。

464 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/10(水) 20:04:32.99 ID:grfBugEr
>>463
いや同時代の道元や忍性は末法など認めていないよ。
知識の問題ではなく本人の機根の問題だろうな。

465 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/10(水) 20:14:47.03 ID:grfBugEr
だいたい古い経典ほど現代でも通用するような理法が説かれている。
道元などは末法など真面目に考えていない。
忍性はみんなが堕落しているからこそ戒律と利他の復興を実践した。
日蓮みたいに末法など唱えるのは時代の有象無象と一緒に堕落している証拠だよ。

466 :大乗非仏説:2014/09/10(水) 20:16:20.44 ID:wXyLTOlD
>>464
一般的な認識として末法にはいったというのはありましたよね。
その一般的な認識の上でしか考えられないか、それとも、別の立場に立つのか
それは日蓮上人と、道元上人、忍性上人との差でしょう。

467 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/10(水) 21:08:42.31 ID:grfBugEr
>>466
だから一般的な認識のなかにどっぷり浸かるか、
衆から頭ひとつ抜きんでるかの差だよ。
皆と一緒に溺れていたんじゃ他人を救うなんてできっこないわ。

468 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/10(水) 21:16:58.41 ID:zqrpGmHd
>>452
>昔だとか先だとかという時間的概念も超越した表現で、釈尊は元(というのも不適切かも、ですが)から本仏。

釈迦が在世時に仏だったと言う根拠も久遠から仏であると言う根拠も、法華経を根拠にしていると言うことでしょう。
この点から言えば、法華経を仏説としない場合は、釈迦仏も仏説上は無いことになり、
釈迦が仏でなければ、釈迦が説いたとされる経典全てが仏説としての根拠を失うことになりますね。

469 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/10(水) 21:25:20.36 ID:grfBugEr
>>468
その頭の壊れっぷりはシアトル事件スレで物笑いになっていた舎利だなw

470 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/10(水) 21:47:14.04 ID:zqrpGmHd
>>469

相手を根拠無く「頭の壊れっぷり」と断定して中傷するレスをするより、
私の言っていることにおかしな点があれば、そこを指摘した反論をしたらどうですか?
あなたの>>467の主張にしても、「皆と一緒に溺れていた」と勝手に断定しているだけで、
そうであると言う根拠は示されてもおらず、あなたの言っていることが正しいのかさえ不明でしょう。

471 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/10(水) 22:06:07.65 ID:grfBugEr
>>470
根拠って(笑)
468の一行目からして誰も賛成しないよ。
レスはいらないから勝手にシコシコしといて。

472 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2014/09/10(水) 22:17:12.13 ID:aGxpkWoV
>>454 スチールカン さん
あぁ、私が「何かの本」とか余計なことを書いて混乱させたようです。すみません。
某会員時代の記憶です。中か外かで何か胡散臭いものを読んだのでしょう。
大乗さんや他に詳しい方達がおられますので、私のレスは適宜訂正して下さい。

御存知のように、我が家には宗教関係の書籍や資料などは何もありません。
何年か前までは半ば強引にいただいた聖書がありましたが、結局読みませんでした(笑

>>468 さん
今はただ単に法華経や台学に沿った話をしているだけで、私は別に釈尊が仏でなくても、
経典が仏説でなくても一向に構いませんが。頓珍漢な横槍ばかりで何が言いたいのですか?

473 :スチールカン:2014/09/10(水) 22:37:54.02 ID:gu3h+6c5
>>472山椒島さん
ごめんなさい。
なんかですね、たんなる小学生並の間違いをわたしがしてたみたいです。
「正法・像法滅尽の後」の話をした後の「像法の中に於て」の話だったのですね。
やっと文脈が繋がりました。
あまりにも深読みすると馬鹿になる典型の姿を曝け出してしまったようです。

>私が「何かの本」とか余計なことを書いて混乱させたようです。すみません。

とんでもございません。
お陰で一つは利口になったつもりでいます。

474 :スチールカン:2014/09/10(水) 22:43:49.88 ID:gu3h+6c5
今夜はゆっくり寝れそう。

475 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/10(水) 23:23:48.39 ID:B4v3YX1m
>>446
>「本尊抄送状」(52歳)に「師弟共に霊山浄土に詣でて三仏の顔貌を拝見
したてまつらん」とあり、 「持妙法華問答抄」(42歳)にも「霊山浄土」
の単語は使われており、身延に住み始めてから使い出したわけでも 無いで
しょう。

「本尊抄送状」(52歳)は、創価学会の御書にはないのですが、あなたは
日蓮正宗のかたですか?もし日蓮正宗のかたなら、そちらの御書の何ペー
ジに出ているでしょうか?。
日蓮が身延山に入ったのは53歳ですので、52歳のときの御書では、心境が
あまり変わらないのではないでしょうか?。

「持妙法華問答抄」(42歳)を何度か読みましたが、「霊山浄土」という
言葉はなかったですね。

こちらも御書名とページを書いているので、あなたも反論されるときは、
同様にお願いします。探すのに、かなりの時間がかかり疲れますので。

>愛情を注いでいるのは日蓮ではなく、日蓮をひじりに例えて、凍えている
のが可哀相になって、 西山殿が物を送ったのでしょう。という意味ではない
でしょうか?

日蓮の歴史をご存じないのですか?。晩年の日蓮は、常陸での温泉湯治を決
意し馬に乗って旅立ちます。その馬にさえ愛情を注いだ、ということです。

476 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2014/09/10(水) 23:52:46.54 ID:aGxpkWoV
>>473 スチールカン さん
その末法で思い出したのですが、広宣流布をダイレクトに命じられたはずの宿王華菩薩が
四菩薩からハブられ、ほとんどガン無視されている理由は何か御存知でしょうか。

私はこの辺の知識も記憶もスッポリ欠落しています。

>>475 さん
前者は「観心本尊抄送状」のことでしょうから、SOKAnet によると255頁ですね。
後者は466頁。余計なお世話かもしれませんが、お持ちの御書全集で御確認下さい。

>>443>>475に書かれている内容については私も同意です。
単語の初出がいつかではなく、その頻度や内容全般の話ですね。

横から失礼しました。

477 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/11(木) 00:14:03.65 ID:3qBmtEEY
>>475
>「本尊抄送状」(52歳)は、創価学会の御書にはないのですが、

そうですか?
私は創価発刊の御書全集を持っているわけではないので、創価ネットの「日蓮大聖人御書全集 全文検索」で
「霊山浄土」を検索して出てきたものを出したのですが。
「持妙法華問答抄」も同様ですね。
無常や霊山浄土という言葉は、日蓮が身延に住み始める以前から使っており、「念仏的になってきます」と言う
根拠にはならないでしょう。

>その馬にさえ愛情を注いだ、ということです。

では、「西山殿御返事」は関係無いでしょう。
また、馬に愛情を注いだら「念仏的になってきます」と言うのもおかしな話でしょう。

478 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/11(木) 00:27:28.73 ID:3qBmtEEY
>>476
>単語の初出がいつかではなく、その頻度や内容全般の話ですね。

なるほど。しかし、単語の頻度もあまり関係が無いでしょう。
念仏で言う「浄土」とは阿弥陀仏の「極楽浄土」のことで、「霊山浄土」は報身の釈迦如来が法華経を説いた浄土で、
霊鷲山=霊山浄土でしょう。

「内容全般」と言うのなら、念仏的な内容と言うのを出されてはどうでしょうか?
>>443の話からは、念仏的になったと言う主張が『「無常・霊山浄土」などと言うようになり』ということで
しか読み取れません。

479 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/11(木) 00:54:57.15 ID:3qBmtEEY
>>471
>468の一行目からして誰も賛成しないよ。

それはどうでしょう。
法華経以外で、釈迦が仏であるという根拠が示された経典はあるのでしょうか?

480 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/11(木) 00:57:09.26 ID:pbL29Ze7
いい加減にしろ。

誰が読むんだ?こんな長文スレ(笑

481 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/11(木) 06:32:12.75 ID:lP28Mr7c
>>478
君が読み取れないのはそこに限ったわけじゃないから気にしなくていいよ

>>480
てか、釈迦が仏でないと言ってる経典てあるのか

482 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2014/09/11(木) 09:18:19.72 ID:fP5Ydl2A
>>478 さん
種脱相対と同様、いくら出しても説明しても分かりませんよ。
馬の話で西山殿御返事に噛み付いているようではね。毎度のことですが。

あなたは知らない、分からない、読み取れない。それでいいですよ。

483 :スチールカン:2014/09/11(木) 15:59:56.12 ID:khn4LSqn
>476山椒島さん
あれっ、末法に広宣流布を命じられたような菩薩って地涌の菩薩ではありませんでしたか?

484 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/11(木) 18:06:14.37 ID:3qBmtEEY
>>481
>てか、釈迦が仏でないと言ってる経典てあるのか
釈迦が仏でないと言っていないなら、仏になるのであれば、
日蓮も仏でないと言っていないなら、仏になってしまうでしょう。
法華経を仏説としない場合、釈迦が仏であると言う話は、弟子達の「他者評価」であるだけです。
これは、日蓮を仏とする日蓮の弟子達の主張と同レベルになるだけですよ。

>>482
>あなたは知らない、分からない、読み取れない。
それはあなたの方でしょう。もしくは、あなたがあなたにとって都合の悪い文章を無視しているだけでしょう。
「本尊抄」の「但し彼は脱此れは種なり」は普通に読めば、両者の差異を提示している部分です。

>馬の話で西山殿御返事に噛み付いているようではね。毎度のことですが。
噛み付いたと言うより、「西山殿御返事」と「晩年の日蓮は、常陸での温泉湯治を決意し馬に乗って旅立ちます。
その馬にさえ愛情を注いだ」と言う話に関連性が無く、「その馬にさえ愛情を注いだ」と言うことが、
「念仏的になってきます」ということの根拠にならないだけです。

「霊山浄土」も念仏で言う阿弥陀仏の「極楽浄土」とは違いますから、
「念仏的になってきます」ということの根拠になりません。

485 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/11(木) 18:25:22.13 ID:DYZX0M1e
釈迦のことを別名では仏陀と呼ぶ。

486 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/11(木) 19:30:32.89 ID:3qBmtEEY
>>485

そうですね。釈迦を信奉する弟子たちが「釈迦のことを別名で仏陀と呼んだ」と言うことでしょうから、
「仏」は「仏陀」の略で、>>439が出した語源、『「仏陀」の意味は「buddha はサンスクリットで
「目覚めた人」「体解した人」「悟った者」などの意味」とあり、仮に「他者が尊称で使う言葉」であれば、
「他者評価」として「仏陀」が用いられている』であれば、日蓮を信奉する弟子達が、日蓮を「仏」と呼んでいても
それ自体は間違いでは無いことになります。

487 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/11(木) 20:08:37.55 ID:lP28Mr7c
>>486
間違いでないというより、理の当然でしょ。
オウム信者にとっての麻原、統一信者にとっての文鮮明。
信者が信者といわれる所以はそういうもんでしょ。

488 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/11(木) 20:15:37.50 ID:lP28Mr7c
>>484
なんかすごい疲れるわ。
相手が愛想を尽かすのをもって脳内論破するのが君の目的ならそれでよしw
好きにしてちょ

489 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/11(木) 20:36:40.42 ID:3qBmtEEY
>>488

論破も何も、あなたの「念仏的になった」と言う話の根拠が間違っていただけでしょう。
>>476は「内容全般の話」としていますが、あなたの話は「無常・霊山浄土」が使われだしたという話しで、
そもそも、日蓮が身延に住む以前から使われている言葉です。また、馬の話は念仏的になったとは言えない話です。
「無常」は念仏に限らず、仏教全般で使われますし、「霊山浄土」と言う言葉は、念仏の「極楽浄土」のことでは無いのですから、
「霊山浄土」と言う言葉が使われた。や頻繁に使われたからと言って、「念仏的になった」とは言えません。

490 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/11(木) 20:40:39.61 ID:lP28Mr7c
このスレは創価板のなかでは、いたってまじめな方々の多い良スレです。
変な相手にも人道的見地から、ある程度お付き合いしたら、適当に切り上げて粛々と議論をすすめましょう。

491 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/11(木) 20:57:55.02 ID:Ozq32dPV
>>484

日蓮が、乗っている馬にさえ愛情を注いだ、ということについ
ては、波木井殿御報(御書P1376 後ろから7行目)に書いてあ
ります。常陸の湯治に行く途中に、池上で書いた遺文です。
この池上において、61歳で亡くなりました。

また栗鹿毛の御馬は、あまり面白く覚え侯程に、いつまでも失
うまじく候。常陸の湯へ牽かせ候わんと思い侯が、もし人にも
ぞ取られ侯わん。また其の外いたわしく覚えば、湯より帰り侯
わん程、上総の藻原殿のもとに、預け置きたてまつるべく侯に、
知らぬ舎人を付けて侯ては、覚束なく覚え侯。罷り帰り侯わん
まで、この舎人を付け置き侯わんと存じ侯。そのようを御存知
のために申し侯。恐々謹言。

晩年は、肩をいからせることもなく、素直で優しい日蓮になっ
ていたと思います。

492 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/11(木) 21:48:23.18 ID:Kx7N3Dt/
>>489
>「霊山浄土」と言う言葉は、念仏の「極楽浄土」のことでは無いのですから、
>「霊山浄土」と言う言葉が使われた。や頻繁に使われたからと言って、「念仏的になった」とは言えません。

最初の娑婆世界を仏国土に変ずるという立場から
霊山浄土に往生して釈尊に見える、という立場に
なってることも知らんのかいな。

493 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/11(木) 21:48:31.51 ID:3qBmtEEY
>>491
>晩年は、肩をいからせることもなく、素直で優しい日蓮になっ
>ていたと思います。

と言うことが、「念仏的になった」と言う根拠にはならないでしょう。

494 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/11(木) 21:49:27.96 ID:Kx7N3Dt/
ま、こういうのは相手しちゃいかんね。

495 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/11(木) 22:14:52.56 ID:1fsFhl1y
日蓮は結局、念仏に敗北した。

496 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/11(木) 22:40:24.61 ID:3qBmtEEY
>>492
>最初の娑婆世界を仏国土に変ずるという立場から
>霊山浄土に往生して釈尊に見える、という立場に
>なってる

なるほど。
しかし、仏教では「娑婆」が我々が住む仏国土の名前と言うことですから、日蓮が「娑婆世界を仏国土に変ずるという立場」なのは
あなたの勘違いでしょう。仏教では、娑婆という仏国土の中心が霊山浄土(霊鷲山)ですから、変えるも何もなく、
霊山浄土も娑婆世界の一部ですよ。
また、「霊山浄土に往生して釈尊に見える、という立場」とあなたは言いますが、「霊山浄土に往生して」と言う表現は
日蓮の書には無いのでは無いしょうかね。
日蓮の時代でも「往生」は「極楽浄土に生まれ変わる」との意で使われていると思われ、創価ので検索をしても
「霊山浄土 往生」もしくは「霊鷲山 往生」のどちらも出てきませんでした。

あなたの言う「最初の娑婆世界を仏国土に変ずるという立場」があなたの勘違いだと思いますよ。

497 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2014/09/11(木) 22:43:46.73 ID:fP5Ydl2A
>>484 さん
そのような言い訳からして根本から的外れなのですよ。
でも分からないでしょうから、あなたの中ではそれで良いです。

>>483 スチールカン さん
広宣流布の語が出てくるのは薬王品(のみ)で、命じられているのは宿王華菩薩でしたよね。
少なくとも四菩薩に追加されても良さそうなものですが。その他大勢に含まれているのでしょうか。

これもまた、羅什の訳にも原因があることなのだそうですが、いわば素人丸出しの疑問ですから、
昔から気付いた人は大勢いるはずで、それに対する説明や反論も用意されているはずなんです。

でも思い出せない・・・当時、検討した記憶すら無いです。

>>492 さん
その通り。>>448さんも書いて下さってますね。日蓮文書もあります。有名な話なんですけどね。

498 :スチールカン:2014/09/11(木) 22:59:30.14 ID:khn4LSqn
>>497山椒島さん
仰る通り、薬王菩薩本事品にその文がありますことを今確認してしてました。グッドタイミングです。

『是の故に宿王華、此の薬王菩薩本事品を以て汝に嘱累す。我が滅度の後後の五百歳の中、
 閻浮提に広宣流布して、断絶して悪魔・魔民・諸天・龍・夜叉・鳩槃荼等に其の便を得せしむることなかれ。』

あっ、その意味での>>476の“四菩薩からハブられ、ほとんどガン無視されている”ってことだったんですね。納得。

岩本氏の訳がどの様に訳しているのか調べてみます。
そんで、私が学会に入ってたころは「宿王華」などほとんど聞いた覚えはなかったです。
つか、上行菩薩の弟子だと思ってましたから。

499 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/11(木) 23:06:49.92 ID:3qBmtEEY
>>497
>その通り。>>448さんも書いて下さってますね。日蓮文書もあります。有名な話なんですけどね。

なら、それを出せばいいんじゃないですか?

日蓮の書で「霊山浄土」が出てくる書は、死んだ信者、もしくは、日蓮自身が死んだら「霊山浄土で久遠の釈迦に会う」と言う話し
ですから、法華経の虚空会の場に呼び出された地涌の菩薩に死んだ信者、もしくは、日蓮自身を準えているのでしょう。
そもそも、「霊山浄土で久遠の釈迦に会う」と言う点で、釈迦の仏国土である娑婆世界を離れて「極楽浄土に生まれ変わる」
と言う念仏とは思想的に異なることでしょう。

短文の>>448>>492と同様に日蓮が言う「霊山浄土」と念仏の「極楽浄土」を混同して、浄土思想に傾いたと言っているだけでしょう。

500 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/11(木) 23:14:06.55 ID:uVv3yK4+
>>495
何しろ念仏を行じて世を去ったのだからな。

501 :スチールカン:2014/09/11(木) 23:24:57.08 ID:khn4LSqn
>>497山椒島さん
ナクシャトラ・ラージャ・サンクスミタ・アビジュニャと随分と長い名前ですが、
この求法者に嘱累してるようです。
ただこの訳は法華経にも沿った解釈となっているので、そんなに内容は変わっていませんね。
でも、「我が滅度の後後の五百歳の中」との漢文のところは「50年の経過してる間に」と訳されていますことは、
大集経での「2000年後」とは大違いですね。

502 :大乗非仏説:2014/09/11(木) 23:41:47.11 ID:GBz62TjG
>>497 山椒島さん

広宣流布って単語はサンスクリット語にはありません。妙法蓮華経の該当部分は
「以此藥王菩薩本事品。囑累於汝。我滅度後後五百歳中。廣宣流布於閻浮提無令斷絶。」
となっていますが、

サンスクリット語原典では
「偉大なる求法者「サルヴァルサットヴァ=プリヤダルシャナの前世の因縁」の章が最後の機会である
最後の50年の経過している間に、このジャンプ=ドゥヴィーパに行われて、消滅しないように、」
(岩本訳)で、「広く行われるように」といってるだけですもの。

○○流布という言葉は法華経の中に何度もでてきますが、広宣流布という言葉はここだけです。
しかしクマーラジーバは漢文としては読みやすいのでしょうが、原文を正確に伝えているとは
言いがたいですね。もっともへんに漢文を深読みする方の問題かもしれませんが。

503 :スチールカン:2014/09/12(金) 00:02:55.90 ID:4aXoB08L
>>502大乗非仏説さん
信者だった頃の私は“五五百歳”っておぼえてました。

504 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2014/09/12(金) 00:14:49.70 ID:EgMcCJfP
>>499 さん
ですから、それがあなたの「普通」なのでしょう。それで良いですよ。

>>501 スチールカン さん >>502 大乗非仏説 さん
ありがとうございます。そのサンクス三田店?が宿王華菩薩のことですよね?
広宣流布の語については、以前にも別スレで検討したことがありましたね。

結局、五の五百歳から末法といっても、それは当時の日本の一部の人達が世情に合わせて
こじつけただけで、中国は中国の都合で日本よりも500年早く末法入り、という話でした。

さらに梵本と比べだすと身も蓋もなくなるので、とりあえず羅什訳本の表記を、天台〜日蓮らが
どう捌いたかを知りたいのです。宿王華は日蓮文書でもほとんど言及されていなかったような。

大集経もメイド・イン・チャイナなんだから、どうでも良いだろ、という話もひとまず無しで(笑

505 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/12(金) 01:11:10.59 ID:9cXVtx5U
>>504
>ですから、それがあなたの「普通」なのでしょう。それで良いですよ。

そのような逃げをせずに、日蓮が晩年に念仏に傾倒したと言う「有名な話」を出せばいいだけのことですよ。

>>448>>492は、日蓮が言う「霊山浄土」と念仏の「極楽浄土」を混同して、浄土思想に傾いたと言っているだけ
のことですから、根拠にはならないでしょう。
念仏の「極楽浄土」は単に阿弥陀仏の極楽世界を指しており、阿弥陀仏の極楽世界から見れば、娑婆世界を「娑婆浄土」と
言っているようなものでしょう。
日蓮が言うところの「霊山浄土」は、仏に成った(成仏した)人達が行くところですから、日蓮が「霊山浄土」と言っても、
念仏の浄土思想とは異なりますよ。

506 :スチールカン:2014/09/12(金) 01:23:27.63 ID:4aXoB08L
>>504山椒島さん
続きはまた後でしてもいいですか。今日は寝ますね。

>>505さん
日蓮が「霊山浄土」と言ってる処には阿弥陀はいるのでしょかね?
素朴な疑問で申し訳ございませんが。

507 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/12(金) 01:59:49.83 ID:9cXVtx5U
>>506
>日蓮が「霊山浄土」と言ってる処には阿弥陀はいるのでしょかね?

普段は自分の仏国土にいて、いないんじゃないですかね。
法華経の虚空会には出てきていますから、法華経が説かれる場には十方の諸仏として
釈迦の「霊山浄土」にも来るのでしょう。

508 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/12(金) 06:22:02.72 ID:k1GjwfOk
>>506>>507
阿弥陀はどこにでも出張するという設定だから、いても不思議はないんじゃないの?
虚空会といえば、多宝如来は法華経が説かれるところにはどこでも宝塔持参で出張するという約束じゃなかったっけ?
いまだかつて出現したのを誰も見た人がいないのは法華経がちゃんと説かれていないから?

509 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/12(金) 06:44:54.40 ID:k1GjwfOk
>>499
>死んだ信者、もしくは、日蓮自身が死んだら「霊山浄土で久遠の釈迦に会う」と言う話し

それって浄土思想そのものじゃん。名前がちがうだけで。

510 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/12(金) 06:54:15.75 ID:MxAJVmJf
単語レベルで分かってない知ったか馬鹿だから仕方無い。

511 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/12(金) 07:26:31.04 ID:PpyNogmX
宝塔さながら阿佛坊でしょう

法華経のファンタジー比喩で
本当に巨大な塔が出てきたら困るw

512 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/12(金) 07:45:03.47 ID:9cXVtx5U
>>508
>いまだかつて出現したのを誰も見た人がいないのは法華経がちゃんと説かれていないから?
それはどうでしょうかね。法華経では、福徳の薄い人は無量・百千万億の劫という長い時間を経過しても仏にすら会えない人がいる
と言う話ですから、仏にすら会えない人は法華経がちゃんと説かれている場にもめぐり会えておらず、宝塔を見る機会が無いのは
当たり前だと言うことも出来ますよ。

>>509
>それって浄土思想そのものじゃん。名前がちがうだけで。
浄土思想は阿弥陀信仰ですから、仏の名や浄土が異なれば浄土思想そのものとはいいませんよ。

類似性があると言うなら、阿弥陀信仰が釈迦信仰から派生したものであれば、類似性があっても不思議ではないでしょう。
日蓮の唱題行と法然の「南無阿弥陀仏」をひたすら唱える「専修念仏」も連呼する点では類似性がありますから、
類似性自体は初めからあることであり、「念仏に傾倒した」とは言えないでしょう。
所詮はおなじ仏教の枠内なのでしょうから、類似性自体は何かしらあっても不思議ではないでしょう。

513 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/12(金) 07:53:58.47 ID:k1GjwfOk
>>512
>法華経では、福徳の薄い人は(中略)宝塔を見る機会が無いのは当たり前だと言うことも出来ますよ。

つまり一同純円に福徳が薄いってことでw

>浄土思想は阿弥陀信仰ですから、仏の名や浄土が異なれば浄土思想そのものとはいいませんよ。

つまり名前が違えばパクリではないってことでw

514 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/12(金) 07:58:36.01 ID:9cXVtx5U
>>513
>つまり一同純円に福徳が薄いってことでw
末法の衆生の定義がそうですからね。

>つまり名前が違えばパクリではないってことでw
基準になるもの(仏や依経)が違えば異なる思想でしょう。

515 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/12(金) 08:14:02.76 ID:9cXVtx5U
>>508
>阿弥陀はどこにでも出張するという設定

仏であればどこにでも行けると設定されていても、仏国土が1人の仏が教化できる範囲のことを指すという設定も
ありますから、娑婆世界に来て阿弥陀仏が衆生を救うのかとと言えば、それはしないのでしょう。
娑婆世界に居ても阿弥陀仏が何かしてくれるなら「阿弥陀仏の極楽世界に行こう」と言う浄土思想も無いのですから、
阿弥陀仏は基本的に自分の極楽世界に居て、虚空会のようなイベントがあれば、そこに行くのでしょう。

516 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/12(金) 08:28:44.39 ID:k1GjwfOk
>>514
>末法の衆生の定義がそうですからね。

つまり末法以前は宝塔が出現しまくっていたってことでw

>基準になるもの(仏や依経)が違えば異なる思想でしょう。

つまり道具立てさえ違えば仕組みが同じでもパクリではないってことでw

517 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/12(金) 08:28:48.80 ID:eY+J7c2Z
地底人は信じて、仏は信じないのか
とんだ茶番だ。
韮澤さんもビックリ(○_○)!!

518 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/12(金) 08:32:24.76 ID:k1GjwfOk
>>515
>阿弥陀仏は基本的に自分の極楽世界に居て、虚空会のようなイベントがあれば、そこに行くのでしょう。

つまり日蓮教的には阿弥陀仏は出張コンパニオン扱いで、日蓮と信者は死んでからお相伴にあずかるってことでw

519 :大乗非仏説:2014/09/12(金) 08:45:37.58 ID:gqpneFJY
>>515
横レスです。

>仏であればどこにでも行けると設定されていても、仏国土が1人の仏が教化できる範囲のことを指すという設定も
>ありますから、娑婆世界に来て阿弥陀仏が衆生を救うのかとと言えば、それはしないのでしょう。

平安時代には阿弥陀仏の来迎図が盛んにつくられていますね。臨終の際には
阿弥陀仏の手からのばした七色の糸を握って、阿弥陀浄土へ生まれることを
願ったといいます。

「娑婆世界に来て阿弥陀仏が衆生を救うのかとと言えば、それはしないのでしょう。」
とは一概にはいえないと思うのですが…

520 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/12(金) 08:46:19.68 ID:v9/UOukK
>>492
>最初の娑婆世界を仏国土に変ずるという立場から
>霊山浄土に往生して釈尊に見える、という立場に
>なってる

日蓮聖人は最晩年にも立正安国論を弟子らに講義している。
念仏=他力本願、厭世思想こそは堕地獄の因と斬る書であれば、
それに傾倒したと見るのはいかに?

出世の本懐たる人法一箇のご本尊を顕した日蓮聖人には、当然、娑婆への未練は少なかったろう。
しかしそれを以て厭世的であり、だから念仏的などとは、笑止千万だな。
そこまでして日蓮排撃に暗い情熱を燃やす姿こそ、頭破作七分、悪鬼入其身たるゆえんではないか。

その怖いもの知らずな性格が破滅を招くんだ。
警告を無視して危険な水辺で遊ぶ子供が、案の定、溺れ死んだところで、自業自得だと思われるだろう。
無邪気さを装ったところで、何の意味がある?
さんざん忠告してやったのに、おまえらはまったく聞く耳を持たない。
それどころか、ますます挑発的な態度に出て来る始末だ。
唾のかわりにウンチクを吐けば、小石のかわりに言葉を投げつければ、
「誠実な議論」として許されると思うその幼稚さには呆れる。
顔も名前も出さずに誠実も何もないもんだが、
それを頑として認めないまま、“ひゃっきまる”は反論を投げ出した。
“三障四魔”も「ひかりもの」の一件で醜態を曝しながら、なに食わぬ顔で復活だ。

そんな奴らばっかりだ、ネットは。

521 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/12(金) 09:25:23.96 ID:JE4F4c3N
>>512
>浄土思想は阿弥陀信仰ですから、仏の名や浄土が異なれば浄土思想そのものとはいいませんよ

阿しゅく仏信仰・薬師仏信仰も知らんアホには何を言うてもムダだのうwww

522 :スチールカン:2014/09/12(金) 09:29:44.94 ID:4aXoB08L
>>507さん
なるほど。ありがとうございました。
日蓮の行く処の霊山浄土には釈迦仏がいられるという設定だと思いますが、
そこに日蓮は何をしに行くつもりなのでしょうか?
はんとうに、素朴な疑問なのですが、どのように思いですか。
「日が昇れば月の灯りは不要」みたいな事を言ってようなので、ケンカになるのではと思いますが。

523 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/12(金) 09:46:28.47 ID:6lEGmI81
>>499 
>短文の>>448>>492と同様に日蓮が言う「霊山浄土」と念仏の
「極楽浄土」を混同して、浄土思想に傾いたと言っているだけで
しょう。
「霊山浄土」という言葉が、法華経にあるか調べましたが、ありま
せんでした。どうも日蓮系教団にのみ伝わっている言葉のようなの
で、日蓮の創作だと思われます。念仏を唱える浄土宗の「浄土」と
いう言葉は日蓮も使いたくなかったと思いますが、他に適する言葉
もなく、「極楽浄土」を真似して「霊山浄土」にするしかなかった
のではないでしょうか?。
「極楽」という言葉は、鳩摩羅什の創作だと言われています。
法華経の翻訳者、鳩摩羅什の国は小さな国で、唐に攻め込まれ
征服されたので、その攻撃で殺された人たちが、せめてあの世で
幸せに暮らして欲しい、という意味で「極楽」を創作したと思い
ます。
霊鷲山はインドに実在する山で、写真で見ると、だいたい標高1000m
くらいでしょうか。ごつごつした岩山の雰囲気ですね。鷲(ワシ)が
多く住むことから霊鷲山となったようです。
臨終に陥った人が、楽を極める「極楽」を想像して亡くなるか、ワシ
の住む岩山の「霊鷲山」をして亡くなるか、どちらが、心休まるでし
ょうか?。

524 :スチールカン:2014/09/12(金) 09:48:11.31 ID:4aXoB08L
>>504山椒島さん
>中国は中国の都合で日本よりも500年早く末法入り

そうだったんですか。ありがとうございます。
いまや創価の、いやSGIっていいますか、アメリカへの布教方法としては、まずは仏教を最初に教えていかねばならないことを言ってたような気がしましたね。
なんですかその〜、末法とか像法とか正法とかっていうものは、都合によっていくらでも変えられるようにも思います。

525 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/12(金) 09:49:47.12 ID:6lEGmI81
>>520
>日蓮聖人は最晩年にも立正安国論を弟子らに講義している。

これは、念仏排撃というよりも、日蓮の弟子たちに、未完成の
広宣流布を託した、とみるべきでしょう。そのころは、日本の
あらゆる宗派を敵とみなしていたからです。
その証拠に、遺言として、年少の弟子・平賀経一丸(日像)に
京都布教を託しています。その後、室町幕府ができると、日像
を中心として、関東の弟子も入れ代わり立ち代わり、京都布教
に赴き、時を経て、京都広宣流布が達成されたというまでにな
ります。
このように、日蓮仏法は政権に肉薄していく性格をもつので、
京都に重点が置かれ、関東の日蓮教団は次第に、さびれていく
ことになりました。

526 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/12(金) 10:01:35.61 ID:JE4F4c3N
>>523
>「霊山浄土」という言葉が、法華経にあるか調べましたが、ありま
>せんでした。どうも日蓮系教団にのみ伝わっている言葉のようなの
>で、日蓮の創作だと思われます。念仏を唱える浄土宗の「浄土」と
>いう言葉は日蓮も使いたくなかったと思いますが、他に適する言葉
>もなく、「極楽浄土」を真似して「霊山浄土」にするしかなかった
>のではないでしょうか?

あのな、「浄土」の原語は「vyUha 佛国土・浄土」だ。
ある如来の教化が及ぶ範囲である佛国土という意味しかなく、
他の大乗経典でも娑婆世界が釈迦如来の佛国土だとされている
(たとえばKarnA PundarIka SUtraで)。
もし日蓮が「使いたくなかった」のなら日蓮が不勉強の極み。

>「極楽」という言葉は、鳩摩羅什の創作だと言われています。
>法華経の翻訳者、鳩摩羅什の国は小さな国で、唐に攻め込まれ
>征服されたので、その攻撃で殺された人たちが、せめてあの世で
>幸せに暮らして欲しい、という意味で「極楽」を創作したと思い
>ます。

創作も何も「幸福にみちた SkhAvati」に「極楽」という訳語を当てただけだ。
「大楽」「安楽」という先行の訳語と同工異曲のものに過ぎない。

佛国土に往生して見佛し成佛への道を歩み授記を授かる、
というのが大乗における浄土往生思想の根本で、この中の
阿弥陀佛が主宰する西方浄土に往生しようという系統が
隆盛したのが、龍樹天親以来の浄土系の流れだ。もちろん
並行して阿しゅく佛の佛国土往生の系統も、
薬師佛佛国土往生思想の系統もそのまま残り続けた。
日本では源空が阿弥陀佛のそれを隆盛させたので、
浄土往生といえばモノ知らずには阿弥陀佛しか想起できなくなったというだけのこと。

527 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/12(金) 10:04:06.25 ID:JE4F4c3N
因みに「虚空会」の「虚空」は大地の中の中空のことなんで
日蓮が祈り暮らした霊山浄土への往生&見佛は地面の下のことなのだよw

528 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/12(金) 12:25:14.93 ID:6lEGmI81
霊鷲山とは、インドのベンガル州にある山で、実在の釈迦が、ここで説法を
しています。この霊鷲山になぜ、鳥類のワシが集まるかというと、その南の
シダ林が死体置き場だったためです。死肉を求めてワシが集まり、そのため
高い所が好きなワシが、近くの霊鷲山にも集まったのです。

529 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/12(金) 15:10:19.78 ID:9cXVtx5U
>>519
>平安時代には阿弥陀仏の来迎図が盛んにつくられていますね。臨終の際には
>阿弥陀仏の手からのばした七色の糸を握って、阿弥陀浄土へ生まれることを
>願ったといいます。

阿弥陀仏の来迎、阿弥陀浄土へ生まれることのどちらも浄土教の臨終時の「願い」ではないでしょうかね。
極楽世界の阿弥陀仏が娑婆世界の衆生を教化しないために、臨終後に阿弥陀仏に迎えに来てもらって、
阿弥陀浄土へ生まれると言う発想なら、やはり、阿弥陀仏は娑婆世界では何もしないと言う認識が
当時でも一般的なのではないでしょうかね。

530 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/12(金) 15:18:04.53 ID:9cXVtx5U
>>522
>そこに日蓮は何をしに行くつもりなのでしょうか?

それは日蓮の書の日蓮が「霊山浄土に行く」とした部分に書いてあるのではないでしょうかね。
>>446の「本尊抄送状」では、仏にあいさつに行くつもりと言うことでしょう。

531 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/12(金) 15:28:55.43 ID:+YXo4M4n
>>525

日蓮聖人の思想として、「仏法と申すは勝負を先とし」とのリアリズムの気鋭があり、
厭世観念、他力本願の念仏思想とは水と油なんだよ。
それを知ってか知らずか、晩年には念仏に傾倒していたと言う連中は何なのか?

念仏思想などを信じている人など今の日本には一人もいないだろう。
ここの連中だって、そんなものは歯牙にもかけていないかのように、触れようとさえしない。
だが、そういうものを国民の大半が、本心から信じていたのだから、どんな時代だったか想像してみたまえよ。
日本人のパーソナリティーが脆弱なのは、封建制度による思想的抑圧と、飢餓と天災による肉体的抑圧の結果であるとは、
誰もが感じていることだろう。
尊皇攘夷を掲げて血で血を洗った幕末の志士がもてはやされ、
日本人の魂の救済のために、精神的無血革命に身を投じた日蓮聖人がこき下ろされる。

532 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/12(金) 15:37:44.66 ID:9cXVtx5U
>>526
>浄土往生といえばモノ知らずには阿弥陀佛しか想起できなくなったというだけのこと。

浄土往生思想が仏教で一般的だと言う立場から言えば、日蓮が「霊山浄土」と言うのを「日蓮が念仏に傾倒した」と言う
根拠にはならなくなるでしょう。
「日蓮が念仏に傾倒した」と言うのも「モノ知らずには阿弥陀佛しか想起できていない」と言うことになるのでしょうから。

日蓮が単純に「死ねば仏に会えて仏に成れる」としていたら、阿弥陀信仰に限らない浄土往生思想と言えるでしょうが、
日蓮の解釈ではこの娑婆世界がもともと仏国土ですから、仏が見える見えないは衆生の心の問題としているのでしょう。
「十字御書」(60歳)の記述では「我等凡夫はまつげのちかきと虚空のとをきとは見候事なし」とあり、
凡夫の目では仏(の世界)も見えないと言うことでしょうから、「仏の目」、要は仏に成る、仏果を得ていなければ、
死んでも仏も仏の世界も見えたりはしないのでしょう。
もっとも、死んでからでしか、仏果を得ていたか、得ていないのか判明しない気もしますが。

533 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/12(金) 17:26:30.12 ID:RgQ4UeeS
密教だと密厳浄土って言うね

霊山浄土を言い出したのは誰か知らんけど
法華経を信仰していた者が、死後に往く世界として
日蓮は思い描いていたし、信徒にも言い聞かせていたのでしょう

若い頃の日蓮は、即身成仏という硬い教義を説いていたのだが、
晩年になると、霊山浄土に往く思想、
つまり往生思想が頻繁に登場して来るわけです

日蓮の往生思想は、浄土教の往生思想とは、本質的に異なる部分もあるが、
死後の世界に安らぎを見出すという点で、
浄土教に接近して行ったという事は、言えると思います

法華経の信者が亡くなったら、迎えに来て云々という日蓮の文は、
創価の葬式でも、読まれる事があるのではないかと思います

534 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/12(金) 18:17:17.37 ID:9cXVtx5U
>>533
>晩年になると、霊山浄土に往く思想、
>つまり往生思想が頻繁に登場して来るわけです

日蓮の年齢とともに、信者の年齢も上がり、死んだ信者も多く出てきたため、頻度が高くなったのでははないでしょうかね。
死んだ信者に即身成仏云々というより、仏に成った後に行く場所として霊山浄土を提示しているのでしょう。

>法華経の信者が亡くなったら、迎えに来て云々という日蓮の文は、
>創価の葬式でも、読まれる事があるのではないかと思います

葬式で読まれるなら、亡くなった信者に対してのことでしょうね。

仏教全般の往生思想を調べる限り、浄土に往生する目的が仏に成ること。とあり、
即身成仏を説く日蓮の場合は、仏に成った後に行く場所が霊山浄土だと言う点に違いがあるのではないでしょうか?

535 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/12(金) 19:23:38.67 ID:88Smr20h
>>525

日蓮聖人の思想として、「仏法と申すは勝負を先とし」とのリアリズムの気鋭があり、
厭世観念、他力本願の念仏思想とは水と油なんだよ。
それを知ってか知らずか、晩年には念仏に傾倒していたと言う連中は何なのか?

念仏思想などを信じている人など今の日本には一人もいないだろう。
ここの連中だって、そんなものは歯牙にもかけていないかのように、触れようとさえしない。
だが、そういうものを国民の大半が、本心から信じていたのだから、どんな時代だったか想像してみたまえよ。
日本人のパーソナリティーが脆弱なのは、封建制度による思想的抑圧と、飢餓と天災による肉体的抑圧の結果であるとは、
誰もが感じていることだろう。
尊皇攘夷を掲げて血で血を洗った幕末の志士がもてはやされ、
日本人の魂の救済のために、精神的無血革命に身を投じた日蓮聖人がこき下ろされる。

536 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/12(金) 19:35:16.17 ID:k1GjwfOk
>>522
>そこに日蓮は何をしに行くつもりなのでしょうか?

それは当然「去年の暦」と謗った件で一言侘びを入れに行くのでは?

537 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/12(金) 19:48:41.75 ID:k1GjwfOk
>>520>>525
君の場合、知りもしない仏法談義より、脳内彼女や脳内奥さんについての記憶保持動作に全力を傾注したほうがよくねw
ところで竜の口の「光りもの」の証拠マダー??みんな去年から待っているんだけどw

538 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/12(金) 20:05:56.76 ID:k1GjwfOk
>>530
>446の「本尊抄送状」では、仏にあいさつに行くつもりと言うことでしょう。

どんな挨拶?「お前はすでに死んでいる」ってかw

539 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/12(金) 20:13:49.33 ID:k1GjwfOk
>>532
>もっとも、死んでからでしか、仏果を得ていたか、得ていないのか判明しない気もしますが。

それで即身成仏を売りにしちゃ詐欺でしょw

>>534
>即身成仏を説く日蓮の場合は、仏に成った後に行く場所が霊山浄土だと言う点に違いがあるのではないでしょうか?

つまりインドの霊鷲山は日蓮信者にとっての靖国神社みたいなもんってことでw

540 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/12(金) 20:36:50.83 ID:hyKr3eP4
天台の四土を知らずして
【天台シャモン】
とか無いわ(^0_0^)

541 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/12(金) 20:43:06.62 ID:hyKr3eP4
革命的なのは源空さん
テロリストは日蓮さん

日蓮の主張(提出したかは疑問視するが)
を鎌倉殿が容れたら大虐殺だったね
殺人教唆未遂ですんだのは幕府のお陰だね

542 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/12(金) 20:49:20.21 ID:eY+J7c2Z
テロリストで思い出したが戦前テロッた一味、及び主戦派に
日蓮かぶれが相当数いただろ

それに比べて日本人でノーベル賞を受けたのは浄土系或、
キリスト者しかおらんのだよ

なにが厭世的だか、笑うでしかし(笑)

543 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/12(金) 20:53:41.88 ID:hyKr3eP4
そー言えば、宮沢賢治が愛読していた
和訳のホッケ経も訳したのは
浄土真宗のお坊さんだったね〜(^^)

544 :スチールカン:2014/09/12(金) 20:55:10.73 ID:4aXoB08L
>>530さん
「挨拶」・・・多分そうでしょうね。

法華経物語の中では、「死んでから霊山浄土に来れるのだ!」との釈迦が説いていないと思ったのですが、
そこのところ、日蓮は勝手に想像したことになるでしょうかね?
寧ろ、法華経薬王菩薩本事品にて釈迦は、
 『宿王華、若し人あって是の薬王菩薩本事品を聞かん者は、亦無量無辺の功徳を得ん。
  若し女人にあって、是の薬王菩薩本事品を聞いて能く受持せん者は、是の女身を尽く
  して後に復受けじ。若し如来の滅後後の五百歳の中に、若し女人あって是の経典を聞
  いて説の如く修行せば、此に於て命終して、即ち安楽世界の阿弥陀仏の大菩薩衆の圍繞せ
  る住処に往いて、蓮華の中の宝座の上に生ぜん。』
と、阿弥陀仏の処に行けると安楽浄土説いていますね。
でも日蓮の場合は、「法華経はせんなし」と誹謗していまして、これも捨閉擱抛にも似た持ち主
ではないかと思われるのですが、どうでしょうか?
不軽菩薩は二十四文字の法華経、日蓮は七文字の法華経。
でも、釈迦がいう功徳は「散文、偈文を聞いて説いて、なんぼ」だったと思うのですが。

でも、挨拶に行くつもりの日蓮の心境は、念仏思想の「死んでから、そこに行ける!」と同じではないかと思います。
信者でない者から見れば、あの現世利益、即身成仏の教義とは違うような気もするのですが、どうでしょうか?

>>536さん
そんな素直な日蓮になら、釈迦も頭を撫でてくれるかもね。
>>538さん
お互い様じゃんww

想像すると笑えるし。

545 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/12(金) 21:08:45.34 ID:Gcs2eUW4
伸びない駄スレが林立する中で、「ここはまともなんかな〜」っとクリック
したら、たこの揚げ足取りみたいになってますね。
法華経の文上や御書の上っ面だけをどうこうと評価するより、大聖人の真意
を汲み取って行動に反映できないと、何の為の題目か分からなくなるよ。
宗教板にもいるんだよね、「聖書バカ」が。で、ちょっとサグリを入れると
ひねくれて逃げよる。これじゃ、イエスが十字架にかかった意味がなくなる。

「仏教研究者」ではなく「仏法者」
「聖書研究者」ではなく「キリスト者」

になるべきだな。

哲学にも「哲学研究者は多いが哲学者は少ない」みたいな言葉があるそうだ。

546 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2014/09/12(金) 22:11:27.34 ID:EgMcCJfP
>>524 スチールカン さん
表向きの言い分はそうでしたが、実態は、彼らが「葬式仏教」と罵っていた伝統仏教色を前面に
押し出さないとやっていけなかったということですね。NSAの呼称の変遷もその表れのひとつです。

あと、挨拶なんかじゃないですよ(笑

直接的に馴染みのある文言でいうなら、「一心欲見仏」。「教主釈尊にひと目でも相まみえる為に、
仏説に違うことなく異体同心で法華信仰を受持していきましょう」というのが、該当部の文意です。

「詮なし」については(それが真撰だとして)、たとえば「高橋入道殿御返事」を読まれると良いですよ。
「経は法華経 顕密第一の大法なり」(弘安3年)です。これが生涯変わらない基本姿勢です。

何とかの血脈が立証されれば別かもしれませんけどね。

547 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2014/09/12(金) 22:14:32.73 ID:EgMcCJfP
>>546 付記
「経は法華経」は「新田殿御書」です。「高橋入道殿御返事」は建治元年の書です。
どちらも真蹟です。紛らわしい書き方になってしまいましたので、念のため。

548 :スチールカン:2014/09/12(金) 23:44:00.09 ID:4aXoB08L
>>546山椒島さん
『医師の習い病に随
 いて薬をさづくる事なれば我が滅後五百年が間は迦葉阿難等に小乗経の薬をもつて一切衆生にあたへよ、次の五
 百年が間は文殊師利菩薩弥勒菩薩竜樹菩薩天親菩薩に華厳経大日経般若経等の薬を一切衆生にさづけよ、我が滅
 後一千年すぎて像法の時には薬王菩薩観世音菩薩等法華経の題目を除いて余の法門の薬を一切衆生にさづけよ、
 末法に入りなば迦葉阿難等文殊弥勒菩薩等薬王観音等のゆづられしところの小乗経大乗経並びに法華経は文字は
 ありとも衆生の病の薬とはなるべからず、所謂病は重し薬はあさし、其の時上行菩薩出現して妙法蓮華経の五字
 を一閻浮提の一切衆生にさづくべし』・・・高橋入道殿御返事

「薬の成分は同じではあるけど、末法では病は重いから効き目が無い」って言っているのですね。有難うございます。
そうしますと、「病の原因」とは爾前経を信じた事で患ったわけではないのですね。

我が滅後五百年が間・・・・小乗経の薬
次の五百年が間  ・・・・華厳経大日経般若経等の薬
我が滅後一千年すぎ・・・・法華経の題目を除いて余の法門の薬
末法に入りなば  ・・・・妙法蓮華経の五字

そうすれば、何故に病がだんだんと重くなったのでしょうね?
仏教以外の宗教を信じたことで、先ずは小乗経の薬。それ以降に悪化する病の原因が分からないのですが、はて?
私・・・・病気なのかなぁ〜。
法華経自体なければ病気にならなかったのではないかとも思いますが。・・・なんか心配になって気がしました。
冗談ぬきで。

549 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2014/09/13(土) 01:04:05.55 ID:EDg8S0yU
>>548 スチールカン さん
まず久遠下種を前提に置いて下さい。上の方で書いた通り、仏は当初から延々と法を問いてきました。
これは在世中も同じです。ただし、滅後の布教は上行らに託した、というのが天台〜日蓮らの理解です。

入滅によって一旦ストップしますが、しばらくはそれまでの下種によって余経でも得道出来ます(教外得道)。
一方で、その代わりと言いますか入れ替わりと言いますか、下種を受けていない衆生が徐々に増えてきます。
末法はそういう者達(本未有善)がほとんどでで、病が重くなると表現したり、幼稚だの愚痴だの無智だのと
ボロカスな例えで説明しています。下種の者達もわずかに残っていますが、忘れてしまっているのだそうです。

そういった機根の劣る者達に、一部や八品や一品二半をいきなり説いても分からず信じず誹謗もする、と。
でも釈尊は全部まるっとお見通しで、上行らに法華経末法仕様の圧縮ver=五字を託し済みですよ、と。
ですから、弘教=下種は題目に限るが、法華経を捨てよとか一品二半は無益とは決して言わないわけです。

こういったことが、観心本尊抄にも、「詮なし」の上野殿御返事、その他の文書にもクドいほど書かれていますし、
日蓮や門下達もその通りに行動しています(>>327)から、少なくとも文上では上記のような理解になります。

550 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/13(土) 01:22:38.31 ID:AkMZPICK
>>544
>そこのところ、日蓮は勝手に想像したことになるでしょうかね?

釈迦が説いていないなら、日蓮の勝手に想像はあるのでしょう。
しかし、常住の地が霊山浄土なら、役目を終えた人が霊山浄土で自身を知覚するとしたら仏がその場には居るのでしょう。

>でも日蓮の場合は、「法華経はせんなし」と誹謗していまして、これも捨閉擱抛にも似た持ち主
>ではないかと思われるのですが、どうでしょうか?

捨閉擱抛も勝劣論だと言うだけでしょうかね。
日蓮の主張としては、晩年でも、仏に成って霊山浄土に行くと言う思考で、念仏の仏に会うために極楽浄土に行って仏に成る
というのとでは、目的と手段との差異があるでしょう。

>でも、挨拶に行くつもりの日蓮の心境は、念仏思想の「死んでから、そこに行ける!」と同じではないかと思います。

それはどでしょう。「千日尼御前御返事」では「我等は穢土に候へども心は霊山に住べし、御面を見てはなにかせん心こそ大切に候へ、
いつかいつか釈迦仏のをはします霊山会上にまひりあひ候はん」と言っていますから、
我等の心は霊山に住んでいると言う解釈があり、「死んでから、そこに行ける!」と言う解釈とは異なるでしょう。

551 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/13(土) 04:26:37.56 ID:17s1iSTI
>>548
病がだんだん重くなるのに薬の量がどんどん減って最後はラベルだけというのも変な気がしますよね。
>>549
なるほど。日蓮的にはそういう説明なのですね。
でも見方によっては、生徒だけでなく、時代とともに教える側のレベルがどんどん低下しているとも言えるかもしれません。
いわば授業もできないダメ教師と授業を聞いてもわからないダメ生徒だらけになるのが末法ということなんでしょうか?
そこで教科書の題名だけ唱えて済ますという。

552 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/13(土) 04:41:11.80 ID:17s1iSTI
>>551
>日蓮の主張としては、晩年でも、仏に成って霊山浄土に行くと言う思考で
>我等の心は霊山に住んでいると言う解釈があり、「死んでから、そこに行ける!」と言う解釈とは異なるでしょう。

どっちですか?結局、行くのですか?
それとも行った気になって実は行かないのですか?

553 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/13(土) 05:27:01.04 ID:vR3apMfE
>>552 アンカーが違っている>>550宛ですよね
それはともかく >>550 では日蓮が指す処の霊山浄土というのは
どんな環境なのか? 具体的に述べ、それを証明していただけないでしょうか

あなたは その点の説明がなされておりません。

事実、日蓮系の信者の実態(創価系統にしても日蓮正宗の系統にしても)をみれば
創価は北朝鮮と変わらないような偽装的な霊山浄土で、あれが日蓮の求めるところの霊山浄土なのか?
別の疑問がわきますけれどね 

554 :スチールカン:2014/09/13(土) 06:37:56.54 ID:WVCd/WD5
>>549山椒島さん
>>550さん
>>551さん

だんだんと分かるようになってきました。有難うございます。
あともうすこし御聞きしたいことがあるのですが、今夜にでもまたレスしますね。
今は詳しく書ける時間がないので、簡単に一つだけご教授お願いします。
上レスでも書いたのですが、日蓮の行う「毒鼓の縁」とはどのようなことだったのでしょうか?

555 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/13(土) 06:58:07.92 ID:Ictz7Lei
>>554 災い転じて福となす。 とか 偽悪論とか
あとは・・・ 犠牲の上に成り立つ安全対策とか 
そんなニュアンスが連想されますが そんな連想すらできない
教科書の範囲から脱却ができない堅物の日蓮系の人(特に正宗と創価の人)に
そんな話をすると テキトーだとか決めつけちゃう人がいるんだよね〜


例⇒http://6027.teacup.com/situation/bbs/9631

556 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/13(土) 08:19:47.83 ID:/L3K7QXh
>>491
この御書は、べつに馬に優しくしてるわけじゃなくて、

お気に入りの愛馬が盗まれると困るから、
波木井どのの家来を一人世話係につけたいけれど、
いちおうご報告しときますね。

って波木井に念を押してんだよ。

俗物坊主の独占欲が全開になってるだけで、
愛人にマンション当てがうのと同じ感覚でしょ。

日蓮洗脳から一歩も抜け出すことができない
信者さんたちが、みんな一様に持ち出す話で、
高僧さま学者さん解釈の受け売りみたいだけど、

それ以外の人情話はないんかい? と思うわ。

動物にやさしい言葉をかけるのがスゴいなら、
現代のペット愛好家は全員が仏で聖人さまなんですか?

らい病患者の施療院だけでなく、日本初の動物病院まで
作ってしまった極楽寺良観は、どー位置付けすんのよ?

ねー・・。

557 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/13(土) 08:39:17.71 ID:/L3K7QXh
観心本尊抄の、如来滅度後五五百歳は、
薬王菩薩品の、我滅度後後五百歳中(広宣流布)を
日蓮さまが改ざんしてんだよね。

(薬王品) 後後五 → (観心本尊抄) 後五五

ホントよーやるわ、と思って感心はするんだけど、
みんなこのびみょーな違いはわかるかな?

大集経五番目の五百年代こそが、広宣流布の期間の
後五百歳中である、と主張してる御書があって、

↑三文字のまん中の「後」 → 「五」

ここがポイント。つまり周書異記の前945年をお釈迦様没年として、
なぜか二千年間スルーして、二千一年目から始まる
大集経の五番目の五百年間こそが、薬王品にある広宣流布の
「後五百歳中」と同じものなんだそーな。

法華経の広宣流布と、大集経の五番目の五百年代を
結び付ける文献の根拠はなくて、そもそも文字を改ざんしてるから、
まるっきり関係ない話ですよ。

ただ日蓮さまのいる鎌倉時代に、広宣流布の五百年期間を
強引に揃えたかっただけの数字合わせのトリックだよねー。

558 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/13(土) 08:50:44.65 ID:/L3K7QXh
>>548
ただの思い付きでしょ。日蓮教は御書が文献の根拠と
かん違いしてる人ばっかだけど、その五つの五百年代の
パターンを利用すんなら、末法には題目じゃなくて、
護国経典の大集経拝まないかんだろ、そして蒙古調伏なら、
薬師瑠璃光如来をこころに念じるのですよ・・。

>>549
通りすがりだけど、これちょっとへんじゃないですか?
最初「栓なし」を否定したのは、真筆じゃないから、
っていう理由なのに、

なんで倫師解釈とか諸派の教義内容とか持ち出さないかんの?
さんしょさんの初めの主張なら、真筆の引用だけで
議論しないと・・。

559 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/13(土) 08:52:46.57 ID:17s1iSTI
>>556
たしかに原文をふつうに読めば馬を哀れんでいるようには読めない。
むしろ病身の日蓮を気遣って馬を供与した相手に、馬に乗ってこなかったということを弁明しているように思われる。
思うに、日蓮は経済的に困窮していて、実は旅費の工面に馬を質に入れていたのではなかったのかな。
>>557
興味深い指摘ですね。

560 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2014/09/13(土) 09:36:50.23 ID:EDg8S0yU
>>551 さん
どうなのでしょうね。
日蓮は、「題目を唱え固く受持し続けることが、法華経全品を読むのにも匹敵する」と説きました。
ただの題名ではなく、仏の智慧、悟り、因行その他一切が、その中に込められているのだそうです。

なのに800年経っても、他宗どころか同門内で分派と内ゲバを続けているようでは、ダメ出しされても
文句は言えないですよね。自分達の言動で、宗祖の主張を真っ向否定しているようなものですから。

>>554 スチールカン さん
末法ではせめて下種だけでもしておかないと、後々取り返しのつかないことになる、ということかと。

>>558 さん
はい。>>308でも書いた通り、該書の疑義は一旦措いて、日蓮真撰だと考えた場合の一例です。
どこの派が正しいではなく、確実な文書との辻褄を合わせるなら、例えばこういうことになりますよ、と。
平易な表現に砕いて書いてはいますが、一応内容は本尊抄などの真蹟重書に拠っています。

561 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/13(土) 10:53:12.45 ID:E+cGzMCT
>>548

こう考えたらどうだろう?

我が滅後五百年が間・・・・白黒テレビ
次の五百年が間  ・・・・カラーテレビ
我が滅後一千年すぎ・・・・ハイビジョンテレビ
末法に入りなば  ・・・・肉眼

4kだの8kだのといっても、しょせんはテレビ。
自分の眼が直接とらえた映像こそは最もクリアでピュアなものだろう。
つまり、いくらお釈迦様の説いた仏典がすばらしいといっても、
しょせんは他人の言葉。自分の経験から学んだ真理に勝るものではない。

スーパーコンピュータの「京」に何十年と計算させても、下らない恋愛小説の一冊も書けやしないだろうよ。
南無妙法蓮華経の五字七字が八万法蔵に優るというのも、
売れない小説家がスーパーコンピュータに優るというのと同じなんじゃないか。

文証理証も現証に過ぎたるはなし、余経も法華経も詮なし、このご本尊〜我らが胸中の肉団におはしますなり、
なんとなく話がつながりそうじゃないかい?
ごめんな、単純で(*´∀`)

562 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/13(土) 11:21:19.81 ID:KFFSVW63
>>427
カメレスだが、責任上答えておく。
(時間が取れなくなったので)
> 「彼の二十四字とこの五字とその語ことなりといえどもその意これ同じ」ではないのですか?
元意が同じでも、宗教の五綱に合わなければ、かえって害になる。
今この娑婆世界の日本で人々に二十四文字の法華経をただ説いて回って、功徳が出ると思うかな?
二十四文字の法華経は威音王仏の像法時代に合った法華経だったからこそ、不軽菩薩は成仏できたんだよ。(・・・という考え方が示されている。)

> 「寿量品の一品二半は始より終に至るまで正く滅後衆生の為なり滅後の中には末法今時の日蓮等が為なり」
前述の通り、天台の一品二半と大聖人の一品二半は、若干範囲が違う。
「答う、「一品二半」をまた「寿量品」と名づくるなり。若しこの義を知らんと欲せば、先ず須く正宗一品二半の名同義異を了すべし。謂く、一品二半の名は同じと雖も、而もその義に於て多くの不同あり。
一には配立の不同。初めに天台の配立は、涌出品の略開近顕遠及び動執生疑の半品、寿量品、分別功徳品の半品、これを一品二半と為すなり。
次に蓮祖の配立は、前の涌出品の略開近顕遠の三十余行の一段の経文を除いて、但動執生疑の半品、寿量品、分別功徳品の半品を取って、これを一品二半と名づくるなり。」観心本尊抄文段下
(根拠は後の方に記載されているので、省略)

> あなたは基本をはずして文上と文底とを混同されていませんか。
あなたが文底読みを否定するような立場をとっているから、文底から説明しても無駄だと思い、文上からの説明を試みただけだ。

>>413
>  『又文殊師利、如来の滅後に末法の中に於て是の経を説かんと欲せば、
もし文殊がこの経を末法に説きたいと思うならという仮定の話であり、役に立つとか末法に説けとは述べていない。
また、安楽行品は迹門である。
法華経全体の文意を無視して部分を切り離して単体で解釈すると、法華経の本意を見失うぞ。

563 :287=412=562:2014/09/13(土) 11:25:25.09 ID:KFFSVW63
>>431他。
>>405>>287(=>>412) は別人。
俺は、>>412以降は>>562までレスを一切していない。

564 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/13(土) 11:58:38.88 ID:ZS141MDZ
どうでもいいよ

565 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/13(土) 12:09:13.69 ID:umYCRTgT
>>562
>元意が同じでも、宗教の五綱に合わなければ、かえって害になる。

宗教の五綱は、中国・天台宗の五時八教が基本になっている。現代仏教学
では、五時八教は否定されており、宗教の五綱も同様である。
中国天台宗は、法華経が大好きな人たちが、天台山に登って始めたものだ。
したがって、最上位に法華経をすえたのは当たり前。そのうえで、各経典
の順番を付けていった。法華経を頂点として、だんだん下へ順番を付けて
いった。実際の法華経は、釈迦が説いたのではなく、釈迦滅後500年経って
から創作された。しかも、最後に創作されたわけではなく、まず南インド
で西暦1世紀に般若経が創られ、次に北西インドで法華経が創られた。

>また、安楽行品は迹門である。
摩羅什訳『妙法蓮華経』は28品の章節で構成されている。現在、日本で広く
用いられている智(天台大師)の教説によると、前半14品を迹門(しゃく
もん)、後半14品を本門(ほんもん)と分科する。
このように、本門・迹門の区別は、天台智の教説に従っているだけだ。
当時の中国では、法華経の人気は低かった。そこで中国天台宗は、法華経を
高度で難解な経典に思わせるため、理屈をこねまわしただけである。

法華経を素直な気持ちで読めば、本門も迹門もないことがわかる。
特に、安楽行品は、法華経の教団が難に遭わないよう、懇切丁寧に例を挙げ
て教えている。政治に近付かないこと・他の宗教の悪口を言わないことなど。
法華経の教団が難に遭えば、法華経自体が忘れ去られることになる。これは、
紀元1世紀から2世紀にかけて法華経を創った作者としては、最も恐れていた。
法華経の作者たちは、未来永劫にわたって、法華経が残ることを願っていた。

566 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2014/09/13(土) 12:59:22.47 ID:EDg8S0yU
>>562 さん
ええ、ですから、その文段に説かれる種脱相対にせよ、観心本尊抄などの読みにせよ、寛師の記述通りに
「当家所立」の義であるのでしょう?他にも「当宗秘伝」、「唯授一人」等、色々言っているじゃないですか。

 「他門には相伝が無いから、御書の文底に秘められた大聖人の深義が読めない」
 「歴代の猊下が代々受け継がれてきた御内証に信服随従してこそ正しく読める」

創価学会も、「学会だけが正法実践の和合僧団であり、学会活動こそが唯一の仏道修行である!」ですから、
該当する各教団以外の者が読めるはずがないんですよ。言わば、みな文段の「問者」と同じように読むわけです。
久遠元初自受用身の下種仏法を明らかにする為、寛師が「秘伝」を以ってそれらを「破折」したのが文段でしょう。
私のような者でも、経験上、あなたが「明らか」と言うのは分かりますよ。でもそれは、既に「文上」ではないんです。

> 二十四文字の法華経をただ説いて回って、功徳が出ると思うかな?

現在のような蔑視・罵倒・嘲笑・恫喝合戦よりはあるんじゃないですかね。あなたもそうだとは言いませんけれども。

567 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/13(土) 15:20:58.35 ID:KFFSVW63
>>566
観心本尊抄の文段には、その理由としてまず御書が挙げられているから、当家(富士派)だけの特別な法門とは言えないだろう。
「答う、天台の配立は常の如く知るべし。
蓮祖の配立は取要抄に云く
「本門に於て二の心有り一には涌出品の略開近顕遠は前四味並に迹門の諸衆をして脱せしめんが為なり、
二には涌出品の動執生疑より一半並びに寿量品・分別功徳品の半品已上一品二半を広開近顕遠と名く一向に滅後の為なり乃至問うて日く誰人の為に広開近顕遠の寿量品を演説するや、答えて日く乃至末法今時の日蓮等が為なり」。観心本尊抄文段下
法華取要抄(真筆:中山法華経寺)には、確かにこのような記載がある。
(他の記述については省略)

>現在のような蔑視・罵倒・嘲笑・恫喝合戦よりはあるんじゃないですかね。
(恫喝は知らんが)
「涅槃経に云く
「若し善比丘あつて法を壊る者を見て置いて呵責し駈遣し挙処せざれば当に知るべし是の人は仏法の中の怨なり
若し能く駈遣し呵責し挙処せば是れ我が弟子真の声聞なり」災難対治抄(真筆:中山法華経寺)他多数
「当に知るべし瞋恚は善悪に通ずる者なり」諌暁八幡抄(真筆:富士大石寺)

暇がないのでこれで止めておく。

>>565
涌出品すらまともに読めないのか?
冒頭近くに、「止善男子。不須汝等。護持此経。」とあるのがわからんか?

568 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2014/09/13(土) 19:48:21.33 ID:EDg8S0yU
>>567 さん
同じことですよ。>>566にも書いた通り、それぞれが「御書」を口伝で読み替えるわけですから。
普通では読めないからこそ、寛師も「応に知るべし」「故に知んぬ」と連呼しているわけです。

涅槃経もね。片方もしくは双方が善比丘なら、そもそもそういった中傷合戦は起きないでしょうし。
呵責などの言葉が、どうして口汚く罵る意味になるのか分かりかねますよ。実際、そう指導している
教団の指導者達も、対外的・公的な場になると口を慎んだり言葉を選んだりしていますしね。

諌暁と弘教も違いますよね。本尊抄には「瞋は地獄」、不軽品に説かれるのは「不生瞋恚」ですし。
いや同じだと押し通すならそれでも良いですが、そうして繰り返してきた結果が、今の現状ですよね。

猶多怨嫉、悪口罵詈。柔和忍辱の衣どころか、ニラニンニク食べてゴルァ!!って感じですものね。

569 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/13(土) 20:13:55.29 ID:jkZMEFjd
経典成立の順序だと、華厳経は法華経の後ろに持ってこないとおかしい。五時八教では最初に持っていっている。

570 :大乗非仏説:2014/09/13(土) 20:38:49.65 ID:YFS6Jm9P
釈尊の涅槃前後のことについては阿含部の『遊行経』や「『大般涅槃経』(大乗ではありません)に
詳しいんです。仏陀の最後の旅の様子、臨終から遺骨の分配までのことを詳しくかいています。

天台大師智にしても日蓮上人にしても、これらの経典をまともに読んでいれば、五時八教など
を唱えられないと思うのですが。

571 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/13(土) 21:17:06.85 ID:ZS141MDZ
阿含を読めば、大乗の異質性には
素人でも気づくと思うのだが・

阿含が釈迦の思想だとすれば
大乗は、どちらかと言えば外道だろうと
普通はそう感じると思うのだが

ところが、天台も日蓮も
そう感じなかった所に
マインドコントロールの怖さがある

572 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/13(土) 23:17:15.06 ID:msMcHilP
>>567
>冒頭近くに、「止善男子。不須汝等。護持此経。」とあるのがわからんか?

それがどうして565氏が湧出品が読めないという判断になるのだろうか。
私には565は一部を除いて概ねもっともな内容と思える。

573 :スチールカン:2014/09/14(日) 00:27:40.15 ID:zSv49i8T
どんな病も治せる薬が法華経だったと思ってましたが、その薬を謗れば阿寒地獄に堕ちるほど病気にもなるっていうのも変じゃないですかね。
たとえば、「この薬を飲まなければ今の病気は治らない」っていえば分かるのですが、薬の効能書を謗って、なんで仏から罰をくらわされるのでしょう。
そんな薬剤師でしたら近寄りたくないですよね。

種か脱か?
なんか、これって卵が先か鶏が先かってことを言っているようで、それを純円っていって答えなんか出せないでいるだけの仏法者のような気がします。
“下種”とかっていっても、例えばその蓮華の種はやっぱり蓮華から採集するわけであろうから、「法華経物語が最初にあっての種」なのではなかろうかと思うのですが。
題目とか二十四字の法華経とかって言っても、本文や詩句を聞いて読んで書写して開花ができるものかと思いますし、法華経の内容もこのようなことかと。
「汝等この薬を留めておく!」ってこの釈迦の言葉も、いわば下種みたいなものですよね。薬か種かの違いだけで。

「南無妙法蓮華経」とこれだけでは内容はわからない。
「寅さん」・・・・とこれだけでも、なんの事かわからない。(若い人達)

わからないけど「面白いよ。」って聞かされれば、なんとなく見てみたいようになりますよね。
そんでもって、寅さんという人物が分かるのだと思いますし、法華経の題目だって内容を読んでの妙法蓮華経が心得るのだと思いますが、日蓮は違うのでしょうか?
「乳の味などわからんでも子は育つ」・「揉んだことが無くても揉みたくなる乳」でしたっけか、その子が大人になれば乳の醍醐味は男の本能によって変わるのであって、下種したくなるのが実相かと。
性欲のない日蓮ならしかたがないでありましょうが、今の坊主さん達ならわかってもらえるかと思います。
そうだ、男は種、女は脱ぐ。(あれっ、だんだん不真面目になってきたなぁ〜俺)

っていいますか難しいですね、日蓮と法華経のお釈迦話。

私見で申し訳ございませんでした。ちょっと疲れぎみでして一旦休憩します。

574 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/14(日) 08:11:16.26 ID:+3OTUTr3
>>557
この観心本尊抄のタイトル「如来滅度後五五百歳始」は、
一見すると正像末と、五番目の五百年代は、末法計算を
重複してやってるように思ってたんだけど、

薬王品の我滅度後後五百歳中、の記述の二つ並んだ「後後」のうち
二番目の「後」の字は、大集経にある五番目の五百年を意味する。

と主張する御書があって、日蓮さまも無理とわかってるらしく、
いや、きっとそうに違いない、私はそう信じる。みたいに
自分で同意して自分でダメ押ししてんのよ。

そこで前945年の釈迦没年から計算すれば、
西暦1056年から、西暦1555年までが広宣流布の期間となって、
日蓮さまの主張まとめは、

1. 13世紀鎌倉は、広宣流布のキャンペーン期間中である。

2. 末法始めの五百年間が、広宣流布の期間である。

そうすると、戸田会長の広布基金、大石寺の末法万年が広宣流布、
という説明は、両方とも誤解してて集金名目を間違えてる。

これ、領収書残ってる人は、あきらかに名目違いの請求なんで、
大石寺と信濃町に電話して、返金を要求してみたらどうでしょ?
裁判以前にあっさり返してくれるかもしらん。

感じとしては、赤福が賞味期限を偽装した問題にチカいかな・・。

575 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/14(日) 08:32:30.10 ID:+3OTUTr3
>>562
天台には一品二半はないみたいよ、大蔵経DBで検索ヒットしたのは
觀心本尊抄、法華取要抄、御義口傳、の三つの御書のみだから、
日蓮さまオリジナルでしょ。

それと安楽行品の否定はムジュン過ぎ、法華経にある末法の記述は
二か所のみで、末法は菩薩の四つの行いをやれってお釈迦さまが
言ってんだから、言われたとおりにやればいいじゃん。

なんでそうゴネて拒否すんのかね?

もう一箇所の分別功徳品の末法記述も、終わりの方だから、
一品二半からはずれてて、ザンネンでしたね・・。

>>567
一品二半は日蓮さまのようなプロ向きの行法ってことか、
でもそれって小乗っぽくね? 本尊抄の後の方で一品二半以外は
小乗邪教のたぐい、って決めつけて罵倒してますけどね・・。

であるなら、一品二半でない涅槃経の引用は邪教ってこと?
またはその件には、ベツバラの言い訳が用意されてるとか・・。

涌出品の「止善男子。不須汝等。護持此経。」の部分は、
虚空会に参加した一般人が、私たちも布教しましょうか?
って申し出ると、お釈迦様が、億兆単位の無数の菩薩たちが
布教するからいいです。って言って断ってんだろ?

これ薬王品の広宣流布の記述と完全にムジュンするけど、
その場合は、本門序文である涌出品のほーが格上だから、
広宣流布は否定されんのか? なんかよーわからんね・・。

576 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/14(日) 09:58:45.73 ID:JD5c68Rf
>>572
涌出品は、本門の一番最初。

これ以前(迹門)に、釈尊はこの経の素晴らしさを讃嘆し、三乗に記別を与え、法師品・宝塔品・提婆品等でこの経を弘める事を勧める。
弟子たちはこれを受け、勧持品で、この経を釈尊滅後の悪世に弘めることを誓う。
しかし、釈尊は涌出品では<<その態度を一変>>させる。

涌出品の冒頭でも、たくさんの菩薩たちが釈尊滅後の弘教を誓うが、釈尊はそれを一切退ける。
●あなた方迹化の菩薩は、滅後においてこの経を護持する必要はない・・・と。
ここで地涌の菩薩が登場し、この事により、始成正覚(法華経迹門および法華経以外の経典での立場)が打ち破られ久遠実成が示される。(以下ry
法華経をまともに読むならば、涌出品およびそれ以降で上記の他にもさまざまな論旨の大変化が起きていることが理解できる。
だから、迹門/本門と区別する。(迹門<本門)

>>565には、こうある。
>法華経を素直な気持ちで読めば、本門も迹門もないことがわかる。
始成正覚/久遠実成の違いなど大したことがないと思っているようでは、法華経を読み解くことは不可能だろうといって差し支えない。

577 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/14(日) 10:58:20.28 ID:lkdaRqz4
>>576
>始成正覚/久遠実成の違いなど大したことがないと思っているようでは、法華経を読み解くことは不可能だろうといって差し支えない。

これ自体が単なる天台由来の支那仏教的思い込み。

578 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/14(日) 11:08:45.64 ID:NPHtOub9
>>576
>始成正覚/久遠実成の違いなど大したことがないと思っているようでは、
法華経を読み解くことは不可能だろうといって差し支えない。

別に、始成正覚/久遠実成が大したことがない、などとは言っていない。
久遠実成の釈迦は、仏教の尊厳化のうえで、重要な意味をもっている。
仏教が、歴史上の釈迦の説法から始まったというよりも、久遠実成の
釈迦によって、すでに説かれていた、という方が宗教の神秘性が高まる。

この久遠実成は、八万法蔵といわれる大量の仏教経典のなかで、法華経のな
かでしか書かれていない、非常に特殊な思想なのだ。そのために、伝統仏教
の僧たちから、かなりの批判を浴びたと考えられる。そこで勧持品に描かれ
ているように、刀杖瓦石で法華経の作者たちが迫害されたと思われる。
その辛い歴史が勧持品に秘められている、未来への予言のように書かれてい
るが、法華経の作者たちが、過去にタイムスリップし、釈迦から直接、説法
を聞いたと夢想した場合、法華経を書いている時点が、遠い「未来」になる
のだ。

キリスト教では、過去・現在・未来を超える神の存在があり、久遠実成の仏
によく似ている。紀元後まもなく、キリスト教がインドに進出してきており、
仏教徒がキリスト教に改宗するようになった。それを防ぐため、久遠実成の
仏を如来寿量品に書いた、という説もある。

法華経は紀元後50年から150年の間にインド北西部ガンダーラで書かれた、
というのが通説だ。このガンダーラはシルクロードの要衝にあり、東西文明
の交差点であった。そのため、キリスト教の流入も早かったと思われる。

579 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/14(日) 13:12:08.43 ID:pnjKbzRc
結局、お前等は飯食って糞してマスかいて寝てるだけか?

580 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/14(日) 13:58:40.83 ID:lkdaRqz4
>>579
>マスかいて

「マス」ってのは自己満足の極みナンミョーホーレンゲキョーのことだよね?
それならまさしく小臭及びその周辺カルトのみなさんのことですな。

581 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2014/09/15(月) 01:02:36.47 ID:Tz7q3bUv
>>573 さん
他の方達が書かれているように、梵本法華経でさえ、どの程度が仏説なのか分かりませんからね。
半分くらいかもしれませんし皆無かもしれません。この時点で既に日蓮の理解とは異なっています。
羅什の訳は、舌が焼け残るどころか引っこ抜かれてもおかしくないレベルですし、天台も同様です。

その日蓮にしても、没後すぐから門下の対立が起きて、現在はどれくらいでしょう。50派くらい?
約800年間、誰が書いたか分からない文書や、誰が言い出したか分からない伝承などをふんだんに
盛り込みながら、「俺の方が正しい」とか「こっちの方が上だ」みたいなことを延々と続けているわけです。

で、せっかく誰かが日本仕様にこじつけた末法も、広宣流布すべき「始めの500年」はとうに過ぎました。

後からなら何とでも言えます。昔から「法華骨なし(口先だけは達者だが中身は無い)」と言われますが、
どう言い訳しても現実は上記の通り。後出しジャンケンに付き合っても、拘泥する必要は無いと思います。

582 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/15(月) 05:24:25.31 ID:loNkNBbk
>>552-553
>どっちですか?結局、行くのですか?

霊山浄土に行くことになると言う書き方をしたのですから、行くでしょう。

>創価は北朝鮮と変わらないような偽装的な霊山浄土で、あれが日蓮の求めるところの霊山浄土なのか?

例えがおかしい気がしますね。私は創価や北朝鮮の話はしていませんよ。
あなたが日蓮が言う霊山浄土を「偽装的な霊山浄土」と評価しているなら、偽装的でしょう。
これは「霊山浄土」に限らず「極楽浄土」などの仏教で説かれる「浄土」は「説」があるだけですから、
偽装的だと言い出したら、全て偽装的になるものでしょう。

583 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/15(月) 05:25:37.38 ID:loNkNBbk
>>573
>なんか、これって卵が先か鶏が先かってことを言っているようで、

種脱相対については、下種益が勝ると言う話ですから、先か後かの話とは違うでしょう。
本仏論と混同させる必要は無い話だと思いますよ。

584 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/15(月) 05:43:19.73 ID:loNkNBbk
>>581
>他の方達が書かれているように、梵本法華経でさえ、どの程度が仏説なのか分かりませんからね。

あなたは都合が悪くなるとそう言って逃げてしまう人のようですね。

あなたは>>353などで「顕本法華宗の本多日生師が私と同様の見解を述べられています。」などと言っていますが、
法華経を否定する立場では日蓮系の誰とも同じ見解にはならないでしょう。

本仏論の釈迦vs日蓮や下種益vs脱益等の日蓮の教説を判断する上では、法華経は仏意に沿うもの。と言うことを、
仮定もしく前提にして議論されるものです。
その前提を放棄すると言うことは、あなたが今までしていた日蓮本仏論の否定や種脱相対の否定に限界が来たため、
前提を無視することで、言い逃れをし始めたのでしょう。

585 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/15(月) 07:13:07.85 ID:KFWpqGvC
日蓮教徒に捧ぐアメリカ原住民の言葉

あなた方は言う。正しい宗教はひとつしかなく、間違った宗教を信じると地獄に堕ちる、と。
あなた方は正しい一つの宗教をもっているのに、なぜそんなに意見が意見が合わないのか。
みんな同じ本を読んでいるのになぜ考えが一致しないのか。

586 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/15(月) 08:46:12.28 ID:dFbrCl17
久遠実成て、寿量品の言葉拾って作った合成語なんだ・・。
どーりで検索しても見つからんはずだけど、
勝手にこんなパズルごっこやって良いのかしら?

(寿量品)
然我実成仏已来。久遠若斯。

仏に成った、わたしの実りのようなものは、
すでにやって来ていて (これは如来のこと・・)

無限に遠いとは、たとえばこのようなものなのです。

・・・
久遠に下種したら、現世成仏が実りになるのは当然として、

久遠て、英語で言うとフォエバー概念みたいな語感だよな、
「あの世時間」とも、ランダムアクセス感覚とでも言えば。

已来は如来しかないしょ、「以来・・」って意味に訳してるけど、
止観にきょーみ無い人は、如来が何かわからんとおも・・。

「やって来る感覚」 があんのよ。

わかりま?

文節は常にワンブロックづつ解釈するのが漢文ルールで、
文節を後戻りして文字を合成するなんて絶対にありえんわ。

どっか他の文章とかん違いして勝手に合体させちゃった
みたい感じだなー・・。

587 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/15(月) 10:33:01.96 ID:KFWpqGvC
>>576
572ですが、レスが遅くなりました。やはりそういう解釈ですか。しかし、それだと地面から湧いた無数の菩薩に任せろという話になります。
その解釈では、湧出品以降にも法華経を崇拝し、宣揚しろとの趣旨の説法が延々と繰り返され、諸菩薩がそれに呼応して随従を誓うことと矛盾します。
やはりここでも羅什訳に問題がありそうです。羅什訳は「止善男子」となっていますが、梵本では、このように明らかな「制止」ではなさそうです。
ここは、菩薩ら(後で地面から湧き出るほうではない)が、「もしお許しいただけるなら、法華経をわれわれが宣揚し、布教しましょう」と申し出たのを受け、
釈尊が「良家の息子たちよ、どうしてこの仕事に従事しようとするのか。ここに無数の菩薩がいる。」と応じ、無数の菩薩が地面から湧くという段取りです。
釈尊はここで、質問した菩薩らの意図、(あえて言えば、「われわれが布教して差し上げましょう」というやや高慢な意図)を牽制したものと思われます。
つまり、逆にいえば、「このように無数の菩薩が守護する最高の教説なのだから、心底、感謝するのでなければ、この教説に関わるには及ばないという牽制です。
したがって、これ以前にある各品、これ以降の各品と本質的に異なったところはありません。終始一貫して、自らを尊しとし、その崇拝と布教を求めています。

588 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/15(月) 12:09:29.14 ID:KFWpqGvC
>>576
釈尊の常住不滅を説く寿量品が法華経の、いわばKEYだと私も思います。
私が分からないのはいたって単純な疑問で、この久遠実成と末法とは矛盾するではないかというものです。
ましてや随時地面から湧き出る無数の菩薩を従えているのに如来滅後も末法もないと思います。
偽書かどうかはさて置き、「末法では経典全部が有効期限切れ」なんてのは論外ではないでしょうか。

589 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/15(月) 12:24:33.41 ID:KFWpqGvC
>>578
>この久遠実成は、八万法蔵といわれる大量の仏教経典のなかで、法華経のな かでしか書かれていない、非常に特殊な思想なのだ。

まあそういう言い方もできるでしょうが、釈尊当時からブッダという語はあったし、過去仏の思想は他にもあるわけです。
ダルマカーヤすなわち法身と、歴史的実在としての釈尊を区別するのは有部など大乗以前の部派仏教にも既にあった。
法華経では概念的に区別されず、同一視されている。これは論理的には雑な構成と言えます。それが特色と言えば特色ですが。

>キリスト教では、過去・現在・未来を超える神の存在があり、久遠実成の仏によく似ている。

まあ原始的な宗教や民間信仰まで含めて、そういう宗教のほうが多いでしょうから、それで似ているとは言えないでしょう。
キリスト教の影響という方もいるようですが、もしそうなら法華経の説話や説法にそれらしい痕跡があるはずと思います。

590 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/15(月) 17:48:18.78 ID:9IYurBLn
>>587
釈尊は、神力品において、地涌の菩薩に結要付嘱(別付嘱)を行う。
それは、末法において法華経を流布する主役は、地涌の菩薩であることを示す。
それを決定した後、改めて迹化の菩薩を含めて総付嘱をしている。
つまり、末法において迹化の菩薩というのは、役割があったとしても完全に「わき役」なのである。
それをわきまえず、迹化の菩薩のために解かれた部分を根拠として、地涌の菩薩の行動を邪魔・非難するような者は、法華経の心を殺しているといえる。
迹門と本門という違い・差別などないと主張する者も、当然含まれる。

他にも、様々な内容の差別があるが、俺は天台学者でも何でもないので、これで止めておく。
法華経を自己解釈したい者は、まずは天台の解釈を超えられるように頑張ってみることだな。
だが、それは同時にスレ違いでもあるので、どこか他でどうぞ。

591 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/15(月) 18:04:21.39 ID:jR1s5pft
天台の勝手気ままな解釈を開陳してその「天台の解釈を超えろ」とか言われても(・∀・)プププ

十如是とかないよね、ということを認めるだけでも天台の解釈なんざ超えとるよw

592 :スチールカン:2014/09/15(月) 19:22:05.49 ID:UYDw3eN/
>>581山椒島さん
えっ!50派もあればジャンケンも永遠につづくのでしょうかね。w

もしも、私が山椒島さんとジャンケンしても勝つとは思いませんが、
負ける気もしません。
 「負けるが勝!」・「地獄に堕ちてから成仏!」・「毒へんじて薬とナース」
こんなもんですから、やる気もふせることでしょね、山椒島さんw
ちょっと休憩がてら余談ですが、
なんで石より紙が勝るのでしょうか、御存知でいらっしゃいますか?
もし「石が絶対に勝る」ともっともらしい事を言ってしまえば身も蓋もないのですがw
法華経は釈迦が「書いてない」ってことを前提に、『是の経典を護持し読誦し書写し』などと言うはずはないですものね。

593 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/15(月) 20:15:11.54 ID:KFWpqGvC
>>590
天台が何を言ったか知りませんが、神力品のどこに附属における主役だの脇役だのというキャスティングの記述があると言うのですか?
菩薩から人でなしまで十万年にわたって口から舌を出したままの諸仏を見て感心し、大喜びしている場面ですよね。
釈尊はそれらのすべての衆生たちに、所構わず法華経を広めろと号令をかけています。センターもサイドもなさそうです。

594 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/15(月) 21:11:54.47 ID:KFWpqGvC
ところで、このスレの前のほうで私はガンダーラ地方に侵入した遊牧異民族、たぶんサカ族が法華経の成立と関係があると述べました。
不軽菩薩に法華経を説いたという威音王仏も「怖ろしく響き渡る音声の王者」という原義です。やたら声の大きい男なのです。
悟りを得た仏者というより、草原を疾駆して全軍に指令する首領を思わせます。遊牧民を思わせる記述は法華経に無数にあります。
そもそも序品からして「如来は偉大な教えの雨を降らせ、偉大な教えの太鼓を打ち鳴らし、偉大な教えの幢幡を高く掲げ、
偉大な教えの炬火を燃え上がらせ、偉大な教えの法螺貝を吹き鳴らし、偉大な教えの鐃鉢を叩こうとする」(岩波文庫)とされています。
これはどうみても菩提樹下で独り瞑想して悟りを開いたシッダールタには似ても似つかないものです。
これほど騒々しく賑々しく仰々しいプロデュースでは、たとえありがたい教えでも嫌になってきそうではありませんか。
こうした発想は霊鷲山のような狭い場所で説かれた教説ではなく、広大な草原を移動する遊牧民族のものと考えるほうが自然だと思います。

595 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/15(月) 21:41:21.98 ID:KFWpqGvC
こう言ったからと言って私は法華経を単純に馬鹿にしているわけではありません。
私が思うに法華経は法華経編集団の目に適った諸経典のパッチワークでありフラワーアレンジメントなのです。
それはしかつめらしい教学ではなく、おそらく民衆にとって肩の凝らない教説だったはずです。
それは演歌であり、ロックであり、パンクであり、ラップであった。バラモンなどはお構いなしです。
シャーリプトラが竜女のパンツをおろしたり、ボウフラのように地面から湧き出た菩薩群がスポットライトを浴びたりする。
こんな調子では、ある程度白い目で見られても仕方がない。でも578さんのいうような特に法華経信者への迫害があったとも思われない。
勧持品にある記述は当時の世間の法華経グループに対する評価を反映しているだけで、予言というのではないと思います。

596 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/15(月) 21:53:32.91 ID:loNkNBbk
>>588
>私が分からないのはいたって単純な疑問で、この久遠実成と末法とは矛盾するではないかというものです。

末法という話は始成正覚の釈迦を基準にした話ですから、久遠実成の釈迦が教化したという地涌の菩薩にあてはまらず、
地涌の菩薩が末法での布教を行うことに矛盾は無いでしょう。
法華経の前半も、始成正覚の立場で説かれているのですから、始成正覚の釈迦を基準にした末法という概念に当てはまり、
末法では通用しない「有効期限切れ」という話でしょう。

597 :スチールカン:2014/09/15(月) 23:12:33.51 ID:UYDw3eN/
>>587さん
法華経では随所に「刀杖・瓦石」ってよくでてくるけど、

昔の中国では刀杖を、年老いた者達の用いる道具として例え、言わば法華経から観点では上座部寄りの小乗経を述べているとの事を聞いたことがあるよ。
また、この瓦石とは、道端にごろごろといっぱいあって、なにも役にたたない物らしい。

この例えからして考えれば、法華経の内容がいかに大乗寄りかが分かるのですが、謙虚に否定した思いやりみのある物語であるのがわかりますね。
不軽菩薩が迫害された杖・瓦石とは法華経以外の教説のことを言っているのでしょうかと思います。
これだと法華経内容にも合ってて筋も通りますね。
リアルに本物の石など投げられましたら、外傷をしてもおかしくないだろうし、寧ろ、その怪我を教義にしたほうがよかったのに、、、、でもここ本文では怪我をしてないようですしね。
走って逃げれるぐらいだから元気な身ではいたのでしょうね。

598 :スチールカン:2014/09/15(月) 23:16:25.20 ID:UYDw3eN/
>>595さん
>シャーリプトラが竜女のパンツをおろしたり

そんで、だれが男根を起てたのでしょうか?w

599 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/15(月) 23:41:14.25 ID:l6otDUrp
「竜」だぞ

まさか、人をイメージしているのではあるまいな

600 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2014/09/16(火) 00:49:24.47 ID:lujr8zQT
>>584 さん
種脱相対の意味という大前提が理解出来たらまたどうぞ。検索頑張って下さい。

>>592 スチールカン さん
漫画か何かで、「ダイヤも包まれてしまえば輝けないから」みたいな話があったような。
それが正しいかどうかはともかく、ひとつの考え方ではあるのでしょうか。このスレ的には、

 「仏大慈悲を起し 五字の内に此の珠を裹み 末代幼稚の頚に懸けさしめ給う」

とまで書いたにも関わらず、更にその上から解釈で包み込んで、用済みだの抜け殻だのと
自らの主張を根底から全否定されるとは、日蓮も夢にも思っていなかったでしょうね。

601 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/16(火) 07:13:21.10 ID:WbS4+hX3
>>596
それが矛盾だと言うのです。天台教や日蓮教からすれば「始成正覚の釈迦」は仮の教えに属するはずでしょう。
仮の教えを基準にした末法説も当然ながら仮の教えになります。これに対して久遠実成の釈迦は究極の真実とされています。
三度、「よく聞け」と断ったうえで、釈迦の入滅は人々を励ますための方便で、じつは常住不滅だと言っています。
常住不滅なのですから末法などあるはずがありません。地涌の菩薩も常時静かに暮らし、出番まで待機しているとされています。
末法とは、天台教や日蓮教の腐れ坊主どもが庶民を煙に巻いて自身の役割を誇大に見せるための道具にすぎません。

602 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/16(火) 07:36:40.93 ID:WbS4+hX3
>>597
587です。そういう説もあるのですか、昔の中国の話と言われれば、何となく後付けのこじつけのようにも見えます。
不軽菩薩の説話には法華経に組み込まれる前の宗教説話と、さらにその元になった原型の説話があると私には思われます。
つまり不軽菩薩のモデルです。そしてこの人は殺されたのだと思います。それが原罪となり何代かにわたって聖人化され、信仰対象になった。
そこに法華経部隊がやってきて、その宗教説話に法華経的アダプターを前後に装着し、編集改竄して法華経に組み入れたのでしょう。
私は、みなさんのように経典としてではなく、伝承文学として法華経を解読しようとしているだけですが、色々な分野の本も参考にしています。

603 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/16(火) 07:39:49.21 ID:WbS4+hX3
>>599
むろん人ですよ。人をイメージしているから、法華経信者は、これを女人成仏だと宣伝するのでしょう。

604 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/16(火) 12:01:10.48 ID:UZkW8LWU
>>599
竜(=コブラ)を崇拝トーテムにしている種族の娘の話だろうな。

605 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/16(火) 16:00:07.41 ID:yOjDe2x/
それにしても汚ねースレだなw

イカ臭いおっさん連中がよってたかって法華経レイプかよ。

もう死ねおまえら( ^∀^)

606 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/16(火) 19:48:10.03 ID:NC6SwGPS
>>601
>仮の教えを基準にした末法説も当然ながら仮の教えになります。

それは違うでしょう。
末法説は久遠実成の釈迦が明らかになって確定したことですから、末法説を「仮の教え」とすることは出来ません。
久遠実成の釈迦が明らかなり、「仮の教え」の有効期限が明らかになったのが末法説でしょう。

>釈迦の入滅は人々を励ますための方便で

法華経には「釈迦の入滅は人々を励ますため」とは書かれていませんよ。

607 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/16(火) 19:54:20.79 ID:NC6SwGPS
>>600
>種脱相対の意味という大前提が理解出来たらまたどうぞ。検索頑張って下さい。

あなたがその大前提である法華経を放棄したのでしょう。
法華経で釈迦は久遠から仏であったことを明かしますが、釈迦が仏と成った方法まで開示していません。
日蓮はそれを「久種」の下種と共に釈迦が仏と成ったと言う解釈で、「久種」の下種により、
久遠実成の釈迦と同様に、仏に成れると主張したのでしょうから、本尊抄の種脱相対が成り立ちます。
これは、下種と言う原因と共に仏に成ると言う結果が同時に起こる発想ですから、
「立正観抄」で「三観は因の義・妙法は果の義なり但因の処に果有り果の処に因有り因果倶時の妙法を観ずるが故に
是くの如き功能を得るなり」と、「因果倶時」を主張しています。
このため、久遠実成の釈迦が久種を下種することの下種益とはそのまま仏に成ることであり、
始成正覚の釈迦の脱益も仏に成ることですから、「仏に成る」点では「一同に純円」ですが、
末法に入った時期には始成正覚の釈迦の教えに効果が無く、末法の枠外にある久種を下種することは効果がある
と言う話でしょう。

608 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/16(火) 20:06:31.08 ID:q9ywYSqH
いや、メスの竜だって

ちなみに、原始仏典では、女性の解脱は普通に認めている
もちろん、変成男子ではない
女性の姿のまま解脱する
http://books.rakuten.co.jp/rb/895957/

だから、女人成仏という点だけでも、法華経は原始仏典に劣っている
「女人」じゃなくて、あくまでも畜生の「竜女」だしね

畜生成仏という視点なら、意味があるかも知れない

609 :スチールカン:2014/09/16(火) 21:22:43.14 ID:ylt79jBY
>>600山椒島さん
はてっ、なんの漫画なのでしょうかね。山椒島さんと私ははそんなに年代の変わらない気はするのですが昭和時代の作品ですか?
そのセリフからして、モンキーパンチかなと推測したりしてw、いかのも次元が言いそうな気配がするでもないのですがね。

>「仏大慈悲を起し 五字の内に此の珠を裹み 末代幼稚の頚に懸けさしめ給う」

衣の衿に縫い付けたという法華経からの喩えを言っているのでしょうかね。
これが下種とかっていうことを日蓮が言いたかったんでしょうか?

昔、「敦煌」っていう映画を見たのですが、
字の読めない人に、漢字だったか西夏文字だったかは忘れましたが、衿に字を縫い付けてやった王がいた話がありましたね。
その字の読めない人は他国に旅にでるのですが、ある国において災難にあうのですが、そのときにたまたまその国の王が、その衿の字をみて驚いたという筋書きでした。
たしか、その王は他国のその字に大変に興味があったようで、そのことで字の読めない人は命拾いをした話でした。

内容が分からなくても、頚に懸けた文字によって霊山に近づく鳥は金にも輝くというものでしょうか。
ダイヤ石も光を受けて輝くものでありましょうから、○○相対などと解釈する輩達には、釈迦と同座などできるわけでもないでしょうし、霊山にも行けるはずもないものでしょうね。
アンチの我々と同座しているのが関の山なのでしょうかw

610 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/16(火) 21:22:52.12 ID:WbS4+hX3
>>605
毎度本スレをご愛読いただき、誠にありがとうございます。

>>606>>607
ちなみに607については横になりますが、両方とも謹んで無視させていただきます。
どうぞ心行くまで脳内論破をお楽しみください。

611 :スチールカン:2014/09/16(火) 21:32:18.29 ID:ylt79jBY
>>602さん
いつも興味深々に貴殿のレスを読ませてもらっており勉強させて頂いております。
もしよければ、ステハンでもコテを付けてもらえれば嬉しいのですが、お考えください。
私も最近までは名無しではありましたので、無理には言えないのですがね。

612 :スチールカン:2014/09/16(火) 21:48:08.42 ID:ylt79jBY
>>608さん
>>598はちょっとフザケてしまいました、すみません。
パンツを目の前でずりさげたシャーリプトラが勃起したのではないのか?って思ったもので。

竜女が釈迦に珠を献上したとのことなので、もともとは玉竜なのではないかと思ったりして。想像ですみません。

613 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/16(火) 22:30:29.01 ID:NC6SwGPS
>>610

あなたの言う「釈迦の入滅は人々を励ますための方便」が妄想ですよ。
法華経にはあなたの言うような趣旨で釈迦の入滅は書かれておらず、
「良医病子の譬」においても、良医の死によって子供達が良医の言う事を聞いて薬を飲み病が治り、良医と再会する
と言う例え話ですから、仏の入滅により、弟子達が仏の言葉を信じ仏と成ることで、再び仏に会うと言う話です。

その後のまとめでも、
『我は常に此に住すれども、諸の神通力を以って顛倒の衆生をして、近しといえども見ざらしむ
衆は我が滅度を見て 広く舎利を供養し ことごとく恋慕をいだいて 渇仰の心を生ず
衆生は既に信伏し 質直にしてこころ柔軟に 一心に仏を見ようと欲して 自ら身命を惜しまない
時に我れ及び衆僧は ともに霊鷲山に出る
我れは時に衆生に語る 常に此に在って滅せず 方便力を以ての故に 滅不滅有りと現ず』

ですから、「釈迦の入滅は人々を励ますための方便」などと言う話は法華経には書かれていないのですから、
あなたの勝手な妄想ですよ。

614 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/16(火) 23:27:38.86 ID:dBpHgvPk
>>610
いえいえ。こちらこそレスありがとうございます。

精読したいのはやまやまなのですが、
2ちゃんねるなどを真剣な顔で読んでいるとアホ扱いされそうで、トイレでウンコをする時などに、
斜め読みさせてもらってます(*´∀`)
何かとお忙しいのに、毎度面白いネタを提供して頂いて、ありがとうございます。

これからもニヤニヤ笑えるブラックセンス溢れる小ネタをご披露いただければ幸甚です。
できれば3行以内にまとめてくれると、トイレで読むのに助かります。
朝晩寒くなってきました。お体を大切に。

615 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/17(水) 06:44:52.95 ID:hHoVvlfo
>>604
そう、蛇トーテムの一族でしょう。蛇は嫌われる半面、広く信仰対象になっていますが、法華経の説話はどこか迫真性がない。
変成男子とかの話ではなく、蛇トーテムへの教化という元の事実があったのではなく、観念だけで創作されたように見えます。
この章は羅什訳では独立していますが、他の写本では見宝塔品と同じ章で、その後半部になります。内容は同じです。
法華経一派がデーヴァダッタ派を取り込む目的だったなら、諸仏が一同に会する見宝塔品と同じ章のほうがふさわしい気がします。
ところで英訳では、竜女が成仏宣言した後は、それまでのsheからheに変わりますが、これでは法華経信者が言う女人成仏は無理ですね。
>>608
最初の一行以外はすべて同意です。これはやはり信仰対象としての竜に仮託された、「優れた人」のイメージですよ。

616 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/17(水) 07:30:35.01 ID:hHoVvlfo
>>611
ひゃっきまる氏も再三それをみんなに提案していましたね。スレタイにもありますしね。
しかしコテの方も名無しの方も、一目でそれとわかる個性的なカキコをする人が多いです。
そう思うと、あまり意味ないような気もしますが、仰る通り、検討しましょう。
あなたにちなんでブリキカンか、山椒島さんにちなんで胡椒島なんてのはどうでしょうかねw

617 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/17(水) 07:35:31.63 ID:DAc91wES
>>615
蛇トーテム種族は釈迦牟尼の成道の情景はもとより、仏伝説話の色々な局面に登場する
ので、読者にすれば馴染み深い発想なのかも。
但し、このエピソードは「女人成仏」ではなく、あくまでも「変成男子」と捉えるべき。

釈迦牟尼を仏陀として礼拝しなかったというデーヴァダッタ派を取り込む意図で編入さ
れたのは、むしろ「久遠仏」が登場する寿量品ではなかったろうか?

618 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2014/09/17(水) 08:29:52.64 ID:t1uph6dF
>>609 スチールカン さん
検索してみると、某有名グルメ漫画のようです。言われてみれば・・・という感じですが。

「珠」の意図するところには、もちろん書かれているようなものもあるだろうと思います。
直接的には、いわゆる如意宝珠のことで、仏像が持っていたり龍の絵に描かれたりしますね。

私なんかは、なぜ上部が尖った形をしているのかも知らない程度の浅識ですが、仏教全般で
有名な喩えなのでしょう。日蓮も、本尊以外にも複数の重書で記述してたと記憶しています。
仏の慈悲とか悟りとか神通力などを表していますから、宝珠も自ら光り輝くようです。

○○相対と言っても、例えば「どちらを重視するか」とかなら、色々な考えもあろうかと思います。
(と言いますか、日蓮文書全般を見ても、そうでないと色々と辻褄が合わなくなります。)
ただ、あくまで時代や機根などに基づくものであって、何か別の法を立てるものではないですね。

619 :スチールカン:2014/09/18(木) 07:20:54.12 ID:naleYfO0
>>616さん
私なんかコテを付けようとした時は、なにかしらの深い意味のある名前でもと考え込んだものでしたが、
考えるのが面倒くさくなって、目の前にあった炭酸飲料で即決でした。

このスレに永く居座っていますと、なんとなくですけど誰が誰なのかということが分かってはきますが、
コテを付けることによって、荒し対策にもなろうかとも思うのです。
名無しであることによって、相手にしなくてもいいレスにでも反応してしまい、冷静さをなくしたままのスレ化となってしまいそうです。
まぁ、掲示板というものはそのような所でもあるのでしょうが、せめてコテさん同士だけでも流れの分かるお話をしていきたいと思いまして、
>>611の差し出がましい提案をしたことをお許しくださいね。

>>618山椒島さん

法華経で例えられている「珠」とはなんでしようね。
と、一応漢語辞典で調べてはみましたが、「貝の中にできる丸い玉」・「丸いつぶ状をなすもの」と載っていますね。
解字では、【じっととどまる。貝がらの中にじっととどまる真珠の意】となっているんですね〜。
このことから考えてみれば、法華経内容にも添ってて、日蓮の「五字の内に此の珠を裹み」にも合ってくるようのも思いました。
ただ、法華経での釈迦からすれば、「爾前の教えに隠した法華経」かなと思った次第で、一念三千のことだとは思わないのですけどね。(憶測です)

グルメ漫画からでしたか。
ルパンからかなぁ〜と思ってしまいましたw

620 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/18(木) 07:58:18.89 ID:keaslcsG
2ちゃんのコテには変態しかいないって、職場の先輩が言ってました。

621 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/18(木) 07:59:08.85 ID:dYcz2Ob3
>>619
コテについての御提案はもちろん前向きなものと受け取っています。でも荒らし対策といえば、創価板で荒らしをする者はコテの反創価に食いつきがよいようです。
もちろん創価信者を刺激するのを趣味にしているコテの面々もいますが、私などからみればケチのつけようのない山椒島さんまで無理筋の難癖レスをしてきます。
荒らしはアホですから、カキコよりコテに反応します。カキコを批判するのは内容を理解する必要がありますが、コテの場合はコテだけで立場を決めつけられるからです。
コテはまともな方々がSNSのような場で議論するのには便宜になるとは思いますが、2ちゃんの場合、荒らしの誘因にもなるという面があると思うのですよ。

622 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/18(木) 08:22:02.78 ID:dYcz2Ob3
>>618>>619
如意宝珠は梵語でチンター・マニと言います。辞書によれば、マニは宝玉で問題ありませんが、チンターのほうは、やや多義的なようです。
これは、アイディア、思想という意味以外に、心配や懸念という意味も含まれ、一言でいえば「想念、想い」という意味になるでしょうか。
そう考えれば如意宝珠は人間の精神活動を司る頭を象徴したもので、ヨーガによる正思惟を賞揚する「想念の宝玉」とでもいうべきものともいえます。
ヘーゲルは、人間の思考は神の奇跡より偉大という意味のことを言っていますが、如意宝珠も知恵こそ富に勝るという象意なのかもしれません。
尖った形は古代の神像や仏像や人物像でも髪型や兜や帽子で尖った形が多く目に付きますが、ストゥーパや舎利壺も上が尖っていますね。
いじれにしても本来は、孫悟空の如意棒のような意味での如意ではなさそうですから、日蓮は例によって勘違いをしています。
そういえば曼陀羅も密教では瞑想修行の一助として観想するものですが、日蓮教では祈祷や礼拝の対象とされ、意味が倒錯していますね。

623 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/18(木) 11:33:18.67 ID:kLRnMZjZ
>>622
>そう考えれば如意宝珠は人間の精神活動を司る頭を象徴したもので、ヨーガによる正思惟を賞揚する「想念の宝玉」とでもいうべきものともいえます。
>いじれにしても本来は、孫悟空の如意棒のような意味での如意ではなさそうですから、日蓮は例によって勘違いをしています。

いやいや「本来は」もなにも最初から「願い事を叶えて悩み事を解決する不思議の宝珠」って意味だから。
これは流石に日蓮の勘違いでも何でもない。
どうしても「勘違い」だというならインド大乗仏教(つうかそもそものバラモン教)の段階で「勘違い」されてたことになるが。

624 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/18(木) 11:41:20.75 ID:kLRnMZjZ
直訳は「お悩み玉」だが、要するに「お悩み箱」と同じようなもんだ。

625 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/18(木) 12:32:26.03 ID:U5mRUVjY
880: 名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] 2014/09/16(火) 16:52:23.98 ID:x60TzemJ

先日折伏してきたよ。
部長や本部長や地区幹部をしている両親から折伏しろしろとうるさいからしてみた。
俺の高校の同級生に部長、本部長に入ってもらって仏法対話inジョナサン。
今回折伏した人は高校時代では落ちこぼれでいじめられていたカス野郎。
あまり喋った覚えはないけど今更誰がいるって簡単に攻略できそうなこいつならと思って。
やはりカスは大人になってもカスなんだなと思ったのは未だに親元で無職。
大学受験に失敗したまでは知っていたけど話を聞くには離職を繰り返して
今は仕事もしないで親のすねをかじっているとのことだった。本人は就職はしたいらしいが。
カスは大人になってもカスという所以はここ。
でも、「折伏はそいつの幸せを祈ること」っていうけどどうもそいつの幸せを祈れない。
というか、はっきり言ってこいつがどうしようが死のうが俺の知ったことではないんだよね。
それでも折伏しろってうるさいから手頃なところでこいつでやってみたわけで。
んで、どんな功徳が出るか今から楽しみだよw
部長も「入決さえとればあとはなにもしなくていいから」というし。
上にもいじめられっ子やどうでもいい奴を折伏のターゲットに狙うと書かれているけどいいんだよな?
ちなみに題目なんてあげなかった。
本人は考えたいと言っているのでどうなんだろうか?


http://anago.2ch.net/test/read.cgi/koumei/1378815982/880

626 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/18(木) 13:08:17.17 ID:fetIYgED
>>621
アホ言うもんがアホやって、友達のお母さんが言ってました。

627 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2014/09/18(木) 20:20:26.29 ID:q3hho/8a
>>619 スチールカン さん
法華経で言うところの珠・良薬・財宝などは、書かれているように、すべて法華経そのものでしょうね。

日蓮的には、それは一品二半→八品→本門→一部→権→小と仏説全体のみならず、外典なども含めた
世の中の一切、諸法実相でしたか、そういう意味での真理極理=一念三千=題目とつながるのでしょう。
日蓮の「一代聖教の肝心」とか「因行果徳の二法」などといった表現も、このことをよく表していると思います。

>>622 さん
なるほど。それが日本(>>623さんによれば中印もですか)の仏教では、あらゆる願いもかない、財宝も生み、
天候さえも思うがままといった、文字通り「如意」の宝珠で、「何物にも替え難い尊い宝」という意味から転じて、
仏や仏説を表すようになったようですね。様々な建築物や工芸品なども、そこから派生したのだろうと思います。

ただ個人の勝手な印象ですが、こういう意味なら真円と言いますか、尖りの無い球形の方がしっくりきますね。
あの形状のせいで、武道館か、タマネギか、はたまたドラクエのスライムかといった不謹慎な連想が先立って(笑
それでも、モスクの屋根?ともよく似ている辺りは、とても興味深いですね。

628 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/19(金) 06:05:20.99 ID:WO0CS190
>>623
1.日蓮が勘違いしたという場合、日蓮が勘違いの大元であるとか、日蓮の重過失であり日蓮に責任があるということを必ずしも意味しない。
  日蓮が天台大師の言うことを鵜呑みにし、天台大師が他の誰かの説を鵜呑みにしたとしても、本来の意味を取り違えていれば勘違いになる。
2.あなたの言うように初めから「願い事を叶えて悩み事を解決する不思議の宝珠」という意味なら、なぜ元の梵語にそれが表現されていないのか。
あなた自身が624で直訳とする「お悩み玉」とも全然違うではないか。
3.あなたの言うとおりなら、初めから如意宝珠そのものが信仰対象となっていてもよさそうなものだが、そういう形跡はない。
4 バラモン教の段階で如意宝珠が「願い事を叶えて悩み事を解決する不思議の宝珠」だったというソースを提示いただきたい。
5.あなたのいう「お悩み玉」はチンター・マニの直訳としては全く誤りである。私は622で心配、懸念という意味を含むと書いたが、これは「気にかける」という意味だ。
  悩むという意味ではない。そもそも神仏が「お悩み玉」をかかえているだけでは意味がない。
  
この宝珠が「想念の宝玉」と言われたのは、それが知恵を表すからである。そしてそれを持つ神仏が優れた知恵で多くの恵みを与えるという思想が生まれた。
さらにそれが転じて、宝珠そのものが願いをかなえる魔力をもつという信仰が広まるにいたったと考えるべきであろう。でなければ神仏が持っている意味がない。
地蔵菩薩はあえて成仏せずに地下に身を落とし、われわれの境界を案じてくださるとされる。だから宝珠を持っている。悩んでいるのではない。
また虚空蔵菩薩も宝珠を持っているが、こちらは知恵を表す菩薩であって、その知恵に授かろうとの信仰対象である。悩んでいるのではない。
宝珠そのものが願いをかなえるなら、仏法も修行も不要になる。日蓮も「妙法蓮華経」の5字ではなく、「如意宝珠」の4字で足りたはずである。

629 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/19(金) 06:51:25.17 ID:WO0CS190
>>627
山椒島さん、上で書きましたが、元のチンターという梵語に「如意」の意味はないのです。それは思想、想念、懸念などの意味で、如意と対立する義を含みます。
心配や懸念は如意と矛盾しますから、「如意」はやはり、大乗思想が民衆に広まる過程で、後に派生した観念と思われます。

形状についての趣味からいえば、私もこの水滴型のような、搗きたての餅を上からボタリと落としたような形には不自然さを感じますね。
私見ですが、これは「宝珠」として観念され、「チンター・マニ」という成語ができる以前は、仏舎利を納めるストゥーパの代替物だったのではないかと思います。
ストゥーパは元々土饅頭のような古代インドの墳墓から発展したものですが、時代とともに階層が増え、高い形式になりました。
これが我が国の三重塔や五重塔という形で伝わったのですが、興味深いことにはチベットには上が尖った円筒形の如意宝珠があるようです。

モスクの屋根と似ているのもあながち偶然でないかもしれません。中世ヨーロッパで多くの錬金術師たちは卑金属を貴金属に変える「賢者の石」の探求に必死でした。
この「賢者の石」は元々ヘレニズム時代のヘルメス思想に基づきますが、長らくキリスト教に異端視され禁圧されていたものがイスラム経由で再び流行しだしたのです。
そのヘルメス思想はギリシア神話のヘルメス(ローマ神話ではメルクリウス、英語のマーキュリー)と古代エジプトの「トート」の信仰の融合とされています。
そのヘルメスもトートも「知恵の神」として信仰されていました。大乗仏教もヘレニズムの流入してきたガンダーラ地方を中心に大いに発展しました。
こうしてみると如意宝珠やストゥーパと賢者の石やモスクがヘレニズムで通底している可能性は大いにあると思います。

630 :大乗非仏説:2014/09/19(金) 07:21:26.25 ID:QjKaJ/7H
>>629
モスクの屋根と言うよりもギリシャ正教の教会の屋根に似ていますね

631 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/19(金) 07:33:33.48 ID:WO0CS190
>>617
つまり寿量品で釈尊自らが超歴史的存在であると明かしたので、歴史的存在としての釈尊とデーヴァダッタとの対立の意味が薄れるということですね。
それはたしかに道理ですが、同時に釈尊とデーヴァダッタとの対立も超歴史的に永遠化されかねない危うさがあります。寿量品は両刃の剣なのです。
まさに法華経の到達点の限界があるのもそこです。法体の永遠性を説くために、歴史的存在の釈尊を常住不滅としてしまった。
これが華厳や密教では大日如来が普遍的な法身の具現化として認識され、論理性を保ちますが、法華経はその思想を早産してしまった感があります。
しかしまあ、589でも書きましたが、そこが法華経のユニークなところでもありますね。古来、法華経信者はこの寿量品をことのほか重視してきました。

632 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/19(金) 08:33:44.52 ID:yOstZNye
如意宝珠は、願いが叶うパワーストーンかよ、
女性雑誌にある霊感商法の通販広告みたいなもんだの、
俗物な日蓮さまが食いつくのはわかるが・・。

でも授記品の衣裏宝珠は、無価宝珠だよねー。

現世功徳がゼロの宝石って、仏をあらわす
なかなかうまい表現ではある。

633 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2014/09/19(金) 09:17:30.41 ID:L6ND2dcf
>>629 さん
あ、はい。>>622を全否定するのではなく、それがどのようにして>>627みたく変容していったか、に
興味が湧いたのです。少し調べてみただけでも、中国の竜神信仰とか、日本の神道・修験道だとか、
建築様式の歴史とか、様々な文化・思想の混入説が唱えられていて、とても面白いですね。

日蓮も「如意宝珠と申すは釈迦仏の御舎利なり 竜王にこれを給いて頂上に頂戴して帝釈是を持ちて
宝をふらす 仏の身骨の如意宝珠となれるは無量劫来持つ所の大戒身に薫じて骨にそみ 一切衆生を
たすける珠となるなり」などと書いていて、こうした記述は天台など、宗派問わず様々に見受けられます。

そういえば、茶道具にも似たような形状のものがありますね。茶入れとか。
実際の形は全く違いますが、語感として共通しそうなものに竜涎香が思い浮かんだりもします。

が、エルメスのトートバッグを連想して懐が寒々しく感じるのは、ただの悲しい庶民の性ですね。

634 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/19(金) 17:38:51.53 ID:2x6fKV+R
>歴史的存在の釈尊を常住不滅としてしまった。

横からですが、
釈迦に限らず、あなたも常住不滅ですよ。
この世の存在は、成住壊空の四劫を移ろいつつも、不滅なものでしょう。

何者も、この世界において、何物も生み出せず、何物も消し去ることはできません。
そういう意味での“常住不滅”なんじゃないすか?(*^^*)

635 :スチールカン:2014/09/19(金) 20:45:59.86 ID:cFkyYC5g
>>621さん
いつも返信を有難うございます。

その貴殿の思いはまったくをもって私と同じでしたね。
前スレにてひゃっきまるさんが提案に、私が言おうかと思ってたことでした。(いわないでよかった)
でも、いま考えてみれば、たしかにどっちでもいいのですが、
コテは無いよりは有った方がいいような単純な思いから、そんな気がしてきてるのですね。(ただ、論客さんは減っていくかも?)
多分ですが、こんな私もいつの日が皆さんに滅茶苦茶に指摘されるようになれば、ショックからまた名無しになってしもうかもです(涙

それとですが、貴殿とこのようなレスを交わしていることは、偉そうに言っているわけではありませんのでご了承くださいますようにお願いしますね。
「日蓮って」とこのスレタイ自体が住人の総称みたいなものですから、後に誰かさんに読まれてもスレを評価されれば幸いでありますしね。




>>627山椒島さん
はい、多分は法華経物語そのものが珠・良薬・財宝を例えたものなのでしょうね。
序品では、
 『又戒を具して 威儀欠くることなく
  浄きこと宝珠の如くにして』
と、このように宝珠を例えとしてます。要するに「法華経によって浄き姿になることが宝珠なのだ!」ってことなのではないでしょうか。
序品、五百弟子受記品、観世音菩薩普門品と意外にもこの“宝珠”の二字が出てくる箇所は少ないのですね。
この三品を読んでみても、作者の意向には法華経こそが宝珠であるように思いましたね。
そこで提婆達多品での八歳龍女が釈迦仏に『我、宝樹を献る』となっており、龍玉ではなかったのも意外でしたw
龍といったらやっぱりドラゴンボール、猿といったら如意棒と、漫画の見過ぎでしょうかw

ところで、>>633で引用されている日蓮の一文は、日蓮の己義なのでありましょうか?

636 :スチールカン:2014/09/19(金) 20:51:46.32 ID:cFkyYC5g
>>634さん
そういえば、お盆なんていうのは先祖様の常住不滅のようなものの供養の習わしですものね。
法華経の釈迦の特権ではないことは確かかもです。
法華経ある所に、諸々の菩薩も常住不滅なのでしょうか。

637 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/19(金) 21:05:09.45 ID:M4XEqCLn
ドラゴンボールでは、その辺のところはどうなってました?(*^^*)

638 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/19(金) 21:53:31.65 ID:M4XEqCLn
ドラゴンボールでは、その辺のところはどうなってました?(*^^*)

639 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/19(金) 21:57:50.23 ID:M4XEqCLn
ありゃ、また2重カキコ。

いやぁ、ほんとにスマホの操作性は糞ですね。

640 :スチールカン:2014/09/19(金) 21:58:55.27 ID:cFkyYC5g
>>630大乗非仏説さん
目だつように高く作っていますね。
あまりにも目だつ様に作りますと、アンチの落雷対策にも考えて設計しなくていけないのではとも思いますが、
今はなきあの正本堂の宝塔だったのでしょうか。
なんですかその〜、鶴が疲れて「もう飛べない!」みたいな格好にも見えたのですが、その渡り鳥の行く先はコンクリリート再生工場だったのですね。

>>632さん
五百弟子受記品での宝珠の例えは、二種類の食物で例えているようです。結局これも法華経といわんばかりですがね。
その通販とか観光地でよく売られているガラス珠って、殆ど透明で透き通っているところは、「汚れも傷もない心、意の如く」を形にしたものかとも思います。
コロコロと転がる心ではダメなんでしょうけどw

>>637さん
あっ、“見過ぎ”と言ったのは正直ではなかったですね。すみません。
ただ、七つの珠の一つは私が持っていますよ。
UFOキャッチャーだったかでゲットしてきました。

641 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/20(土) 07:51:14.65 ID:G8wKOvrs
>>630
まあ古代や中世の建築技術では柱が少ない広間をつくるのにアーチ型の天井でドーム型の屋根は当然だったからね。
それでもイスラムや東方教会の建築物は東西文明の交流を思わせるものがあるのは実際そうだったんだから当然だ。
>>634
631は法華経寿量品について述べたものですが、それに関する限りあなたのいう意味で解釈する余地はありません。
思いつきでレスされたのだと思いますし、寿量品を読めばわかることですから私はここでその根拠を説明しません。
しかし万が一、あなたが寿量品の「常住不滅」は「成住壊空の四劫を移ろいつつも不滅」の意味とお考えなら、寿量品に沿って説明してください。
他の経典ではだめです。シェークスピア劇のひとつの台詞を近松の心中物を引用して解説するようなことでは何でもアリになってしまいます。
私は常住不滅ではないけれども、あなたは常住不滅なのでしょう。一劫前はどんな世界でしたか?

642 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/20(土) 08:26:33.88 ID:G8wKOvrs
>>634
ところであなたのいう「成住壊空」というのは般若思想の「空」とはかなり違った趣ですが、出典は何なのでしょうか?
一見、ニーチェの「永劫回帰」に似ている感じもします。ニーチェは仏教にも関心があったようです。

643 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/20(土) 08:32:04.55 ID:8a84xkrK
>>586
久遠実成は、よく見れば、時間じゃなくて
距離をあらわす言葉だな。またダマされたか・・。

はるかに遠い。

無限の過去をあらわす時間表現は寿量品では
「劫」って言葉を使ってるから無量劫となる。

法華経の久遠は11か所あって、久遠劫、久遠時、みたいに
時間をあらわす言葉と合体して使われてたり。

てことは、(下種したあとの)果実としての「成仏」
はすでにやって来ていて、それははるか遠くに見える、
そんなようなものである、てな文章か・・。

(寿量品)
然我実成仏已来。久遠若斯。

実成、の切り方もへんだね。はるか昔に成道した意味にしたいなら、
久遠時成仏で、久遠実成なら、はるか遠くに果実が成ってるとか、
それってどういう状況なんでしょ?

久遠てなんだろね?  時間ではなく、距離表現とすると、
已来は以来・・にはならなくて、久遠が成仏の
やって来る場所てこと?

サンスクリットの原文は、この「已来」と「久遠」のとこ
なんて書いてあるんだろ・・。

644 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/20(土) 08:44:37.33 ID:8a84xkrK
>>597
刀杖は、たぶん鉄刀木(たがやさん)の杖でしょ。
高級品で、材質がものすご重くて固い。

うちにも鉄刀木の座卓あるけど、スゴい重さと堅さで、
60センチ幅に年輪が300本あるのが自慢なんだって。

瓦石は土塀が崩れた瓦礫で、レンガのような土の塊。

加刀杖瓦石と、杖木瓦石而打擲之。は
鉄棒みたいに固い杖でなぐり、レンガを投げつけること。

斬るじゃなくて、打つだから、刀ではなくて棒だね。

死被瓦石は、レンガに当たって死んぢゃうのか・・。

645 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/20(土) 09:00:14.15 ID:8a84xkrK
鉄刀木で思い出したのはここ、
日蓮さまの庵に刀があったことの弁明らしく、

(行敏訴状御会通)
法華経守護の為の弓箭兵杖は仏法の定れる法なり
例せば国王守護の為に刀杖を集むるが如し、

兵仗 = 刀杖、 

刀杖は刀って言いたいらしいけど、兵仗は棒術のこと。

鉄刀木は紫檀黒檀より上の、仏壇仏具用の高級材だから、
日蓮さまと日蓮教団が知らないはずはない。

調べたら遣隋使がはじめて日本に持ち帰ったとか。

でも刀だと言い張って、開目抄の執持刀杖の記述に
強引に持ち込んでるんだよね。

646 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/20(土) 11:59:35.51 ID:M1aTh9uM
>>641

>法体の永遠性を説くために、歴史的存在の釈尊を常住不滅としてしまった。
>これが華厳や密教では大日如来が普遍的な法身の具現化として認識され、

“常住不滅”に対する私のイメージが、寿量品のそれとは明確に異なるとのご指摘ですが、
では、あなたの言う“法体の永遠性”、
及び、それが大日如来によって普遍的に具現化されるというのは、どういうイメージでしょう?

生身の釈尊が常住不滅であると考えることなどできませんから、
寿量品における釈尊も法体の具現化としての仏と解するべきでしょう。
そのような論理的な解釈を許さない記述が寿量品にあるということでしょうか?
もしあったとして、しかしまた道理は文証に優れるものであれば、
それに拘泥して大意を見失ってしまうのも勿体ない話でしょう。

647 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/20(土) 12:26:24.53 ID:M1aTh9uM
>>642
>出典は何なのでしょうか?

手持ちの資料によれば、成住壊空の四劫については、
「長阿含経」、「大智度論」、「倶舎論」などに記述があるようです。
しかし、自然の現象として、“常住 ”と“無常”の理は万人が観ずるところではないでしょうか。
このような主体的思考を軽視して、客観的な文献を客観的な言葉のみで説明しようとするのは、
それこそ、あなたたちの最も嫌う原理主義、カルト思考ではないかとも思います。

648 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/20(土) 12:50:41.96 ID:G8wKOvrs
>>643-645
思うに梵本には「然我実成仏已来。久遠若斯。」に相当する原文はないと思います。
岩波文庫の現代語訳のほか、梵本原典からの英訳や仏訳にも見当たりません。
あなたのカキコはなかなか示唆に富んでおり、参考にさせていただいています。

649 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/20(土) 13:09:34.60 ID:G8wKOvrs
>>646
>生身の釈尊が常住不滅であると考えることなどできませんから、寿量品における釈尊も法体の具現化としての仏と解するべきでしょう。

その通りです。だから生身の釈尊を常住不滅とするプロットが未成熟だというのです。
釈尊と言うのは釈迦族から出家したシャーキャムニという歴史的実在です。それが常住不滅だと法華経では釈尊自らが宣言しています。
生身の釈尊が常住不滅のはずがないと認めながら、その不可能を宣言する法華経は正しいとするあなたの解釈は論理的解釈ではありません。

650 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/20(土) 13:19:35.91 ID:G8wKOvrs
>>647
>「長阿含経」、「大智度論」、「倶舎論」などに記述があるようです。

あなた同様、それらを読んでいないので、私にも成住壊空についてはよくわかりません。

>自然の現象として、“常住 ”と“無常”の理は万人が観ずるところではないでしょうか。

私は無常を認め、空を認めますが、「常住」のほうは日常的感覚の話ならまだしも、原理としてはよくわかりません。

>このような主体的思考を軽視して、客観的な文献を客観的な言葉のみで説明しようとするのは、
>それこそ、あなたたちの最も嫌う原理主義、カルト思考ではないかとも思います。

逆ではないでしょうか。客観性や言葉の検証を無視して、特異な「主体的思考」に走るのがカルトでしょう。

651 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/20(土) 14:38:36.55 ID:jAH8KMt3
>>649

>釈尊と言うのは釈迦族から出家したシャーキャムニという歴史的実在です。
>それが常住不滅だと法華経では釈尊自らが宣言しています。

そうではなく、
少なくとも寿量品における釈尊は、総じてシャーキャムニではなく法身としての仏と見るべきではないかと。
それを、生身についての未熟なプロットと断定して憚らない態度に違和感を覚えたまでです。
仮に、文法上はそう解釈する他はないとしても、それ自体がある種のレトリックだと読むことも可能でしょう。
いずれにせよ、そんな簡単な話ではないと思いますが。

>私は無常を認め、空を認めますが、「常住」のほうは日常的感覚の話ならまだしも、原理としてはよくわかりません。

あなたの言う“法体の永遠性”とは、すなわち“法体の常住”ではないのですか?
私のイメージとしては、“エネルギー保存の法則”みたいなものでしょうか。

>逆ではないでしょうか。
>客観性や言葉の検証を無視して、特異な「主体的思考」に走るのがカルトでしょう。

私が言うのは、あなたが「法華経の未熟なプロット」と決めつけるような思考回路のことです。
言葉とは他人が作ったものですから、それだけを駆使しても能動的な思考はできません。
個人の能動性や主体性を否定し、絶対的なドグマに縛りつけるのがカルトでしょうから。
あなたも、経典の記述を絶対視して、相手の主体的解釈の余地を排除しようとしていませんか?
ということです。

652 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/20(土) 22:43:54.05 ID:/+ZwHY+C
あーてすてす

653 :スチールカン:2014/09/20(土) 23:15:00.10 ID:vdIo2WFQ
>>644さん
ふむぅ〜、、、不軽品からでは刀杖の材質がなんであるかは流石に分かりかねますね。
法華経以前に釈迦自身の説いた教えに執着している、頑固で増上慢の比丘達の悪口罵詈を例えたのが刀杖瓦石じゃないかと思った次第で。
この不軽菩薩がこの時に法華経を知っていれば、当然に観世音菩薩普門品でいわれている『彼の執れる所の刀杖尋いで段段に壊れ』るはずなのですがねぇ。

654 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/21(日) 08:01:16.00 ID:U3A3m9l8
>>651
いいですか。あなたが食いついてきた元の631で私は、寿量品が「法体の永遠性を説くために、歴史的存在の釈尊を常住不滅とてしまった」と言いました。
あなたと私はこの点で違いはないのです。しかし私はこのような解釈が法華経作者の原意に沿わない解釈であることを自覚しています。あなたにはそれがない。
なぜなら教主を釈尊とする法華経は、自らが常住不滅だと当の釈尊に語らせています。しかもこれこそ真実で他は方便であると断言しているのです。
あなたや私が、これを信じられないからと言って適当に解釈するのは勝手ですが、それは同時に、経典としての法華経を信仰していないということです。
天台大師や日蓮は、この「未顕真実」を根拠にして、法華経を最も勝れた経典であるとし、日蓮もそれを鵜呑みにして他宗の誹謗中傷に生涯を費やしたのです。
日蓮にいたっては、法華経の教主が釈尊という歴史的実在であることを踏まえて、真言の大日如来は架空の仏だと見当外れな誹謗をくわえています。
しかしこの思想は大乗後期に修正されていきます。私が未熟というのは未成熟、発育途上という意味です。631で「早産」と言っているのも同じ意味です。
なお毎度のことながら、あなたとの議論は不毛なので一方的に打ち切らせていただきます。
読み違いや的外れな反論でなく、何か新たな論点があれば改めてレスいたします。

655 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/21(日) 08:32:42.04 ID:F5G8CvJn
>>653
それ観音経だから、観音様の名前を心に念じる、
称名念仏を唱えるんだよ。

これも唱えるのは、なんみょー題目ではありません、
というのがポイントでしょうね。

臨当被害。称観世音菩薩名者。彼所執刀杖。尋段段壊。

殺されそうになったとき、観音様のお名前を口にすれば、
相手の持っている殺人杖は、ポキポキと折れてしまいます。

感じとしては、不敬菩薩のしつこい勧誘に激怒する人が
いっぱいいて、その怒りを表現したものが刀杖瓦石でしょ?

だから執持刀杖を、折伏のような強引な勧誘の根拠として
推奨するのはまったくかん違いの解釈で、

むしろ不敬品は、悪い勧誘の例で、ストーカーみたいに
しつこくするのはやめなさいって話にしか見えんけど、

営業メインの法華経は、こういう一般常識から見て
いかがなものか? みたいな話が多いよね。

656 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2014/09/21(日) 09:31:02.66 ID:cOivocl2
>>635 スチールカン さん
提婆達多品の「宝樹」、全く記憶に無かったので検索してみたところ、様々な文献やサイトで
「宝珠」と訳されていました。むかし私が読んだものも、同じように書き換えていたのでしょうね。

あるいは「宝樹」版とは別に「宝珠」とした版もあったのかもしれませんが、「無上の価値」という
意味は同じですから、この辺は樹でも珠でも、他の何かでも良いのかもしれません。

>>633は、複数ある記述のうちから、他宗教や世俗でもよく語られているものを挙げました。
ただ、帝釈是を持ちて〜のくだりがピンときませんが、単に私が疎いだけなのかもしれません。

舎利といえば、日蓮の遺骨は(少なくとも最有力なのは)身延なのでしょうね、やっぱり。

657 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/21(日) 13:43:35.22 ID:Uhc5SIef
>いいですか。あなたが食いついてきた元の631で私は、寿量品が「法体の永遠性を説くために、
>歴史的存在の釈尊を常住不滅とてしまった」と言いました。

ならば、そう解釈する根拠となった該当箇所を示してくれませんか?
私には、法華経作者が未熟というより、あなたの読解力の方が未熟に思えます。

>あなたや私が、これを信じられないからと言って適当に解釈するのは勝手ですが、
>それは同時に、経典としての法華経を信仰していないということです。

勝手な解釈ではないと思いますが。
始成正覚に対する久遠実成を明かした寿量品の文脈において、
生身の釈尊の“常住不滅”に拘る理由はどこにもないからです。
あなたの分析が、言語学的に正確だとして、さて、文脈的な矛盾はどうしましょうか?
というよりも、果たしてそれは矛盾と呼ぶべきものでしょうか?

経典はアバウトなものです。
あなたや私が一読して理解できるものならば、なにも日蓮は竜ノ口に臨む必要もなかったでしょう。
“思いつき”でレスをしたのは、あなたではないですか?

>なお毎度のことながら、あなたとの議論は不毛なので一方的に打ち切らせていただきます。

そもそも不毛な議論を吹っかけて来て、法華経のイメージダウンや日蓮のネガキャンに資すれば御の字、
というのが、そっちのスタンスでしょう?

ところで、大日如来の件は?
なんであれが普遍的に法体の永遠性を具現化しているんですか?
もうちょっと自分の発言に責任を持ちなさいよ?

658 :スチールカン:2014/09/21(日) 17:43:44.03 ID:VO7ZgMBa
>>655さん
不軽菩薩当時ならタダで読めた経も、今やなんでもお金が掛かる時代ですものね。

>>656山椒島さん
仰る通り、平楽寺版が【樹】になっていまして、春日版は【珠】でした。
69384字に違いがあっていいものなのでしょうかw
因みに私のは平楽寺版なのですが、改正前のものだったりして。

659 :スチールカン:2014/09/21(日) 17:52:33.05 ID:VO7ZgMBa
>歴史的存在の釈尊

 『皆今の釈迦牟尼仏釈氏の宮を出でて伽耶城を去ること遠からず』 寿量品
 『世尊、如来太子たりし時釈の宮を出でて、」「是れより已来始めて四十余年を過ぎたり。』 従地涌出品

この箇所を読むだけで、法華経作者がいかに歴史的存在の釈尊を語っているのかが分かるような気がします。
この説は主にジャータカからでしょうが、この説に疑いを持ってしまえばお手上げになってしまいますね。
寿量品での“常住不滅”は釈尊は生身として捉えなければこの法華経は余計に難解な物語になってしまうような気がするし、
後の読み手が勝ってに解釈できるようないい加減な宗派が今よりも多くなっていたでしょうと思いますね。

 『如来の演ぶる所の経典は、皆衆生を度脱せんが為なり。或は己身を説き、或は他身を説き、或は己身を示し、或は他身を示し、或は己事を示し、或は他事を示す。』 寿量品

さて、そうなればこの経典の法華経での釈迦は、一体なんなのか?・・・という疑問になるわけですが、ここでは正真正銘の釈迦にしておいて、
偈文の最後の、

 『毎に自ら是の念を作す 何を以てか衆生をして無上道に入り 速かに仏身を成就することを得せしめんと』 寿量品偈

とここで釈迦が法華経を説いた後にも化身として衆生を導くのでしょうと解釈してしまいますが、、、、どうでしょう?
辻褄があいませんかねぇ〜。
そうすれば、この法華経全文字は何なのか? ここに帰依したところで生身の釈迦に会えるのか? 日蓮は今いづこにぃ〜?

これ考え過ぎたら頭が変になっちまうな。
>>654さん>>657さん
これ絶対に不毛な議論になりそうですw

660 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2014/09/21(日) 22:14:05.93 ID:cOivocl2
>>658 スチールカン さん
やはりそうでしたか。平楽寺版と春日版については、前に別スレでも少し書いたことがありましたが、
それぞれにも様々なバージョンがあるそうですね。現在メジャーなのは平楽寺「宝珠」版でしょうか。

日蓮が読んだのは春日版。日蓮宗はおそらく平楽寺版。日蓮正宗の自称「大石寺版」も中身は
丸々平楽寺版。創価学会独自で刊行したのは春日版。ただし、これまた日蓮使用のとは別物。

頑なに宗祖と同じ版を使わないのは、何か理由があるのでしょうかね。

661 :スチールカン:2014/09/22(月) 00:12:29.74 ID:UhClt/4D
>>660山椒島さん
大変に申し訳御座いません。
>>658にて “因みに私のは平楽寺版なのですが” と、いかにも自分の持っている平楽寺版法華経を確認したかのようなことを言ってしまったのですが、
実は山椒島さんに“現在メジャーなのは平楽寺「宝珠」版”と言われるまで実際には確認してませんでした。
(何か話が合わないなぁ〜)と思い、そこで確認してみたところ、はいそうです私の持っている平楽寺版も【宝珠】になっております。
横着にもネットでのサイト、日蓮宗現代宗教研究所だけでの文献資料の見解により、平楽寺版は全部【宝樹】になっているものだと思い込んでの書き込みお許しください。
本当に、手を抜いた事は後でシワ寄せがくるかと思い、急ぎ釈明をさせてもらいました。すみません。

多分ですけど、ここサイトでの誤字なのかもしれません。

662 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2014/09/22(月) 22:27:43.73 ID:13oEzwHe
>>661 スチールカン さん
や、たまたま予想が当たっただけで、私も自ら読み比べたりしていませんので(笑
意味まで変わるような記述や解釈なら、原典を見ようかという気も起きるのですけれど。

宝珠はそのまま宝石のようなもの、宝樹はイメージとしては珊瑚あたりでしょうか。
どちらも、価値を推し量れない・値段を付けようもないほど尊いもの、ということで。

ただ、正確には、宝樹はやはり十方の諸仏の座にそびえ立つ樹木ということなのでしょうね。
日蓮もそれに沿って記述していますので、竜女が捧げた「宝樹」はまた別物では、ということで。

まぁ同じでも良いですが、8歳の娘?が大木を抱える構図は見栄えが良くないですね(笑

663 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/23(火) 07:11:55.73 ID:AERRg5FQ
661の現宗研のアップしている最澄の法華秀句の引用する法華経の該当箇所には「宝樹」の字が見えますね。誤字でしょう。
ところで先日の如意宝珠の梵語には「如意」の意味はないと言いましたが、如意樹というのはカルパヴリクシャという成語があります。
もともと仏教以前からインドでは民衆レベルでは聖樹信仰があった。これがヤクシニーの信仰に変わり、夜叉(女)として仏教に編入されました。
ここまでは通説です。すると聖樹-如意樹(夜叉)信仰が仏教に編入され、やがて塔や宝珠の信仰に形態を変えていったと考えられます。
すると結局は山椒島さんがいうように樹でも珠でも本質的な意味に差はないといえそうですね。

664 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/23(火) 07:55:53.40 ID:AERRg5FQ
663の続き
ところで余計なことを言えば、私はこの竜女の説話は法華経普及団(サカ族?)か、それ以前の侵入民族の首領による竜王部族の制服、およびそれに伴う竜女の処女喪失の物語を象意するものと解釈しています。
つまり竜女が釈尊に向かって差し出した珠とは処女性および被征服部族の財貨であって、釈尊に擬せられているのは侵入した異民族の首領だと思います。この釈尊の擬制は法華経では多く見られます。
女性器の消失と男性器の出現およびシャーリプトラと大勢がその事実を見て証言するという、どうかと思われるくだりはこの性的征服を隠蔽するために、故意に竜女が男性であると強調したものと解釈します。
もちろんこれはあくまで伝承文学としての見方による私見ですから、信仰としての教義解釈とはまったく別次元の問題です。初めに「余計なこと」と断った所以です。

665 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/23(火) 10:19:09.93 ID:jnJ5Scog
>>663
>すると聖樹-如意樹(夜叉)信仰が仏教に編入され、やがて塔や宝珠の信仰に形態を変えていったと考えられます。

原語がそもそも違うだろうがw
単なる妄想の陳列はやめてもらいたい。

666 :スチールカン:2014/09/23(火) 21:19:14.14 ID:E4B5Yc7P
>>662山椒島さん
「宝物を貰ったり、与えたり」と共に養うことが一番の価値なのでしょうかね。

糞僧衣を身に纏った釈迦には、どんな高級ブランド品も似合わないようにも思いますし、
法華経内容なんていうのは、いかにも凡人が憧れる「いい車、いい住まい、いい服に、高価なアクセサリー」と欲望をも抱かせるような話なようで。

法華経での釈迦の説法には、どうもそんなに偉大の心の持ち主では無いような気がしますね。・・・例え話がよくないです。
あれが相手の機根に合わせた霊山の説法ならば、ここに集まる者への「菩薩を教える法」ではなく、欲に貪る性格の人に余計な新たな欲を抱かせるものかと。
相対に蓮華を見ればとても綺麗な花なのに、これ以上に飾り勝るものなどないと思いますし、糞僧衣釈迦の背景には余計な宝物など不要にも思いますね。

 『普賢、若し如来の滅後後の五百歳に、若し人あって法華経を受持し読誦せん者を見ては、是の念を作すべし。
  此の人は久しからずして当に道場に詣して諸の摩衆を破し、阿耨多羅三藐三菩提を得、法輪を転じ法鼓を
  撃ち法螺を吹き法雨を雨らすべし。当に天人大衆の中の師子法座の上に坐すべし。普賢、若し後の世に於て
  是の経典を受持し読誦せん者は、是の人復衣服・臥具・飲食・資生の物に貪著せじ』・・・普賢菩薩勧発品

とも、書かれているし、このような行者を軽んじる者の罰はというと、

 『現世に白癩の病を得ん。若し之を軽笑することあらん者は、当に世世に牙歯疎き欠け、
  醜唇・平鼻・手脚繚戻し、眼目角・に、身体臭穢にして悪瘡・膿血・水腹・短気・諸の悪重病あるべし』・・・・普賢菩薩勧発品

667 :スチールカン:2014/09/23(火) 21:20:05.20 ID:E4B5Yc7P
↑の罰なんていうのは、歳をとれば誰でも該当するものですよね。
法華経全文を読んでも、経の差別は明らかにありますし、それによっての人間差別もにわかに示唆されているのですね。

蓮華は綺麗に見られることで慢心にはならないだろうと思います。と蓮華だけに限った話ではありませんが。
あっ、それと“8歳の娘の成仏”に関しては、女人成仏というよりも上レスで誰かさんが「幼女成仏」みたいなことを言ってたと思いましたが、
(なるほどそんな解釈もできる!)と思いましたねw
また、竜といったら蛇の大きいのでしょうけど、海蛇なわけですよね。そんで蛇は雌雄の外見では区別が結構難しいとか?
雌に思えてた竜は半陰茎の雄であった!というオチも有りかと。w

668 :大乗非仏説:2014/09/23(火) 21:58:28.93 ID:xih5hu+9
>>663
全文をしらべていないのでわかりませんが、
サンスクリット原典(岩波文庫)では「宝珠」となっていますね。
ですから必ずしもおっしゃっているのとは違うように思います。

669 :スチールカン:2014/09/23(火) 22:18:47.62 ID:E4B5Yc7P
>>664さん
法華経提婆達多品では、

 『女身は垢穢にして是れ法器に非ず』 と、舎利弗が言ってはいるものの、チンチンの事だとはここでは不明ですね。サンスクリットからの解釈にしても、「性器とか男根」とはされてても
、その「器、根」とはなんであるか?ってことは説明されてなくて、想像に生殖器と考えてしまうのは早いのでは?と私は思っています。
この龍女エピソード以前から、この法華経内容には「比丘尼、優婆夷」がいるわけでして、もう成仏になる権限があっての集まりがこの物語だろうと思いました。
そこで、
 『龍女の忽然の間に変じて男子となって』と、女身が男身に変じたとされる、この箇所も確かではありますが、
神通力で、その皆が見た龍女の成仏は南方無垢の世界の場面なのでしょうから、『霊鷲山に詣でて虚空に住在』にて成仏したのかは、ここでは分かりませんですね。

まぁ、一般的には生殖器の変化と解釈されていますので、私がとやかく言うことではないのですがね。

670 :スチールカン:2014/09/23(火) 22:32:21.63 ID:E4B5Yc7P
って言いいますか、その〜現実的にまた生物学的にも、雌から雄の変わるということは有り得ないものですし、
法華経での多くの例え話の龍女の変化の教訓はなんであるかってことなのでしょう。
「男も女も平等だ!」って、とりあえず御都合的にも書いて置たかったのでしょうと思います。

671 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2014/09/23(火) 23:52:35.87 ID:0bGAKT1Q
>>663 さん
中国でも日本でも、写経や編纂の過程で様々な異本が生まれたのだろうと思います。
今回、少し検索しただけでもそれらの比較対照作業があちこちで行われており、その差異も
結構な量があるようでした。「宝樹」はそれら数ある中のほんの1つに過ぎないのでしょうね。

民間伝承や当時の風俗などとの関わりを考えるなら、やはり梵本と、ということになりますか。

>>666 スチールカン さん
いつでしたか、曹洞宗かどこかの宗派が、その辺の記述に関して声明を出した記憶があります。
特に癩病について、現代に至るまで長年に渡って社会に与えた影響などに言及していました。

一方で、今も「地獄に堕ちろ」だの「冥罰を恐れろ」だのと恫喝して回り、敵対者が亡くなれば
いちいちあげつらって嘲笑を浴びせ倒す人達もそこかしこにいますね。呵責だ何だと言いながら。

「法華経を讃むと錐も還って法華の心を死す」とはよく言ったものです。

672 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/24(水) 00:04:13.53 ID:b6zNuFiD
>>668
大乗非仏説さん

漢字の単語ではなく翻訳文ですが、法華経の日本語訳は書籍によって皆異なるといっても差し支えありません。
「宝珠」か「宝樹」かはインド仏教の法華経及び他の経典、中国仏教の法華経及び他の経典、日本の経典と
幅広く見るともっと面白いかもしれませんね。

インド方面の仏教経典として成立した法華経ですら、元はひとつだったのかは研究の余地があるかもしれませんね。
法華経自体が徐々に成立したのは間違いなさそうです。

673 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/24(水) 06:56:20.96 ID:rmnUrAXj
>>668
私は法華経が宝珠でなく宝樹だなどとは一言も言っていませんよ。
だから、初めの一行で、日蓮引用の最澄の法華秀句に見える「宝樹」が「誤字でしょう」と言いました。
「おっしゃる意味」とは、663がどういう意味だと受け取られましたか?
あなたを論難するつもりではなく、私の書き方に誤解を招く要素があれば、今後の参考にしたいので。

674 :大乗非仏説:2014/09/24(水) 07:28:24.76 ID:68OQk9th
>>673
私のはやとちりだったようです。
申し訳ありませんでした。

675 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/24(水) 07:32:10.92 ID:rmnUrAXj
>>674
迅速なレス恐縮です。短い文章で書くとどうしても意を尽くせないところがありますから私も注意します。

676 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/24(水) 07:59:57.86 ID:rmnUrAXj
>>666>>667
同意です。素直に読むと、疑問が次々と出てきます。教義的説明はされていますが、到底納得いきません。
そこからまた別の興味が生じてきます。いったい誰がどういう事情でどういう目的でこれを作成したのか、と。
そういう観点でいろいろ考えてみると、まったく異相の物語が現前してきて面白いと思います。
また経文や文献だけでなく当時の美術や建築も参考になります。
673でふれたヤクシニー像などは大乗時代ではグラマラスでセクシーな半裸の女性像として描かれています。
ギリシア彫刻の理想的な肉体美とちがって明らかにセックスシンボル化しています。
先に話題なった如意宝珠の梵名はチンター・マニと言いましたが、これを名乗る王族御用達の遊女もいたようです。
法華経の時代はこのような時代でもあったのです。

677 :スチールカン:2014/09/24(水) 19:53:18.55 ID:SkJmZqFU
>>671山椒島さん
法華経の心っていいますれば、「釈迦の心が死す」って言いたいのでしょうね。
私は法華経の釈迦はなんだか好きになれませんね。難解に説かなければ分からない真実って、「何よそれ」っていいたいのですねw
“御内証”って言ってます門下の信徒達って、法華経説法の言葉を修羅心で聞いている輩達なのでしょうから、こんな人達も好きになれず退転した私。地獄確定かもw
そこで、
 牙歯疎き欠け・・・歯槽膿漏
 平鼻    ・・・遺伝
 手脚繚戻し ・・・職業病
 眼目角   ・・・パソコンの見過ぎ
 身体臭穢  ・・・加齢臭
 水腹    ・・・ビールの飲みすぎ
 短気    ・・・折伏せよ!って下種された

7つも該当する俺って何よ!
仏の三十二相よりと比べても見栄えはいいと自分では思ってはいるのですがね。w

どっちにしても、地獄の鬼も怖いでしょうが、仏様も同じように怖い存在なのですね。

678 :スチールカン:2014/09/24(水) 20:35:20.06 ID:SkJmZqFU
>>676さん
八歳龍女がまず仏三十二相をすべて具えるには「陰蔵相」が必然なわけでしょうね。
もし、女人でも成仏できるとするならば、この陰蔵相という例えを除かなくてはなりませんね。
しかし、この提婆達多品ではしっかりと“三十二相”の具えた龍女が描かれていますね。
成仏する前に「成男」があっての三十二相なのであるか、はたまた元々から男であったかということが疑問でありますね。

まさかとは思いますが、二個の一つを分与えるたチンタマでもないでしょうしね。
“宝樹”に関しては、これも読み手によって替えるのも可能でしょうが、
中国漢文大蔵経での法華経でも“宝珠”となっておりますので、少数派が用いる「宝樹」なのでしょうと思われました。

>これを名乗る王族御用達の遊女もいたようです

あっ〜そうなんですか。
岩本氏の訳文では、この龍女が自分ことを「妾」と言わせてますね。普通に「わたしは、」とか「わらは」と自分をへりくだった語として使用させているのでしょうが、
貴殿の読みを参考にしてみれば、「めかけ」として詠んでも仕方がない時がくるかもしれませんね。

679 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/25(木) 07:15:20.61 ID:hmLW5RAL
>>678
相変わらず諧謔が冴えわたっていますねw
ガンダーラは当時、シルクロードの東西貿易で沸き立ち、さながら古代インドのバブル時代だったということです。
商人は織物や香辛料を輸出し、金銀宝石が流入した。富裕になった彼らは仏塔を建立し、仏像や神像を作成させた。
信仰心だけでなく地位や名誉を示す面もあった。美術品は礼拝対象としてだけでなく財宝としても尊重されたに違いない。
つまり私が言うのは、スチールカンさんが666でいうような法華経の特色は、そういう時代性の反映ではないかと。
経文といえども時代の刻印を帯びるということでしょう。

680 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2014/09/25(木) 19:52:58.99 ID:jycxxRoz
>>677 スチールカン さん
>>270でも少し書きましたが、皆さん揃って地獄堕ちですから、そちらの方が良いかもですよ(笑

日蓮が言うには「(末法始めの500年中の)広宣流布が成らなければ釈迦多宝も堕地獄」ですし、
当然ながら地涌千界も地獄。歴史上の人物も皆地獄。現在の偉人達ももちろん地獄ですね。
で、御仏まします所は即寂光土だそうですから、いずれにしても心・配・御無用(某大河風)です(笑

そういえば、織田信長が表向きだか名義だけだか法華宗でしたね。
だからか知りませんが、本能寺の変の際、西山本門寺に首が飛んできたという伝承がありました。

切腹して焼けたのに首というのも変な話ですが、大石寺じゃなかったのですねえ。

681 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/25(木) 20:53:41.72 ID:wexmtMU5
>>680
>織田信長が表向きだか名義だけだか法華宗

これは違いますね。信長の家来に法華宗徒がいる、ということです。
信長は日本の「神」になりたかったわけですから。

なお、本能寺は法華宗の寺です。

682 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/25(木) 21:35:02.36 ID:hmLW5RAL
本スレは日蓮スレなので、あまり法華経の細部にこだわるのは気が引けるのですが、お詳しい方が多いので質問させてください。
このところ話題になった竜女の件ですが、一般的な法華経解釈として竜女が悟りを得たのは以下のどれとされているのでしょうか。

1.竜女は文殊が海底で法華経を説いていたときかどうかは別にして、この場で釈尊と会見する前に既に悟りを得ていた。
2.竜女は悟りを得る資質は元々備えていたが、この場で釈尊と会見したときに初めて悟りを得た。
3.竜女は釈尊と会見し宝珠を釈尊に供養した直後、シャーリプトラの疑惑に応えて「変成男子」したときに初めて悟りを得た。

成仏と言う言葉は多義的なので「悟りを得た」と書きました。

683 :スチールカン:2014/09/25(木) 21:43:08.81 ID:lBUwULeV
>>679さん
法華経を『商人の主を得たるが如く』と藥王菩薩本事品でも述べられている例えからしても、いかに商業の発展した時代にそったような物語だと感じはしますね。

>>680山椒島さん
結局、誰しもが地獄に堕ちるという要素を持っているとのことのようですね。

蘭丸といえば鶴丸家紋だったようで、その信長の首を蘭丸の魂が運んでもきたのでしょうかw
冗談はさておき、切腹したという織田信長の遺体は無かったということになっていたと思いますが、
その切腹さえも確証のない話かと思ってはいましたね。

684 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/25(木) 22:45:26.42 ID:wexmtMU5
>>682
法華経・提婆達多品を見る限り、3でしょうね。宝珠と変成男子
という、二つの宝のゆえに悟りを得たのでしょう。

なお、法華経は、おっしゃっているように、細部を追及するより
あくまでも物語として考えた方が、心が休まりますし、心の翼が
広がると思います。例えば千夜一夜物語のように、フィクション
と考え、ノンフィクションと考えない方が良いでしょう。

また、日蓮が引用している経典は、ダントツで大乗涅槃経が多い
のです。次に、天台智の摩訶止観です。法華経からの引用は、
かなり少ないですね。
法華経は、素直な心で読めば、恐ろしい経典ではなく、穏やか
な経典なのです。SFのような所もありますが、そういうストー
リー展開だと思えば良いのです。

685 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2014/09/25(木) 23:58:35.87 ID:jycxxRoz
>>681 さん
家臣の統制上であろうと、尾張の施政上であろうと、京商人との付き合いであろうと、叡山への
対抗材料であろうと、信長が「名義は」「公称は」「形だけは」法華宗徒であったことに変わりはなく、
フロイスの書簡など同時代の資料にも明記されているものがどう違うのか、私には分かりかねます。

>>682 さん
詳しくもなく一般的な解釈も知りませんが、智積の疑問に対する文殊の回答は「過去形」ですね。

>>683 スチールカン さん
そうでしたね。遺体は見つからず、切腹したという確証もありませんでした。
鶴丸紋については数スレ前で少し検討しましたが、南部系や近江の源氏に多く見受けられました。
井桁紋もそうですが、こちらも日蓮由来とするに足るような確証は無かったように記憶しています。

もっとも、どこぞの寺院には、日蓮所持の鶴丸紋入りの籠か何かがあるそうですが(棒読み

686 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/26(金) 07:24:19.12 ID:iyLsoj9A
>>684>>685
684さん、山椒島さん、ご意見ありがとうございます。参考になりました。それぞれ納得できるだけに、やはり解釈が分かれるのですね。
じつは682で挙げた3つの他にも、変成男子した後、南の宝樹の根本に座して「成等正覚」した時とも解釈できます。
なぜこんなことをお聞きしたかというと、梵本にある竜女の謎めいた一言、「私に超能力があったら、(釈尊が宝珠を受け取られた間)より速やかに、
悟りを得るでしょうし、誰も宝珠を受け取る者はいないでしょう。」に引っかかったからです。
もし竜女が「誰も宝珠を受け取る者はいないでしょう」と追って言わなければ意味は単純明快になります。
実際、羅什はこの部分を割愛し、「汝の神力をもってわが成仏を見よ」(684さんの解釈通り)とし、同時に、超能力の主体を竜女から舎利弗に転化させています。
つまり「私に超能力があったら」が「あなたの超能力で」になってしまっている。元のままでは成仏が超能力任せになりかねないと懸念したのでしょうか。

しかし梵本に即して竜女の「私に超能力があったら」を、「反語表現」として解釈すれば、この一言の意味は、
「(あいにく)私に超能力の持ち合わせはないため、悟りを得るためにそれなりのプロセスを経た。そしてそれは釈尊に宝珠を供養した刹那に完成した。」という意味、
すなわち、「超能力で簡単に悟りを得られるなら、あえてこうした形で釈尊に宝珠を供養することもなかったろう」という意味にも受け取れます。
そこに引っかかったので、標準的な経文解釈ではどうなっているのだろうとお尋ねした次第です。
しかしながら、このやり取り以前に、竜女の悟りは過去の既定事実として文殊が語っているのは山椒島さんのご指摘の通りです。

687 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2014/09/26(金) 19:09:42.87 ID:leF5yVMw
>>686 さん
提婆品の竜女のくだりは、女人成仏よりもむしろ「聞成菩提」、つまり「法華経の一句一偈を聞いて
即座に菩提に至る」という趣旨こそが主題であり、描かれる問答もそれに基づいていると思うのです。
またこのことは、「速成就仏身」の偈から始まって、法華経全体に通じるテーマのひとつでもあります。

もしそこにブランクなりプロセスなりがあるのなら、前半の提婆達多の記述との対比が曖昧になりますし、
上記のテーマはもちろん、後で説かれる寿量品の伏線にもならず、繋がりも皆無になってしまいますね。

竜女は「聞成菩提 唯仏当証知」と言います。つまり既に成仏はしていますが、それを知るのは仏のみ。
神通力があれば自ら証明は出来る(=宝珠も用無し)が、それは無いので「汝らの神力を以って見よ」。
ですから、変成男子以降の記述は、舎利弗らが神通力で見通した架空?の光景ということになります。
実際の竜女は変身もせず、南方世界に飛びもせず、そのままにそこに在る、ということではないでしょうか。
だからこそ"即身"成仏とも言い、因果"倶時"・"不二"・"相即"等と理解もされているのだろうと思います。

とまあ、素人意見が参考になりますかどうか・・・ただ、日蓮も概ねこのような理解だったと記憶しています。

688 :スチールカン:2014/09/26(金) 22:41:50.23 ID:HQbNmDWR
>>685 >>687山椒島さん
>鶴丸紋入りの籠

初めて聞きました。
日蓮が乗る籠でありましょうか?
まさかとは思いますが、山菜とかを収穫したときに利用する物じゃないですよねw

>前半の提婆達多の記述

私も、この提婆達多と仙人の話のくだりから龍女成仏とやらを考えてみたほうが、少しはこの章の趣旨が見えてくるのではと思いますね。
ただ、寿量品での久遠実成の説と、提婆達多品でのリアルに現世での「国王を捨て法華経という教えを求めた釈迦」の姿とでは矛盾な話ではないかとも思っております。
“久遠国王でもあった”という説でも付け加えた内容があるのならば、少しは筋が通った物語にもなるのですが、どうでしょうかね。
あれっ、過去スレでも似たような話をしたような?

日蓮はここのところをどのように解釈しているのでしょうね。

>>682さん
◎ 仙人が王に法華経を教える。→仙人は今の提婆達多で王が今の釈迦。→その後に提婆達多も天王如来になる。
○ 文殊が龍女に法華経を教える。→文殊は今の???????龍女が今の??→その後文殊も?????なる。

虫食い算のように簡単に考えてみましたが、、、答えが出てこない。涙
私の考え過ぎかもしれない。

689 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2014/09/27(土) 00:27:03.05 ID:Y+BY72UR
>>688 スチールカン さん
そのまさかで、駕籠のカゴではなく、(おそらく書類や経巻などを入れるための)ケースとしてのカゴです。
別スレでも書いたことがありますが、例の「祈雨の三法具」や「日興所持の数珠」などと同様の代物です。

提婆品についてですが、前半の記述は「本師となる仏・法があって、歴劫の修行を経て仏果に至る」という
法華経迹門までの概念のままに描かれます。上の方での、大通智勝仏や威音王仏らの話もそうでしたね。
一方で本門寿量品では「我実成仏已来無量無辺」とし、発菩提心も行菩薩道も、時間的な前後は無く
最初からとか何時からといった概念をも超越した「元から仏」的な、まさに本仏としての記述がなされています。

この辺のことを、日蓮は重書では開目抄であれこれと述べていますが、端的には本尊抄の「無始古仏」との
記述によく表れていると思います。過去世の聞法や菩薩行が先にあるなら、「無始」ではなくなりますものね。
聞法という因縁はあるものの、菩薩行なくもそれを具し、仏果を示した竜女の記述は、上の寿量品の記述に
至る伏線・架け橋的な意味合いが読み取れる、と言いますか、そうでないとまたもや辻褄が合わなくなります(笑

もっとも、これについても古来より諸説紛々・議論諤々です。正解があるのかどうかも私には到底分かりません。

690 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/27(土) 07:40:18.93 ID:Ku223AL1
>>687
山椒島さん、まず第一段落には基本的に賛同します。約言すれば、法華経全編を通じて「この教えが真実」という命題以外に主張内容らしいものは全くありません。
第二段落については、山椒島さんのおっしゃる「提婆達多の記述との対比」や「寿量品の伏線」の意味が私にはよくわかりません。
法華経内の個別の教説や寓話の相互間に体系性や論理性を見出そうとするのはそもそも無理があると私には思えます。

第三段落については、多少異論があります。「聞成菩提 唯仏当証知」は梵本では「自分は誓願によって悟りを得た。如来が証人になってくださる。」という意味です。
それが宝珠の授受に象徴されていると思います。(これが異民族による蛇トーテム族の征服譚の暗喩であるとの私見はここでは置きます。)
つまり宝珠の授受の儀式がなければ単なる竜女の自己申告にすぎず、釈尊以外のわれわれ全員は竜女が悟っているのかどうかは判断できないことになります。
そしてそれは山椒島さんがおっしゃるように「変成男子以降の記述は、舎利弗らが神通力で見通した架空?の光景」ということになります。
「架空の光景」を見通すのを神通力とは言わないでしょうから、これでは要は舎利弗他全員が妄想したのか、それも竜女の超能力によるのか分明でなくなります。
そもそも「汝の神力をもって」の句は羅什の創作ですが、仮にそうでないとしても、知的な舎利弗は、大乗では保守的なピエロ役を振られることが多く、現にこの後
竜女の身体検査役を振られています。この舎利弗に神通力を想定するのは無理があります。いずれにしてもどちらかの超能力の効果であるというだけの話になってしまう。
したがって、宝珠は用無しではなく重要で、法華経作者としては、あくまで竜女は釈尊との宝珠の授受によって菩薩であることが明かされたという構成にしたと私は考えるのです。
日蓮的には修行も受戒もしない身で、釈尊の証言なしで自己申告できる手軽な即身成仏の先例を示しておきたいところでしょうが、無茶というものでしょう。

691 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/27(土) 07:46:24.50 ID:kAq/Xbc7
表面で繕っていても変わらない。 

692 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/27(土) 08:34:01.30 ID:eRhN2AIy
織田信長は、熱田神宮の神官ですよ。

清州城を出て、熱田神宮の神殿前で二千の軍勢を集結させると、
必勝祈願の願文と、供え物をささげて、それから
桶狭間の今川義元三万の軍勢に向かうのだ。

安土問答では遠慮なく日蓮宗坊主の首を切り落としてるとこみると
かなり嫌ってる感じは伝わってくるから、
法華宗というのは、日蓮教が勝手に作ったホラ話という印象。

>>685
井桁 = 池田

なぜか駄洒落になってんだよね。

鶴丸 → 日本航空のマーク → 日航 → 日興

こんなのもある・・。

693 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/27(土) 08:48:46.37 ID:eRhN2AIy
>>689我実成仏已来無量無辺

あらためて切り出して見せられると、場所も時間もないのは
仏教だからとーぜんとして、でも「我」ってなんだよ?
と思うわ。

三法印の、諸法無我はどーなってんだ?

法華経の仏には「我」という概念が残ってるんだろうね、たぶん。
こんなものが仏教でお釈迦さまの真意なの?
アホちゃいますか、という感想だけど・・。

無量無辺 = 久遠若斯

これはフレーズが置き換わってるから、同じ意味とすれば
久遠は、時間も場所もない、ってことで、まーそうかなとは思うけど、

大石寺は俗物の集まりだから、時間をさかのぼって、
いちばん昔から営業してるナンバーワンみたいな
わかりやすいイメージしか想像できないんでしょうね。、

694 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2014/09/27(土) 09:22:45.46 ID:Y+BY72UR
>>690 さん
そもそも無理、まさに仰る通りだろうと私も思います。>>581上段の通りです。
その無理は承知で、経典上の表記は極力そのままに色々と考えてみよう、という試みのひとつです。

ただ、梵本と漢訳本とでは、御存知のように内容にかなりの乖離がありますから、ある意味それ以上に
無理があるのではと思います。また当初お尋ねの一般的解釈も、多くは羅什本に拠ったものでしょうしね。

おそらく法華経信仰圏では、実際に竜女が変身し、別世界に赴いて以降を舎利弗らが神通力で観る、
といった見解が多いのではと思います。ただし、その時点で既に菩提に至っているとの理解は変わりません。
でないと、既述の通り、文殊の答えや(仏の証知まで介在させた)竜女の讃偈と矛盾してしまうからです。

このような解釈の詳細な理屈は分かりかねますが、おそらくその根底には、「未だ仏に成り得ない修行中の
菩薩」(宝珠献上を以って成仏とする解釈はこちらに拠るのでしょうね)とは別に、「既に仏に成った、あるいは
その資格を有しているが、あえて菩薩位に留まっている菩薩」といった理解もあるのだろうと考えています。
(地涌千界の金色三十二相を有しての出現を根拠とします。こちらは一般的解釈と言って良いと思います)

695 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/27(土) 09:37:40.55 ID:Ku223AL1
>>689
>聞法という因縁はあるものの、菩薩行なくもそれを具し、仏果を示した竜女の記述

うーん、山椒島さん、羅什訳で「発菩提心」〜「能至菩提」までの記述は彼女の菩薩行の記述そのものではないでしょうか。
自分では何もしない癖に、病人救済という菩薩行を行じる忍性を誹謗中傷した日蓮が菩薩行不要論を唱えても驚くにはあたりません。

696 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/27(土) 09:44:00.84 ID:Ku223AL1
>>694
山椒島さん、よくわかりました。687は一般的解釈としての解説をしていただいたのですね。納得です。
素人意見とおっしゃるので、山椒島さんご自身の見解と勘違いし、やや違和感を覚えてしまいました。

697 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2014/09/27(土) 09:48:41.03 ID:Y+BY72UR
>>692-693 さん
信長について、その辺は私も一通り、人並みにですが承知していますよ。
その上で、「公称法華宗」は同時代の資料にもありますから、そのままに書いたまでです。

篤信や外護などといった内実が伴っていませんから、日蓮系教団でもほとんど言及されません。
「勝手に作ったホラ話」という意味では、むしろ敬台院や天英院らの方が色々と酷いですね(笑

>>693については、私もそう思います。

特に、もともと「久遠」という語自体に、日蓮本仏論者のいう「久遠元初」の意味があるにも関わらず
殊更に五百塵点を強調して、「もっと前」があるかのような理屈を構成しています。「無上道」も無視。
「無上」の上に更に「上」を乗せて、そこに格差を付ける為に、やれ脱益が無いだの末法は無益だのと、
日蓮があれほど懸命に揚げ続けた法華経を、もはや妙法でも蓮華でもなくしてしまっているわけです。

根本から無理筋ですから、少し突き詰めた話になると「当家は信の法門だ」だなんて開き直るんですね。

698 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2014/09/27(土) 10:42:09.59 ID:Y+BY72UR
>>695-696 さん
や、まず私の経歴上、ベースには日蓮系でも異端といえる系統の、歪な法華経理解の残滓があります。
後に教団を離れる前後から、日蓮系他門や他宗教の方達との会話や雑談などを通して、叩きこまれた
理屈を修正するのですが、その結果のような過程のようなものですから、素人意見には違いありません(汗

神通力のくだりも、竜女が有しているのなら、わざわざ相手に振らずにその場で発現すれば良いのでは?と
浅はかに考えたからで、身体検査云々というのは、恥ずかしながら記憶からも完全に欠落しており、「だから
>>694の3段の様に理解する人が多いのか、ナルホド」と、今さらながらに勝手に納得している始末です。

竜女の菩薩行については、その後の智積の再問の「於須臾頃 便成正覚」の「須臾」に引っかかりました。
舎利弗の言う「不久」ならまだしも「須臾」ですから、法を聞いてほぼ同時に即ヅモで成仏したことになる、と。
つまり、智積らも分からないという意味での具体的な菩薩行は「無い」。だけれども「具菩薩行 即往南方」。
この辺の記述(矛盾)に、「釈迦の過去世と久遠実成」と同じ構成が見出されるなぁ、と感じた次第です。

このように、100%私見ではありませんが一般的とも言えません。叩き台・踏み台程度に読み流して下さい。

699 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/27(土) 11:26:21.70 ID:Ku223AL1
>>698
山椒島さんのカキコは常に敬意をもって参考にさせていただいているので、基本スタンスは承知しているつもりです。
だからこそといいますか、687で「素人意見」とおっしゃるので、ご自身の見解と私が勘違いし、「あれ?」と思った次第です。
智積の「於須臾頃 便成正覚」は文殊が竜女について述べた「了達諸法 於刹那頃」を受けてのもので、理解の早さを言ったものでしょう。
寿量品との類比も理解できました。そのシステムだと菩薩経験不問の無始の久遠仏が好きなだけ量産できそうで便利そうですねw

700 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2014/09/27(土) 12:38:40.25 ID:Y+BY72UR
>>697の「脱益が無い」は誤記ですね。
「種益が無い」 or 「熟脱益しか無い」です。すみません。

>>699 さん
なるほど、ありがとうございます。まぁ、見ての通りの程度です。
そもそも法華経信仰もしておらず、某教団離脱後は改めて読むことすらない私のような者が
梵本まで読もうかという人に講釈もどきを垂れる時点で、既に色々と間違っているような(苦笑

信者さん達がガッツリ説明してくれると良いのですが、得てして特定教団の独自解釈仕様です。
もともとが「法華経はオワコン」という教義ですから、今もちゃんと読んでいる人は少ないと思います。
私も「そんな暇があったら御書を読め!活動しろ!」などと言われつつ、コソコソと読んでいたクチで。

もっとも、その「御書」すら、今はほとんど読まれないようで、頓珍漢な主張にしばしば驚かされます。
解釈法門の成れの果てとでも言うのでしょうか。これも分派と内ゲバが盛んな理由なのでしょうね。

701 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/27(土) 23:31:27.88 ID:C3ost7Rr
>>686 >>690
法華経のことを追求するのは結構なのですが、ここは「日蓮って」いうスレ
なので、あくまでも日蓮を中心とし、それに付随するものとして、法華経を
論じてもらえませんか?。日蓮に関連付けて、法華経を、ということです。

法華経のことだけを書くのなら、「法華経って」というスレを作ることを
おすすめします。今のままだと、日蓮のことを書きづらい雰囲気ですので。

702 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/28(日) 07:44:45.19 ID:l941ru99
>>701
686かつ690です。私はスレ主でもなんでもない単なる気ままな参加者ですが、アンカーにしたがってレスいたします。
おっしゃることはわかります。でもここには司会者がいるわけでも、厳密なルールに従っているわけでもありません。
このところ法華経話が続く結果になりましたが、これも元は日蓮の「折伏観」みたいな話から流れてきたと思います。
日蓮に関連付けて法華経を、といっても、日蓮は法華経至上主義ですから、どうしても直接間接に関連せざるを得ません。
今何人かが法華経について議論しているからといっても、それに全く興味のない方々も、ROMっている方々もいるわけです。
しかし日蓮スレであることは皆さん承知していますから、どうぞあまり気を遣わず、ご自由に日蓮について投稿してください。

703 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/28(日) 11:09:25.01 ID:LFuFEmSC
そうそう。

俺なんか、あの“ひゃっきまる”がいつまた、
どんな面を下げて出て来るかワクワクしたり、
自分の間違いを素直に認める脳細胞が欠落した“山椒島”ちゃんが、
うれしそうにウンチクを語るシュールな笑いとか、
それを崇拝している童貞くんたちの声援とか、
“2ちゃんねる・お笑いブッ≡3キョー道場”として楽しんでます。

いかんせんレベル高すぎて一般受けしない笑いだが、俺は好きだわw

704 :法律ヲタ ◆8PR9uxYCzw :2014/09/28(日) 11:23:58.59 ID:g+jBkEzS
>>703
俺には、お前様のレスが“いかんせんレベル‘低すぎて’一般受けしない笑い”
にしか思えませんけれどね。
それでは、またねェ。

705 :法律ヲタ ◆8PR9uxYCzw :2014/09/28(日) 11:27:04.14 ID:kUVKRqPa
アレ、今度はIDが変わらないんだな?
どうなっているのだろう?
ワケがわからん??

706 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/28(日) 15:36:17.63 ID:fKYxH/qT
>>703
無様ですね生きてて辛くないですか?
あぁだから現実を受け入れられないんですね

707 :大乗非仏説:2014/09/28(日) 19:47:52.25 ID:z1fJusac
>>703
なんだかなぁ……

こんな台詞がでてくると貴方の評価が下がるだけですし
結果的に山椒島さんの評価が上がるってことに気がつかないですかね

708 :山椒島 ◆AUtVVr2znk :2014/09/29(月) 01:10:49.39 ID:IiW/Mf90
スレ容量が既に495KBですので、消費の責任を取りがてらに次スレです(笑

日蓮って ver.30
http://anago.2ch.net/test/read.cgi/koumei/1411919480/

私は至って低レベルのことしか書いていませんし、また大したことは書けもしませんが、
またこのスレに参加させてもらう際には、どうぞよろしくお願いいたします。

709 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/29(月) 01:35:10.39 ID:tNxYHRZ0
>>707
2ちゃんでの評価がナンボのもんやねん(´・ω・`)

710 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/29(月) 01:40:45.25 ID:tNxYHRZ0
>>707
2ちゃんでの評価がナンボのもんやねん(´・ω・`)

711 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/29(月) 01:59:09.92 ID:tNxYHRZ0
おい山椒
糞スレ立てんな

そんな暇があるなら、出会い系でもしろや童貞。
このあとオナニーして寝るのか?
死ねよ

712 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/29(月) 05:58:12.27 ID:e3eyNWI4

末法の御本仏の下種した題目の現証がこれw

♪蓮祖の唄

レンソレンソレンソ
レンソを拝めば
アタマアタマアタマ
アタマがやられる
さあみんなでレンソを拝もう
レンソは池沼を待っている

713 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/09/29(月) 10:04:20.50 ID:GtilR/JC
落ち着け童貞(*^-^*)

714 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/10/03(金) 19:26:44.51 ID:rvwDkiEy
次スレを上げている馬鹿がいるが、こっちの消化が先だろ

715 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/10/03(金) 21:58:15.69 ID:PgXTzM7U
>>712
懐かしい歌だな。YouTubeでググってしまいました。

716 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/10/03(金) 22:01:06.92 ID:PgXTzM7U
「おさかな天国」

717 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/10/04(土) 02:23:02.62 ID:hMj0Dqqc
>>714
だったらお前が埋めろ糞雑魚が

718 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/10/04(土) 18:48:34.87 ID:A9onhTY6
次スレの7のコピペ

7 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/10/04(土) 11:03:11.23 ID:2m491qw7
全スレで、日蓮は法華経至上主義である、という人がいました。しかし、
私が考えるに、日蓮は、完全な法華経至上では、ないと思いますね。
まず、法華経・安楽行品と観音菩薩品を完全無視していることです。安楽行
品を信じていたら、政治に口を出さなかったでしょうし、極楽寺良観など、
他宗を悪く言わなかったでしょう。
観音菩薩品を信じていたら、「南無妙法蓮華経」と唱題せず、「念波観音菩
薩」と唱えていたことでしょう。

また、日蓮が祈祷修法面で参考にしたのは、密教と修験道でした。京都を中
心とした遊行時代に、台密はもとより、東密まで密教全般を学び、各種の
秘儀秘伝、口訣相伝を受けていたと考えられます。
日蓮は、東密系の小野六流・醍醐三流の一つである理性院流血脈の相承も受
けています。

719 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/10/04(土) 19:27:26.21 ID:A9onhTY6
>>718
私が日蓮を法華経至上主義と規定したのは、日蓮が法華経を他の経典に比べて、最も優れた真実の最終的な経典としたことを意味します。
日蓮が法華経において説かれる個々の教説に忠実であったかどうかというのはまた別の論点になります。

また、「日蓮が台密はもとより、東密まで密教全般を学び、各種の秘儀秘伝、口訣相伝を受けていた」というのは全く根拠のない話です。
日蓮系宗派の人々で、そういう解説をする人がいますが、日蓮が比叡山や高野山や三井寺に「遊学」したことからの希望的な想像でしょう。
密教というのは独特の修法で修行者の内的な完成状態を見ながら師資相伝されるものです。日蓮の真言批判には無知と無理解だけが露骨にでています。
学んだにしては、あまりにも批判がお粗末すぎます。そもそも密教どころか日蓮は天台ですら受戒した形跡がなく、比叡山などでの師も定かではありません。
これは日蓮教徒の妄想を裏切るものではあるでしょうが、日蓮個人の不名誉でもなんでもなく、当時、受戒するのは難関中の難関だったのです。

また理性院流血脈の相承云々については、今日ではこれは華厳宗の「日蓮坊重如」のことであると考証されています。ちなみに華厳も大日如来です。
詳しい話はググってみれば色々でてきますから、筋道をたてて考えてみれば自ずとわかるはずです。

720 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/10/04(土) 19:57:04.49 ID:A9onhTY6
719の続き
日蓮の他宗批判の的外れぶりは真言に限った話ではありません。禅宗、(真言)律宗、浄土宗などの批判も失当という他はありません。
だいいち、日蓮のた他宗批判は当時から黙殺されており、いまでは日蓮に好意的な学者ですら声高に擁護する主張ができないほど無内容なものです。
前にも書きましたが、当時は正式な受戒を受けられる寺は3か所くらいで、年に数人しか受戒できなかったのです。
能力はもちろん、出自も影響したと思われます。日蓮はおそらく下位の修行僧として写経や写仏や雑役のかたわら大勢と自習していたと思われます。
不本意な日蓮は他の諸寺も回りましたが、どこでも目立つことはなかったようで、当時の日蓮の記録も残っていないようです。
日蓮が誹謗中傷した浄土宗の法然などは比叡山でも天才の誉れ高く、若くして比叡山で受戒しましたが、こういうケースはむしろまれだったでしょう。

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