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【兵庫】洲本市街地の成り立ち学ぼう 歴史講座で厳島神社の浦上雅史宮司が解説 [転載禁止]©2ch.net

1 :坊主 ★:2015/09/14(月) 18:37:32.54 ID:???
引用元:神戸新聞 2015/9/12 21:30
http://www.kobe-np.co.jp/news/awaji/201509/0008390462.shtml

 兵庫県洲本市街地の成り立ちをひもとく歴史講座「洲本のまちはこうして生まれた」が12日、洲本市宇原の市民交流センターであった。
連続講座の最終回で、市立淡路文化史料館の元館長で、厳島神社の浦上雅史宮司(62)が、縄文時代から平安時代までの洲本平野の移り変わりを解説した。

 「洲本ロータリークラブ」創立60周年記念事業で、この日は3回目。
「人が住み始めた頃のすもと」をテーマに、市民ら約90人が耳を傾けた。

 講演ではまず、約2万年前から温暖化と寒冷化が繰り返し、何度も海水面が上昇下降したことを説明。
現在の市街地を含む洲本平野が内湾状態だった6400年ほど前、武山遺跡(同市宇山)などに人が住み始めたことを明らかにした。

 2300年前ごろ、下内膳遺跡(同市下内膳)などが出現したが、その数百年後には一斉に山間部に居住地を移したという。
洪水に襲われた跡が残り、「天変地異から逃れるために移住したのでは」と推測する。

 その後、古墳時代には「三角縁神獣鏡」が出土したコヤダニ古墳(同市下加茂)などが作られたことも説明。
律令時代(飛鳥〜平安)には瓦を焼く窯や神社も現れ、「だんだんとにぎやかになってきた」。
下内膳遺跡からは硯が出土しており、「役所的な施設があったのではないか」と指摘した。

(切貫滋巨)

洲本平野の移り変わりについて解説する浦上雅史さん=市民交流センター
http://www.kobe-np.co.jp/news/awaji/201509/img/b_08390463.jpg

2 :やまとななしこ:2015/09/14(月) 18:47:50.49 ID:MBjHEaBZ
http://t.co/AklY6rBJoA

3 :やまとななしこ:2015/09/14(月) 18:50:22.89 ID:2T4n67bE
 洲本城代初代の稲田九郎兵衛は蜂須賀小六の一番の子分。
太閤記で矢作川の橋の上で寝ていた秀吉の頭をけったのが小六。
その傍にいたのが稲田九郎兵衛。

4 :やまとななしこ:2015/09/14(月) 18:52:28.88 ID:D58/Wn3t
ほんに淡路は良い所

5 :やまとななしこ:2015/09/14(月) 19:15:46.66 ID:7K9aMeoz
南海地震津波か

6 :やまとななしこ:2015/09/15(火) 07:24:34.78 ID:+CVrOlk+
山口組総本部

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