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【福岡】明治期に豊前中津藩4代藩主の墓前から消えた… 不明の灯籠2基戻る [転載禁止]©2ch.net

1 :坊主 ★:2015/09/03(木) 03:14:21.32 ID:???
引用元:西日本新聞 2015年08月29日 00時32分
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/f_kitakyushu_keichiku/article/191763

 江戸時代初期、約80年にわたり豊前中津藩主だった中津小笠原家の4代藩主・小笠原長円(ながのぶ)の墓(吉富町広津)の前に建てられ、
明治時代に行方不明になっていた灯籠4基のうち、2基が大分県中津市の民家の庭で見つかり、このほど復元された。
町民は「往時の姿を取り戻し、誇らしい」と喜んでいる。

 吉富町は江戸時代、ほぼ全域が中津藩領。
中津小笠原家は、前の藩主・細川家が熊本に移った1632年から1716年まで、中津とその一帯を治めた。

 墓がある天仲寺山は同家の墓所。
同町役場に近い丘で、現在町営公園となっており、初代藩主・長次と4代長円の墓が残っている。

 見つかった2基の灯籠は高さ約2メートルの石製。
所有していた大分県中津市の自動車修理会社会長・菊池辰夫さん(78)が数年前、吉富歴史文化の会の太田栄会長らに灯籠の鑑定を依頼したのがきっかけだった。

 太田会長は「長円公の戒名の一部『眞淨院』の文字が彫ってある」ことから長円の墓前灯籠と確認。「すぐ近くの中津にあったとは驚きました」

 一方、菊池さんは「小さい頃から自宅の庭にあった。
自宅は明治20年代に建てられたもので、そのときに持ち込まれたようだが、どういう経緯でうちにきたのか記録がなく、わからない」と首をひねる。
天仲寺山が町営公園であることから同町への寄贈を申し出、復元が実現した。

 18日に現地であった除幕式では、今冨寿一郎町長と菊池さんが灯籠を除幕。出席した約30人の町民とともに喜んだ。
今冨町長は「天仲寺山は子どもの頃から親しんだ公園。胸を張って先人たちに報告できる」と寄贈に感謝する。

 しかし、なぜ墓前灯籠が持ち出されたのか。
太田会長は「明治時代、墓所の管理人がいなくなった時期があり、そのころ持ち出され、売られたのだろう」と推測する。

 菊池さんによると、自宅には以前、何の文字も掘られていない灯籠がもう1基あったが、「小笠原家の関係者に昔、譲った」という。
その1基も4基あったはずの墓前灯籠の一つだったのかどうかは、今となってはわからない。

 謎は残ったままだが、除幕式に出席した町民は「いずれにせよ、菊池さんの好意のおかげで2基だけでも元に戻り、よかった」。

=2015/08/29付 西日本新聞朝刊=

18日に行われた除幕式。小笠原長円墓前の両脇に、2基の墓前灯籠が戻った
http://www.nishinippon.co.jp/import/f_kitakyushu_keichiku/20150829/201508290001_000.jpg
墓前灯籠に彫られた文字。長円の戒名の一部「眞淨院」の文字が確認の決め手に
http://www.nishinippon.co.jp/import/f_kitakyushu_keichiku/20150829/201508290001_001.jpg

2 :やまとななしこ:2015/09/03(木) 05:57:51.34 ID:EIM7rdHG
高さ約2メートル?もっと大きいんじゃね?

3 :やまとななしこ:2015/09/03(木) 07:19:38.65 ID:wZvfy7Ys
穴掘って埋めたが妥当やろ

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